デュアルシステムとは、ドイツを発祥とする職業教育システムで学校教育と職業訓練を同時に進めるものです。日本版デュアルシステムやパターンとコース、導入している高校やメリット、問題点について解説します。
目次
1.デュアルシステムとは?
デュアルシステム(Dual system)とは、学校での教育と職場でのOJTによる職業訓練が同時に受けられるもので、ドイツで始まった職業教育システムです。
ドイツでは、訓練生としてパートタイムの職業学校と企業の両方で教育を受けます。訓練生は教育を受けている期間、企業と職業訓練契約を結ぶため、訓練生手当が支給され社会保障制度に加入できるのです。
現在はドイツだけでなく、世界中でデュアルシステムを導入する国が増加しています。
2.日本版デュアルシステムとは?
日本では、文部科学省と厚生労働省が連携して実施する「日本版デュアルシステム」が2004年にスタートしています。
日本版デュアルシステムとは、「働きながら学ぶ、学びながら働く」によって、若者を一人前の職業人に育てる新しいシステムとされているのです。ここではデュアルシステムが導入された背景や効果について説明します。
日本版デュアルシステムが導入された背景
デュアルシステム導入の背景として若年層のフリーターやニートの急増や、高卒者の就職状況の悪化が挙げられます。このような状況が続くと、若年層のキャリア形成に悪影響をおよぼすだけでなく、日本の経済に中長期的に影響を与えると懸念されていたのです。
日本版デュアルシステムに期待されている効果
日本版デュアルシステムの導入は、社会問題に対する解決の糸口として注目され、これまでに一定の効果が認められています。社会問題とはたとえば急増するフリーターやニート、少子高齢化による労働力不足、若年層の高い失業率や離職率などです。
では日本独自の職業訓練システムとして機能している、日本版デュアルシステムの効果の詳細について説明します。
フリーターやニートなどの社会問題の解決
フリーターやニートなどの社会問題の解決にもデュアルシステムは有効だとされています。日本版デュアルシステム導入直前の2002年、フリーターの数は約200万人に達しており過去最悪の数値となっていました。
デュアルシステムは、訓練生が持つ職業能力と企業が求める職業能力の不一致を減らしながら、一定の時間をかけて就職につなげる効果があります。
少子高齢社会における労働力不足の改善
デュアルシステムの導入は、若年層のキャリア形成にも良い影響を与えると期待されています。は少子高齢化が進んで生産人口が減少するなか、若者から高齢者まで働く意欲を持つ人に向けた環境整備が急務とされているのです。
能力を十分に発揮できる「全員参加型社会」の実現するには、若年層がキャリア形成を図り、次世代を背負って立つ存在として活躍することが欠かせません。
若者の技術、職業観の育成による雇用拡大
デュアルシステムで実践的な企業実習を行うと、若年層は職業観を育成しながら技術を究められます。座学だけでは習得できない点も実習がくわわるため、就労後における自身のイメージがより具体化するのです。
また昨今若年層を取り巻く雇用状況が厳しいだけでなく、若年層の就業意識にも変化が生じています。たとえば以前は経済的に豊かな生活を送りたいと考える人が圧倒的に多かったのに対し、最近では無理なく楽しい生活を送りたいと考える人が増えているのです。
このような就業意識の希薄化に対応するためにも、デュアルシステムで若いうちに働くことを意識させ、就業能力を持たせる必要があります。
離職率の改善
日本では中卒で7割・高卒で5割・大卒で3割が、就職後3年以内に離職することを「7・5・3問題」と呼び、問題視してきました。離職の理由として挙げられるのは、就職前と実際働き始めた後のギャップが大きい点。
デュアルシステムの場合、訓練修了後は実習先に就職するケースが多いため、ギャップが発生しにくく離職率も低くなると考えられています。
キャリア形成促進助成金
日本版デュアルシステムでは訓練にかかる費用や賃金を負担した企業に対しキャリア形成促進助成金が用意されています。
また企業が対象若年者などを雇用してデュアルシステムで訓練した場合、キャリア形成促進助成金の訓練経費と賃金の助成率は、中小企業であれば1/3から1/2に、大企業であれば1/4から1/3に引き上げられるのです。
3.デュアルシステムのカリキュラムの具体例
デュアルシステムでは、訓練生は職業学校での教育と職場でのOJTによる職業訓練を同時に受けられます。まさに「働きながら学べる」職業訓練制度でしょう。ここではデュアルシステムが持つカリキュラムの具体例について、説明します。
デュアルシステムのパターン
さまざまな訓練カリキュラムのパターンがあるデュアルシステム。では、そのパターンをいくつか例を挙げて説明します。
訓練カリキュラムのパターン例
デュアルシステムの訓練カリキュラムには、下記のようなパターンがあります。
- 週3日は訓練学校における学習、週2日は企業実習
- 午前中は訓練学校における学習、午後は企業実習
- 1~2カ月ごとに訓練学校における学習と企業実習を交互に実施
訓練を効果的に進めるため、訓練カリキュラムのパターンは学校と企業でしっかりと協議したほうがよいでしょう。
デュアルシステムのコース
デュアルシステムには公共職業訓練活用型をはじめ、4つのコースがあります。ここでは各コースについて詳しく説明します。
公共職業訓練活用型(委託訓練活用型)
専門学校といった民間機関で座学を受け、同時に企業実習を行う実践的な職業訓練コースです。正社員経験が少ない人を対象に、ビジネススキルの習得や専門知識を実践的に身につけるシステムとなっています。一般的に4カ月のコースとされているのです。
