昨今の日本では人材不足、DX推進といった文脈からリスキリングと呼ばれる人材育成の手法が注目されています。本記事ではそんなリスキリングに関するメリットや推進のポイント、企業の導入事例などを解説します。
目次
1.リスキリングとは?
リスキリング(re-skilling)とは、スキルの再習得や再教育、その取り組みのことを指します。略して「リスキル」とも呼ばれます。「再度」を意味する「re」と「スキルの習得」を意味する「Skilling」を合わせた造語です。
2.リスキリングが注目される理由
リスキリングという言葉が使われ始めたのは2020年頃のことです。政府や企業がリスキリングに注目している理由を説明します。
DX人材育成の加速化
DX戦略を実現する人材の育成に向け、リスキリングの必要性が叫ばれました。
自社のDX化を進めるにあたって、DX人材は中心的な役割を担う存在です。しかしDX人材には高い専門性が求められるため、外部から採用できない場合もあります。そこで社内研修を実施し、自社の戦略に合うDX人材の育成を目指すのです。
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経済産業省による後押しが実施されるなど、国を挙げて進められているDX(デジタルトランスフォーメーション)。デジタル競争の激化や新型コロナウイルスなどの影響もあり、推進に力を入れる企業が増えています。
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人的資本への投資
人的資本投資とは、社員一人ひとりが持つスキルや特性を「資本」とみなして投資する考え方のこと。企業が持続的に成長するには、各社員のスキル向上が欠かせません。
そこでリスキリングという形で人に投資し、社員の人材価値を向上させます。人材価値が高めて生産性を上げるという好循環を作れば、企業の持続的な成長を実現できるでしょう。
岸田首相による支援表明
2022年10月、岸田首相はリスキリング支援として5年間で1兆円を投じると表明。政府がリスキリングに多額の予算を投じる大きな理由は、「成長分野への人材移動」です。日本経済の活力を維持するためには、成長産業へ優秀な人材を集める必要があります。
積極的なリスキリングで人材のスキルアップを図り、成長産業へ転職させるのです。
人材不足の深刻化
労働人口が減少している現在、企業が安定的に優秀な人材を確保するために、リスキリングによる人材育成が必要とされます。なかでもデジタル人材不足は深刻化しており、優秀なエンジニアなどは売り手市場が続くでしょう。
外部から優秀な人材を確保しにくくなり、確保できても人件費が高額になる恐れもあります。そこでリスキリングを実施し、社内でデジタル人材を育てておく必要があるのです。
3.リスキリングとリカレント教育の違い
「リカレント教育」は、リスキリングと似た意味を持つ言葉です。リスキリングとリカレント教育の違いについて説明します。
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業務の一環
リカレント教育とは、一度離職して大学や専門学校などで学習し、再度就職すること。一方リスキリングは、業務の一環として行う教育です。リスキリングは社内教育の意味合いがあり、社員は離職しません。
動機
リスキリングは、企業が社員へスキルの習得を促します。リカレント教育は、自身の判断によって自主的にスキルを学習するため、企業の指示は影響しません。
新たにスキルを習得するという点は同じです。しかしリスキリングは企業主体、リカレント教育は本人主体で行われるといった点で違いがあります。
4.リスキリングを企業が推進するメリット
リスキリングは、デジタル人材の確保以外にもさまざまなメリットがあるのです。企業がリスキリングを推進するメリットについて説明します。
- 業務の内製
- 新たなアイデアの創出
- 社員エンゲージメントの向上
- 自律型人財の育成
- 人材採用のコスト削減
①業務の内製
リスキリングで社員のスキルが高まると、それまで外部へ委託していた業務を内製できるようになります。外部へ委託する場合、委託先によって品質が下がるリスクも懸念されるのです。
