ステークホルダー資本主義とは?【批判される理由】メリット

ステークホルダー資本主義とは、「企業は全ステークホルダーの利益に配慮して活動すべき」という企業経営方針のこと。ステークホルダー資本主義が注目される理由やメリット、問題点や企業事例などを解説します。

1.ステークホルダー資本主義とは?

ステークホルダー資本主義とは、企業活動に関わるステークホルダー(利害関係者)に対し、長期的かつ継続的に利益を還元することを目指す考え方のこと。

ステークホルダーには、「株主」「顧客」「従業員」「取引企業」などの直接的ステークホルダーのみならず、「行政」「地域社会」「環境」といった間接的ステークホルダーも含まれます。

企業が利益を生み出すには、自社を取り巻くステークホルダーとの連携が不可欠です。そのためステークホルダー資本主義では、ステークホルダーと良好な関係を構築することを重視します。

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2.ステークホルダー資本主義が注目されるようになった背景

ステークホルダー資本主義が注目されたきっかけは、2019年8月にアメリカの経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル」が発表した声明にあります。BRTに所属するトップ企業経営者181名がこの声明へ署名したため、世界敵に急速な広がりを見せました。

ビジネス・ラウンドテーブル

ビジネス・ラウンドテーブル(BR、またはBRT)とは、1972年に設立されたアメリカの財界ロビー団体のこと。世界的な大企業の経営者たちで構成されており、2020年時点ではApple、Amazon、Walmartなど世界的な大企業から200社以上が参加しています。

そして2019年8月、「株主資本主義からの脱却」「ステークホルダー資本主義への転換」を宣言。

企業の短期的な利益追求が社会格差や環境破壊をもたらしたと指摘し、これからの企業活動は「利益の最大化」と「あらゆるステークホルダーへの価値提供」を両立すべきだと述べました。

ダボス会議

ビジネス・ラウンドテーブルの宣言を受け、2020年1月のダボス会議(世界経済フォーラムの年次総会)にて、ステークホルダー資本主義を主題とした「ダボス・マニフェスト2020」が発表されました。

このマニフェストでは持続可能で団結力のある世界を実現するため、企業はすべてのステークホルダーと連携して取り組む必要があるとしています。

岸田政権による「新しい資本主義」

2019年のダボス会議に参加した岸田文雄政権は、2022年1月に「新しい資本主義」という経済政策方針を掲げました。

目標は「成長と分配の好循環」を生み出すこと。企業は「人材」へ投資して自社を成長させ、得た利益を官民が協力してステークホルダーへ分配します。分配された利益をまた人材へ分配して、企業はさらなる成長を目指すのです。

人や環境を重視しながら利益を追求していくこの政策は、ステークホルダー資本主義を土台として構想されたと考えられています。

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3.ステークホルダー資本主義と株主資本主義の違い

ステークホルダー資本主義と株主資本主義の大きな違いは、企業経営において「何をもっとも重視するか」。詳細は下記のとおりです。

  • 株主至上主義:株主の利益を最重視する考え方。多くの企業が短期的に自社のみの利益を追求していった結果、環境問題や労働問題などが引き起こされてきた
  • ステークホルダー資本主義:従業員や地域社会、環境など幅広い存在に配慮し、お互いの利益を重視する考え方。企業の利潤を追求するだけでなく、長期的な観点で社会や環境と良好な関係を築き、ともに繁栄していくことを目指す

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4.ステークホルダー資本主義が重要な理由

企業が成長し続けていくためには、ステークホルダーとの連携や協力が欠かせません。ダボス会議以降は、世界的にも環境に配慮した企業活動や社会貢献への取り組み、企業統治の強化などが求められるようになってきました。

市場から取り残されないためにも、ステークホルダー資本主義を経営に取り入れる必要があるのです。

ESG投資の増加

投資市場において、ESG投資が盛んになってきたことが理由のひとつに挙げられます。

2017年、株主資本主義によって引き起こされる社会問題や労働問題、環境問題は、企業の収益悪化を招く重大なリスクだとアメリカの大手企業60社が発表。そこで投資家たちは、社会全体の利益も重視するステークホルダー資本主義へ注目するようになったのです。

