技術伝承とは、ベテランが培ってきたノウハウや技術を後継となる従業員に引き継ぐことです。製造業をはじめとした技術ありきの業界では、企業の存続や将来的な発展のために技術伝承が欠かせません。しかし、さまざまな課題や原因により、技術伝承がなかなか進んでいないのが現状です。
今回は技術伝承とは何かをふまえ、技術伝承が進まない悪影響や原因、課題や解決策をわかりやすく解説します。
目次
1.技術伝承とは?
技術伝承とは、ベテランの従業員が長年培ってきた技術やノウハウを他の従業員に引き継ぐことです。今の技術を次世代へと引き継ぐことは技術だけでなく、技術から生み出された製品、ひいては企業の存続にも大きな影響を与えます。
マニュアルでも技術を引き継ぐことはできるものの、あくまで表面的です。ベテランの技術は、長年の経験によって培われた感覚や勘が伴い技術の質を向上させている側面があるため、マニュアル以外の方法で技術伝承する必要があります。
なぜなら、このような技術は言葉では表現しにくく、マニュアルで完全に継承することは難しいからです。
言い換え方
技術伝承は「技能伝承(継承または承継)」と言い換えられることもあります。ただし、技術伝承と技能伝承では、少し意味合いが異なります。
また、「次世代に技術を引き継ぐ=育成」と捉えることで「部下(人材)育成」「後継者育成」「若手育成」といったように言い換えることも可能です。
2.技術伝承と技能伝承の違い
技術伝承と技能伝承では、伝承する内容に違いがあります。技術は方法や手順などのやり方であるのに対し、技能は技術的な能力や技術を実現する能力のこと。
技術は言語化できるためマニュアルでも引き継げる部分です。しかし技術は現場で培う能力であり、身につけるには経験と時間を要します。また努力や才能、センスによって習得に要する時間には個人差があるのです。
技術と技能で内容は違えど、伝承においては技術と技能の2つを引き継ぐこととして一括りに「技術伝承」と言われることが一般的です。
3.製造業における技術伝承の現状
製造業において、技術伝承はそれほど進んでいないのが現状といえます。というのも、その他にもさまざまな課題があり、技術伝承が後回しになってしまっている状況にあるからです。
ひとくちに技術伝承といっても、その内容は膨大なもの。マニュアル化できる形式知がある一方、長年の経験によって培われた技術である暗黙知を引き継ぐのは容易ではありません。
のちに詳しく解説しますが、技術伝承が進まない原因は、人材不足や担い手の高齢化、業務過多や指導体制の不整備などさまざま。
技術は企業の財産であると同時に、伝承していかないと失われていくものであるため、技術伝承が進んでない状況は早期に対応しなければない企業課題の1つです。
4.技術伝承が進まない場合の悪影響
技術継承が進まないことによって、下記のような悪影響が出ることも考えられます。
- ベテランの退職後に業務が滞る
- 企業の存続・発展が危ぶまれる
技術伝承が進まない場合の悪影響を押さえ、技術伝承の重要性を押さえましょう。
①ベテランの退職後に業務が滞る
技術伝承に含まれる技術には、言語化できずマニュアルでは伝えきれない技能も含まれます。
ベテランの退職や引退に伴い、現場で教えられる人がいなくなると残された従業員はこれまでと同じように業務を進めるのが難しくなるだけでなく、品質の低下を招くリスクもあります。
②企業の存続・発展が危ぶまれる
技術継承は企業発展・存続の礎です。とくに、製造業は製造した成果物が評価されて取引が成立します。技術伝承されないことで時代の経過とともに成果物の質が低下すれば、これまでと同じように取引できない状況に陥る恐れもあるでしょう。
また、発展のためにはこれまでの技術により磨きをかけ、より良い成果物を生み出すことが必要です。既存顧客からの信頼を守るため、さらに発展していくためにはベースとなる技術の伝承が欠かせません。
5.技術伝承が進まない原因と課題
技術伝承はなかなか進んでいません。その背景には、下記のような原因と課題が挙げられます。
- ベテラン技術者の高齢化が進んでいる
- 業務が属人化している
- コミュニケーションが不足している
- 教育時間が確保できない
- 技術伝承方法を確立できていない
ここでは、原因と課題をそれぞれ詳しくみていきましょう。
①ベテラン技術者の高齢化が進んでいる
