価値協創ガイダンスとは、企業と投資家が理解を深め合い、持続的な価値を共創するための手引書です。ここでは「価値協創ガイダンス」の目的や改定内容を解説します。
目次
1.価値協創ガイダンスとは?
価値協創ガイダンスとは、企業の情報開示の質や投資家との対話の質を向上させる手引き書のこと。2017年5月、経済産業省が「伊藤レポート3.0」とともに公表しました。
このガイダンスは、企業が自社の経営理念やビジネスモデル、経営戦略やガバナンスなどを、投資家にわかりやすく伝えるためのフレームワークとなります。
2.価値協創ガイダンスの策定目的
価値協創ガイダンスの目的は、企業と投資家がお互いに理解を深め、持続的な価値を共創する行動を促すこと。その背景には、日本企業の収益性や資本生産性の低迷が大きく関係しています。
策定の背景
日本企業の業績低迷が続くなか、企業には「収益性を高めて長期的に成長し続けられる仕組み作り」が必要とされるようになりました。そして仕組みについて、経済産業省や検討会の議論で下記2つの必要性が指摘されたのです。
- 企業と投資家が価値を協創する
- 企業と投資家の間に共通認識を作る
そこで上記2点を推進するべく、「質の高い情報開示」「質の高い対話」を実現するためのフレームワーク「価値協創ガイダンス」が策定されました。
企業や投資家のあるべき姿を明文化
価値協創ガイダンスでは「企業や投資家のあるべき姿」を以下の6項目で提示しています。
- 価値観:企業理念やビジョンなど、自社の方向性や戦略を決定する判断軸
- ビジネスモデル:顧客や社会への価値提供や競争での優位性を維持するための仕組みや方法
- 持続可能性・成長性:長期的な視点で持続的な価値創造と成長を保つための要素
- 戦略:策定したビジネスモデルを実現して維持するための方策
- 成果と重要な経営指標:経済的価値や財務的業績を示す指標
- ガバナンス:企業価値を高めるための規律や仕組み、機能
3.価値協創ガイダンスは何に役立つ?
価値協創ガイダンスには以下の内容が説明されています。そのため企業が情報開示の基準を検討する際に役立つのです。
- 価値協創における各項目の重要性
- 各項目について投資家が求める情報は何か
- 各項目において企業が開示するべき内容
期待される役割
価値協創ガイダンスには、以下のような役割が期待されています。
【企業の手引書としての役割】
- 自社の価値創造の全体像を整理して「価値創造ストーリー」を示す
- ガイダンスをもとに自社独自の開示項目を検討する
【投資家の手引書としての役割】
- 企業との対話においてガイダンスをとおして相互理解を深める
- 企業価値評価の基準にする
ガイダンスの利用方法
ガイダンスの利用方法は以下のとおりです。
【企業のガイダンス利用】
- ガイダンスをもとに情報開示している項目を確認する
- 開示していない項目に関しては今後の方針を検討する
- 開示や経営方針に関する社内での対話に利用する
【投資家のガイダンス利用】
- 企業との対話に向けて、価値協創においておおまかな共通意識を持つ
- ガイダンスのなかで重視する項目を示し、自身の投資スタンスを明確化する
4.価値協創ガイダンスの内容サマリー
価値創造ガイダンスは以下の5項目と、それらを磨き上げて価値協創にいたるための「実質的な対話・エンゲージメント」で構成されています。
- 価値観
- 長期戦略
- 実行戦略
- 成果と重要な成果指標(KPI)
- ガバナンス
- 実質的な対話・エンゲージメント
ここではそれぞれの概要と、企業が取り組むことのメリットについて説明します。
①価値観
経営理念やビジョン、企業文化などのこと。
これらは経営の方向性や戦略を決定する企業独自の判断軸となる要素です。そのため企業は、自社固有の価値観を示したうえで「価値協創において、どのような社会課題を重要課題として解決していくのか」を提示する必要があります。
自社の存在意義である本質部分でもある価値観を言語化すれば、個々の社員へも浸透できるでしょう。社員が自社を深く理解すると、エンゲージメントの向上も期待できます。
②長期戦略
2022年8月30日に公表された改訂版で新設された2項目のひとつ。以下3つのステップで進めます。
