労働協約とは、労働者と雇用主との間で合意した労働条件に関する取り決めのことです。労使協定や就業規則との違い、労働協約を作成する際の注意点などについて解説します。
目次
1.労働協約とは?
労働協約とは、労働組合(労働者)と使用者(雇用主)とのあいだで交渉され、合意された労働条件に関する規程、およびそれらの規程を記載した文書のこと。
具体的には、給与、労働時間、休暇、労働安全衛生、労働者の権利と義務など労働関係に関する各種規定が含まれ、組合員の過半数を超える合意があれば締結できます。
労働協約の目的は、労働者の権利や福祉を守り、より良い労働条件を獲得すること。ただし労働協約で認められる労働条件は、労働基準法で定めた範囲内に限られます。
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1.労働基準法とは?
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種類
労働協約には「個別協約」と「包括協約」の2種類があります。
- 個別協約:特定の労働者やグループと使用者が締結した労働条件の規程。賃金や退職金など、労働者の要求やニーズに対応するために締結した個々の取り決めを指す
- 包括協約:複数の個別協約をまとめた協約。個別協約と包括協約の効力における差はない
労働組合の結成当初に個別協約を締結し、事項が増えてきたら包括協約で総合的な労働条件として規定するケースも多くみられます。
成立要件
労働協約の成立要件は、書面で作成することと、労働組合と使用者の両当事者の合意、および署名(または押印)があること。これは労働組合法の第14条に規定されています。なお成立要件を満たしていれば、文章の名称は「労働協約」でなくても問題ありません。
有効期間
労働協約には一定の有効期間を定める場合と、有効期間を定めずに締結する場合のふたつがあります。
有効期間を定めて締結したときの有効期間は最長3年までとされており、有効期間の満了とともに失効。労働協約が有効期間を定めずに締結したときは、90日前に書面で予告すれば一方から労働協約の解約を行えます。
ただし解約できるのは、法令や公序良俗に反するような不当行為があった場合とされ、解約理由の説明が必要です。
適用範囲
労働協約は原則、労働協約を締結した労働組合の組合員に対してのみ適用されます。自社の労働者のみが加入できる「社内労組」はもとより、業種や職業、地域別に組織された社外の労働組合(合同労組)の加入者にも適用されるのです。
拡張適用の要件
拡張適用とは、一定の条件を満たしている場合、組合員以外の労働者にも労働協定の権利を適用すること。労組法第17条では「一般的拘束力」と表しています。
特定の工場や事業場で働く労働者数のうち、4分の3以上が同じ労働協約のもとで働いている場合、残りの非組合員の労働者にも同じ条件を自動的に適用されるのです。
2.労働協約と労使協定の違い。どちらが優先?
労使協定とは、業務上の理由でやむを得ず労働基準法の範囲を超えた労働条件を定める際に、労働者と使用者の間で締結する取り決めのこと。労使協定は法的効力を持つものの、一般的には労働協約とは効力の強さや適用範囲などが異なります。
優先順位の違い
労働協約と労使協定を比べた場合、優先順位が高いのは労働協約です。
労働協定は労働組合法において「規範的効力」が認められており、労使協定よりも優先されます。また労働協定は「債務的効力」も持っており、締結した当事者に対して履行の義務が生じるのです。
一方の労使協定は「労働条件の例外」という位置づけであり、労働基準法にもとづいて締結される労働協定の方が優先されます。
設定の基準の違い
労働協約は、労働者の労働条件の改善を確保するための合意です。労働基準法の範囲内で労働条件や権利を取り決めるものであり、労働基準法の範囲を超えられません。
労使協定は、労働基準法の範囲から逸脱してしまう特定の業種や職種の働き方に合わせて、労働条件を調整するための合意です。合意内容は労働基準法の特例として認められ、就業規則に記載されます。
つまり労働協約は労働条件を改善するため、労使協定は特定の労働条件を適用するために行うのです。
当事者の違い
労働協定における労働者側の締結当事者は、労働組合または連合団体です。多数組合(過半数組合)や少数組合(過半数以下、または相対的に少数の組合)にかかわらず、すべての労働組合が締結権限を持ちます。使用者側の締結当事者は、使用者や団体(連同団体も可能)です。
労使協定における労働者側の締結当事者も、原則は労働組合(過半数組合)になります。ただし労働組合が存在しない場合は、労働者による選出で過半数を獲得した代表者が締結当事者となります。働者側の締結当事者は使用者です。
対象と範囲の違い
労働協約の対象範囲は、原則締結した労働組合の組合員のみです。ただし拡張適用の要件を満たす場合は、非組合員の労働者にも適用されます。
労使協定は適用範囲が定められていない限り、その事業場における全労働者に適用されます。ただし締結した事業場だけに適用されるため、支社が複数ある場合は、各支社での締結が必要です。
有効期間の違い
労働協約の有効期間は最長で3年で、3年を超える期間を定めても有効とされるのは3年までです。
労使協定の有効期間は法律上の制限がなく、一般的に当事者間で合意した期間で効力を持ちます。ただし一部の労使協定では、定期的に延長の申請が必要です。
たとえば36協定は、労働基準監督署へ毎年届出をしなければなりません。そのため36協定の有効期限は1年が望ましいとされています。
締結形式の違い
労働協約は、両者が書に署名(または押印)することで効力を発します。法的には「労働協約」という名称が使用されるものの、形式的な名称に制限はありません。「覚書」「確認書」「合意書」などの文書名でも締結が可能です。
労使協定も書面に押印または署名が必要であるものの、内容によってはさらに労働基準監督署への届け出が必要な場合があります。
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3.労働協約と就業規則との違い。どちらが優先?
