エルダー制度とは、ひとりの新入社員に対して先輩社員がマンツーマンでサポートする教育制度のこと。メンター制度との違いやメリット・デメリット、企業での導入事例などを解説します。
目次
1.エルダー制度とは?
エルダー制度とは、新入社員に対して、エルダーと呼ばれる先輩社員が仕事上の指導やメンタルケアを行う教育制度のこと。実務を通じて新入社員を育成する「OJT制度」の一種です。「エルダー(Elder)」は、日本語で「年長者」「先輩」を意味します。
エルダー制度では、対象の新入社員と同部署の先輩社員のなかから専属のエルダーを選定します。実際の業務を経験しながら教育が行われるので、新入社員の迅速な育成が期待できるのです。
2.エルダー制度とメンター制度との違い
メンター制度とは、「メンター」と呼ばれる先輩社員が、「メンティ」と呼ばれる後輩社員をフォローする制度のこと。「メンター(Mentor)」は「指導者」「助言者」を意味します。それぞれの違いとなる「フォローの範囲」と「担当者」について解説します。
フォローの範囲
どちらも先輩社員が後輩社員のサポートを行うものの、そのフォロー範囲は異なります。
メンター制度はメンタルケアに重点を置いた制度で、基本、職務上の指導は行いません。一方エルダー制度では、新入社員の職務上の指導と精神面のケアの両面をフォローします。
担当者
先輩社員をどの部署から選定するかが異なります。
エルダー制度では職務上の指導も担うため、エルダーになるのは同じ部署の先輩。一方メンター制度は精神面のサポートが中心とするため、基本的には業務でかかわりを持たないほか部署の先輩をメンターに選びます。
メンター制度とは? メリット・デメリット、成功事例を簡単に
メンター制度とは、年齢の近い先輩社員が新入社員や若手社員をサポートする制度です。精神面のサポートをメインとすることから、社員の心理的安全性を高める効果に期待できます。
今回はメンター制度について、導入...
3.エルダー制度が注目される理由
近年、エルダー制度に注目が集まっている理由として挙げられるのは、若手社員の早期離職や働きやすい職場の実現などです。
若手社員の早期離職が増加
若手社員の早期離職が増加しているため、エルダー制度によるサポートが必要とされています。
2022年10月に厚生労働省が公表した「新規学卒就職者の離職状況(2019年3月卒業者の状況)」によると、大卒者の就職後3年以内の離職率は31.5%、高卒者の離職率は35.9%でした。
このような若手社員の早期離職が増加し続けると、企業にとって大きな損失となりえます。採用や人材育成にかかったコストや労力が無駄になりますし、組織の成長も遅滞するからです。
そのため早期離職の防止策としてエルダー制度が注目されるようになりました。
参考 新規学卒就職者の離職状況(平成31年3月卒業者)を公表します厚生労働省早期離職の原因と対策をわかりやすく|ランキング、悪影響
人材確保が困難な現代、今いる従業員をいかに定着させるかが重要視されています。そのようななか、キャリア形成やよりよい職場で働くことを目的とした転職も一般化しつつあり、早期離職が大きな課題となっている企業...
働きやすい職場の実現
働きやすい職場の実現においても、エルダー制度が効果的だと考えられています。
気軽に相談できるエルダー社員がそばにいるため、新人の不安が軽減されるからです。またエルダー社員が同部署の社員たちとの橋渡し役となり、新入社員は良好な人間関係を築きやすくなります。
コミュニケーションが活性化するので職務における情報共有もスムーズになり、新入社員はもとより部署の社員全員にとって働きやすい環境が構築されるのです。
4.エルダー制度のメリット
エルダー制度を導入すると、新入社員が早期かつ確実に仕事を覚えていけます。そのため新入社員の早期離職の防止やエンゲージメントの向上などのメリットが期待できるのです。
- 若手社員の早期離職を防止
- エルダーのマネジメント能力が向上
- 新入社員の早期適応を促進
- 職場のジェネレーションギャップを抑制
- 社員エンゲージメントの向上
①若手社員の早期離職を防止
話しやすい先輩がそばにいるために安心して働ける職場となり、若手社員の早期離職の防止につながります。
早期離職の原因としてよく見られるのが「仕事が覚えられない」「うまく職場に馴染めない」「仕事や職場の人間関係の悩みを相談できる相手がいない」など。エルダー制度を導入すれば新入社員は気軽に質問や相談ができるようになり、不安による離職を防げます。