- 長期ビジョンの策定自社の価値観にもとづき、長期的に社会の動向を見定めるビジョンを策定する
- ビジネスモデルの構築長期ビジョンを実現するための「ビジネスモデル」を構築する
- リスクと機会の分析ビジネスモデルを構築する際に視野に入れるべき「リスクと機会」を把握し分析する
各ステップについて以下の項で詳しく説明します。
長期ビジョン
「企業の目指す姿」のこと。次のようなビジョンの共有と発信を促しています。
- 特定の間、どのように社会へ価値を提供するか
- 長期的かつ持続的にどのように企業価値を向上していくか
- 長期ビジョンを企業内外に発信すると、企業にとって以下のようなメリットがあります。
- 社員個々の目標を具体化し、エンゲージメントを向上させる
- 自社のビジネスモデルへの投資家の理解を深め、中長期的な価値創造の基盤を強化できる
ビジネスモデル
長期的かつ持続的な企業の価値を創造するための設計図のこと。ただし単なる事業概要や収益構造ではありません。長期ビジョンにもとづいて競争優位を確立し、持続するための仕組みや方法を指します。
投資家は企業と対話する際、提示されたビジネスモデルから成長性や収益性、価値創造までの道筋を客観的に評価できるのです。一方で企業は、自社の競争優位性や市場における立ち位置を整理でき、戦略を見直す契機になります。
リスクと機会
企業が長期的かつ持続的に価値創造するうえで、分析すべき内的要因および外的要因のこと。
企業がやるべきことは、ビジネスモデルを長期持続させるうえで脅威になる要因の把握と分析。さらに分析結果を長期ビジョンやビジネスモデル、実行戦略へ反映するのも求められます。
とくに脅威は、企業にとってリスクとなる反面、ビジネスチャンスにもなり得る要因です。克服すると、競争優位を高められる可能性もあります。
③実行戦略(中期経営戦略など)
持続的なビジネスモデルを実現するための方策のこと。企業は、現在の経営状況や長期的なリスクと機会の分析結果を踏まえ、長期的なビジネスモデルを構築する戦略を策定し、実行していく必要があります。
戦略をとおして企業が成長し続けていけば、投資家や顧客からの信頼も高まるでしょう。また戦略に必要となる優秀な人材の育成や新たな技術の獲得などが今後、イノベーションをさらに生む可能性も高いのです。
④成果(パフォーマンス)と重要な成果指標(KPI)
長期戦略や実行戦略によって「経済的価値をどの程度創出してきたか」「経営者がその実績をどのように分析、評価しているか」を示す指標のこと。ここではROE(己資本利益率)といった一般的なKPIのほか、企業独自のKPIも重視されるのです。
経営者が自ら経営成績の分析や評価を行えば、自社の長期戦略や実行戦略を客観的に振り返れます。より効果的な戦略や KPI の検討および策定につながるのです。
⑤ガバナンス
長期的かつ持続的に企業価値を高めるための仕組みや機能のこと。企業には、実効的かつ持続可能な管理体制の整備が求められるのです。たとえば下記のような項目が挙げられます。
- 取締役会や経営陣の役割や機能の分担
- 経営陣のスキルおよび多様性の確保
- 戦略的意思決定への適切な監督や評価
ガバナンスの強化で経営の透明性や健全性、意思決定の合理性を提示できるため、投資家からの信頼も向上します。内部統制も行われるため、社内の不正防止にも役立つのです。
⑥実質的な対話・エンゲージメント
企業と投資家が対話をとおして価値創造ストーリーを磨き上げていくこと。企業と投資家に求められる原則を定め、対話の内容や進め方についても解説しているのです。
なお原則は「対話で企業の課題を明確化し、企業は解決方法を実施、投資家が成果を評価してアドバイスを提示する」というサイクルを構築すること。サイクルを作れると戦略やKPIなどがブラッシュアップされ、成果も生み出しやすくなります。
5.価値協創ガイダンスを改訂した理由
2017年5月に策定された価値協創ガイダンスは、企業を取り巻く事業環境や世界の課題や市場などが大きな変化を機に、2022年8月に改訂されました。
なかでも世界が注目したのが、今後も社会や環境、経済を維持する「サステナビリティ」という概念。日本企業が利益を出し続けるには、このような分野で生じる課題に取り組み、長期的に企業価値を高めていく必要があると指摘されるようになったのです。
