男性育休とは、母体にダメージが残る出産直後に父親も育児と向き合える休業のことです。ここでは男性育休のメリットや給付金、企業の取り組みなどについて解説します。
目次
1.男性育休とは?
男性育休とは、父親を対象とした育児休業のこと。母体のダメージが大きい出産後8週間以内に、最大4週間までの育児休業を取得できます。
2021年6月に成立した「育児・介護休業法」の改正は、男性の育児休業推進が中心となりました。育休取得のハードルを下げ、父母そろって育児と向き合うのを狙いとする制度です。
2.育休制度の基本
育休制度は、母親はもちろん父親も取得できる制度です。正しくは「育児休業、介護休業等育児または家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」によって定められた「子を養育する労働者が法律にもとづいて取得できる休業」といいます。
企業が独自に設定した制度である育児休」と混同されがちですが、育児休業は国が法律で定めた労働者の権利です。ここでは育休制度の基本について説明します。
育休の期間
育休期間は原則、子が1歳に達するまで(最長2歳まで延長可能)。父親の場合、厳密には配偶者の出産日当日を休業開始日として、子が1歳になる誕生日の前日までとなります。
共働きの夫婦両方が育休を取得する場合、分担して取得すれば父親または母親のどちらかが1歳2カ月まで延長できる制度を「パパママ育休プラス」といいます。
また産後8週間以内に父親が育児休業を取得していれば、特別な事情がなくても2回目の育児休業を取得できる制度が「パパ休暇」です。
短時間勤務等の措置
2009年の改正では、短時間勤務の措置を含む育休制度が導入されました。これは1日の所定労働時間を原則として6時間(5時間45分から6時間)とするもの。短時間勤務制度を設けたうえで、所定労働日数の短縮を設けて労働者の選択肢を増やすのも可能です。
子の看護休暇制度
負傷あるいは疾病にかかった子どもの世話、または予防を図るために必要な世話を行う休暇制度のこと。子育てをしながら働き続けるための権利で、年次有給休暇と別に与える必要があります。
子の看護休暇とは?【わかりやすく解説】有給、無給、法律
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1.子の看護休暇とは?
子の看護休暇とは、病気やケ...
時間外労働の制限
就学前の子どもを養育する労働者に対して、所定の時間を超える時間外労働をさせてはいけないという制限のこと。
事業主は事業の正常な運営を妨げる場合を除き、1カ月のうち24時間、1年のうち150時間を超える時間外労働はさせられません。
深夜業の制限
就学前の子どもを養育する労働者が請求した場合、企業はその労働者を深夜(午後10時から午前5時まで)に労働させられません。ただし勤続年数1年未満の労働者や、深夜に子どもを保育できる同居の家族がいる労働者などを除きます。
不利益取扱いの禁止
育休制度では所定外労働や深夜業に対する請求があった場合、その申出を理由とした解雇や減給など労働者に不利益な取扱いを行えません。また昇進や昇格の人事考課にて、これらを事由とした不利益な評価を行うのも禁じられています。
育児休業等に関するハラスメントの防止措置
育休制度では、育児休業に対するハラスメントの防止措置を講じるのも義務づけています。
たとえば「産前休業の取得を相談したところ、休みを取るなら辞めてもらうと言われた」「時間外労働の免除について相談したところ、次の昇進はなくなるかもよと脅された」といったものです。
3.育休の給付金
育児休業給付金とは、給与が支払われない育児休業中の労働者が雇用保険から受け取れる手当のこと。一定の要件を満たした労働者を対象に、最長2年まで支給しています。育休の給付金について説明しましょう。
育休中の給与
育児休業中の給与は原則、無給です。ノーワークノーペイの原則から、会社に支給の義務はありません。
育休中の無収入による経済的な不安を解消するための制度として制定されたのが、雇用保険の「育児休業給付金制度」です。休業開始から6カ月までは給与の約67%、それ以降は約50%の支給を受けられます。
育休給付金の受給資格
育児休業給付金を受給するためには、以下すべての要件を満たす必要があります。
- 支給対象期間中に雇用保険の一般被保険者である
- 育児休業取得時期に1歳未満の赤ちゃんを育てている(父母ともに育児休業を取得する場合は1歳2か月まで、保育所に入所できないなど特定の事情がある場合、1歳6か月あるいは2歳まで延長可能)
- 育児休業を開始する前の2年間のうち、11日以上働いた月が12か月以上ある
育休給付金の支給額
育休給付金の支給額は、次の計算式で算出します。
休業開始時の賃金日額×支給日数(原則30日)×67%(休業開始から6か月経過後は50%)に相当する額
ここでいう「休業開始時の賃金日額」とは原則、休業開始前6カ月分の賃金を180で割った額で、支給期間は1か月単位です。社内の給与担当者が実務として計算する可能性はないものの、労働者からの質問があった際に説明できるとよいでしょう。
