グリーントランスフォーメーションとは、温室効果ガスの排出量削減と産業競争力の向上を同時に達成するため、経済や社会の仕組みを改革すること。取り組むメリットや事例などを解説します。
目次
1.GX(グリーントランスフォーメーション)とは?
グリーントランスフォーメーション(Green Transformation:GX)とは、カーボンニュートラルを目指して、社会や経済の仕組みを変革させること。
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素ネット排出量ゼロにする取り組みです。気候変動の要因である温室効果ガスの排出量と植物や海面などによる吸収量を等しくして、気候変動を抑えるのが目標になります。
GXを実現するため経済産業省は、2022年2月に「GXリーグ基本構想」を公表し、賛同企業を募集しました。2023年4月以降の本格導入に向けて準備を進めています。
2.GXが注目される3つの理由
2022年になって急にGXへの注目が集まったわけではありません。そこには「切迫した環境問題を取り巻く世界の動きに変化があった」「国内における問題意識の高まり」などの背景が関係しているのです。
- 日本政府が掲げた方針
- 世界的に進む脱酸素化
- 地球温暖化問題や異常気象の増加
①日本政府が掲げた方針
日本政府は、脱炭素社会の実現に向けて2つの方針を公表しました。
- カーボンニュートラルを2050年までに実現する
- GXを官民が参画する事業として投資していく
このような事業の財源を確保するため「GX経済移行債(仮称)」による調達を挙げ、さらにその金額を「今後10年間に150兆円規模」と具体的に示しました。この方針によって、GXへの注目が高まったのです。
カーボンニュートラルとは? 日本の取り組み、企業の実例
「カーボンニュートラル」とは、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること。今回は概要や日本の取り組みを詳しく解説します。
1.カーボンニュートラルとは?
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素やメタ...
②世界的に進む脱酸素化
中国やアメリカが脱炭素化を表明し、世界的にも脱炭素化を目指す傾向が強まり、世界のエネルギー関連市場に注目が集まりました。
活性化した市場では経済的な機会が創出され、先進的に取り組んでいるヨーロッパにくわえて中国やアメリカが席巻する恐れもあります。この市場から乗り遅れると、ビジネスチャンスを逃すだけでなく、国際的な影響力が低下するかもしれません。
そのため日本も脱炭素社会の実現に向けてGXへの取り組みを推進し始めたのです。
③地球温暖化問題や異常気象の増加
温室効果ガスは地球温暖化の一因となり、豪雨や高潮による洪水や、干ばつ、山火事などといった異常気象による災害を引き起こします。
気候危機を実感する災害は年々増え続け、干ばつや洪水による食料不足や、海面上昇や山火事による国土の喪失などの問題が頻出。一般の人々も否応なく環境問題に直面するようになり、カーボンニュートラルの必要性に注目が集まりました。
3.GXに企業が取り組むメリット
GXに取り組むとどのようなメリットを得られるのでしょう。それぞれについて解説します。
- 自社のブランド化
- 費用削減
①自社のブランド化
GXに取り組むと「脱炭素化へ取り組む革新的な企業」というイメージを対外へ与えられるため、ブランディング効果が期待できます。競争優位性が高まり、顧客の増加による利益の増大や就職希望者の増加などにもつながるでしょう。
②費用削減
GXへの取り組みで、二酸化炭素排出量削減のために省エネやエコなど施策を行うと、企業のエネルギーコストを減らせます。また再生可能エネルギーを積極的に活用すれば、大幅なコストカットも可能です。
さらに再エネの余剰エネルギーを販売するといった新たな事業を立ち上げれば、企業価値の向上や収益の増大も期待できるでしょう。
4.GXに対する経済産業省の取り組み:GXリーグとは?