こうした背景から、「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」が提唱され、価値協創ガイダンスは「SXを経営に生かす指針」となるよう改訂されました。
SXの意味
SXとは、企業が持続可能性(サステナビリティ:Sustainability)を重視した経営方針に転換(トランスフォーメーション:Transformation/X-formation)すること。サステナビリティトランスフォーメーションの略称です。
収益性の安定と、持続可能な社会実現に向けた「ESG(環境、社会、ガバナンス)」への貢献を両立させる企業経営へ変革することを意味します。
SXが注目される背景
経済産業省「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」は、2020年8月に「中間取りまとめ~サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)の実現に向けて~」を公表。
この文書で「稼ぐ力を維持しながら持続的に企業価値を向上させるには、経営のあり方や投資家との関係を変革する必要がある」と言及したのです。この文書がきっかけとなり、SXが注目されるようになりました。
6.価値協創ガイダンス2.0の改訂内容
価値協創ガイダンスの公表から約5年後、世界がサステナビリティ課題に注目し、企業もこれらの課題への取り組みを求められるようになりました。そこでSXの実現に向けた対話を推進するフレームワークとして「価値協創ガイダンス2.0」に改訂。
ここでは変更点や改訂のポイントについて説明します。
変更点と全体像
価値協創ガイダンス2.0にはSXを実現するために企業や投資家がやるべきことが追加されました。具体的な変更点は以下のとおりです。
- 「長期戦略」「実質的な対話・エンゲージメント」の項目を新設
- 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)が提言する「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の開示構造と整合
- 「実行戦略」の項目で「人的資本への投資」「人材戦略の重要性」を強調
改定のポイント
伊藤レポート3.0の内容を踏まえ、SX実現に向けたフレームワークとした点です。全項目で「持続可能な社会の実現」と「企業が長期的かつ持続的に価値を提供することの重要性」が強調されており、各項目の記述内容も充足されました。
「長期戦略」を新設し、中長期の視点で経営や事業変革を行うことの重要性を強調。また「実行戦略(中期経営戦略など)」では、企業の継続的な成長には人的資本投資や人事戦略が有益としています。
7.価値協創ガイダンスとあわせて読みたい資料とその理由
価値協創ガイダンス2.0は、サステナビリティ経営の「実践編」、伊藤レポート3.0は「理論編」となっています。よって価値協創ガイダンス2.0と伊藤レポート3.0をあわせて読むと、さらに理解を深められるのです。
伊藤レポート3.0とは?
伊藤邦夫氏が座長を務める経済産業省のプロジェクトをまとめた報告書のこと。2022年8月30日に公表された伊藤レポート3.0では、中長期的な企業価値向上におけるサステナビリティ経営の重要性についてまとめられています。
レポートをもとに策定されたのが価値協創ガイダンス2.0。つまり伊藤レポート3.0で「目指すべき方向性や方針」を挙げ、価値協創ガイダンス2.0で「実施に向けたフレームワーク」を提示しているのです。
改訂ポイント
前回のレポートとの大きな違いは、サステナビリティの重要性やSXの実践が盛り込まれた点。伊藤レポート3.0では、以下の内容を明言しています。
- 企業や投資家が長期経営のあり方について対話し、それを磨き上げるとSXを実践できる
- SXの実践がこれからの稼ぎ方の本流になる
- SXを実現するの3つの取り組み(サステナビリティに向けた自社のビジョン、そのための戦略とKPI・ガバナンス、対話をとおしたブラッシュアップ)