クロスアポイントメント制度とは、公的研究機関と民間企業が雇用契約を結んで業務を行う制度のことです。ここではクロスアポイントメント制度の仕組みやメリット、導入事例などについて解説します。
目次
1.クロスアポイントメント制度とは?
クロスアポイントメント制度とは、研究者などが大学や公的研究機関、民間企業とのあいだでそれぞれ雇用契約を結び、業務を行う制度のこと。
本制度の活用には、組織の壁を越えた研究者等人材の活躍、研究機関間での技術の橋渡しなどが期待されています。つまり研究者の知見を最大限に活用する環境を整えられるのです。
この制度は内閣府の取りまとめのもと、2014年12月に「クロスアポイントメント制度の基本的枠組みと留意点」として公表されました。
クロスアポイントメント制度の別名
クロスアポイントメント制度では、各機関が研究者の給与を分担して雇用するため、「混合給与制度」と呼ばれる場合もあります。混合給与制度の活用によって、研究機関の活用や教育活動、企業活動が並行して行えるようになるのです。
クロスアポイントメント制度と副業との違い
優れた知見を持つ人材が研究機関や企業の枠を超えて活躍できるクロスアポイントメント制度は、兼業や副業と混同されがちです。しかしそれぞれ下記のような違いがあります。
- クロスアポイントメント制度:業務は従事比率の範囲内で実施される。研究機関でのリソースは協定の範囲内で利用可能
- 兼業:業務外として実施されるという点が異なります。そのため属している組織のリソースは原則、利用できない
クロスアポイントメント制度と共同研究との違い
クロスアポイントメント制度と類似した制度として、共同研究もあります。2つの違いは、下記のとおりです。
- クロスアポイントメント制度:業務時間を個別に設定可能。インセンティブを得るのも可能
- 共同研究:特に定めはない。基本、収入は生じない
2.クロスアポイントメント制度が誕生した背景
クロスアポイントメント制度誕生の背景にあるのは、卓越した人材が活躍できる環境の整備が必要になった点。新たなイノベーションを創出するには、大学や研究機関の技術と知見が民間企業に円滑に橋渡しされる必要があります。
クロスアポイントメント制度の導入によって、研究者がそれぞれの機関で役割に応じて研究に従事できるようになったのです。
また本制度の活用によって、「研究者人材が組織の壁を越えて活躍する」「イノベーションナショナルシステムにおける技術の橋渡しが強化される」なども期待されています。
3.クロスアポイントメント制度の仕組みと留意点
クロスアポイントメント制度を活用すれば、人材が好循環したり新たなイノベーションが創出したりできるでしょう。しかしクロスアポイントメント制度を利用する際、どのような点に注意すればよいのでしょうか。
ここではクロスアポイントメント制度の仕組みと留意点について説明します。
クロスアポイントメント制度の仕組み
クロスアポイントメント制度が制定されるまで研究者は一般的に、雇用関係を結ぶ機関と非常勤の機関とにわかれていました。
本制度では、大学での全仕事時間を100%とした場合、研究実施に必要な時間は大学と出向先で配分率を定めます。出向労働者である教員や研究者が、それぞれの機関で職員の身分を有して業務を行うのです。
クロスアポイントメント制度の留意点
クロスアポイントメント制度の実施にあたって、いくつかの留意点があります。
- 労働契約
- 在籍出向型の場合
- 医療保険と年金
- 雇用保険
- 労働者災害補償保険(労災保険)
①労働契約
クロスアポイントメント制度を実施する際は、労働契約にて以下の点に留意します。
- 出向元機関が研究者に出向を命じる際、対象者の個別的な同意を得る必要がある
- 出向先での賃金や労働条件、復帰の仕方や出向期間などが労働者の利益に配慮して整備されている
なお必要性の認められない出向命令、対象労働者の権利を濫用したと認められる辞令は労働契約法第14条にもとづいて無効となります。
②在籍型出向に関する留意点
在籍型出向のクロスアポイントメント制度は、職業安定法第44条で禁止されている労働者供給事業に該当する場合があります。労働者供給事業と区別するため、以下に留意しなければなりません。
- 出向元と出向先の関係および出向の目的が、明確に整理されている
- 出向の内容が、労働者供給事業と合理的に区別できる
- 賃金(賃金相当の資金)の流れが、明確化になっている
③医療保険と年金
