マイクロアグレッションとは、特定の属性を持つ人に対する無意識の偏見や差別のことです。ここではアンコンシャスバイアスとの違いやマイクロアグレッションが注目される理由、具体例や対処方法について解説します。
目次
1.マイクロアグレッションとは?
マイクロアグレッションとは「小さい」を意味する「micro(マイクロ)」と、「他者への攻撃」を意味する「aggression(アグレッション)」を組み合わせた言葉のこと。「小さな攻撃性」とも訳されます。
たとえば「無意識の偏見や差別によって生まれた悪意のない些細な発言が、誰かを傷つける」といったことです。
マイクロアグレッションが生まれる原因
マイクロアグレッションが生まれる原因の多くは「無知」と「思い込み」、そして「無意識」。事情を知らないまま思い込みで無意識に発言したことが、知らないあいだに相手を不快にさせているかもしれません。
つまり思い込みを排除して、知識を持って意識的に接すれば、マイクロアグレッションを防げるのです。
マイクロアグレッションと差別の違い
マイクロアグレッションは差別の一種です。差別の多くは当事者がその意識を持っているものの、マイクロアグレッションの場合、差別している自覚がありません。
そのため差別的な言動の改善が難しいのです。またマイクロアグレッションを向けられた側も日常会話として見逃すケースが多くなってしまいます。
アンコンシャスバイアスとの違い
マイクロアグレッションと似た言葉に「アンコンシャスバイアス」があります。アンコンシャスバイアスは物の見方における偏りを意味する一方、マイクロアグレッションは偏見にもとづいた無意識の差別的発言や否定的な言動を指すのです。
アンコンシャスバイアスとは?【具体例でわかりやすく】改善
無意識の偏見や思い込みであるアンコンシャスバイアス。ここでは発生する要因や企業に及ぼす悪影響、改善方法などについて解説します。
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2.マイクロアグレッションの歴史
マイクロアグレッションはどのような背景のもと生まれたのでしょう。ここでは社会背景と日本でのマイクロアグレッションについて説明します。
1970年代に誕生
1970年代、アメリカの精神医学者チェスター・ピアス氏が提唱したのがマイクロアグレッションのはじまりです。当時、アメリカにてアフリカ系以外の人々がアフリカ系の人々を苦しめていました。その様子からマイクロアグレッションという言葉が生まれたのです。
同氏が、マイノリティに対して行う悪意や偏見を持った言動を「侮辱」ととらえたのが、マイクロアグレッションのはじまりだといわれているのです。
2000年代にコロンビア大学教授によって再定義
その後差別に関する研究が進む2000年代、コロンビア大学で心理学教授を務めるデラルド・ウィング・スー氏によって、マイクロアグレッションの意味が再定義されました。
そこで「偏見やステレオタイプにもとづいた言動のうち、目には見えにくいが受け手にダメージを与えるもの」をマイクロアグレッションとしたのです。
日本でのマイクロアグレッション
日本でもマイクロアグレッションに関するさまざまな事例が報告されています。
事件が起きた際、「あの犯人は日本人ではないのかもしれない」「学校に日本人らしくない名前の人がいてまわりにからかわれている」と発言が生じる場合もあるでしょう。これらは、日本におけるマイクロアグレッションのごく一部に過ぎません。
渋谷でのBLMデモ
日本でマイクロアグレッションという言葉が注目されるようになった事件のひとつに、2020年の「BLMデモ」があります。渋谷で行われたデモに3500人の参加者が集まり「BLMは対岸の火事ではない」と訴えました。
「肌が黒いだけでスポーツが上手そうと声を掛けられる」「英語が話せないと変だねと言われる」これらもマイクロアグレッションで差別の一種です。たとえ本人に悪意がなかったとしても、言われた本人は傷つきます。
BLMとは?
