ディーセントワークとは、働きがいのある人間らしい仕事のことです。ここではディーセントワークが注目されるようになった背景や日本の労働環境の現状、実現するための柱などについて解説します。
目次
1.ディーセントワークとは?
ディーセントワークとは、権利が保障され、十分な収入を生み出し、適切な社会的保護が与えられる生産的な仕事のこと。1999年に開催された第87回ILO総会にて、事務局長であるフアン・ソマビア氏が就任時のスローガンに掲げたのが始まりです。
「ディーセント(decent)」は「適正」「良識にかなった」「まともな」と訳され、「働きがいのある人間らしい仕事」を指して「ディーセントワーク」と呼びます。
2.ディーセントワークが注目される背景
ディーセントワークが注目されるようになった背景には、世界的な貧困の存在が挙げられます。現代社会でも、20億人を超える人々が1日わずか2ドルに満たない金額での生活を余儀なくされています。
さらに世界的なグローバル化が所得格差を広げました。所得格差が著しい日本の相対的貧困率は世界14位。グローバル化による貧困は日本にとっても他人事ではありません。
3.SDGsの達成に重要なディーセントワーク
2015年、国際連合では「2030年までに達成すべき持続可能な開発目標」いわゆる「SDGs」に関する計画を採択しました。このSDGsを達成するために重要なのがディーセントワークです。
SDGsの8つの目標
SDGsでは貧困と飢餓の撲滅や持続可能な生産消費形態の確保など17の目標を掲げています。なかでも特にディーセントワークを推進しているのが、8つめの目標「持続可能な経済成長および安全かつ生産的な雇用と働きがいのある雇用の促進」。
目標をさらに12のターゲットにわけ、ディーセントワークの促進やSDGsの達成に寄与しています。
ILOが掲げる5つの計画
ディーセントワークとSDGs全体の達成を後押しするべく、ILOは以下5つの計画を定めました。
- 児童労働の撤廃
- 安心安全な労働の提供
- 健全な雇用の促進
- 社会保護の土台形成
- よりよい仕事の計画
いずれも「ディーセントワークの推進が経済成長はもちろん平和の構築と維持にもつながる」という考えにもとづいて生まれたプログラムです。
①児童労働の撤廃
2000年から2016年にかけ、約1億人の子どもが児童労働から解放されました。しかしそれでも今なお1億5,000万人もの子どもが労働に従事しており、4,000万人が奴隷のような境遇にあると推測されています。
児童労働撤廃国際計画(IPEC)は2025年までにすべての児童労働を撤廃し、多くの子どもやその家族が教育の中断、世帯収入減少の影響を受けないよう、本計画を定めました。
②安心安全な労働の提供
世界では毎日6,300人もの労働者が労働災害や仕事に関連した疾病で命を落としています。1年の事故件数は3億1,700万件。貧弱な労働安全衛生慣行による経済的負担は国内総生産の4%にも相当します。
事故のなかには正しい予防や報告慣行の実践によって防げるものも多いです。「労働安全衛生に関する防止のための世界行動計画(OSH GAP)」では事故や病気を未然に防ぐ安全文化の醸成を図っています。
③健全な雇用の促進
「健全な雇用の促進」とは、紛争や災害の影響を受けやすい立場の人々にディーセントワークを提供する計画のこと。政府はすべての労働者へ生産的かつ自由に選択された雇用が促進できる政策を、追求しなればなりません。
特に若者に働く機会を提供し、よりよい未来の基盤構築、政治・社会的な安定、社会的結束や公共財の創出を目指します。
④社会保護の土台形成
「社会的保護の土台形成」の目的は、すべての人に社会的保護の基盤(セーフティネット)を与えること。ここでいう「社会的保護の土台」は、保健医療の提供や所得保障など、誰でも保障されるべき基本的な社会的保護です。
2020年までのプログラム第一弾では、アフリカやアジア太平洋地域など計21か国で社会保護に関する活動が行われました。
⑤よりよい仕事の計画
近年、失業率の高さにくわえ、非公式的な臨時雇いの仕事、非標準的な雇用の形態が再び増加しています。世界の若者の5人に2人は仕事がないか、あるいは働いても貧しい暮らしを送っているといわれるほどです。
働きがいのある人間らしい仕事の発見と維持は、労働市場にくわわるすべての若者が直面している課題。ILOでは補助金付雇用や公的資金の拡大などを通じて若者の就労を後押ししています。