官民および研究機関が一体となって、カーボンニュートラルの実現に向けて議論する場のこと。2022年2月1日に経済産業省によるGXリーグの基本構造が発表され、2022年3月31日には440社の企業がGXリーグに賛同しました。
GXリーグが行う3つの取り組み
GXリーグが行う取り組みは議論の場を提供すること。目標は、賛同企業が国際ビジネスで競争力を発揮できる環境を構築することです。またGXリーグは3つにわかれ、それぞれの場で対話テーマが決められています。
- 未来社会像対話の場:カーボンニュートラルの持続可能な社会未来像を議論や実験をする
- 市場ルール形成の場:GX市場の創造やルール作りに関する議論をする
- 自主的な排出量取引の場:自ら掲げた二酸化炭素排出削減目標を達成するため排出量取引を行う
参画企業が行う3つの取り組み
GXリーグに参画した企業側には、次の3つの取り組みが求められます。
- 温室効果ガスの排出削減:取り組みだけでなく、実際に削減の実績を出す
- サプライチェーンでのカーボンニュートラルに向けた取組:自社だけでなく関連企業や供給網、消費者までの取り組みにつなぐ
- 製品やサービスを通じた市場での取組:自社が提供する製品やサービスによって、グリーン市場の拡大など市場を変革する
また参画企業は、担う役割によって分類されるのです。
- GX実践企業:2050年のカーボンニュートラル実現に向けて活動する企業
- GX推進金融:GX実践企業に対して投資や支援を行う企業
イノベーション創出企業:2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、革新的なサービスや商品の開発を行う企業
5.GXの企業事例
国内外では数多くの企業がGXへ参画し、取り組みを開始して成果を出しています。GX取り組みを検討する際、先行事例を参考にするのもよい方法です。
国内企業
国内では大手企業が先行してGXに着手していて、すでにいくつかの企業では、取り組みの結果も報告されているのです。ここでは大手3社の取り組みの事例について解説します。
- トヨタ自動車
- 三井住友フィナンシャルグループ
- ENEOS
①トヨタ自動車
2015年から独自に「トヨタ環境チャレンジ2050」として6つの取り組みを開始しています。
- ライフサイクルCO2ゼロチャレンジ
- 新車CO2ゼロチャレンジ
- 工場CO2ゼロチャレンジ
- 水環境インパクト最小化チャレンジ
- 循環型社会・システム構築チャレンジ
- 人と自然が共生する未来づくりへのチャレンジ
新車CO2ゼロチャレンジでは、電気自動車の販売台数が伸びており、すでに2021年時点で目標の半分を達成しました。
②三井住友フィナンシャルグループ
2022年2月にGXリーグ基本構想への賛同と同時に、投資家へ向けたポートフォリオで、カーボンニュートラルを宣言しました。
もともと金融業界に対して、投資家からは化石燃料の輸送や消費に携わる企業への投融資が問題視されていたのです。そこで三井住友フィナンシャルグループでは、2030年までに自社で排出する温室効果ガスをネットゼロ(正味ゼロ)とする方針を提示。
2022年4月には、本部ビルの再エネ化を実施しました。
③ENEOS
2015年の時点で「2040年長期ビジョン」を掲げ、2040年までにカーボンニュートラルを目指すと表明。そのため排出量削減のほか、CO2の回収貯留や、森林吸収などのCO2除去にも取り組んでいます。
すでに2013年から2020年にかけて、200万トンの二酸化炭素排出量(ネット排出量)の削減を達成。2030年度までに2013年度対比46%の排出量削減を目指しています。
海外企業
国の方針に先行してGXの取り組みを行っている外国の企業も少なくありません。すでにカーボンニュートラルを達成し、さらにカーボンネガティブやカーボンマイナスを目指している事例や、サプライチェーン全体でGXの取り組みを行っている事例もあります。
- Microsoft(マイクロソフト)
- Amazon(アマゾン)
- Apple(アップル)
①Microsoft(マイクロソフト)
排出する二酸化炭素より多くの二酸化炭素を除去する「カーボンネガティブ」を2030年までの10年間に実現すると、2020年に発表。さらに、2050年までに創業以来排出してきたCO2を完全に回収する「カーボンマイナス」を目標に掲げています。
すでに二酸化炭素の削減や回収、除去技術の開発支援に着手しており、目標を実現するための具体的な計画も立てています。
②Amazon(アマゾン)
2019年にGlobal Optimismと「The Climate Pledge」(気候変動対策に関する誓約)へ共同調印し、以下の目標を掲げました。
- 2040年までに二酸化炭素排出量実質ゼロを目指す
- 2025年までにすべての事業で使う電力を再生可能エネルギーにする
- 全配送車両を2030年までに電気自動車に置き換える
- 林再生へ1億ドル投資する
The Climate Pledgeには多数の企業が賛同し、2022年11月には370社以上が署名。温室効果ガスの排出量削減に向けたイノベーションを促進しています。
③Apple(アップル)
2030年までに、すべてのサプライチェーンにおけるカーボンニュートラルの達成を目指し、取り組みを開始。すでに製造サプライチェーンにおいて100%再生可能電力へ移行する取り組みを実施しており、2022年には約1,400万トンのCO2の削減に成功しました。
日本のサプライヤーも20社以上が取り組みを表明しており、サプライチェーンでGX取り組みの成果を上げている事例です。
6.GX政策パッケージとは?