4.男性育休のメリット
男性の育児休業取得にはさまざまなメリットがあります。労働者側と企業側、双方から見た男性育休のメリットについて説明しましょう。
労働者のメリット
労働者から見る男性育休のメリットは、下記の3つです。
- 子どもと過ごす時間が増える
- パートナーのサポート
- キャリアプランを考えるきっかけになる
①子どもと過ごす時間を得られる
一昔前まで「父親といえば家族を支えるためにがむしゃらに働くことが正義。子の育児に参加できないのもやむなし」という時代でした。
しかし近年、父親が子どもと一緒に過ごす時間が短い場合、子どもの成長そして父親が子育ての喜びを享受するという面から問題があると叫ばれるようになったのです。事実、子どもの成長を共有できないことについて悩んでいるという父親の割合は増えています。
②パートナーのサポート
育児休業を取得するとパートナーのサポートができます。夫婦が協力して子育てをした場合、育児の苦楽を分かち合えるため、妻の夫に対する愛情がV字回復するという調査結果も出ているのです。
アメリカでは夫婦仲のよさが子どもの自己肯定感の高さにもつながり、学力にも影響するともいわれています。
③キャリアプランを考えるきっかけになる
出産育児は母親だけでなく父親のキャリアプランを考える際にも大きなきっかけとなります。
子どもが何歳になったときにどのくらいの支出があるのか、それに向けていつからどのような準備を進めていけばよいのかなど、プライベートをふまえたキャリアプランを考えるきっかけになるのです。
このように自身のライフプランを考慮しながら会社でのキャリアを考える人は少なくありません。
企業のメリット
男性の育休取得は、企業にもいくつかのメリットを与えます。
- 生産性の向上
- 助成金の支給
- 社会的な評価がアップ
①生産性の向上
2021年に積水ハウスが実施した調査では、約7割が「男性の育児休暇制度は取得する男性労働者の仕事に好影響を与える」と回答しました。
実際に育児休暇を取得した男性の9割が「好影響を与える」と回答しているのに対して、育児休暇を取得していない男性が「好影響を与える」と回答したのは6割。
結果からもわかるように、育児休業の取得がワークライフバランスの意識向上、生産性向上に影響を与えているのです。
②助成金の支給
育児休業には事業主に助成金を支給する制度もあります。厚生労働省によって支給される制度を「出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)」と呼びます。
出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)は、男性労働者が育児休業を取得しやすい職場風土を作り、さらに育児休業を取得した場合に支給されるのです。
また個別面談や育児休業を取得しやすい職場づくりのための研修といった、取得を後押しする取り組みを行った場合、支給される金額が増えます。
③社会的な評価がアップ
高い育児休業取得率を公表すれば、社会的評価が上がり、業務拡大にもつながるでしょう。もちろん社内の雰囲気や既存制度がこれまで以上によいものになる期待もできます。
自治体のなかには子育てに参画した経験を生かして働ける企業の拡大をサポートしているところもあるため、確認してみるとよいでしょう。
5.男性育休取得の現状
労働者と企業、ともにさまざまなメリットのある男性育休ですが、残念ながら取得の現状は芳しくありません。ここではアンケート結果から男性育休取得の現状について説明します。
厚生労働省による育休取得率
厚生労働省が発表した「雇用均等基本調査」によると民間企業に勤める男性の育児休業取得率は2020年で12.7%。前年からの上昇幅は5.2%と過去最高の数値です。これを受け、政府は2025年までに男性の育児休業取得率を30%にするという目標を掲げました。
男性育休取得率の上昇には「働き方改革」による意識の高まり、そしてコロナ禍による価値観変容が大きく影響したものと考えられています。
厚生労働省による業種別の育休取得率
同調査では業種別の育休取得率も発表しています。もっとも取得率が高かったのは金融業・保険業の31%。これに情報通信業の14.8%、製造業の14.1%が続きます。
結果の背景には、「戦略的に男性の育休取得を促進する企業が多い」「裁量労働制といった柔軟な勤務制度が浸透している」「正規雇用者が多い」点が挙げられます。
育休取得日数
取得率の高い業種ほど男性の育児休業の期間が長いわけではありません。厚生労働省の調査を見ると育休取得率の高かった金融業・保険業では、64.0%もの割合が5日未満という結果でした。
同じく取得率の高かった情報通信業や学術研究、専門技術サービス業では、1カ月以上6か月未満が約半数を占めています。取得率の高い業種ほど取得日数が長いとは一概にいえないのです。
ハラスメント
2021年6月の法改正により男性も育児休業を取得しやすくなった一方、申請した男性が上司や同僚からパタハラを受けるケースも問題視されています。
