賃金とは、企業が従業員に「労働の対価として支払う報酬」です。企業が従業員に支払う対価には、賃金、給与、給料、報酬などさまざまな呼び方があるものの、厳密には法律ごとに定義や使われ方が異なります。
従業員を雇用するなら、賃金の定義やルール、支払い方法は正しく理解しておいたほうがよいでしょう。この記事では、労働基準法における賃金の定義や、雇用主が知っておくべき賃金に関するルールや罰則について詳しく解説します。
目次
1.賃金とは?
賃金とは、企業が従業員に労働の対価として支払う報酬のことです。労働基準法第11条では、賃金について下記のように定められています。
賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう
出典:e-Gov法令検索「労働基準法 第11条」
基本給や超過勤務手当の他、住宅手当や通勤手当といった該当する従業員にのみ支払われる手当、そして労働協約や就業規則、労働契約などによって支給することが明確に定められているものは、すべて賃金に該当します。
出典:厚生労働省「モデル就業規則」
労働基準法第24条において、賃金は通貨で支払わなければならないと規定されています。現金給与の代わりに支給する現物支給の場合、賃金の減額が伴うものや労働協約において支給が拘束されているものが賃金となります。
2.賃金と給与、給料、額面、手取りとの違い
賃金と給料や額面、手取りは似たような言葉であるものの、それぞれ意味が異なります。
給与との違い
法律上、賃金と給与を区別する定義はありません。しかし給与(基本賃金)は賃金に含まれており、賃金のほうが幅広い意味を持つと考えられます。
給与は、主に月単位で支払われる賃金の形態を指し、正社員や契約社員などの雇用形態において用いられます。残業代や福利厚生による手当がある場合、それらを含めて給料日に支払われるお金は「給与」となります。
給与は、金銭で支給されるのが普通です。しかし、食事の現物支給や商品の値引販売などのように物または権利そのほか経済的利益をもって支給される場合もあるのです。
給与とは?【意味を簡単に】給与所得控除、計算方法、手取り
給与とは、労働者が会社から受け取る報酬すべてのことです。ここでは給与と給料の違いや給与明細の確認ポイント、雇用契約について解説します。
1.給与とは?
給与とは、企業などの雇用主から従業員に対して支...
給料との違い
企業から支払われる金額から、残業手当や歩合給などを引いたもの、つまり「基本給」を指します。「給料」は基本給を指し、残業代や、福利厚生による手当などを含めたすべての賃金を「給与」というのです。
額面との違い
給与の支払い額のうち、税金や社会保険料などの控除前の賃金総額のこと。労働者が実際に手にする前の金額であり、実際の収入とは異なります。給与明細では、一般的に「総支給金額」として記載されます。
手取りとの違い
額面から税金や社会保険料や源泉所得税、住民税などの必要な控除を差し引いたあと、実際に労働者が受け取る金額のこと。給与明細には「差引支給額」として記載されることが多いです。
3.賃金に含まれるもの・含まれないもの
「賃金に含まれるもの」と「賃金に含まれないもの」のをまとめると下記のようになります。
出典:厚生労働省「労働保険対象賃金の範囲」
賃金に含まれるもの
労働の対価として直接支払われる金銭が賃金に含まれます。賃金は、労働者がその労働力を提供することによって得られる直接的な報酬です。
- 基本給
- 賞与やボーナス
- 通勤手当
- 時間外労働に対する割増賃金
- 休日労働や深夜労働の手当
- 住宅手当
- 扶養手当・家族手当・子供手当
賃金に含まれないもの
労働の対償とはいえない間接的な報酬や利益は賃金に含まれません。
賃金に含まれないもの(任意恩恵的なもの)
- 結婚祝金
- 死亡弔慰金
- 災害見舞金
- 退職金
実質弁償と考えられるもの
- 出張旅費
- 宿泊費
- 工具手当
福利厚生
- 住宅の貸与
- 財産形成貯蓄等のため企業が負担する奨励金
- 企業が全額負担する生命保険の掛け金
その他
- 役員報酬
- 休業補償
- 傷病手当金
これらは、労働の直接的な対価ではなく、労働者の福祉やモチベーション維持のため雇用者が提供するものです。
4.賃金に関する法律・ルール
賃金に関する法律やルールは、労働者と雇用者の間の公正な取引を保証し、労働者の権利を守るために設けられています。これらの規則は、労働基準法をはじめとする複数の法律によって定められており、雇用者はこれらの法律に従って賃金を支払う義務があります。
- 賃金の支払の5原則
- 男女同一賃金の原則
- 同一労働同一賃金
- 最低賃金制度
- 賃金台帳の作成
- 賃金規定の作成
- 割増賃金
- 前借金相殺の禁止
- 賃金の非常時払い
- 出来高払制の保障給
- 賃金請求権の消滅時効
