退職の引き止め行為とは、労働者が退職を申し出たとき、会社から引き止められることです。ここでは、対処法なども含め解説します。
1.退職の引き止め行為とは?
退職の引き止め行為とは、労働者が退職を申し出たとき、会社が引き止める行為のこと。ここでは「会社はなぜ引き止めるのか」といった理由から、しつこい引き止めや退職の引き止めに応じた際のデメリットについて、解説します。
会社はなぜ引き止めるのか?
会社が退職を引き止める理由は、3つあると考えられます。それぞれについて解説しましょう。
- 会社として損失がある
- 上司としての立場を守る
- 退職者への思いやり
①会社として損失があるため
材採用・人材育成には、コスト・時間の両方がかかります。退職希望者を引き止めなければ、会社は今までのコストが無駄になるうえ、新規採用者の質が一定せず、人員不足による一時的な生産性の低下といった損失を被る可能性があるのです。
②上司としての立場を守るため
部下が退職を申し出た際、直属の上司は会社から「管理職としてマネジメントスキルが不足」といった評価を下されかねません。上司としても、手塩にかけた部下が辞める精神的ダメージや人員配置の再考といった問題を避けたいと考えています。
③退職者への思いやり
「もう少しで昇進できる」「もう少しでスキルが身につく」「もう少しでプロジェクトが成功する」など、「あともう少しがんばれば新たなフェーズで活躍できる」と、上司が労働者の将来を案じるあまり、退職を引き止めるケースも少なくありません。
しつこい引き止めは在職強要
しつこい引き止めは在職強要となります。在職強要とは、退職しない、つまり労働者の意思に反して在籍を強要する行為のこと。ここでは在職強要の事例として、下記の3つを解説します。
- 昇給や希望部署への異動を提案してくる
- 後任が見つかるまで退職を引き伸ばされる
- 損害賠償を請求してくる
- 給与を支払わない
①昇給や希望部署への異動を提案してくる
退職を希望する労働者に対して退職しないことを条件に、会社は昇給や希望する部署への異動、ポジションの引き上げなどを提案します。しかし退職しなかった場合、これら条件が実現するとは限りません。なかには空手形になってしまうときもあります。
②後任が見つかるまで退職を引き伸ばされる
後任を見つけられないのはあくまで会社側の事情で、退職希望者には関係ありません。退職に目処が立たなくなるのを避けるためには、退職日を延ばさないことが重要です。会社が応じない場合は、内容証明郵便で退職通知を会社に送りましょう。
③損害賠償を請求してくる
雇用契約では、違約金や損害賠償の予定を禁じています。つまり退職によって損害賠償を請求されるという状況自体が違法ですので、そのような脅しに屈する必要はありません。
たとえば備品の損壊などで賠償責任が発生するケースでも、それと退職とは別だと考えるべきです。
④給与を支払わない
退職を理由に、労働者へ「残りの給与は支払わない」「最終月の給与は支払わない」とした場合でも、会社には労働者に対価として給与を支給する義務があります。つまり労働者へ給与を支払わなくてはならないため、このような強要は無効になるのです。
退職の引き止めに応じたとき想定されるデメリット
退職の引き止めに応じたとき、想定されるデメリットがあります。それぞれについて解説しましょう。
- 社内での信用がなくなる可能性もある
- 昇給や異動が空手形に終わる
- 二度目の退職願が出しにくくなる
①社内での信用がなくなる可能性もある
退職の引き止めに応じても、一度は会社を辞めようと考えた人物だと周知されれば、社内での信用がなくなります。仮に会社に残っても、昇進や昇格で不利な扱いを受けたい、居場所を失ったりする可能性もあるでしょう。
②昇給や異動が空手形に終わる
退職希望者を引き止めるため、会社が昇給・希望部署への異動の提案といった在籍強要を行う場合があります。応じてしまうと、特別扱いについて後ろ指を指されたり、引き止め条件だった昇給や異動が空手形で終わったりする可能性もあるでしょう。
③二度目の退職願が出しにくくなる
一度でも引き止めに応じてしまえば、「また引き止めれば応じるだろう」「退職の意志が強いわけではないだろう」と思われます。さらにもう一度退職をしたいと思った際、再び退職願を提出しにくくなるでしょう。
2.退職の引き止めについての法律
退職の引き止めについて法律があります。ここでは下記について解説しましょう。
- 退職の法定義
- 退職と解雇の違い
- 退職は被雇用者の権利
- 原則、雇用形態によって退職できるタイミングが違う
①退職の法定義
退職の法定義とは、労働者が以下のいずれかに該当するとき退職と認められる定義のこと。