4.ディーセントワーク先進国オランダモデル
ディーセントワークの先進国ともいわれているのがオランダです。オランダではパートタイム労働者と正規雇用労働者における「社会保険の差」「時間あたりの賃金差」をなくすよう取り組みました。
これにより、国内失業率の低下と経済状況の改善に成功。また多様性の促進により、男性も女性も子育てや家事をしながら仕事へ就けるようになりました。
5.日本の労働環境の現状
一方、日本はディーセントワークの後進国といわれています。日本の労働環境は労働人口の減少や雇用格差など、さまざまな課題を抱えているのです。
- 減少していく労働人口
- 雇用の格差
- 長時間労働
- 労働生産性
- ハラスメント
①減少していく労働人口
15歳以上65歳未満の人口を「生産年齢人口」といいます。国立社会保障・人口問題研究所の報告によれば、2013年に約8,000人いるとされていた生産年齢人口は2027年に7,000万人、2051年には5,000万人を下回る可能性が指摘されているのです。
日本の労働力はすでに減少し始めています。外国人労働者の受け入れやロボット、AIを活用した労働力不足を緩和する取り組みを実施しなければなりません。
②雇用の格差
日本では非正規雇用と正規雇用の格差も深刻です。とりわけ賃金の格差は大きく、同一業種のなかで2倍近い差が出る場合もあります。
くわえて非正規雇用の労働者は、正規雇用に比べて職業訓練を受ける機会が少ないと指摘されているのです。この格差が長期的に続くと人的資本形成において不利になります。人的資本の質の低下、さらなる生産性の低下を招く恐れもあるでしょう。
③長時間労働
近年、さまざまなメディアが長時間労働に関する問題を取り上げるようになりました。
たしかに厚生労働省の資料によれば、年間総実労働時間(パート医務労働者を含む)は減少傾向にあります。しかし1994年から20年ものあいだ、年間実労働時間約2,000時間の状態が続いているのです。
同資料からは、6割以上の労働者が労働基準法で定められた週の労働時間(40時間)を超えている現状もわかりました。長時間労働に関する課題はまだまだ解決できていないのが実情です。
④労働生産性
労働者一人あたり、または1時間あたりの生産成果を数値化したものを「労働生産性」といいます。OECD諸国と比較しても、日本の労働生産性は決して高いとはいえません。
日本の時間あたりの労働生産性は46.0ドル(4,694円)。これはOECD加盟35か国中20位で、主要先進国7か国のなかでは最下位です。日本の働く環境や労働性は決して良いといえないのです。
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⑤ハラスメント
ハラスメントに関する課題も深刻です。各都道府県労働局に設置された総合労働相談コーナーには、いじめや嫌がらせに関する相談が後を絶ちません。平成24年度にはさまざまな相談内容のなかでもハラスメントに関する相談がトップになりました。
平成28年の調査時には、全体の3割が過去3年の間に「パワーハラスメントを受けたことがある」「パワーハラスメントを見たり相談を受けたりしたことがある」と回答しています。日本にてハラスメントは、もはや他人事ではないのです。
6.ディーセントワーク実現に重要な4つの柱
日本ではディーセントワークを「働きがいのある人間らしい仕事」と訳しています。ディーセントワークの実現に重要な柱は、以下の4つです。
- 権利が保障される仕事
- 社会対話の推進
- 社会的保護が与えられる仕事
- 仕事量が十分にある
①権利が保障される仕事
ディーセントワークの実現には「権利が保障される仕事」が必要です。この「権利が保障される仕事」を確立するためには、以下の取り組みが必要になります。
- ワークライフバランスの実現
- 安心して働き続けるため、ルール強化
- 健康や安全を確保するため、労働時間の見直し
②社会対話の推進
利害関係が生まれるビジネスでは、どうしても衝突やトラブルが生じるもの。トラブルを最小限に抑えるため管理者層や行政によるサポートを充実させ、社会対話を推進させるとよいでしょう。もちろんトラブルを対話によって解決するための努力も必要です。
③社会的保護が与えられる仕事