賃金の支払の5原則
賃金については、労働基準法第24条において、(1)通貨で、(2)直接労働者に、(3)全額を、(4)毎月1回以上、(5)一定の期日を定めて支払わなければならないと規定されています。これが賃金支払の5原則です。
①通貨払い
賃金は、現金で支払われるべきとされています。これにより、賃金の受け取りが明確になり、労働者が自由に利用できるようになるのです。
ただし、近年では銀行振込みによる支払いも広く行われており、これが一般的な方法となっています。労働基準法施行規則第7条の2において、①銀行口座と②証券総合口座への振り込みが例外的に認められています。
また法改正により2023年4月からは、本人同意があれば、給与のデジタル振り込みも可能。また、労働協約に定めがある場合は、現物で支給するのも可能です。
②直接払い
第三者によって不当に控除されたり横領されたりすることを防ぐため、賃金は原則、労働者本人に直接支払わなければなりません。
例外として、法律にもとづく控除や労働者の明示的な同意による場合などがあるものの、基本、労働者が自らの手で賃金を受け取ることが求められます。
③全額払い
賃金は、控除や天引きなどを行わず、労働に対する対価として計算された全額が支払われるべきです。税金や社会保険料の控除は法律にもとづくものであり、この原則の例外に該当します。
しかし、それ以外の理由で賃金から無断で控除を行うことは許されません。なお積立金、財形貯蓄、社宅費用など、税金や社会保険料以外の費用を賃金から控除するには、労使協定の締結が必要です。
④毎月払い
賃金は、毎月1回以上労働者へ支払うと労働基準法で義務づけられています。年棒制でも、分割して毎月1回以上支払う必要があります。ただし、賞与やインセンティブなど、臨時に支払われる賃金は毎月払いの対象外です。
⑤一定期日払い
賃金は、労働者へ一定期日に支払うと労働基準法で義務づけられています。給料日が銀行の休日に当たる場合は、支払日の繰り上げも繰り下げも可能です。
男女同一賃金の原則
労働基準法第4条では「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない」と定められています。男女雇用機会均等法にもとづき、性別による賃金の差別は禁止されています。
同一労働同一賃金
同じ価値の労働に対しては、男女にかかわらず同じ賃金を支払う必要があります。
同一労働同一賃金の原則は、同じ仕事をしている労働者には、雇用形態(正社員、非正規雇用など)にかかわらず同じ賃金を支払うべきであるというもので、パートタイム・有期雇用労働法によって規定されました。
最低賃金制度
最低賃金制度は、労働者が受け取れる最低限の賃金を保証するためのもの。「最低賃金法」という法律で決められており、雇用者が最低賃金以上の賃金を支払っていなかった場合、雇用者は労働者にその差額を支払う必要があるとともに、罰則が適用されます。
最低賃金の対象となる賃金は、毎月支払われる基本的な賃金です。
出典:厚生労働省「最低賃金の対象となる賃金」
最低賃金には、都道府県ごとに定められている「地域別最低賃金」と、特定の産業設定されている「特定最低賃金」の2種類があります。
皆さんが「最低賃金」と聞いてイメージするのは、「地域別最低賃金」でしょう。使用者は、これら2つの最低賃金が同時に適用される場合には、は高い方の最低賃金額以上の賃金を支払う必要があります。
最低賃金の対象となる賃金から除外されるもの
下記は最低賃金の対象となる賃金から除外されます。
- 臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
- 1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
- 所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
- 所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
- 午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
- 精皆勤手当、通勤手当及び家族手当
賃金台帳の作成(※就業規則が必要な企業)
賃金台帳とは、従業員に支払った賃金の支払いに関する詳細を記録した賃金台帳で、労働基準法の第108条で作成が義務づけられています。これは、賃金の透明性を確保し、トラブルを防ぐために重要です。
賃金台帳とは? 作成方法、記載事項の書き方、保管期間を簡単に
賃金台帳とは、給与の支払い状況を記載する書類です。法定三帳簿の一つであり、事業場ごとに作成と保管が義務づけられています。今回は賃金台帳の記載事項や書き方、保管期間や保管方法などについて詳しく解説します...
