事業譲渡とは、事業のために組織化された財産を譲渡することです。ここでは事業譲渡について、さまざまなポイントから解説します。
目次
1.事業譲渡とは?
事業譲渡とは、事業目的のために組織化された有形無形の財産を譲渡すること。有形無形の財産には、設備や技術・取引先との関係なども含まれます。対象が資産・債務で、要件を備えるための手続きは煩雑です。
定義
商法にもとづく事業譲渡の定義は、下記のとおりです。
一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に商法16条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうもの
種類
事業譲渡の種類はふたつあります。
- すべて譲渡する全部譲渡
- 一部を譲渡する一部譲渡:経営のスリム化を目的とした譲渡。この場合、会社組織は経営者の元に残る
2.事業譲渡契約書
事業を譲渡する際に作成する契約書のこと。事業譲渡契約書について、3点から解説します。
- 事業譲渡契約書に必要な項目
- テンプレート使用時の注意点
- 書き方のポイント
①事業譲渡契約書に必要な項目
事業譲渡契約書に必要な項目は、以下のとおりです。
- 譲渡対象となる事業の特定
- 譲渡実行日
- 譲渡財産
- 譲渡対価と支払い方法
- 財産移転手続き
- 競業避止義務
- 従業員の引き継ぎ事項
- 株主総会決議の期日など譲渡手続にかかる事項
- 譲渡企業の善管注意義務
- 事情変更による契約解除
- 表明保証
②テンプレート使用時の注意点
テンプレートの利用は、慎重に行いましょう。注意点は以下のとおりです。
- 譲渡対象に関する項目はケースごとに異なるため、テンプレートを使用できない場合がある
- 合意事項に漏れがないよう注意する
- 利害が対立する場合、自社に不利な内容がないか確認する
③書き方のポイント
書き方のポイントとして、契約書に記載すべき項目は以下のとおりです。
- 譲渡対象となる事業の範囲
- 譲渡事業に関わる従業員の継承、残留
- 商号続用時の免責登記
- 公租公課の負担義務
- 競業避止義務に関する取り決め
3.事業譲渡と会社分割の違い
事業譲渡と会社分割には違いがあります。4点の違いからポイントを解説します。
- 会社法
- 引き継がれ方
- 雇用関係の違い
- 税金の違い
①会社法
会社法上の組織再編行為に該当するか否か、で違いがあります。
- 事業譲渡:株式の変動を伴わない契約で、会社法における組織再編行為に該当しない
- 会社分割:会社法における組織再編行為に該当する
②引き継がれ方
引き継がれ方の違いは以下のとおりです。
- 事業譲渡では、個々の同意・許認可の再取得が必要。
- 会社分割では、一部を除いて契約、許認可は自動引き継ぎとなり、債権者や労働者の同意は不要
③雇用関係の違い
雇用関係の違いは以下のとおりです。
- 事業譲渡では、雇用関係を移転する際、従業員の個別同意が必要
- 会社分割では、労働承継法所定の手続を経れば従業員の同意は不要
なお手続き対象には、正社員・嘱託職員・アルバイト・パートタイマーなども含みます。
④税金の違い
消費税での違いは下記のとおりです。
- 事業譲渡では、課税取引
- 会社分割では、不課税取引
不動産取得税での違いは、下記のとおりです。
- 事業譲渡では必要
- 会社分割では、一定の要件を満たせば非課税
4.事業譲渡と株式譲渡の違い
事業譲渡と株式譲渡には違いがあります。4項目からそれぞれの違いを見ていきましょう。
- 目的の違い
- 取引相手の違い
- 従業員引き継ぎの違い
- 税金の違い
①目的の違い
目的に関する両者の違いは以下のとおりです。
- 事業譲渡における譲渡側の目的:不採算事業からの撤退や事業の選択と集中
- 株式譲渡における譲渡側の目的:経営基盤の強化や事業承継、創業者利益の獲得
②取引相手の違い
取引相手の違いは、下記のとおりです。
- 株式譲渡は、株主が取引主体。譲渡制限付株式であれば株主総会や取締役会による承認が必要
- 事業譲渡は、対象会社が取引主体。取締役会で事業譲渡契約の締結は可能だが、2分の3以上の株主の議決権賛成が必要
③従業員引き継ぎの違い
従業員引き継ぎの違いは、下記のとおりです。人材確保を目的としている事業譲渡では、注意する必要があります。
- 株式譲渡では、従業員も引き継がれる
- 事業譲渡では、従業員は引き継がれず、新たな雇用契約の締結が必要
④税金の違い
税金の違いは売却益に対して、下記のような違いがあります。