SDGsの策定もあいまって日本でも社会や環境、企業統治に配慮した企業への投資が急激に増加しました。

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5.ステークホルダー資本主義と三方よしの関係

三方よしの「あらゆる関係者の利益に配慮する」という姿勢は、ステークホルダー資本主義の考え方とよく似ています。

三方よしとは、売り手と買い手双方の満足にくわえ、社会にも益する商売を理想とする考え方のこと。現代におけるCSR(企業の社会的責任)を表しているともいえるでしょう。

明治時代まで活躍していた近江商人の経営理念「買い手よし、売り手よし、世間よし」がルーツとされています。三方よしになじみがある日本の企業は、ステークホルダー資本主義との親和性が高いのです。

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6.ステークホルダー資本主義と渋沢栄一の関係

実業家の渋沢栄一氏は「三方よし」に共感し、ステークホルダー資本主義と非常に近い考え方を持っていました。

彼の事業哲学は「論語(道徳)と算盤(利益)は両立すべき」というもの。企業は株主の利益最大化を目指すと同時に、社会的な目的と責任を持って幅広い利益に貢献すべきであり、事業成長と社会貢献は両立できるという意味です。

渋沢氏がこのような理念で設立に携わった企業は500を超え、そのなかには教育や福祉、公共事業などに関する企業も多数含まれています。

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7.ステークホルダー資本主義のメリット

企業がステークホルダー資本主義を取り入れるメリットとして、労働問題や社会問題の解消や、自社の成長が挙げられます。

  1. 働きやすい環境を実現
  2. 新たなサービスの創出
  3. 社会課題の解決

①働きやすい環境を実現

従業員の労働環境が改善され、働きやすい労働環境を実現できます。ステークホルダー資本主義では従業員の利益も重視するため、社内の労働問題にも取り組む必要があるからです。たとえば次のような施策が挙げられるでしょう。

  • ダイバーシティ&インクルージョンの推進
  • 公正な評価制度の構築
  • 待遇の見直し
  • 多様な働き方の導入
  • 人材育成への投資

ステークホルダー資本主義では、企業が働きやすい環境を提供し、従業員と良好な関係を築きながら事業の成長を目指します。

②新たなサービスの創出

社会や環境へ配慮した新ビジネスの創出につながる場合もあります。ステークホルダー資本主義では、地域社会や環境に利益をもたらすことを重視しているからです。

そのため近年ではとくに、気候変動や環境汚染の課題を解決するサービス・製品・技術の開発に取り組む企業が増加。ステークホルダーのニーズに合ったサービスを提供すれば、よりよい関係構築が可能となります。

③社会課題の解決

事業運営を通じて社内や地域の問題へ積極的に取り組む企業が増え、社会問題の解消が推進されます。ステークホルダー資本主義が浸透すると、企業は利益追求と社会貢献の両立の実現を求められるからです。

企業と行政との連携によって、「都市部と地方の格差是正」「後継者不足や人材不足の改善」「少子高齢化への対応」といった、大規模かつ広範囲の社会課題の解決も期待されています。

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8.ステークホルダー資本主義の問題点・批判される理由

ステークホルダー資本主義には、懸念や批判なども寄せられています。たとえば企業の広報力による評価の格差、日本の政策とステークホルダー資本主義とのズレ、パフォーマンス化などです。

  1. 評価の格差
  2. 日本の政策と本来の考え方とのズレ
  3. 気候問題の未解決

①評価の格差

広報活動や情報開示に注力できる企業と、その余裕がない企業には評価格差が生まれるかもしれません。

ステークホルダー資本主義の普及により機関投資家は、企業の目標達成率や公開情報をもとに持続的成長度を評価するようになりました。しかし広報活動や情報開示にまで手が回らない企業は、社会貢献の実態と評価が結びつかない可能性があるのです。

今後の経営には、ステークホルダーとの関係性構築と並行して、自社の取り組みを広く知ってもらう努力が必須となるでしょう。

②日本の政策と本来の考え方とのズレ

政府主導で進めるステークホルダー資本主義と、本来のステークホルダー資本主義との間にズレが生じる可能性もあります。

ステークホルダー資本主義では、企業主体でステークホルダーと対話をしながら、利益と社会貢献を実現する最適な方法を模索することが前提です。しかし政府が主導する場合、一方的に法律や規制を設けられます。

