依願退職とは、従業員が自ら退職を申し出る自己都合退職のこと。クビや希望退職との違い、退職金やボーナスなどについて解説します。
目次
1.依願退職とは?
依願退職とは、労働者側が退職を希望し、使用者と労働者の双方の合意で労働契約を終了させること。転職や転居、ライフステージの変化など、労働者の「自己都合」による一般的な退職が依願退職にあたります。
労働者は労働基準法にて「退職の自由」が認められており、使用者の承諾がなくても退職可能です。民法でも特別な取り決めがない場合、退職の意思を告げてから2週間で契約を終了できるとしています。
依願退職の読み方
「いがんたいしょく」です。英語では「Voluntary Retirement」(自発的な退職)と表記します。
2.依願退職とクビ、希望退職との違い
依願退職は労働者の自己都合による退職、クビ(解雇)や希望退職は「会社都合」の退職の扱いとなる点が、大きな違いです。
クビ(解雇)
クビとは、使用者が一方的に雇用契約を終了すること。法律上では「解雇」と表します。依願退職が自己都合退職であるのに対し、クビが会社都合退職になるのです。
クビつまり解雇には、「普通解雇」「懲戒解雇」「整理解雇」の3種類があります。懲戒解雇は労働者に対する懲戒処分としての解雇です。整理解雇はリストラのような人員整理を目的とした解雇、普通解雇は債務不履行による解雇を指します。
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希望退職
希望退職とは一般的に「希望退職制度」を指し企業側が退職を希望する従業員を募集し、応じた従業員は退職するという制度のこと。主に人員整理や事業縮小などの理由で行われます。
依願退職は、従業員が退職の意思を示して企業が同意する「自己都合退職」であるのに対し、希望退職は企業が退職者を募るため「会社都合退職」の取り扱いになるのです。
3.不祥事を起こした従業員の依願退職はどうなる?
不祥事を起こしたからといって、従業員は必ず依願退職を申し出る義務はありません。ただしその従業員に対する評価は下がるうえ、仕事も任せられなくなるでしょう。
そのため不祥事を起こした従業員から退職の申し出があった場合、企業側も合意しやすい傾向にあります。
また「戒告」「減給」「降格」など、解雇以外の懲戒処分を受けた従業員は自社に居づらくなり、依願退職を申し出る可能性があります。「懲戒解雇」や「諭旨解雇」の処分を下した場合は、企業による解雇となるのです。
退職金の扱いは規定にもとづく
不祥事を起こした従業員であっても、依願退職であれば退職金規定に従って退職金を支給しなければなりません。
ただし減額や不支給の条件が規定に記載されていて、条件に該当する場合、金額を減らす、あるいは支払わないのも可能です。たとえば「在職中に諭旨解雇または懲戒解雇に相当する行為があった場合」といった条件を定めている企業もあります。
4.依願退職のメリット
自己都合による依願退職は、企業と従業員の双方にメリットがある退職の形です。それぞれのメリットを解説します。
企業側
自己都合による依願退職として処理できると、企業は助成金制度の支給条件を欠格せずに済みます。
助成金制度とは、厚生労働省が進める企業の雇用安定や職場環境の改善などを目的とした制度のこと。助成金によっては、「一定期間内に会社都合退職を行っていない」という条件が含まれる場合もあるのです。依願退職ならばこの条件をクリアできます。
従業員側
依願退職によって、現在よりもよい環境に移れます。たとえばキャリアアップやプライベートの充実など、従業員の希望を叶えられるのです。
数か月以内での転職を繰り返していたり、長期のブランクがあったりしなければ、転職や再就職の際、評価に悪い影響を与えることもありません。
自社へ提出する書類の退職理由への記載についても「一身上の都合」とするだけでよく、「退職理由を話したくない」といえば、深く追求されないのもメリットです。
5.依願退職のデメリット
依願退職では、企業側は退職勧奨によるトラブルのリスク、従業員側は失業給付金の給付制限など面でデメリットが生じます。
企業側
企業が会社都合退職を避けたいがゆえに、「退職勧奨(依願退職へ誘導すること)」を行う場合があります。本人が拒否しているにもかかわらずしつこく誘導すると、パワハラや退職強要ととられてトラブルの原因になる場合もあるのです。
なお退職強要は不法行為とみなされ、退職を強要された従業員から訴えられた場合は、損害賠償の対象ともなりえます。
従業員側
従業員側には、金銭的なデメリットが生じます。たとえば失業給付金の受給までに2か月または3か月の給付制限が発生するのもそのひとつ。
さらに失業給付金の給付期間も短くなるうえ、最大支給額も低くなるため給付の総額が少なくなります。退職金の減額もありえるでしょう。
また退職理由によっては転職活動に悪影響が出るかもしれません。待遇や人間関係への不満などが退職理由の場合、応募先企業が「同じ理由で辞めるかもしれない」と不安に思うからです。
6.依願退職の場合、ボーナス・退職金・失業手当・有給休暇はどうなる?