Black Lives Matter(ブラックライブズマター)の略語です。2020年にアメリカで発生したアフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行為を受け、この人種差別抗議運動は全米に広がりました。
3.マイクロアグレッションが注目される理由
労働人口の減少が叫ばれるなかで、あらゆる企業が「ダイバーシティ&インクルージョン」を推進しています。「ダイバーシティ&インクルージョン」とは個々の違いを受け入れ、生かしていくことです。
人種や性別などのマイノリティに属する人は、組織内でマイクロアグレッションを日常的に受けています。本人にとって心理的安全性の高い状況とはいえません。マイクロアグレッションは「ダイバーシティ&インクルージョン」の推進も妨げてしまうのです。
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4.3種類のマイクロアグレッション
マイクロアグレッションは3種類に分類できます。
- マイクロアサルト
- マイクロインサルト
- マイクロインバリデーション
①マイクロアサルト
相手が傷つく言動を「意図的に」繰り返して相手を貶める行為のことで、直訳すると「小さな激しい攻撃」です。相手や相手のグループに抱いている怒りや反感の気持ちから、攻撃的な環境を作り、蔑称で呼んだり暴力的な行動を取ったりします。
後述するマイクロインサルトやマイクロインバリデーションと違い「意図的に」に相手を攻撃します。
②マイクロインサルト
相手の能力や性質を、本人とは関係のない劣後するものと結び付けて侮辱すること。
たとえば「運転が下手なのは女性だから仕方ない」「女性のわりには運転がうまいですね」などの発言は、相手が女性であるかどうかと、運転が上手かどうかという別の問題を勝手に結び付けた結果生まれた「小さな侮辱」です。
マイクロアサルトと違い、多くの場合相手を傷つけようと意図したうえでの発言ではありません。
③マイクロインバリデーション
相手の違いを「何も問題がない」と過小評価する無意識の差別です。相手によかれと思って「人種なんて関係ない」「出身が違っても違和感がないから差別なんてない」と話しても、本人はその違いを大きな問題と感じているかもしれません。
ここで大切なのは違いの有無をネガティブに捉えることではなく、その事実を受け入れたうえで関係を築くことです。
5.マイクロアグレッションがもたらす悪影響
人間である以上、誰もがある種の偏見を持っています。しかし組織活動において歪んだ価値観がマイクロアグレッションになってしまえば、本人や企業にさまざまな悪影響をもたらすでしょう。
「偏見を抱く相手を無意識に萎縮させる」「相手の自尊心やモチベーションを喪失させる」これらが健全な組織活動であるわけがありません。
メンタル不調
2022年にデロイトトーマツグループが発表した調査によって、働く日本女性の大半がメンタルに不調を抱えていると明らかになりました。
同調査では、マイクロアグレッションやハラスメントなどの差別的な行動を受けて排除されたと感じた女性の割合が、過去1年で急増しているとわかっています。無自覚な差別が女性のメンタルを傷つけ、活躍を阻害しているのです。
離職
無意識の偏見や差別がメンタル不調の原因となり、結果として離職に追い込まれる場合もあります。マイクロアグレッションを受けても、会社に相談すれば必ず解決するわけではありません。
もちろん被害者が告発するのは当然の権利です。しかし告発によって会社での居心地が悪くなり、結果として退職に追い込まれるケースもあります。
6.マイクロアグレッションの具体例
具体的にはどのような言動がマイクロアグレッションに該当するのでしょう。ここでは代表的なマイクロアグレッションの事例について、説明します。
性別やLGBTQ
近年、注目を集めているのが性別やLGBTQに関するマイクロアグレッション。
「結婚しているのね。旦那さんはどんな人なの?(異性愛を前提としている)」「女性が成功しにくいのは女性の努力が足りないからだ」「あなたはLGBTQに見えない」。
発信者に差別の認識がなくとも、これらはすべてマイクロアグレッションになり得る発言です。
人種や国
