EAPとはEmployee Assistance Programの略称で、日本語に訳すと「従業員支援プログラム」です。ここではEAPについて解説します。
目次
1.EAP(従業員支援プログラム)とは?
EAP(Employee Assistance Program)とは、メンタルヘルスが不調な従業員のケアを目的とした従業員支援プログラムを指す言葉です。厚生労働省が定めるメンタルヘルス対策のうちのひとつであり、自社内で実施する内部EAPと外部サービスを利用する外部EAPの2種類があります。
EAPの歴史
EAPの誕生は、1950年代にアメリカで社会問題となったアルコール依存症にあります。第二次世界大戦で心に傷を負った帰還兵士達がアルコールや薬物に溺れてうつ病や中毒を抱え、そのケアに向けて1960年代からEAPが始動したのです。
日本でEAP(従業員支援プログラム)が普及したのは2000年ごろ。大手企業の従業員が過労やストレスからうつ病に陥って自殺し、遺族が訴訟をおこしました。これを機に従業員のメンタルケアに取り組もうと、EAPを導入する企業が増えたのです。
2.EAPの導入目的
EAPの導入目的は、企業に勤める従業員の健康を守り、仕事のパフォーマンスを上げること。健康や病気だけでなく従業員のストレスとなりえる要因を取り払い改善するのです。
そのため家族や経済的な問題、アルコールや薬物、ハラスメントなどの相談にも対応し、従業員個人だけでなくその家族の心的支援も組織として行います。
ストレスを抱える労働者の割合
厚生労働省が実施した安全衛生調査結果では、職場で強いストレスを感じていると答えた従業員が全体の58%にも上っています。半数以上が職場で心的外傷を負っていると分かる結果です。ストレスの要因としては以下の3つが多く見られました。
- 仕事の量や質
- 仕事に対する責任やプレッシャー
- 対人関係やハラスメント
3.EAPはメンタルヘルス対策推進の「4つのケア」のひとつ
厚生労働省が定める「労働者の心の健康の保持増進のための指針」では、メンタルヘルス対策推進において4つのケアを重視しており、そのうちのひとつにEAPが推奨されています。
ここではメンタルヘルス対策推進として挙げられている4つのケアについて、解説しましょう。
- セルフケア
- ラインケア
- 事業場内産業保健スタッフによるケア
- 事業場外資源によるケア
①セルフケア
従業員が個人で取り組むケアのことで、管理職や役職など関係なく働く人すべてに当てはまります。心の健康のためには従業員一人ひとりが自らの精神状態に気付いて、ストレスケアを行うことが重要なのです。
従業員がストレスに気付いて発散や対策を行えるよう、企業は研修やストレスチェック、環境整備などに取り組む必要があります。
②ラインケア
管理職が部下に対して行うケアです。管理者の業務は数字や売上の管理だけではありません。部下の心のケアや変化にも気づいてサポートしていくのも重要な役割です。
「普段より元気が無い」「顔色が悪い」「遅刻や欠勤が多くなっている」などの兆候が見られる場合、相談の場を設けましょう。話を聞き、必要に応じてメンタルケアや職場環境の改善などのサポートを行います。
③事業場内産業保健スタッフによるケア
社内の人間によるケアのこと。事業内産業保健スタッフには、産業医や保健師、衛生管理者などが挙げられますが、人事労務課が兼任する場合もあるようです。
事業場内産業保健スタッフは、「従業員からの相談窓口」「ケアプランの立案」「ケアの研修や教育」などを行います。ときには事業所外の専門家へサポートを依頼するのです。
④事業場外資源によるケア
社外の専門機関や専門家によるケアのことで、EAPはここに該当します。ほかには医療機関や保健所なども事業場外資源です。外部の専門家に直接指導を受けられるため、社内の人間関係を気にして本音が話せないといった心配がありません。
EAPと医療機関との連携も取れるため、医師による治療やリハビリなども受けられます。
4.EAP導入がもたらすメリット
EAPを導入すると、どのようなメリットが得られるのでしょうか。ここではEAP導入がもたらすメリットについて解説します。