技術伝承すべき内容はベテランが長年培ってきたものであるため、必然的に伝承すべき技術・技能を持っている従業員は中高年層です。
団塊世代の定年退職により、技術やノウハウの伝承が追いつかない「2007年問題」が過去にあり、今でも影響を受けて続けているといえるでしょう。
現代は、少子高齢化によって担い手の高齢化が顕著であるにもかかわらず、若手は減少の一途をたどっています。経済産業省「2021年版ものづくり白書」によると、2020年の製造業における高齢就業者数 (65歳以上) の割合は8.8%と、2002年度から約2倍に上昇。
一方で、若年就業者数 (34歳以下) の割合は2002年には31.4%であったのに対し、2020年度には24.8%にまで減少しているのです。
②業務が属人化している
ベテランにしか対応できない業務があれば、必要な知識や技術が共有されずに個人に蓄積されたままの状態になっていることも多いでしょう。このような状態が、業務の属人化です。
ベテランの退職によって属人化された業務に対応できる人がいなくなり、たとえできたとしても質が低下する可能性があります。技術・技能が言語化されないままでは後継者に伝承できず、業務の停滞・質低下のリスクは避けられません。
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③コミュニケーションが不足している
ベテランと若手のコミュニケーション不足は、属人化の原因の1つ。企業によっては、「技術は目で見て盗む」といったような古い考え方が定着している場合もあるでしょう。
昔はその考えで通ったとしても、若手が減少し、担い手が高齢化している現代ではその方法では技術伝承に対応しきれません。
また、コミュニケーションが不足していては、若手がベテランからの指導を受けにくい状況に陥ってしまいます。
徹底した指導はベテランの業務効率が低下してしまうといったデメリットがあるものの、技術伝承できなかった場合のデメリットの方が大きい点に着目しましょう。
④教育時間が確保できない
製造業は、深刻な人手不足が問題となっている業界の1つです。それゆえに、目先の業務に手一杯で、技術伝承の時間を確保できないケースも少なくありません。
業務中に目で見て盗むのもかんたんではなく、内容によっては一人ひとりに丁寧な指導が必要なものもあるでしょう。技術伝承は時間を要するもので、時間が確保できないがゆえに伝承が進まない現場も多いのが実情です。
⑤技術伝承方法を確立できていない
マニュアル作成の方法がわからない、伝承内容を言語化できずにマニュアルに落とし込めない、OJTの体制が整っていないなど、技術伝承方法を確立できていないことも大きな原因であり課題です。
これまでマニュアルやOJTなど、技術伝承のための仕組みを構築してこなかった現場も多く、それゆえにそもそも技術伝承方法がわからない、どこから手をつけていいかわからないといった企業も少なくありません。
業務と並行して効率的に技術伝承を進めるには、仕組みの確立が必須です。
6.技術伝承の課題解決方法
技術伝承における課題を解決するにあたって、担い手の高齢化のように努力ではどうにもできないこともあります。技術伝承は時間を要するため、できるところから進めていくことが大切です。ここでは、技術伝承の課題解決の方法をお伝えします。
マニュアルの作成
手順や進め方などの言語化できる形式知だけでなく、技術者の感覚や勘に頼っている暗黙知もできる限り言語化して、マニュアルに落とし込む必要があります。そのほか、業務の目的や位置付け、事例や注意点も記載しましょう。
文字だけのマニュアルでは技術を伝承しにくいため、画像や動画で業務内容がイメージできるようにすることがポイントです。
OJT体制の構築
内容によってはベテランから直接指導を受ける必要があるため、マニュアルだけでは技術を伝承しきれません。できるところからOJTを取り入れていくことも必要です。1日少しの時間でも、月日を重ねることで技術が身についていくでしょう。
OJTとは? 意味、教育や研修の方法、OFF-JTとの違いを簡単に
OJTとは、実務を通してマンツーマン指導により知識・スキルを身につける育成手法です。実務を通した研修となるためスキル・知識の定着化が早く、新人や未経験者の早期戦力化に期待できます。
OJTとは何かをふ...