公共職業訓練活用型(専門課程・普通課程活用型)
独立行政法人雇用・能力開発機構の公共職業訓練施設で座学を受け、同時に企業で実習を行う2年間のコースです。技術部門と現場をつなぐマネジメント能力のある人材育成を目的としています。
対象となるのは高校卒業者で、受講料は有料。修了後は、技能士補の称号が得られます。就職の際、職業能力開発大学校のサポートを受けられる点から、就職率も比較的高いとされているのです。
認定職業訓練活用型
都道府県知事が認定した訓練を行う認定職業訓練施設が、すでにある訓練科をデュアルシステムの訓練科に変更、または新たにデュアルシステムの訓練科を設置することで実施されるコースです。期間は9か月~2年程度です。
専門学校等民間教育訓練機関活用型
訓練修了後に就職を目指す求職者を対象として、国や自治体などから委託を受けた専門学校などの民間教育訓練機関が生徒を募集し、実施するコースです。一般的には、4か月の座学講義を受けたのち、実習先の企業において1か月間の実習訓練を行います。
4.デュアルシステムを導入している高校
学校と企業が一体となって生徒を育成するデュアルシステム。デュアルシステム科を設置している高校や、デュアルシステム科以外でデュアルシステム実施を希望できる高校があるのです。デュアルシステムを導入している高校の事例を紹介します。
東京都立多摩工業高校
東京都立多摩高等学校では、平成30年より企業と学校が連携した教育システムであるデュアルシステム科をスタートしました。企業への就職を想定し、専門科目では機械や電気、化学系の基礎を学習、普通科目では普通高校と同様の基礎科目を学習します。
職業訓練ではインターンシップ5日を2回、長期就業1カ月を3回行います。長期就業訓練期間中は学校での授業を行えないため、2年生と3年生を対象に補充授業を実施しているのです。
山梨県立農林高等学校
山梨県国中地域の専門学校における「日本版デュアルシステム」推進事業として、平成17年10月~平成18年1月にかけてデュアルシステムを10日間実施しました。
環境土木科と造園緑地科の生徒が参加し、毎週金曜日の授業を専門科目のみで編成。終日企業に赴いてデュアルシステムとして実習を行ったのです。
実習先は実習生の勤労感や職業観を考慮したうえで、専門学校の特徴を生かし各学科の専門性が追求できる企業を中心に選出しています。
東京都立葛西工業高校
東京都立葛西工業高校では、平成30年からデュアルシステム科をスタート。働く体験を授業としており、就職実現率100%を実現するだけでなく、生徒が自身に合った仕事を見つけられるように取り組んでいます。
主に機械系の学習を行い、ものづくりを行う企業のエンジニアを育成しているのが特徴。また1カ月の就業体験を最大4回実施し、座学と就業体験を重ねて職業選択をより具体化させています。
宮城県立一迫商業高等学校
地元商工会と連携して地域密着型のデュアルシステムの研究開発を行っているのが、宮城県立一迫商業高等学校です。「起業」について地域産業界と連携を取りながら、長期企業実習を可能にするシステムの構築を図っています。
実習は一迫地域内での販売実習です。宮城県立一迫商業高等学校では、デュアルシステムを栗原地域で行うため「栗原版デュアルシステム」と呼んでおり、企業実習と起業家研究、販売実習を3本柱と位置づけています。
5.デュアルシステムのメリット
デュアルシステムには、どのようなメリットがあるのでしょう。ここからはデュアルシステムにおける学校や生徒、企業のメリットについて説明します。
学校や生徒にとってのメリット
学校や生徒にとってのメリットは、下記のとおりです。
- 就職率の向上が期待できる
- 実習にて適性を見極められるため、より自分に合った仕事に就ける
- 実践力が高められるため、就職にて有利になる
- 実習として企業で働くため賃金収入があり、学費の負担が軽減する
- 修了時の成績評価により、採用時に企業から適切な評価を受けられる
デュアルシステムをうまく活用すると、若年者を豊かな職業人に育成できます。また経済的な理由で進学ができない若年者の救済措置になる点も期待されているのです。
企業にとってのメリット
企業にとってのメリットは、下記のとおりです。
- 優秀な若年人材を確保できる
- 実習期間中に人材を見極められるため、機会損失を減らせる
- 繁忙期に合わせた要員計画に沿って実習計画を立てるため、若年人材へ実習しながら、生徒を労働力として活用できる
- 修了時の成績評価により、職業能力が保証された人材を獲得できる
業務に直結する座学と実習を積み重ねた人材が比較的容易に確保できる点は、企業にとって非常に大きなメリットでしょう。
6.デュアルシステムの問題点
日本版デュアルシステムには多くのメリットがある一方、課題もあります。最後に日本版デュアルシステムの問題点について説明しましょう。
- 訓練生の参加意欲をどう引き出すか
- 費用負担と参加企業をどう増やすか
①訓練生の参加意欲をどう引き出すか
日本版デュアルシステムの対象であるフリーターやニートの就職意欲は低く、参加率も低いです。フリーターやニートの参加を促し、日本版デュアルシステムの効果を向上させる点は今後の課題のひとつでしょう。
②費用負担と参加企業をどう増やすか
訓練生を受け入れる場合、国からキャリア形成促進助成金が支給されます。しかし賃金や訓練費用は企業側が負担しなければなりません。「負担はあるものの企業にはメリットがある」と周知して今後、参加企業を増やしていく必要があります。