依願退職の場合、有給休暇は取得可能で、ボーナスや退職金は各企業の規定により支払われます。失業手当(失業給付金)の受給もできるものの、金額や期間に一定の給付制限が生じるのです。
- ボーナス
- 退職金
- 失業手当
- 有給休暇
①ボーナス
ボーナス(賞与)の支払いについて就業規則や賃金規則などに明記されている場合、規則に沿って支払われます。ボーナスの減額や不支給についても同様に規則に準じるのです。
なお法律に賞与についての定めはなく、支給回数や支給条件などは企業が自由に決められます。
社内規定で「支給日在籍要件」を定めている場合、ボーナス支給日に在籍している従業員にのみ支払われ、支給日前に退職した従業員は受け取れません。定めていない場合は支給日前に退職していても支給対象に含まれます。
②退職金
多くの企業が退職給付制度を設けているものの、法的に退職金の支給を義務づけているわけではありません。
退職給付制度がある企業では就業規則で支給条件を定めており、条件を満たしていれば依願退職でも退職金が支給されます。退職給付制度の内容は企業によって異なり、勤続年数によっては減額あるいは不支給となる場合もあるのです。
一般的に自己都合退職の退職金額は、会社都合退職の金額よりも低く設定されていることが多いでしょう。
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③失業手当
依願退職でも失業手当(失業給付金)を受給できます。ただし一定の「給付制限期間」が設けられ、この期間内は失業手当が支給されません。
依願退職といった自己都合で退職した場合、2か月または3か月間の給付制限期間が設定されます。また自己都合による退職では、会社都合退職と比べて受け取れる期間が短く、金額も少なくなるのです。
ただし依願退職でも、家庭状況の急な変化や医師の判断による退職は「特定理由離職者」と認定され、給付制限が解除される場合もあります。
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④有給休暇
依願退職でも、退職日までの間に年次有給休暇を取得できます。使用者には労働者に一定の年次有給休暇を取得させると義務づけられているため、企業側から取得を提案する場合もあるのです。
年次有給休暇の取得を希望するなら、退職までの期間を調整する必要があるかもしれません。なお取得しなかった場合、退職と同時にその企業で年次有給休暇を取得する権利が消滅します。
7.依願退職が認められない場合はどうすればいい?
依願退職を申し出ても、企業側がなかなか認めない場合もあります。このようなときはどうしたらよいのでしょう。
同意を得ずとも退職は可能
従業員から依願退職の申し出があった場合、どのような理由があっても企業は拒否できません。法律上では労働者の退職によって使用者が受ける損害に対し、労働者は最低限の配慮をすべきとされていますが、基本的には使用者の同意を得なくても退職できます。
有期雇用の場合
「有期雇用契約」の従業員は雇用期間の定めがあるため、雇用契約期間中の退職が認められないケースもあります。ただし1年を超える雇用契約で、始めの1年が経過した日以後に退職を申し出た場合、企業は退職を拒否できません。
8.依願退職の申し出があった際の対応方法
従業員から依願退職の申し出を受けたら、企業側は社内規定に従って手続きを進めます。そして業務の引継ぎを進め、契約解除日をもって退職となるのです。
退職日の決定
依願退職を申し出た従業員へヒアリングし、退職日を決めます。なお民法では、依願退職を申し出た日から14日後に退職できると定めているため、最短で設定できる退職日は14日後です。
転職の場合、転職先の入社日も考慮して退職までに年次有給休暇をすべて使い切れるように取り計らい、従業員が納得できる退職日を決めましょう。
退職願と退職届の受理
退職日が決まったら、「退職願」を提出してもらいます。依願退職は、企業の合意を得て退職する形式であり、いわゆる円満退職です。
企業側で形式上合意を示すためにも、期限までに「退職願」を提出するよう促しましょう。退職願が受理されたら、退職届の提出を求めます。
退職願および退職届には、とくに法律で定められた様式はありません。そのため企業では独自の様式を作成し、配布している場合もあります。
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引き継ぎの要請
退職日を迎える前に、依願退職する従業員が受け持っていた業務を後任の担当者へ引継ぐよう要請します。引き継ぎ書の作成や引継ぎに要する時間を考慮して、早めに後任を決めておきましょう。
また必要書類への署名や捺印などがあれば、こちらも退職日前に完了させます。
退職の手続きや書類の準備
退職届を受理したら、従業員が退職後に失業保険給付を遅滞なく受け取れるよう離職票の準備を進めます。社会保険や雇用保険の資格喪失手続き、源泉徴収票の発行は必須です。住民税の特別徴収を行っている場合、給与所得者異動届の手続きも必要になります。
退職日には、従業員から健康保険証や貸与物を忘れずに回収しましょう。
9.依願退職の注意点
依願退職の流れや手続きにおいて、企業側にも従業員側にも注意点があります。不要なトラブルを避けるためにも、双方の注意点を知っておきましょう。
企業側
依願退職は自己都合退職扱いであるものの、企業側が先に退職勧奨してしまうと会社都合退職になってしまいます。また円満な依願退職でない場合、従業員側は自身にメリットがある会社都合退職を主張する場合もあるのです。
従業員が退職の意思を表明してきたら、依願退職だと確認し、退職願の提出を依頼しましょう。退職願があれば、最初に退職を申し出たのは従業員側であると証明できます。
従業員側
いきなり退職届を出すと、企業の合意が得られない状態で退職することになるため、トラブルを招きかねません。まず退職願を提出して、双方が合意した状態で退職届を提出しましょう。
企業側から退職勧奨された場合、双方が合意していても会社都合退職になります。この場合は退職届ではなく、企業側の意思表示も記載される「退職合意書」を交わすほうが安心です。