2050年にカーボンニュートラルを実現するためのグランドデザイン(全体構想)のこと。2021年にEUが先んじて「Fit for 55」を公表していますが、日本では現在GX政策パッケージをとりまとめている段階です。
提言されている理由
2022年5月に、経団連がGX政策パッケージのとりまとめを政府に提案しました。深刻化した温暖化に対して迅速な取り組みが必要であり、その取り組み自体が成長戦略の柱になると考えたからです。また経団連は脱炭素化に向けて3つの提言をしています。
- 政府は約400兆円を投資し、民間企業をリードする
- 国際的なカーボンニュートラルやGX市場で日本が競争力を高めるためのルールを制定する
- 脱炭素への移行期における雇用を支援する
パッケージの内容
GX政策パッケージには、2050年にカーボンニュートラルを実現するために取り組む8つの柱が挙げられています。
- エネルギー供給構造の転換
- 原子力利用の積極的推進
- 電化の推進・エネルギー需要側を中心とした革新的技術の開発
- グリーンディール
- サステナブル・ファイナンス
- 産業構造の変化への対応
- カーボンプライシング
- 攻めの経済外交戦略
①エネルギー供給構造の転換
カーボンニュートラルを目指すために、「電源の脱炭素化」と「電力ネットワークの次世代化」、そして「熱・燃料の脱炭素化」の必要性を述べています。
具体的には再生可能エネルギーを主力電源として、そのための系統整備や配電ネットワークの高度化を図り、既存の原子力発電も最大限活用して火力発電で調整していくという構図です。
またエネルギー供給においては「S+3E」を重視し、「安全性(Safety)」を大前提として「安定供給(Energy security)」「経済性(Economic efficiency)」「環境(Environment)」に配慮すべきとしています。
②原子力利用の積極的推進
安全性を大前提としたうえで、原子力発電を「3E」のバランスが取れた電源として位置づけました。
しかし現行ルールでは、原子炉の運転期間を40年、延長しても60年とされています。2040年以降には原子力発電設備容量が著しく縮小され、原子力発電でのエネルギー供給が予測を下回る見とおしなのです。
これを解決する方法として「既存プラント運転期間のさらなる延長」「革新軽水炉や小型モジュール炉(SMR)、高温ガス炉などを念頭に新プラントの建設を検討する」などが挙げられています。
③電化の推進・エネルギー需要側を中心とした革新的技術の開発
エネルギーの需要側にも、電荷の推進やイノベーションが求められています。
具体的にはヒートポンプの普及といった「省エネ・電化」、生産プロセスや自動車の電動化などの「イノベーション」、製品のライフサイクル全体でのCO2排出削減である「グローバル・バリューチェーン」など。
発電のイノベーションでは、浮体式洋上風力や次世代太陽光パネル、革新的地熱発電などの技術を開発し、再エネの大量導入を目指す方向です。
④グリーンディール
グリーンディールとは、脱炭素と経済成長の両立を図る政策のこと。EUでは、2019年12月に「欧州グリーンディール」(EGD)が公表されました。
日本でも、このグリーンディールの考え方をパッケージに含めており、日本でカーボンニュートラルが実現した際には、実質GDPが1026兆円にも達すると試算しています。
しかし試算が現実になるには、400兆円程度の投資が必要です。そこで政府の資金拠出だけでなく、民間にも投資を促す方針を定めています。
⑤サステナブル・ファイナンス
サステナブル・ファイナンスとは、ESG資金などを活用してサスティナブル(持続可能)な取り組みにおける障壁を解決する仕組みのこと。
直接ESG債券やESGファンドに投資する以外に、銀行預金が間接的に再エネの設置事業やCO2排出削減のための設備投資に融資されることも含みます。
世界のサステナブル・ファイナンス市場では、2020年の1年間で約4,200兆円ものESG資金が動きました。国内でもESG資金が活用されるよう政府が基盤整備を進め、サステナブル・ファイナンスに参画する事業者および投資家へアクションを呼びかけています。
⑥産業構造の変化への対応
GXでは、CO2を多く輩出している事業者こそ、新たな事業をとおしてカーボンニュートラルに大きな変革をもたらすべき、という考え方をとっています。しかしカーボンニュートラルへの事業転換には、大きな経営負荷や労働移動がともなうのです。
そこで政府は、GX人材の育成や確保を支援する施策パッケージの提供を決定し、3年間で4,000億円を投じると発表。目的は、能力開発で事業転換や人事異動などを円滑化し、雇用を守りつつカーボンニュートラルを実現することです。
⑦カーボンプライシング
カーボンプライシングとは、炭素排出に価格をつけて取引を行う仕組みのこと。
これまではCO2削減を中心として行われていましたが、GXリーグでは排出量取引としてより積極的かつ主体的に取り組む「キャップ&トレード型の排出量取引制度」が検討されています。
キャップ&トレード型の取引では、企業にCO2の排出枠を設け、その限度(キャップ)を超えた企業と限度まで余裕のある企業との間で排出枠の売買が行われます。排出枠をトレードできるため、柔軟性のある取り組みが可能となるのです。
⑧攻めの経済外交戦略
世界の脱炭素化に貢献するとともに、ビジネス機会を創出する「攻めの経済外交戦略」も、ひとつの柱として挙げられています。地球規模でのカーボンニュートラルへの貢献でき、海外のグリーン需要を取り込む効果が期待できるからです。
具体的にはアジアの再エネ導入や省エネ化を進める「アジア・ゼロエミッション共同体」や、温室効果ガスの削減の成果を両国で分け合う「二国間クレジット制度(JCM)」などが挙げられています。
またCO2を排出する輸入製品に対する課税措置「炭素国境調整措置(CBAM)」への対応も検討されているのです。