これらの法律や規制が企業の方針や思想が合致していなければ、企業の収益性を損ねる可能性も高いです。

③気候問題の未解決

ステークホルダー資本主義に対する批判として、表面的なパフォーマンスで終わりかねないという意見があります。

ステークホルダー資本主義の普及前から、企業はCSRに注力してきたにもかかわらず、依然として人口問題や貧困格差、気候変動などが未解決のままだからです。

社会課題に関する企業の考えや活動についてステークホルダーの理解を得るため、労働環境改善や働き方改革、地域社会への貢献といった身近な問題に取り組んで成果を出す必要があります。

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9.ステークホルダー資本主義を取り入れる際のポイント

ステークホルダー資本主義を取り入れる際は、ステークホルダー同士の利害関係にも配慮し、全体で調和を取る必要があります。あらためて「三方よし」の考え方を捉え直すと、社会課題解決の糸口を掴みやすくなるでしょう。

  1. あらゆるステークホルダーに配慮
  2. 三方よしの考え方を再認識

①あらゆるステークホルダーに配慮

ステークホルダーへ配慮する際は、利害が相反するステークホルダー同士の関係性を良好に保つ必要があります。

たとえば商品やサービスの販売価格を下げれば顧客に利益が生まれるでしょう。しかし企業の利益が増やせず従業員の所得アップにつながらないかもしれません。

また企業の成績がよかったとしても、事業の運営プロセスで環境に悪影響をおよぼしたり、取引先に過剰な負担を強いたりすると、企業価値は高まらないでしょう。

ステークホルダー資本主義は、あらゆる関係者と調和し、相互に信頼関係を築きながら進めることが重要です。

②三方よしの考え方を再認識

三方よしの考え方を再認識・再解釈し、これまで以上に企業倫理、ステークホルダーとの関係性、事業成長をバランスよく掛け合わせた企業運営が求められます。

しかし現在の日本では、三方よしの経営思想を経済発展や企業成長につなげられていません。1990年代に日本でも株主資本主義が浸透し、株主以外のステークホルダーを軽視してきました。その結果30年もの間、企業の成長は停滞してしまったのです。

「売り手である企業」「買い手である顧客」「世間である社会」に利益をもたらす経営戦略を、追求し続ける必要があります。

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10.ステークホルダー資本主義に取り組む企業事例

積極的にステークホルダー資本主義を取り入れた企業には「企業価値の向上」「新商品開発の促進」「企業イメージの向上」などの効果が見られました。ここでは3社の事例を詳しく紹介します。

  1. Danone S.A
  2. サントリーホールディングス
  3. トヨタ自動車

①Danone S.A

食品メーカーのDanone S.A(ダノン)は、2020年6月に上場企業初となる「Entreprise àMission(使命を果たす会社)」となりました。

「使命を果たす会社」は、2019年にフランスの会社法で新しく制定された企業形態のひとつ。ダノンは定款に「地球の資源保護・再生」「すべての人の包括的な成長」など4つの目標をくわえ、株主利益と社会・環境問題解決の両方に責任を負うと明記したのです。

ステークホルダーへの貢献に対して法的義務を持たせたことが評価され、年次株主総会で99%以上の支持を得て「使命を果たす会社」に認定されました。

②サントリーホールディングス

サントリーホールディングスは、「利益三分主義」を実施しました。これは事業利益を「事業再投資」のほか「得意先・取引先へのサービス」「社会貢献」に振りわけるという経営方針です。

企業理念に「水と生きる」を掲げ、天然水を育む「水育(みずいく)」や「カーボンニュートラル」「化石由来原料の新規使用ゼロ」など、主体的にステークホルダー資本主義へ取り組んでいます。

ステークホルダーに配慮する企業精神は、2014年に統合したビーム社にもサントリーイズムとして浸透し、その視野の広さや考え方は同社の新商品開発にも寄与しました。

③トヨタ自動車

トヨタ自動車は、2015年に「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表しました。目的は、持続可能な社会を実現するために、クルマが持つ負の要素を限りなくゼロに近づけ、さらに社会へポジティブな影響を与えること。

6つのチャレンジを掲げており、さまざまな取り組みを実施しています。たとえば「車の部品生産から廃棄までに排出される二酸化炭素をゼロに近づける」「雨水を活用して工場の取水量を減らし、水資源への影響を最小化する」などです。

これらのチャレンジが評価されある消費者アンケートでは「環境対策に注力していると感じる企業」の1位に選ばれました。