②エルダーのマネジメント能力が向上
エルダー社員は新入社員のフォローを行うため、管理スキルや指導スキル、育成スキルなどが身につきます。
これらはやがて管理職となったときにも役立つスキル。しかも座学ではなく日々実践するため、習得が早まります。そのためエルダーには、将来管理職として期待される人材を選任する傾向にあるのです。
③新入社員の早期適応を促進
気軽にコミュニケーションをとれるエルダー社員が同じ部署内にいると、新入社員は早期に職場へ適応できます。わからないことはその場でエルダー社員へ質問できるため、新入社員は早く仕事を覚えられるからです。
メンタル面のサポートも受けられるため、仕事の悩みや不安が軽減し、安心して仕事に取り組めます。エルダー社員による橋渡しで、ほかの社員たちとも早く打ち解けられるでしょう。
④職場のジェネレーションギャップを抑制
エルダー制度を導入すると、職場内に生まれるジェネレーションギャップの緩和に役立ちます。
新卒の社員と上司との間に、10歳以上の年齢差が生じるのも珍しくありません。上司と新入社員の間にジェネレーションギャップがあると価値観のズレが起こり、新入社員はとまどってしまうでしょう。
新入社員と年齢が近い社員をエルダーに選定すると、エルダーが新入社員と上司の橋渡し役となり、双方のギャップを埋められます。
⑤社員エンゲージメントの向上
エルダー制度を導入すると、新入社員のエンゲージメントを向上させる効果が期待できます。エルダー社員がそばにいるため、新入社員は仕事への不安が軽減し、モチベーションや自社への信頼感が高まりやすくなるからです。
新入社員のエンゲージメントが向上すると、離職のリスクが低下します。また新入社員の成果が高まり、生産性もアップするでしょう。
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5.エルダー制度のデメリット
エルダー制度のデメリットとして、エルダー社員の負担やエルダー社員によるサポートの差、新入社員の依存などが挙げられます。
- エルダーの負担が増加
- 効果はエルダーと新人の相性次第
- エルダーのサポートに差が発生
- エルダーへの依存
①エルダーの負担が増加
エルダー制度では、エルダー社員に大きな負担がかかります。エルダーは新入社員のサポートと並行して、自分自身の業務をこなす必要があるからです。
頑張りすぎて重荷になり、エルダー役が離職することになっては本末転倒でしょう。エルダー役の負担を軽減するためにも、ひとりの新人に対してふたりのエルダーを担当させるといった方法も検討しましょう。
②効果はエルダーと新人の相性次第
エルダーと新入社員の性格が合わないと、双方に悪影響をおよぼす恐れもあります。
エルダーと新入社員は、仕事において密接なかかわりを持つため、相性が悪いとお互いにストレスを抱えてしまうでしょう。それぞれの業務に支障をきたし、さらに職場の雰囲気まで悪くなってしまうかもしれません。
エルダーの選出は慎重に行い、相性が悪いと判断した場合は速やかに変更するべきです。
③エルダーのサポートに差が発生
新入社員が受けるサポートの質に差が生じる可能性もあります。エルダー社員の資質や性格によって、指導やフォローの内容が変わるからです。同期の新入社員であっても理解や成長に大きく差が出てしまうかもしれません。
エルダー社員だけに任せるのではなく、すべての社員が当事者意識を持ち、新入社員を職場全体で育てるという姿勢が必要です。
④エルダーへの依存
新入社員がエルダー社員へ依存してしまうケースも少なくありません。いつでもエルダー社員から適切な指示やアドバイスを得られるからです。
依存を防ぐためにもエルダー社員への教育では「新入社員に必要以上に干渉しない」「適度な距離感を保つ」など、サポートにおけるスタンスを伝えておきましょう。
6.エルダー制度の導入手順
エルダー制度を導入する際は、あらかじめ社内アナウンスを行い、社員に周知しておく必要があります。ここでは導入手順を解説しましょう。
- エルダー制度導入の社内アナウンス
- エルダーと新入社員の選定
- 環境の整備と運用開始
①エルダー制度導入の社内アナウンス
導入するエルダー制度の「概要」「目的」「期待する効果」などをまとめ、社内にアナウンスします。社内報やHP、掲示板などを利用すると全員に周知しやすいでしょう。
事前に多くの社員が制度の重要性を理解していると、準備や運用がスムーズに進みます。制度を効果的に活用しようという意識が高まり、導入後の形骸化を防げるのです。