人種や国に関するマイクロアグレッションは後を絶ちません。日本で特に多いのが「外国人だから運動神経がよさそう」「〇〇人だから〇〇がうまそう」という偏見です。
たとえば「ブラジル人だからサッカーが得意なんですよね」という発言は、たとえ本当にサッカーがうまかったとしても、その人の努力にかかわらず「ブラジル人だから」と一括りにしている状態です。これを不快に感じる人は少なくありません。
その他
マイクロアグレッションは見た目や障がい、高齢者に対してなどさまざまなものがあります。
「(大柄な人に対して)食事はそれだけで足りるの?」「人間は外見よりも中身だよね」「(両親が健在である、あるいは異性の夫婦であると決めつけて)お父さんとお母さんに伝えてね」。
このように思い込みにもとづいた無自覚な言動が、相手にとってのマイクロアグレッションになっているかもしれません。
7.マイクロアグレッションの対処方法
マイクロアグレッションは身近に潜んでいます。ここではマイクロアグレッションを起こさないための、また自分が受けた際の対処方法について説明します。
- 自分が受けた時の対処
- 教育やワークショップで意識改革
- 一個人として接する
- 会話が終わってから伝えてみる
①自分が受けた時の対処
もしも自分がマイクロアグレッションを受けたと感じたら相手からの言葉をそのまま受け取らず、聞き流す姿勢を持つようにするのをオススメします。場合によっては、「不快な思いをした」事実を相手に伝えるのもよいでしょう。
また発言そのものに対してではなく「外国人のような見た目をしていても、日本で生まれ育った人はたくさんいますよね」のように、前提となっている偏見や価値観を訂正するのも効果的です。
②教育やワークショップで意識改革
先に触れたとおり、マイクロアグレッションが生まれる原因の多くは「思い込み」と「無意識」、そして「無知」。つまり教育やワークショップで継続的な意識を改革すれば、無意識のうちに出てくるマイクロアグレッションを抑えられます。
マイクロアグレッションの具体例や影響を見ながら、どのような言動が差別にあたるのかについて学ぶとよいでしょう。
③一個人として接する
大前提として、国籍や性別が違う相手でもひとりの人間であるのに変わりません。相手を尊重し、偏見や先入観を捨てて一個人として接するのが重要です。
「自分が聞かれて嫌なことは聞かない」「もし傷つけてしまったら申し訳ないけれど指摘してほしい」と前置きしてから話すといった、少しの心がけで改善できるかもしれません。
④会話が終わってから伝えてみる
マイクロアグレッションを受けたその場では声をあげられないかもしれません。その場合、会話が終わってからなぜその発言が不快だったのかを伝える方法もあります。ただしタイムラグが発生するため反対に不利な状況になる可能性もあります。
「そんなこともう忘れてしまったよ」「いつまでもそんなこと気にしないで」といわれるかもしれません。しかしそれは相手の都合です。「それによって傷ついた事実」を「時間を置いて落ち着いて伝えたかった」のように伝えてみるとよいでしょう。
8.マイクロアグレッションの理解を深める本
マイクロアグレッションに関して理解を深めるため、人種問題に取り組む研究者や心理学部教授らが著す書籍を参考にする方法もあります。
『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』デラルド・ウィン・スー
本書では現代社会にはいまだ根深い差別が存在すると前提したうえで、その内容やメカニズム、影響や対処法などについて述べています。
ジェンダーや人種、性的指向や職場環境などあらゆるシーンのマイクロアグレッションとその影響について述べられているのです。読了によって「あの時のあの発言は無意識の偏見だったのかもしれない」と自覚できるかもしれません。
社会の不平等とそこに組み込まれた無意識化の差別を言語化した一冊です。
『無意識のバイアス』ジェニファー・エバーハート
本書では「マイクロアグレッションはアンコンシャスバイアス(無意識のバイアス)、つまり自分自身が自覚していない歪みや偏りにもとづいた行動である」と述べています。
マイクロアグレッションの見直しは、自身のアンコンシャスバイアスに気付くところからはじまるもの。無意識の現実と偏見を心理学的視点から説いているのです。