医療保険と年金は、実施機関間でのクロスアポイントメント協定、あるいはそれぞれの機関との雇用契約にもとづいて支払われます。
出向元または出向先のいずれかが一括して給与を支払う場合、支払う機関の医療保険、年金制度を適用が可能です。この場合の保険料は、当該機関が給与全額に賦課して支払います。
④雇用保険
同時に2つ以上の雇用関係を有する状況になった場合、雇用保険は「被保険者が生計を維持するのに必要な主たる賃金を受ける1つの雇用関係についてのみ」認められます。複数の機関でそれぞれ被保険者資格は認められません。
医療保険や年金と同じく、出向元または出向先のいずれかが一括して給与を支払う場合、支払う機関との雇用関係に被保険者資格が認められるのです。
⑤労災保険
労働者災害補償保険、いわゆる労災保険も医療保険や雇用保険と同様です。在籍型出向の形態によって出向元または出向先のいずれかが一括して給与を支払う場合、給与を一括して支払う機関が労働者災害補償保険料を納付します。
4.クロスアポイントメント制度のメリット
人材の好循環を実現し、技術の橋渡しを担うクロスアポイントメント制度にはいくつかのメリットがあります。ここではクロスアポイントメント制度のメリットを研究者側、企業(あるいは大学)側、それぞれの立場から説明します。
研究者側のメリット
研究者側から見たクロスアポイントメント制度のメリットについて、見ていきましょう。
- 大学における知を活用しながら柔軟な研究活動を実施できる
- 企業リソースを有効活用できる
- 制度によってインセンティブの付与も可能
①大学における知を活用しながら柔軟な研究活動を実施できる
クロスアポイントメント制度の協定では、労働条件を中心に調整されます。そのため具体的な業務内容や実施期間などについて、研究者の意向に即してある程度自由に調整可能です。
またそれぞれの機関に身分を持ち、両機関の人的ネットワークを活用して副次的な知見を得るのも期待できます。
②企業リソースを有効活用できる
クロスアポイントメントをする研究者は、出向先の社員としての身分を持ちます。それにより企業の設備やインフラ、研究機器など出向先企業のリソースを活用できるのです。また人的ネットワークや業務に関連する周辺技術の知見も得られます。
これは研究者側にメリットがあるのと同時に、企業にとっても自社技術の発展、先端技術の導入などのメリットとなるのです。
③制度によってインセンティブの付与も可能
クロスアポイントメント制度では新たなイノベーションの創出に期待して、インセンティブ付与の実施を推奨しています。企業で実施する業務内容を査定し、その額が大学における基本給与額を上回った場合、差額をインセンティブとして支給する取り組みです。
2018年度、この取り組みはすでに5つの大学で実施されています。
企業や大学のメリット
クロスアポイントメント制度の実施によって企業や大学が得られるメリットを、見ていきましょう。
- 研究活動の活性化
- 技術開発の推進
- 知的財産の明確化
①大学の研究活動の活性化
大学といった研究機関に勤める教員が企業に所属して研究開発に従事すれば、おのずと企業の事業や研究開発プロセスを理解、体験します。
ここから新たな研究テーマの発見や研究の進展、ひいては大学における研究活動の活性化や発展につながるでしょう。
②企業の技術開発の推進
企業によっては新規事業の分野や中核事業以外の研究分野、急速に発展するICT技術などを持つ研究者が不足している場合もあります。需要が高いこれらの研究者は採用が困難だったり、自社で雇用するニーズに満たなかったりする可能性もあるのです。
そこでクロスアポイントメント制度を活用し、自社に不足している分野の研究者に活躍してもらいます。
③知的財産が明確になる
共同研究や研究では、成果やそれにともなう知財の権利帰属を判断しにくいという課題があります。
その点、大学といった研究機関と企業のあいだで協定を結ぶクロスアポイントメント制度は、両者の合意のもと、成果や知的財産の取り扱いや秘密情報保護について明確に定められるのです。
エフォート率や施設利用の考慮すべき論点、知的財産の権利帰属先などをあらかじめ明記、管理したうえで実施します。
5.「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」からみた現状
2016年に文部科学省および経済産業省は「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」を策定しました。本ガイドラインではクロスアポイントメント制度の現状や適用実績、拡充のための対策などについて記載しています。