とくに管理職やエルダー候補の社員には研修や説明会を行い、理解を深めておく必要があります。
②エルダーと新入社員の選定
新入社員の性格を見極め、担当のエルダー社員を選出します。
ただし新入社員の性格は、採用時や配属前の研修などから推察することになるでしょう。そのため運用開始後に、ミスマッチが発覚する可能性もあります。
エルダーと新入社員の相性が悪いと双方の業務に支障が出る恐れもあるため、発覚した場合は速やかにエルダーを選定しなおしましょう。
エルダーの選考基準
エルダーに向いているのは、次のような人材です。
- 所属部署の業務を正しく理解している人
- 組織の文化や方針を理解している人
- 面倒見がよく気さくにコミュニケーションをとれる人
- 人の気持ちを汲み取り共感できる人
- 人の話をよく聞く力、自分の考えをしっかり伝える力が備わっている人
③環境の整備と運用開始
エルダー制度の効果を最大化するために、環境を整備します。サポートの質を均一化するためにも、指導のノウハウやフォローの範囲などを明確化しましょう。
またエルダー社員と新入社員のデスクを近接させたり、定期的なミーティングを実施したりするのも効果的です。
7.エルダー制度導入のポイント
エルダー制度を成功させるポイントとして挙げられるのは、下記のようなものです。
- 周りの社員のサポートが重要
- エルダーへの教育を実施
- 効果的なエルダーの選定
①周りの社員のサポートが重要
「職場全体で新入社員を育成する」という意識の浸透と、周囲の社員もサポートできる体制が必要です。
ほかの社員へ気軽に質問できると新入社員は安心感が得られますし、エルダー社員の負担も軽減できます。エルダー社員によって生じるサポート差を埋められるかもしれません。部署内のコミュニケーションを促進する効果も期待できます。
②エルダーへの教育を実施
指導のスキル向上や、サポートの均一化を実現するために、エルダー社員への教育が必要です。制度の運用前にエルダーに選出された社員を集めてマネジメントやコーチングなどの研修を実施しましょう。
またエルダー社員同士の情報共有や、エルダー社員から上司への相談を可能にする仕組みを構築しておくと、エルダー社員の負担や不安を軽減できます。
③効果的なエルダーの選定
エルダー制度を効果的に運用するには、エルダー社員が高いモチベーションを持って取り組む必要があります。
人材の育成やサポートといった経験は、リーダーや管理職へ就いた時に必須な要素。負担は増えるものの自身のスキルアップに大きく役立つと説明すると、キャリアアップを目指すエルダー社員のモチベーションが高まるでしょう。
8.エルダー制度の企業事例
新入社員の育成にエルダー制度を活用し、成功している企業があります。ここでは3社の事例をご紹介します。
- 大和ハウス工業
- アサヒビール
- 社会福祉法人園盛会
①大和ハウス工業
大和ハウス工業は、新入社員の育成に「OJTエルダー制度」を導入しました。
エルダー社員には適切な人格や知識、経験をもった社員を選び、初めて選出された社員には「OJTエルダー研修」を実施してエルダーとしてのノウハウを学ばせています。
さらにエルダー社員とは別に、新入社員に年齢が近い先輩社員を「OJTアシスタント」に任命し、組織全体で育てる体制を強化。その結果「OJTに関する新入社員の満足度」は85.4%と、高い成果を上げています。
②アサヒビール
アサヒビールでは、エルダー制度と似た「ブラザーシスター制度」を導入しました。
入社してから4か月間、「ブラザー」または「シスター」と呼ばれる先輩社員が新入社員の指導を行う制度です。ブラザーシスターは公募制で、入社3年目から8年目までの若手社員が担当します。
ブラザーシスターは業務に関することだけでなく、社会人としてのマナーからメンタルケアまでサポート。また4か月のサポート期間終了後もブラザーシスターの関係性は続きます。
制度の導入後は、新入社員とブラザーシスター双方の成長が促進されました。
③社会福祉法人園盛会
社会福祉法人園盛会でもエルダー制度を導入し、運営する特別養護老人ホーム多摩の里けやき園で活用しています。
導入したエルダー制度は、新入職員に先輩職員が1年間専属でつき、業務内容に限らず何でも相談できるもの。しかしシフト制のため、新入職員とエルダーがタイミングよく話せず、十分にフォローできないこともありました。
そこで成長を定量的に確認できる目標シートを導入し、エルダーと定期的に確認する仕組みを構築。対話の質が向上し、新入職員からも好評を得ました。