リスキリングで社員の能力を高めれば、業務の質が安定しやすくなります。さらに「ノウハウが蓄積される」「外部に依頼していた分のコストを削減できる」などもメリットです。
②新たなアイデアの創出
リスキリングで新しい知識やスキルを習得すると、アイデアの創出につながりやすくなります。既存の古い知識やスキルだけでは、今までにない画期的な発想が生まれにくいからです。
実際にある企業では、勉強会のあとに社員がアイデアを出し合い、アイデアをもとに新規プロジェクトを発足。リスキリングで社員に刺激を与え、自由に思考させるとアイデアが生まれやすくなります。
③社員エンゲージメントの向上
リスキリングで新しい知識やスキルが身についた社員は自信やモチベーションが高まり、社員のエンゲージメントの向上が期待できます。「この知識やスキルを生かしてもっと企業に貢献したい」という気持ちになるからです。
個々の社員のエンゲージメントが向上すれば、部署やチームの効率がアップし、企業全体の生産性や収益も向上するでしょう。
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④自律型人材の育成
リスキリングは、自律型人材(自分の考えで自主的に行動できる人材)の育成という側面を持ちます。リスキリングと業務を平行するには、自分で目的を定めて取り組まなければなりません。
つまりリスキングで社員の自主性が養われるのです。自律型人材が多いとそれだけ組織も柔軟に動けるため、企業は社会や環境の変化に対して適切かつスピーディーに対応できるようになります。
⑤人材採用のコスト削減
リスキリングによる社員の育成は、結果的に人材採用のコスト削減へつながります。人材が不足しているからといって、つねに外部から人材を採用していては、コストがかかり続けてしまうでしょう。
リスキリングで必要な人材を社内で育てれば、この採用コストを削減できるのです。また育った社員が次の人材を育てれば、自社での育成サイクルを構築できます。
5.リスキリング推進の4つのステップ
リスキリングは学習教材を用意するだけで進められるわけではありません。正しいステップに沿った運用が必要です。リスキリングを推進する4つのステップを説明します。
適切な教育プログラムを組むためには、社内で保有しているスキルと、目標達成のために必要なスキルとのギャップを把握する必要があるからです。各部門の業務において、誰にどのスキルを習得させるべきかも考えます。
社内で教育担当者を見つけられない場合は、外部から講師を招いて学習する方法もあります。リスキリングの方法を複数用意しておくと、個々の社員がもっとも学びやすい方法を選べます。
「習得したスキルを生かせる部署に社員を異動させる」「スキルを習得した社員を集めて、新たな事業を立ち上げる」など、社員が習得したスキルを生かせる場を提供しましょう。
課題や改善すべき点があれば教育プログラムを調整します。その後、再度リスキリングを実施し、さらに改善点があれば調整するといったサイクルをとおして、リスキリングがブラッシュアップされていくのです。
6.リスキリングを進める際の注意点
リスキリングの成功には、環境整備や社員の理解などが不可欠です。リスキリングを推進するうえでの注意点を説明します。
環境整備
作成した教育プログラムを進めるために、機器やソフトなどを準備します。場合によっては学習管理システムやスキル管理システムなども必要かもしれません。
また社員が前向きに取り組めるような雰囲気作りも大切です。リスキリング実施前に社員へ必要性や目的などを説明し、理解と納得を得ておきましょう。
社員の負担軽減
学習で社員の負担が増加してしまうと、リスキリングに対する不満や反発が高まります。リスキリングで学習時間が増えた分、通常業務に割く時間が減ってしまい、残業が増えるといった状況は避けなければなりません。
社員が不満や負担を抱えない形でリスキリングを進めるためにも学習と業務において時間数と内容を調整する必要があります。
社員の理解
各社員に「今の自分にとってリスキリングは必要だ」と理解してもらうことが大切です。社員が単に「やらされている」という意識で臨む場合、リスキリング効果が下がりかねません。
社員が意欲的かつ主体的に取り組んでこそ、知識やスキルの習得につながります。事前にリスキリングの重要性を周知し、理解と納得を得ておきましょう。