就業規則とは、企業や組織が従業員に対して適用する内部の規則やルールのこと。就業規則には、従業員に求められる義務や権利、労働時間、休暇、給与、職場の権限などに関する具体的な規定を含んでいます。
就業規則と労働協約はいずれも労働基準法にもとづいた内容とされるものの、双方は優先順位や設定の基準が異なるのです。
優先順位の違い
労働協約は就業規則よりも優先されます。労働協約は使用者と労働組合が対等な立場で締結した取り決めであるのに対し、就業規則は使用者が一方的に定めたルールだからです。
労働基準法第92条においても、「就業規則は、法令や労働協約に反してはならない」としています。ただし就業規則の労働条件が労働協約を上回っている場合は、労働基準法第93条で就業規則を優先すると定めているのです。
設定の基準の違い
労働協約は使用者と労働組合の合意、およびによって締結し、政府機関への届出などの必要はありません。
10人以上の従業員を雇用する企業には、就業規則の作成義務が生じます。策定や変更を行ったら、労働基準監督署への届出、および就業規則に記載された労働条件を従業員へ周知する必要があります。なお就業規則の基準に達しない労働契約は無効です。
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ここでは、
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4.労働協約の作成手順
労働協約の作成とは、締結した内容を文書へ起こすことを指します。以下の手順で進めるのが一般的です。
- 労働協約の有効期間を決定:効力の発生日と期限を決める。締結した日を発効日とするのも可能。ただし労働協約の有効期間の上限は3年を超えられない
- 合意内容の書面を作成:使用者と労働組合との話し合いで合意した内容を、具体的に記載した文書を作成。決まった様式はないので東京都「TOKYOはたらくネット」の「労働協約主要条項についての説明及び規定例」といった文書を参考にして作成するとよい
- 使用者と労働組合の署名(または押印):労働協約は、両者の署名(または押印)によって法的拘束力を発する
5.労働協約を締結する際のポイントと注意点
労働協約に労働者の不利益になる内容があると、無効になる可能性もあります。労働協約を締結する際には、いくつかの注意が必要です。
締結の義務
使用者には労働組合からの団体交渉へ応じる義務が生じるものの、すべての要求を受け入れる必要はありません。両者が公平な立場から対話を行い、お互いの立場やニーズを理解し合意に達するべきです。
ただし合理的な理由がなく使用者が労働協約を拒否した場合、不当労働行為とみなされて労働組合法に違反する恐れもあります。
期間の設定
労働協約は、有効期間を設定して締結することが重要です。期間を定めないまま労働協約が締結するのも可能です。しかしこの場合、一方の意思だけで解約するため、トラブルに発展する恐れもあります。
とくに労働組合の壊滅や弱体化を目的に使用者側から一方的な解約した場合、不当労働行為になりえるため注意が必要です。
規定の明確化
労働協約の作成では、規定を明確化して複数の解釈を避けることが大切です。曖昧な表現や漠然とした記述は、あとあとトラブルの原因となります。
とくに労働条件や給与、勤務時間、休暇制度については、具体的な数値や期間を示すべきです。たとえば「子どもの行事日には、無給休暇を3日まで取得できる」といった具体的な規定を設けましょう。
段階的な締結
多くの場合、労働協約で複数の事項を交渉します。できれば必要な事項から段階的に締結しましょう。すべての事項にその場で両者が合意するとは限りません。合意に達しない部分は交渉を続け、合意した部分は順次締結すべきです。
また交渉の進行方法、議題の優先順位、合意文書の作成手順といった交渉に関する基本的なルールを定め、事前に合意しておくと、団体交渉をスムーズに進められます。
事前協議事項
事前協議事項とは、使用者が重要な決定を行う前に、使用者と労働組との協議を義務づける事項です。たとえば労働条件の変更、人事異動、懲戒処分、解雇などが挙げられます。
使用者の意思決定を制限する側面を持っているため、事前協議事項を増やし過ぎると経営や運営に支障をきたす恐れもあるのです。労働組合から事前協議事項を提示された場合は、内容を慎重に考慮する必要があります。
労働条件の不利益変更
労働協約では、労働組合の同意があれば不利益変更(労働者へ不利益をもたらす変更)であっても締結できます。今後の賃金や所定休日を減らすなど労働条件を引き下げるのも可能です。
ただし合理性な理由がなければ、労働組合から合意を得られないでしょう。またすでに発生している賃金の減額や、退職の強制などは認められません。
規範的効力
労働協約の規範的効力は、労働契約よりも優先されるのが原則です。なお優先順位は、労働協約、就業規則、労働契約の順となります。
労働契約より就業規則が優先され、その就業規則よりもが優先されるからです。そのため労働協約に達しない労働契約は無効となります。また労働協約は、労働契約が成立している労働組合員に対して効力を発揮するため、採用前の従業員には適用されません。
6.労働協約に違反した場合の罰則
労働協約は、労働基準法や労働組合法などの法律に準じます。そのため関連法令に違反した場合、罰則が科せられるのです。
たとえば労働協約に反した就業規則を定めた場合労働基準法第92条違反とみなされ、30万円以下の罰金をうける可能性もあります。また不当労働行為に対する刑事罰はないものの、労働委員会から改善命令が出される場合があるので注意しましょう。