- 事業譲渡は約31%の法人税、株式譲渡は約20%の所得税が課税される
- 事業譲渡の譲渡益にかかる法人税を抑制できない
- 株式譲渡では株主が得る退職金額の調整で税金を減らせる
5.事業譲渡のメリット
事業譲渡にはどのようなメリットがあるのでしょう。売り手側と買い手側、それぞれのメリットについて解説します。
売り手側のメリット
- 特定事業だけ売却できる
- 資産や従業員はそのまま保持できる
①特定事業だけ売却できる
たとえば将来性がある事業や継続できる事業は残留させ、売却したい事業のみを売却したり、会社運営に必要な当面の資金分だけを売却、現金化したりできます。
②資産や従業員はそのまま保持できる
事業譲渡では、買い手側は個別に引き継ぎするため、事業は譲渡しても従業員は残留できますし、資産も選別して譲渡できます。手元に残した資産やコア事業へ、残留した従業員を充当するのも可能です。
買い手側のメリット
- 経済的リスクを軽減できる
- スピーディーな事業展開と拡大が望める
①経済的リスクを軽減できる
事業譲渡では、不要な資産や負債を背負わず、必要な事業のみを継承できます。株式譲渡や合併と異なり、経済的リスクの低減を図りながら、低リスクで効果的な事業展開を実現できるのです。
②スピーディーな事業展開と拡大が望める
事業譲渡により買い手側は、すでに完成した事業や優秀な人材を承継できるので、円滑な事業展開と拡大が期待できます。本来、事業の開始、人材採用や技術の習得には、多くの費用と時間がかかるもの。そのコストや手間を省けるのはメリットでしょう。
6.事業譲渡のデメリット
事業譲渡にはデメリットもあります。売り手側と買い手側、それぞれのデメリットについて見ていきましょう。
売り手側のデメリット
- 負債リスクが伴う
- 手続きに時間がかかる
①負債リスクが伴う
事業譲渡では、株式譲渡と異なり、売り手側に債務が残ります。交渉内容によって、負債も一緒に譲渡できるものの、負債を引き受ける企業は少ないうえ、手続きがさらに煩雑化してしまうのです。
②手続きに時間がかかる
事業譲渡を行う場合、株主総会で株主の承認を得る特別決議が必要です。企業規模が大きいほど、譲渡成立までに時間とコストがかかります。
買い手側のデメリット
- 支払いが現金になる
- 従業員のモチベーションが低下しやすくなる
①支払いが現金になる
事業譲渡では、現金での支払いが必要です。実際に現金が動くため、「投資した現金の回収が見込まれる事業かどうか」「のれん代と見合うかどうか」などから、正確に事業譲渡を検討、把握する必要があります。
②従業員のモチベーションが低下しやすくなる
事業譲渡によって移ってきた従業員が、新たな職場に不満を持つ可能性も考えられます。社風や職場環境、社内の人間関係や待遇になじめず不満につながれば、従業員のモチベーションは低下してしまうでしょう。
7.事業譲渡の手続きと流れ
事業譲渡の手続きと流れについて、8つのステップからポイントを解説します。
- 事業譲渡の準備と承認取得
- 買い手企業と交渉
- 基本合意書の締結
- 売り手とのデューデリジェンス
- 事業譲渡契約書の締結
- 法務関係の届け出
- 株主総会の特別決議
- 名義変更や許認可の手続き
①事業譲渡の準備と承認取得
最初のステップは、譲渡の準備です。
- 買い手側は、決算書3期分の準備を進めながら事業譲渡を行う相手先を探す
- 売り手側は、買い手の選別や譲渡スケジュールの検討、希望譲渡価格の設定などを行う
②買い手企業と交渉
事業譲渡の準備ができたら、買い手側と売り手側とで交渉を始めます。仲介会社を介して相手を見つけ、経営者同士で面談を実施するのです。面談では、経営理念や価格といった譲渡条件、スケジュールなどを取り決めます。
③基本合意書の締結
経営者同士で合意ができたら、基本合意書を作成し締結します。実は、会社法では作成を義務付けていません。しかし独占交渉権や譲渡条件、スケジュールなどを確認するために基本合意書を作成しておけばトラブルを防げるのです。
④売り手とのデューデリジェンス
デューデリジェンスとは、買い手による投資対象である企業や事業の価値やリスクに関する精密調査のこと。下記のような各分野から必要に応じて調査を行います。
- 財務
- 法務
- 税務
- 労務
- IT
- 知的財産
- 顧客
- 不動産
デューデリジェンスとは? 意味や種類、手順をわかりやすく解説
「デューデリジェンス」とは、主にM&Aや組織再編の際に使われる言葉です。今回はデューデリジェンスについて解説します。
1.デューデリジェンスとは?
