人事権とは?【濫用はパワハラ?】適用範囲、誰が持つ?

「人事権」とは、労働契約に基づく指揮命令権のひとつです。事業者が労働者の採用や配置、解雇などを決定する権限が総じて人事権と呼ばれます。

1.人事権とは?

人事権とは、企業組織において労働者の採用や異動、昇進や解雇などを決定する権利のこと。労働者を企業組織の構成員として受け入れ、組織で活躍してもらうために組織から放出する権利です。

人事権に法的な概念はありませんが、事業者側の権利濫用を防ぐため、労働法や労働協約によってさまざまな制限を受けています。

人事権は、狭義の意味では採用や配置、人事考課や昇給など、労働者の地位の変動や処遇に関する決定権限を指します

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2.企業における人事権と適用範囲

人事権は企業組織において重要な意味合いを持つ権利です。しかし無条件に行使できる権利ではありません。ここでは人事権を行使する際のポイントについて解説します。

人事権の定義

改めて「人事権」の定義について確認しておきましょう。人事権は、労働者に対して業務内容や職場の変更や出向、昇進、降格といった発令を出せる権利のことで、下記のような権利が含まれます。

  • 懲戒権:企業秩序を乱すような違反行為に対する権利
  • 解雇権:労働者との労働契約を解約する権利
  • 配転命令権:労働者の職務内容や勤務地を決定する権利
  • 出向命令権:労働者に対して、子会社や関連会社などでの業務を命じる権利

狭義の意味では採用や配置、異動や人事考課、昇給、休職、解雇などを指します。広くいうと、労働者の地位の変動や処遇に関する事業者の決定権限が人事権と呼ばれるのです。

人事権が制限される3つのケース

人事権には下記3つの制限があります。

  1. 権利濫用法理による制限:権利濫用とは、一見正当な権利を行使しているように見えても、実際その権利行使が社会的に認められている限度を超えているもの。配転や出向を命じられたため、労働者が著しく不利益を被ってしまった場合は権利濫用となり、通知は無効になる
  2. 法律による制限:労働者の国籍や性別、社会的身分などによって労働条件を差別することは法律で禁じられている
  3. 労働契約による制限:人事権は労働契約の範囲を超えて行使できない。就業規則や労働協約によって定められている条件は必ず守らなければならない

人事権を適法に行使するための要件

人事権を適法に行うには、「労働契約上の根拠の明示」と「権利濫用に当たらない」の2つの要件が重要になります。配置転換を例にあげて見てみましょう。

労働契約上の根拠の明示

配置転換を行うためには、配置転換があり得ることをあらかじめ就業規則に明記する必要があります。勤務先を限定する点に対して使用者と労働者の間で合意がある場合、それを無視して配置転換を命じることはできません。

権利濫用に当たらない

配置転換の命令によって労働者が著しく不利益を被ってしまう場合、その配置転換の命令は無効になります。判断は分かれますが、労働者が病気の家族を介護・看病している場合などがこれに該当するのです。

企業組織において非常に重要な意味合いを持つ人事権。各ポイントを整理して無条件に行使しないよう気を付けましょう

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3.人事権の行使には公正さが求められる

人事権は企業側の裁量が大きい権利ですので、実務において人事権を行使するには慎重さが求められるのです。ここでは具体的に人事権の濫用となってしまうケースや、出向・降格に関する事案などについて解説します。

人事権は企業の裁量が大きい権限

人事権は企業の裁量が大きい権限です。前述のとおり人事権には「配転命令権」「出向命令権」「懲戒権」「解雇権」などがあります。権限の行使に当たってはいずれも会社の事業内容や経営状況などから総合的に判断する必要があるのです。

人事権を発動する際、その行使は必ず公正なものでなければなりません。「均等待遇の原則」(労働基準法3条)の規制をはじめ、出向や懲戒、解雇の場面では労働基準法や労働契約法、就業規則などの法的規制が及んでいます。

人事権の濫用となってしまうケース

それでは具体的に、どのようなケースが「人事権の濫用」と判断されるのでしょうか。人事権の濫用となるケースは、下記のとおりです。

  • 業務上まったく必要性のないとされる人事権を行使しているケース
  • 通常社員として甘受すべき程度を著しく超え、不利益を負わせているケース
  • 特定の社員に対して著しく不合理な評価を行っているケース
  • 嫌がらせや見せしめといった不当な動機・目的があると考えられるケース

これらのように、社会通念上許容できないと認められる人事権の行使は、権限の濫用と判断され無効になります。またその行使が違法と判断された場合は損害賠償の対象になるのです。

出向に関する事案

「出向(在籍出向)」とは、もとの企業と雇用関係を残したまま別の企業(同一の事業者ではない企業)に就労すること。「配置転換」とよく似た仕組みですが、労務給付請求権は出向先の企業に譲渡されます。

出向が適切に行われるためには、次の2つの要件を満たしている必要があります。

  1. 労働契約に基づいて出向を命じている
  2. 出向命令権の行使が権利濫用に当たらない

出向では、労働者に対して働いてもらうことを求める権利ごと出向先の会社に譲渡する状況になります。そのための配慮として、出向には労働者本人の承諾が必要になるのです。

降格に関する事案

降格に関する人事権の行使はどうでしょうか。降格について問題が起こりやすいのは、降格に伴って賃金を下げた場合です。

ある社員の役職を部長から課長に降格した場合

降格に伴い、賃金も同時に引き下がったものとします。この場合、降格がたとえ適法だったとしても、賃金を下げることが当たり前のように有効となるわけではありません。

降格は人事権行使の問題ですが、賃下げは労働条件の変更です。降格と賃下げは別問題として取り扱われます。賃下げには降格と連動するという労働契約上・就業規則上の根拠が別途必要になるのです。