- 退職を願い出て会社が承認したとき、または退職願を提出して14日を経過したとき
- 期間を定めて雇用されている場合、その期間を満了したとき
- 第9条に定める休職期間が満了し、なお休職事由が消滅しないとき
- 死亡したとき
②退職と解雇の違い
退職と解雇の違いは、下記のとおりです。
- 退職…雇用契約を労働者側の権利行使により途中で打ち切ること
- 解雇…雇用契約を使用者側の権利執行により途中で打ち切ること
解雇の例には、「勤務状況が著しく不良で改善の見込みがなく、労働者としての職責を果たし得ない」「精神または身体の障害により業務に耐えられない」などがあります。
③退職は被雇用者の権利
退職は被雇用者の権利です。退職は、労働者が一方的な意思表示をすると効力が発生します。
また民法第627条では、「期間の定めのない雇用契約は、一部例外を除き解約の申し入れ後2週間で終了する」となっているのです。そのため退職は、被雇用者の権利だといえます。
④原則、雇用形態によって退職できるタイミングが違う
原則、雇用形態によって退職できるタイミングに違いがあります。雇用期間に定めがある労働者の場合、原則、期間終了まで退職できません。雇用期間の定めがない月給制と年俸制の場合、以下のようになります。
- 月給制…期間の前半までに解約の申入れをすると、次期からの雇用契約を終了させられる
- 年俸制…少なくとも3カ月前までに退職の申し出をしなければならない
3.退職を引き止められたときの主な対処法
退職を引き止められたとき、どうすればよいのでしょうか。ここでは3つの対処法について解説します。
- 退職の明確な意思表示をする
- 給与明細書や雇用条件通知書などを保管しておく
- 弁護士に相談する
①退職の明確な意思表示をする
会社から退職の引き止めにあった際は、しっかりと退職の意思を会社に明示します。口頭だけでなく、意思表示を客観的な事実として記録に残しておく意味でも、退職届を作成し、会社に提出するとよいでしょう。
②給与明細書や雇用条件通知書などを保管しておく
退職の意思表示をしたにもかかわらず引き止められ、なかなか辞められない場合は、労働審判・訴訟などの際に証拠として提出できるよう書類を保管しておきます。たとえば給与明細や雇用条件通知書、退職届のコピーなどです。
③弁護士に相談する
退職の意思表示をしたにもかかわらず退職を拒否されたといった話し合いができない場合、法律の専門家である弁護士に相談しましょう。内容証明郵便を使って退職の日付や意思表示の証拠を明確にし、あとは弁護士に法律に則って対処してもらいます。
4.退職を引き止められないようにするための事前準備
退職を引き止められないようにするには、どうすればよいのでしょうか。その事前準備について5つを解説します。
- ゆとりのあるスケジュールを組む
- 社会人としての礼儀を守る
- 前向きな理由、生活の変化による理由を用意する
- 会社への不平不満を退職理由にしない
- 退職届と退職願の違いを知っておく
①ゆとりのあるスケジュールを組む
期間の定めがない労働者は原則、いつでも退職を申し出られます。民法の規定では、会社の承認がなくても退職の申出をした日から起算して14日を経過すれば退職できるのです。
しかし引継ぎや後任の準備などを考えると、約3カ月前から準備するようなゆとりあるスケジュールを組んだほうがよいでしょう。
②社会人としての礼儀を守る
円満退職をしようとするのなら下記のように、今まで一緒に仕事をしてきた上司や同僚、部下へ配慮しましょう。
- 直属の上司へ退職について事前に相談する
- 社内における退職までの手順を確認する
- 同僚や部下への周知方法を検討する
③前向きな理由・生活の変化による理由を用意する
たとえば次のような理由の場合、引き止められにくくなります。この場合、退職願への記載は「一身上の都合」で構いません。
- キャリアアップや夢の実現といった前向きな人生設計に関する理由
- 介護などプライベートな理由
④会社への不平不満を退職理由にしない
仮に退職理由が会社に対する不満でも、それをストレートに話す必要はありません。不平不満を退職理由にしてしまえば、退職の意思表示をしたあと働きにくくなったり、不満の解決を提案され、退職の引き止めにあってしまったりするかもしれません。
⑤退職届と退職願の違いを知っておく
それぞれの特徴は、次のとおりです。
- 退職届…労働者が会社に対して退職を通告する書類
- 退職願…労働者が会社に退職に関する合意を求める書類
ここで知っておきたいのは、以下のような違いがある点です。
- 退職届…いったん提出してしまったら原則、撤回できない
- 退職願…承諾される前なら撤回できる