デューデリジェンスとは、企業の経営状況や財務状況な...
⑤事業譲渡契約書の締結
デューデリジェンスの報告を受けた買い手側が提案内容を決定し、売り手側と最終的な条件がまとまったら事業譲渡契約書を締結します。事業譲渡契約書には、事業譲渡価格や債務など詳細な譲渡契約内容の詳細を記載していくのです。
⑥法務関係の届け出
契約締結後は、法務関係の届け出を行います。国内売上高合計額が200億円超、かつ、別途要件に該当する企業が事業譲渡を行う場合、買い手側は事前に公正取引委員会へ計画届出書を提出しなくてはなりません。
⑦株主総会の特別決議
全部譲渡の場合、買い手側は株主総会の特別決議が必要で、一部譲渡では買い手側の株主総会決議は不要です。
一方売り手側は、「譲渡資産の帳簿価額が総資産額の20%以下」の場合を除いて、全部譲渡と一部譲渡ともに株主総会の特別決議が必要になります。
⑧名義変更や許認可の手続き
最後に、譲渡された財産の名義変更と買い手側による許認可の再取得を行います。名義変更手続きは買い手側の企業が行うので覚えておきましょう。また、事業譲渡で許認可は継承されないため、再取得が必要です。
8.事業譲渡を行う際の注意点
事業譲渡を行う際、なにに注意すればよいのでしょう。それぞれについて見ていきます。
- 事業譲渡契約書は具体的に書く必要がある
- 複雑な手続きで時間がかかる
①事業譲渡契約書は具体的に書く必要がある
売り手側と買い手側が、事業譲渡内容に同意して作成する「事業譲渡契約書」には、具体的な同意内容を明確に記載しなければなりません。下記のような内容を具体的に記載します。
- 譲渡対象
- 財産権の移転時期
- 対価の額
- 支払い方法
②複雑な手続きで時間がかかる
事業譲渡では、許認可の再申請や従業員や取引先との再契約、債務を承継させる場合は債権者の承諾を得るといった煩雑な手続きがあります。
これらすべてひとつずつ、あらためて契約や申請などをし直す必要があるのです。譲渡完了までには、思いのほか手間や時間がかかる点に注意しましょう。
9.事業譲渡で従業員の処遇はどうなるのか?
事業譲渡により、従業員は残留か転籍、退職のいずれかの待遇を受けます。従業員の処遇がどうなるのか、知っておくことは重要でしょう。それぞれの取り扱いを解説します。
- 残留者の取り扱い
- 転籍者の取り扱い
- 退職者の取り扱い
①残留者の取り扱い
事業譲渡により従業員は基本、買い手側に引き継がれ、その後も働き続けられます。その際下記を背景に待遇が上昇する場合もあるのです。
- 買い手側企業が、売り手より豊富な経営資源を有している
- 譲渡事業への活用に向けたノウハウや経験、スキルがある従業員は優遇される
- 職場環境を整備されるので、さらにスキルアップする
②転籍者の取り扱い
売り手企業の従業員は、買い手側企業に転籍して働き続けます。雇用契約については、「事業譲渡の買い手側企業と雇用契約の結び直し」「再雇用」のどちらかになるのです。
ただし前提として売り手企業と買い手企業の間で、従業員の転籍による承継について合意しており、従業員もそれを認めている必要があります。また買い手側企業には採用の自由があるため、当該従業員が必ずしも採用されるとは限りません。
③退職者の取り扱い
諸条件の折り合いがつかず退職する従業員の取り扱いとして挙げられるのは下記のとおりです。
- 従業員自らの意思による自己都合退職
- 整理解雇や退職勧奨、希望退職や早期退職といった理由による会社都合退職
あとでトラブルにならないためにも、退職事由を明確にしておきましょう。また売り手企業に退職金の支払いの規定があれば、退職金の支払いも必要になります。
10.事業譲渡によるM&Aで税金(法人税・消費税)はどうなるのか?
事業譲渡によるM&Aでは、法人税や消費税といった税金の取り扱いも問題になります。税金の取り扱いについて、見ていきましょう。
法人税
法人税は譲渡額が譲渡する資産と負債の差額を上回った場合、その利益に対して課されます。たとえば、「事業譲渡の対価3億円」「譲渡する資産と負債の差額が2億円」の場合、事業譲渡益1億円に税率が課されるのです。
消費税
消費税は買い手側が負担する税です。しかし事業譲渡では売り手側が徴収し、税務署に納付します。消費税は、法人税でいう譲渡益がマイナスの場合でも、税金が課されます。ただし、消費税課税資産や消費税非課税資産などは、課税対象になりません。