- 生産性の低下を防ぐ
- 職場におけるトラブルを減らす
- 企業の社会的イメージ低下を防ぐ
- 離職者減少の一助となる
①生産性の低下を防ぐ
仕事や職場の人間関係などで悩んでいると、本来の能力を発揮しきれずにミスも多くなります。放置すると精神的に病んだ状態やメンタルヘルスが損なわれていき、さらに生産性も下がるでしょう。
ミスや不注意による怪我や事故につながる恐れもあるので早急に対応すべきです。企業全体の生産性を上げるためにもEAPによるメンタルヘルスケアは重要といえます。
②職場におけるトラブルを減らす
職場のストレス要因を放置すると職場全体の雰囲気が悪くなり、同僚や部下にあたったり上司に萎縮してしまったりする従業員が出やすくなります。このような職場では能力を発揮できません。
またストレスが原因での退職や、ハラスメントを訴えかける従業員が出てくる可能性もあります。このような職場のトラブルを減らすためにも、EAPによる従業員のケアが必要です。
③企業の社会的イメージ低下を防ぐ
従業員に精神的に負荷がかかって心的外傷を負っていることが知られると、その企業に対するイメージは悪くなります。いわゆる「ブラック企業」と認定されてしまうかもしれません。
そうなると求職者の獲得が難しくなり、商品やサービスの売れ行きにも影響してしまいます。アメリカでも従業員のケアは必須とされており、EAPは「人を大切にする企業の象徴」ともいわれているのです。
④離職者減少の一助となる
メンタルヘルス問題は休職や離職にもつながるため、EAPの導入は離職防止の一助となります。人間関係によるうつ病や精神疾患、そのほかの外的要因から仕事を遂行できない状態となれば、休職または離職といった処置を取らざるを得ません。
離職率の増加は生産性の低下につながるだけでなく、人員不足を補うための採用コストも要するのです。EAP導入によって従業員を1人でも多く救っていければ企業と従業員、双方に多くのメリットをもたらすでしょう。
5.EAPの2つの方法
EAPには2つの方法があります。違いは、すべてを自社内で行うか外部機関や企業を利用するかという点です。ここでは2つの違いやメリットについて説明します。
- 内部EAP
- 外部EAP
①内部EAP
内部EAPとは、すべてのEAP活動を自社内でまかなう方法のこと。企業内にEAPに従事する指導者やカウンセラーが常駐していて、カウンセリングやストレスチェックなどを受けられる体制が整っています。
企業内に相談できる専門家がいるため従業員は気軽に相談できるものの、支社が多い企業や従業員の外出が多い企業では運用の仕方をよく検討する必要があるでしょう。
問題にスムーズに対処しやすい
内部にEAPが常駐していると従業員が職場内で相談でき、スムーズに問題への対処を進められます。またハラスメントや職場トラブルがあった際、従業員は直接EAPに駆け込めるのです。
EAPスタッフも社内の事情に通じているので不要な説明を省略できます。外部機関に予約を入れたり心身の具合が悪いときに移動したりする必要もありません。
相談員が社内のことを理解している
社風や人間関係といった社内事情を相談員が理解しているという点もメリットです。社外の人間には分からない繊細な人間関係や問題も、同じ社内にいる相談員なら状況を把握しやすくなります。
ケアプランの作成やケア体制の整備なども自社の業務に合わせて行えるのもメリットです。外部ではなく内部にEAPを設ける最大のメリットといえるでしょう。
②外部EAP
外部EAPは社外に相談できる機関を設ける方法です。EAP運用をしている専門機関への業務委託や顧問契約などが挙げられます。社外のスタッフが相手なら内部では話せないようなデリケートな問題について、安心して話せるでしょう。
利用頻度によっては、相談員を常駐させるよりも専門機関に委託するほうが人件費を削減できる場合もあります。
内部で話せない内容も相談できる
外部の専門機関に相談するため社内への漏えいを防ぐだけでなく、心置きなく相談できます。内部の人間にしか相談できない内輪事情はあるものの、内部の人間だからこそ話せない悩みもあるでしょう。