「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」とは
産業界からみた大学などの研究機関の課題とその対策についてまとめた指標のこと。大学と企業の組織的な連携体制を構築する目的で策定されました。
企業がイノベーションの創出を加速するには、自社だけでなく外部の資源を活用する取り組みが必要です。企業と大学といった研究機関が連携して事業に取り組めば、基盤的な研究をより発展できるでしょう。
企業と大学などの研究機関が互いに対等なパートナーとして連携していくための指標として定められたのが「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」です。
クロスアポイントメント制度の適用実績
2014年に「クロスアポイントメント制度の基本的枠組と留意点」がまとめられて以来、クロスアポイントメント制度の活用実績は年々増えています。
文部科学省の報告によれば、2017年度に大学から企業へ移動したのは7人でした。しかし翌2018年度では17人に増加しています。
一方、大学といった研究機関から企業以外へ移動したのは221人(2018年度は265人)と、企業以外への移動が大半を占めているのです。
企業から大学への移動も同様で、企業以外の研究機関と大学間での移動がほとんどという結果になっています。大学と企業の移動はまだまだ少ないのが現状です。
クロスアポイントメント制度を拡充していくための対策
クロスアポイントメント制度をさらに拡充するには、どのような対策を講じればよいのでしょう。クロスアポイントメント制度拡充の対策を2つ説明します。
- リスクマネジメントの実施
- インセンティブの確保
①リスクマネジメントの実施
大学といった研究機関では、とりわけ利益相反について高い懸念を持っています。たとえば研究者が大学発ベンチャーの経営に関与する場合、「利益相反」「特許ライセンスに関すること」など、考慮すべき事項がいくつも発生する可能性があるのです。
クロスアポイントメント制度の活用で人材交流を行う際は、これらに対するリスクマネジメントを適切に行いましょう。研究者からの申請に場当たり的に対応するのではなく、大学発ベンチャーの成長を見越した予見可能性の確保が必要です。
②研究者へのインセンティブの確保
「研究者が企業に出向するタイプ」のクロスアポイントメント制度が進まない背景として、「事務手続きが煩雑」「組織間調整が困難」などのほか、制度を利用するインセンティブの乏しさも、課題として指摘されました。
文部科学省の調査によれば、平成30年度に実施されたクロスアポイントメント制度のうち、研究者にインセンティブとして給与の上乗せができる規定を整備し、運用した実績のある大学はわずか1%。
大学といった機関には、給与にインセンティブを上乗せできる規定の整備が望まれています。
6.クロスアポイントメント制度導入事例
クロスアポイントメント制度は具体的にどのような企業が導入し、どのような効果をあげているのでしょうか。最後にクロスアポイントメント制度を導入した企業の事例について説明します。
東京大学と日立、NEC
インフラ事業やITを活用した事業で長年の経験とノウハウを培ってきた日立製作所は、2016年に東京大学とともに「日立東大ラボ」を設立。
日立のインフラ技術と東京大学の先端研究を融合して、人々が快適で活力に満ちた生活が送れる社会や、日本が目指すべき未来の姿「超スマート社会(Society5.0)」の実現に向けた研究を進めています。
立命館大学とパナソニック
2017年4月、立命館大教授がパナソニックへ在籍出向したニュースが話題になりました。クロスアポイントメント制度を利用した民間企業への移動としてははじめての事例でした。
大学側が責任を負い、企業側が20%分の指揮命令権をもった契約が締結され、人工知能やICT専門家の研究者を企業の指揮命令系統に取り入れた研究が進められています。
筑波大学とトヨタ自動車
キャンパス周辺に公的研究機関が集積する筑波大学は、地域未来の社会基盤づくりを研究開発する機関として、トヨタ自動車とともに「未来社会工学開発研究センター」を設立。
本格的な産学官連携によるオープンラボ方式を採用した本センターでは、人材の育成や知能化支援をとおして、地域の持続的な成長循環に貢献しています。