パタハラ(パタニティー・ハラスメント)とは、育児休業や短時間勤務などを申し出た男性に対して嫌がらせを行うハラスメントのこと。
厚生労働省の調査では育児休業を利用しようとした男性のうち4人に1人がパタハラを経験、その半数近くが育休取得を諦めていたとわかっています。
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パタハラとは育休を取得する男性社員に対するハラスメントです。ここでは、パタハラについて詳しく解説します。
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6.男性育休の義務化
法改正を機に、企業には男性労働者が育休を取得しやすい雇用環境の整備と制度の周知および取得の意向確認が、義務づけられました。ここでは育児法改正および男性育休の義務化について説明します。
育児法改正
改正育児介護休業法は2021年6月に成立し、2022年4月から順次施行されることになりました。本改正の大きなポイントは次の5つです。
- 周知・意向確認義務
- 育休の分割取得
- 出生時育休制度の創設
- 非正規労働者の休業取得要件の緩和
- 大企業の取得率公表義務化
①周知・意向確認義務
第一に育児休業制度の周知および意向の確認です。いくら制度ができても、現場への周知やまわりの理解がなければ取得率は変わりません。
また育休の周知・意向確認はすべての事業主に適用される義務であり、ポスターでの周知だけでは認められません。周知・意向確認を怠った場合は指導や勧告の対象となり、最終的に企業名が公表される場合もあります。
②育休の分割取得
本改正により、育児休業の分割取得が可能になりました。現行の育児休業はこれまで分割して取得できませんでしたが、妻の出産時と退院後に分けて休むニーズを想定し、2回まで分割できるようになっています。
後述する「出生時育休制度」と併用すれば、男性は子どもが1歳になるまで合計4回の育児休業が取得できるのです。
③出生時育休制度の創設
出生時育休制度とは、子どもが生まれてから8週間以内に最大4週間の休業を2回に分けて取得できる制度のこと。本改正により新設された制度で「男性版産休」とも呼ばれているのです。
出産後の8週間は母体の回復のためとても大切な時期といわれています。新たに設立された出生時育休制度によって、配偶者の協力が不可欠なこの時期に休みを取得できるのです。
④非正規労働者の休業取得要件の緩和
2022年に施行される育児休業制度では、アルバイトやパートなど非正規雇用労働者の取得要件も緩和されます。改正前にあった「継続して雇用された期間が1年半以上である」という要件が廃止されました。
「子どもが1歳6カ月までの間に契約が満了することが明らかでない」という要件のみとなり、無期雇用労働者と同じ扱いになります。
⑤大企業の取得率公表義務化
2023年4月からは男性育休取得率の公表も義務づけられます。取得率の公表によって育休を取りやすい風土を作ることが狙いで、対象となるのは労働者数が1千人を超える大企業です。
育休取得率の高さは企業イメージの向上につながります。またSDGsやESG投資などと同じく、企業の社会的評価や投資の判断基準になることも予想されるのです。
7.男性育休への企業の取り組み
男性育休取得促進のため、企業はどのような取り組みを行っているのでしょうか。ここでは各企業の取り組みについて説明します。
日本ユニシス
日本ユニシスでは、男性の育児休業取得促進に向けて次のような取り組みを行いました。
- 小学校6年生まで短時間勤務に変更可能
- パパ向け社内SNSを活用した情報交換
- 育休取得者や復職者の不安を払拭するためのワークショップや座談会を開催
- 経営層から男性育休推進についてメッセージを発信
これらの活動により、男性の育休取得率は2014年度の3%から2017年度には17.6%まで大幅にアップしました。
京葉銀行
京葉銀行では他社に勤めるパートナーも参加できる夫婦参加型セミナーを開催し、夫婦間の話し合いをサポートしています。
ほかにも子どもの誕生日や学校行事などにあてるための記念日休暇や、育休中の資格取得者に対する報奨金の支給、短時間勤務のトライアルを実施して制度利用への理解促進などに取り組んでいるのです。
この結果、男性労働者の育休取得率が2014年度の2.2%から、2017年度には25.5%と10倍以上になりました。
田辺三菱製薬
わずか1年で男性の育休取得率を5.8%から36.0%まで引き上げたのが田辺三菱製薬です。同社では会社が所有する営業車で自宅から保育所や学童保育へ送迎できるよう、営業車にチャイルドシートを設置。
また仕事と育児の両立を支援する「イクキャリ継続プログラム」を導入したところ、育児休業中にminiMBAを受講する労働者が増加し、キャリア継続の意識向上に役立ちました。
ほかにもテレワークなど柔軟な働き方を導入して、男性管理職の育休取得率が0%から25.0%に大きくアップした成功事例です。