業務の標準化・効率化
教育時間を確保できない課題に対しては、業務の標準化・効率化が解決策の1つ。既存業務の標準化・効率化によって、教育時間やマニュアル作成時間を確保しましょう。
まずは業務を標準化して、属人化の解消やノウハウ・技術の見える化に取り組むところから始めます。次に、非効率な業務の洗い出しやITの活用によって、効率化を目指しましょう。標準化・効率化によって、伝承すべき技術とITで代用できる技術の分類も可能です。
業務標準化とは? 目的、メリット、進め方をわかりやすく解説
業務標準化とは、明確な業務プロセスを確立・統一することです。標準化によって特定の担当者に依存する状況を解消でき、誰が担当しても一定の品質・成果が出せるようになります。
今回は業務標準化について、目的や...
7.技術伝承成功のポイント
ここでは、技術伝承を成功させるためのポイントをご紹介します。
技術を見える化する
技術伝承するにあたって、まずは技術の見える化が必須です。とくに、暗黙知を言語化し、形式知に変換することが欠かせません。この作業は、属人化の解消にも有効です。
さらに、ノウハウを技術と技能に分解することで、マニュアルに落とし込めるものはマニュアル化、難しいものはOJTで継承するなど、技術伝承の手段も検討できるようになります。
ベテランと若手の交流機会を増やす
技術伝承では、ベテランと若手が円滑にコミュニケーションを取れるかも重要です。とくに暗黙知は属人的であるため、密なコミュニケーションによる伝承が欠かせません。
しかし、相手に教えにくい、質問しにくいといった関係性では、技術伝承を効率的に進めることは困難です。交流機会を増やせば、お互いが技術を伝承・習得しやすい関係性が構築でき、技術伝承の推進に期待できます。
マニュアルは運用していく
マニュアルは作成して終わりではなく、最新技術を反映したり、業務を進めていく上での気づきを踏まえて改善したりと、改善を繰り返して運用していくことが必要です。
適切なマニュアル運用ができれば、正しく技術継承できます。半年に1回、年に1回など、定期的に見直しの機会を設けることがポイントです。
8.技術伝承の取り組み事例
技術伝承の取り組みは企業によってさまざまです。ここでは、2社から技術伝承の事例をご紹介します。
【建設業】株式会社濱崎組
株式会社濱崎組は、総合建築工事・左官工事・内装工事等を担っている企業です。
これまでは親方に弟子入りをして技術を学ぶ教育体制を取り入れていたものの、弟子入り制度を廃止し「階層別教育」を導入しました。
階層別教育では、若手が階層別に適した教育を受けた上でキャリアを積み上げていける環境が実現。レベルにあった技術継承により、着実に若手が成長でき、技術が身につけられる仕組みを構築した事例です。
【製造業】株式会社三ツ矢
株式会社三ツ矢では、技術伝承も含めて社内で一体的に人材育成に取り組んでいます。社員は専門知識や技能の習得に向けて、ベテラン技能者が策定した研修やサポートが受けられ、進捗は社内で共有されています。
また、資格認定制度を導入し、取得者に手当てを支給する制度を整備。資格取得によって技術力の向上につながるだけでなく、手当てがあることでモチベーション高く技術習得に取り組めています。