人事権の行使においては、公正さと慎重さが必要です。正当な行使をして、不要なトラブルを生まないようにしましょう

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4.人事権の濫用が問題になった事例

公正さが求められる人事権の濫用については、実際に起こった事例から学べます。ここでは実際に人事権の濫用が問題になった4つの事例を紹介しましょう。中には人事権の濫用が損害賠償の対象となったものもあります。

バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件

ABC銀行では経営の悪化を受けて管理職の職務を見直しました。その際、課長職にあったXが補佐職相当に降格され、役職手当月額5,000円が減額。降格後に総務課(受付)に配転となったのです。

ABC銀行では業務の統合や単純化、合理化を急いでおり、経営方針に協力しない管理職を降格する必要がありました。役職手当の減額は、課長職の職務を遂行しなくなることに伴うもので、降格自体、違法ではないと認められたのです。

しかしその後の総務課への配転は違法だと判断され、Xへの慰謝料100万円が認められました。

上州屋事件

これは原告Yが顧客とのトラブルを理由に自宅待機を命じられ、後に別部署への異動と職務等級の降格が行われた事例です。

原告Yは降格処分を違法だと考え、休職についての被告Aに対して慰謝料を請求します。よく調べてみると原告Yが締結した雇用契約には、職種を限定する旨の規則はありませんでした。

つまり双方、就業場所や職種の変更があることを前提として雇用契約を締結しているのです。また降格異動には通常の人事発令が行われたと推認できるため、この異動降格は原告の不適格性を理由に行われたものだと認められてしまいました。

しかし休職については、被告Aが原告Yの承諾なしに有給休暇と代休を充てていたため、慰謝料の一部が認められたのです。

エクイタブル事件

この事件もまた人事権の行使として、就業規則などに特別な根拠規定がなくとも職位の引下げを実行できるという事例です。

Y会社の営業所長Xらの営業成績が低かったため、Y会社はXらを降格、営業所長としての手当を減額しました。

役職者の任免は、使用者の自由裁量にまかせられており、裁量の範囲を逸脱しない限り、就業規則などの根拠規定がなくとも効力が否定されることはありません。

Y会社は、業績表各項目の成績によって各営業所長の能力評価を行っています。これに面談の結果や業務遂行状況についての報告を加味して総合的に判断していることから、本件降格に違法な点はなく、有効なものだと認められました。

星電社事件

これは部長職から一般職に降格された原告Sがその効力を争った事例です。会社は原告Sが飲酒運転による免許停止処分を受けた点や、酒気臭さをもって業務についた点などを理由に管理職としての適格性を欠くと判断し、原告Sを部長職から一般職に降格しました。

原告Sは、就業規則では懲戒の種類および内容が限定されており、降格については規定がないため降格は無効だと主張します。

しかし昇格・降格の更迭は、「通常使用者の人事権」の裁量的行為だとされています。したがって原告の「就業規則にない懲戒処分だ」という主張は採用されませんでした。

降格のうち一定の職位を解く降格については、就業規則などに特別な根拠規定がなくとも使用者の裁量的判断によって実行できます

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5.人事権の濫用を防ぐためのポイント

人事権の行使は使用者の裁量的判断によって実行できるため、ときとして大きな権力になってしまう場合も。よって権限の行使は慎重に行わなければなりません。ここでは人事権の濫用を防ぐためのポイントを解説します。

権力ではなく権威で人を動かす

行き過ぎた人事権の行使は、さまざまなハラスメントにつながる恐れがあります。人事権は労働者にとって、自分自身の人生を大きく左右する可能性すらある非常に大きな権限です。

望まない異動や降格を恐れる労働者が、人事権を持つ上司に恐れを抱いて直言を躊躇するというのは、ある意味自然でしょう。

上司は権力ではなく権威で人を動かすよう意識してみましょう。「使用者」と「労働者」といった立場だけで判断するのではなく、従業員から信頼してもらえる組織を作っていくのが大切です。

説明責任の意識が重要

管理職に対して必要以上に権限を与えてしまうと、部下の処遇がブラックボックス化してしまいやすいです。ブラックボックスはねじ曲がった権力の温床になりかねません。

「このような低い評価が付いているのはなぜか」「なぜこの人を異動させることにしたのか」「何をもって降格と判断したのか」など、これらについての説明責任を持たせる必要があるのです。

不透明な人事評価を防ぐためにも、管理職が昇進や異動などについてきちんと責任説明を行える組織を作っていきましょう。

人事の「見える化」でハラスメントを防ぐ

人事権の濫用を防ぐには、組織の状態を「見える化」するとよいでしょう。近年、人事評価にITシステムを取り入れる企業も増えています。全社的に適性検査などを導入し、パフォーマンス性や生産性などをデータに基づいて管理するという方法です。

組織の実態や人事評価などは非常にあいまいで、はっきりと目に見えません。それらを「見える化」し、必要なときいつでも誰でも閲覧できる状況にすると、おのずと人事権の濫用が起こりづらい職場環境になるでしょう。

人事権の行使には精緻な説明を求めましょう。余計な権力行使が行われないよう適切なプレッシャーを与えることも重要です