仕事があっても働きにくい環境であったり、社会的保護が与えられなかったりする場合、生産性や効率は当然下がります。ディーセントワークの実現には労働者が安全に働ける環境が必要です。
社会的保護が充実すれば、従業員は安心して働けるでしょう。環境が企業力や国力を上げるきっかけになるかもしれません。
④仕事量が十分にある
「いつ仕事がなくなるか分からない」「正規雇用労働者に仕事を奪われるかもしれない」状況では、ディーセントワークを実現できません。
非正規労働者の雇用安定や処遇改善、高齢者や障がい者の雇用対策強化などに取り組んで、十分な仕事を用意するのも必要です。
7.ディーセントワークの達成度を評価する項目
ディーセントワークの達成度は、どのような指標で評価されるのでしょうか。日本ではディーセントワークの内容を以下4つに分類しています。
- 働く機会があり、生計に足る持続可能な収入が得られる
- 働くうえでの権利が保障され、発言しやすい環境である
- 家庭と仕事の両立やセーフティネットの確保、自己鍛錬が望める環境である
- 男女平等など、公正な扱いを受けている
7つの軸
4つの分類を踏まえて、ディーセントワークを実現できる職場かどうか判定する指標を定めたものが、以下7つの軸です。
- WLB軸:ワークとライフのバランスをとりながら働き続けられる職場か
- 自己鍛錬軸:自己鍛錬ができるか、能力開発機会は確保されているか
- 収入軸:生計に足る収入を継続的に得られるか
- 公正平等軸:性別や雇用形態に左右されず、すべての労働者が活躍できるか
- 安全衛生軸:安全な環境が確保されているか
- セーフティネット軸:公的な保険や年金制度などへ確実に加入しているか
- 労働者の権利軸:働くうえでの権利や発言が認められるか
8.ディーセントワークを実現するメリット
ディーセントワークを実現すると企業は、どのようなメリットを受けられるのでしょう。ここではディーセントワーク実現のメリットを以下3つの視点から説明します。
- 企業イメージアップ
- 生産性のアップ
- 人手不足の解消
①企業イメージアップ
これまで日本の企業では、長時間労働が当たり前とされてきました。しかし働き方の多様化や人材市場のグローバル化により、労働環境に注がれる目は厳しさを増す一方です。
とりわけ、労働時間の削減やライフワークバランスの向上は株主にとっても気になるところ。ディーセントワークの実現は企業イメージの向上に深く結びついているのです。
②生産性のアップ
ディーセントワークが導入されると、一人ひとりがより仕事に没頭するようになり、自己研鑽に励む機会も増えます。これが生産性の向上、企業利益の向上につながるのです。
ディーセントワークの実現がイノベーションの促進や仕事の質の上昇、そして企業成長を支える鍵となります。
③人手不足の解消
これまで日本の労働環境は女性の妊娠と出産、それにともなう退職や復職を想定してきませんでした。しかし労働力人口の不足が叫ばれて久しい日本に、女性の活用は欠かせません。
フレキシブルな勤務体系を整え、ディーセントワークを実現させれば、人材採用にかかっていたコストを削減できます。
9.働き方改革を実施して、ディーセントワークを実現
「働き方改革関連法」はディーセントワークの実現に向けた課題を解決するために施行されました。本法律の目的は、多様化する労働者の事情に応じて働き方が選択できる社会を実現すること。ここでは働き方改革の概要と問題点について説明します。
働き方改革の概要
「働き方改革」の基本となるのは以下の3つです。
- 長時間労働是正:高度経済成長期以降常態化している長時間労働を抜本的に改善する
- 多様で柔軟な働き方の実現:多様な働き方にシフトして、労働を希望する人材が活躍できる社会を作る
- 正社員と非正規の差是正(同一労働同一賃金):正規雇用、非正規雇用のあいだにある処遇の差をなくす
働き方改革の問題点
働き方改革によって労働者の就労環境が是正される一方、新制度導入による弊害も懸念されています。
- 作業負担が不平等になる:やらされ感が蔓延する、個人の努力によるものが大きくなり、不公平・不満感が助長される
- 残業代が削減される:就業時間が短縮され、結果として収入が減少する
- 実質的な業務量は変わらない:時間外労働の上限が設定されても物理的な業務量は変わらない。その結果サービス残業や持ち帰りが増加する