また内部の人間に話してしまうとどこかで漏えいしてしまう恐れもあります。外部EAPなら、知られたくない人間に事情を知られたり、望んでいない気遣いを受けたりするのを避けられるでしょう。
コストがかからない
外部EAPは人的コストを抑えられます。内部EAPの場合は相談員を社内に常駐させるため、利用頻度に関わらず一定の人件費が発生するもの。
対して外部EAPの場合は外部契約や専属相談所となっているため、必要があるときだけ利用できます。対面ではなく電話相談やメール相談などのサービスが利用できれば、より安い費用で収まるかもしれません。
6.EAP導入時のポイント
外部EAPを導入する際、何に気を付ければよいのでしょうかここでは外部EAP導入時のポイントについて説明します。
- セキュリティ対策について確認する
- 広いネットワークを持っているか確認する
- 希望に沿ったカウンセラーがいるか確認する
- コストについて情報収集する
①セキュリティ対策について確認する
相談者が最も気にするポイントは情報漏えい。相談したと社内に伝わってしまわないか、上司の耳に入らないかといった点を心配するのです。
さらに外部EAPが社内情報を漏らしてしまうと、企業イメージの低下や従業員のプライバシーといった大きな問題に発展してしまいます。EAPを行っている機関を選ぶときは、セキュリティ対策をしっかり行っているか、確認しましょう。
②広いネットワークを持っているか確認する
EAP機関のネットワークが広いほど、受けられる相談やサービスが増えます。たとえば専門の精神科医だけでなく、身体のケアを行えるインストラクターもいる機関なら、心身のどちらのケアも受けられるのです。
連携しているネットワーク機関の詳細を確認しておくと、EAPをより活用できるでしょう。外部EAP導入にて広いネットワークを持っているかどうかは、重要なポイントです。
③希望に沿ったカウンセラーがいるか確認する
どの従業員がどのような相談をしに行っても幅広く対応できるEAP機関を選びましょう。心療内科士や精神科医、心だけでなく身体のケアが可能な専門家、女性の相談に乗りやすい女性の専門家などがいれば、従業員の相談に対応しやすくなります。
また電話やメール、対面など希望に沿ったカウンセリング方法に対応できるかも重要です。
④コストについて情報収集する
日本のEAPサービスでは、1人あたり1,000円〜2.000円が年間の平均相場といわれています。しかし料金帯はさまざまで、平均相場を下回る機関も多く見られるのです。
料金の安さだけで即決せず、自社が求めるサービスを受けられるか、よく検討してから決めましょう。
7.EAPの効果的な運用方法
EAPを運営する際は、どのように進めていけばよいのでしょうか。ここでは実際にEAPを運営する際の注意点や運営方法について見ていきます。
- 導入前にKPIを決める
- 社内周知の徹底
- サービスデザインの定期的な見直し
①導入前にKPIを決める
導入前にKPIを設定しておくと、EAPの効果を検証できます。KPIとは目標を達成する上で、その度合いを計測・監視するための定量的な指標のことで、Key Performance Indicatorの略称です。重要業績評価指標とも呼ばれます。
EAPのKPIでは、不調者数や休退職者数、離職率やEAPの利用率などが挙げられるでしょう。
②社内周知の徹底
上層部だけでEAPの決定や運営を行っても意味がありません。EAPは社内で周知させて実際に従業員が相談窓口を利用することで、効果を発揮するためです。
事前に社内掲示板やメール、専用ツールなどで告知しましょう。また部署ごとの管理者からEAPの説明を徹底させるといった、EAPを理解したうえで利用できる環境づくりも重要です。
③サービスデザインの定期的な見直し
外部EAPを導入したものの、職場から外部EAPまで遠くアクセスが悪いようでは、利用につながりません。その場合は内部EAPの導入や、電話やメール、ビデオチャットなど遠距離でも利用できるサービスを利用するとよいでしょう。
カウンセラーが定期的に企業を訪問する形態も効果的です。現在のEAPサービスは従業員にとって活用しやすいかどうかを、定期的に見直しましょう。