7.リスキリングの事例
リスキリングは国内外の多くの企業で実施されています。同じリスキリングでも、企業によって取り組み方はさまざま。ここでは国内外の事例を6つ解説します。
国内事例
国内では、DX推進を目的としたリスキリングを実施する企業が見られます。ここで紹介する事例は、国内の大手企業3社のデジタル系リスキングです。
キヤノン
キヤノンは、1,500人の工場従事者(非デジタル人材)に対して半年間のリスキリングを実施しました。
目的は工場従事からの職種転換を後押しすること。リスキリングの内容は、「プログラミング」「セキュリティ対策」「AI」「統計・解析」などで、2021年時点で約4,200人がリスキング教育を受けました。
キリンホールディングス
キリンホールディングスは、「キリンDX道場」と呼ばれるDX人材育成を目的としたリスキリングを実施。目的はデジタル技術の活用方法を学び、課題解決や業務効率化などに活用することです。
レベルごとに「白帯」「黒帯」「師範」とコースを設けており、基礎から順番にステップアップしていけます。初回で150人の募集に対して750人以上が応募したため、今後も継続的にリスキリングを実施する予定です。
富士通
富士通は、2020年にDX推進を目的としたリスキリングに5年間で約5,000億円の投資を決定。国内グループに勤務する約8万人を対象とし、オンラインで受講できる約8,800の講座を提供しました。
リスキリングでは座学だけでなく、実践的な研修も行われます。また同社ではすでにジョブ型雇用を導入。、リスキリングとキャリアパスを連携させて人材育成を効率化しています。
海外事例
海外の企業では、日本よりも早期にリスキリングへ着手してきました。そのため高度な取り組みも見られます。海外の大手企業3社のリスキリング事例を紹介しましょう。
ウォルマート
ウォルマートでは、2016年にVR技術を用いたリスキリング「ウォルマートアカデミー」を実施。業務で使う専用機器の操作方法やトラブル対応などをVRで学びます。
これにより集合研修にかかる人件費を削減できたうえ、よりリアルに近い臨場感のある研修が可能となりました。すでに100万人以上の社員が、業務に必要なスキルをウォルマートアカデミーで習得しています。
Amazon
Amazonでは、2019年から2025年までにリスキリングに7億ドルを投資すると表明。Amazonがリスキリングに投資する目的は、高度DX人材の育成と企業全体のデジタルスキルの底上げです。
対象は非技術系職種に就く10万人の社員で、「データマッピングスペシャリスト」「データサイエンティスト」「ビジネスアナリスト」などの技術系職種へ移行できるコースが用意されています。
AT&T
AT&Tは社内IT人材の教育と主要部門への配置変更を目的に、2013年と早い時期からリスキリングの計画をスタートさせました。
「キャリア開発支援ツール」「オンライン訓練コース」「教育プラットフォーム」などを提供し、社員のキャリア開発とスキル習得を合わせて進めます。すでに2020年までに社員10万人に対するリスキリングを実施し、技術職の80%以上を社内異動で確保しました。
8.日本リスキリングコンソーシアムとは?
地方自治体や民間企業など49の団体が参加するリスキリングの取り組みです。サイト上でトレーニングプログラムを提供しているので、社内のリスキングにも活用できます。
参考 日本リスキリングコンソーシアム日本リスキリングコンソーシアム日本リスキリングコンソーシアムの目的
目的は、日本国内のデジタル人材の創出。日本はデジタル人材が不足しているため、リスキリングによるデジタル人材を創出し、転職やキャリアアップなどで人材がより活躍できる社会を生み出すことが重要になってきています。
そのため官民一体となってリスキリングを推進しているのです。
日本リスキリングコンソーシアムの活動内容
日本リスキリングコンソーシアムの特設サイトでは、200以上のトレーニングプログラムを提供。特設サイトで無料会員登録するだけで、誰でもプログラムの検索と受講を行えます。
提供されているプログラムは、IT技術(AI、インターネットセキュリティ、テレワークなど)のほか、教育、マーケティングなど。また同サイト内では、求人情報の検索や就職活動状況の記録も可能です。