賃金規定の作成
給与規程(賃金規程)とは、給与や賃金に関する取り決めを文書化したもので、企業は、賃金の計算方法、支払い日、支払方法、その他賃金に関する事項を定めた賃金規定を作成し、労働者に周知することが求められます。
これは労働基準法第89条で定められており、賃金に関する事項は、就業規則にも必ず記載しなければなりません(労働基準法第89条)。
割増賃金
労働者の健康と福祉を守るため、時間外労働、休日労働、深夜労働などに対しては、通常の賃金よりも高い割増賃金を支払う必要があります。割増賃金には下記の3種類があり、それぞれ適用される割増率が異なるのです。
- 時間外労働
- 休日労働(法定休日に行う労働)
- 深夜労働
出典:東京労働局「しっかりマスター労働基準法」
もし時間外労働が1か月60時間を超える場合は、その時間に対して5割以上の割増賃金を支払う必要があります。たとえば、時間外労働時間が60時間を超えて深夜労働をした場合、7割5分以上の割増賃金を支払う必要があるのです。
割増賃金とは? 種類や割増率一覧、計算方法をわかりやすく
割増賃金とは、労働者が通常の労働時間を超えて働いた場合や、休日・深夜に労働した際に支払われる、通常の賃金よりも高い賃金のこと。割増賃金の適切な支払いは、労働基準法によって保護された労働者の権利です。企...
前借金相殺の禁止
労働基準法第第17条にて、使用者は、前借金その他の労働を条件とする前借の債権と賃金を相殺することは禁止すると規定されています。
ただし、労働者の人的信用にもとづいて使用者が金銭の融通を行う際に、身分的拘束を受けないことが明白だと、前借の債権に該当しない場合があります。この場合は労使の協定書作成が必要となります。
賃金の非常時払い
労働基準法第25条では、下記のように定めています。
使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。
出典:e-Gov法令検索「労働基準法 第25条」
ここでいう「疾病」「災害」には、労災だけでなく、業務外の私傷病や地震等の自然災害も含まれます。
出来高払制の保障給
使用者は、出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、労働時間に応じ、一定額の賃金の保障をしなければなりません。これは、労基法第27条に規定されています。これにより、労働者が一定の収入を確保できるようにします。
賃金請求権の消滅時効
賃金請求権には消滅時効があり、通常は支払いが行われるべき日から5年間です。法改正が行われ、2020年4月1日以降に支払われる賃金の賃金請求権の消滅時効期間が5年(旧法では2年)に延長されました。
ただし、この期間を過ぎると、賃金を請求する権利が失われます。
5.賃金に関する罰則
賃金の支払いに関しては、労働基準法をはじめとする複数の法律で厳格に規定されており、これを遵守しない雇用者には罰則が科されます。賃金の未払いや遅延、不当な控除などは、労働者の権利を侵害する重大な違反行為とみなされるのです。
賃金の未払い
賃金の未払いや不当な控除に対しては、労働基準監督署による是正勧告や命令が出されることがあります。具体的には、懲役刑や罰金刑が科されることがあり、企業の社会的信用を大きく損なうことにもなりかねません。未払賃金の対象となる賃金は、下記のとおりです。
- 定期賃金
- 退職金
- 一時金(賞与・ボーナス)
- 休業手当(労基法第26条)
- 割増賃金(労基法第37条)
- 年次有給休暇の賃金(労働法第39条)
- その他法第11条に定める賃金に当たるもの
また、労働者は、未払い賃金に対して請求を行うことができ、上記4、5、6の未払については、裁判所が付加金の支払を使用者に命ずることができます。
最低賃金法の違反の罰則について
最低賃金は、「地域別最低賃金」と、「特定最低賃金」の2種類があります。
地域別最低賃金および特定最低賃金の両方が同時に適用される場合、使用者は高いほうの最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません。
地域別最低賃金が適用される労働者に対し、地域別最低賃金額以上の賃金を支払わなかった使用者は、50万円以下の罰金に処せられることがあります(最低賃金法第40条)。
特定最低賃金が適用される労働者に対し、地域別最低賃金額以上の賃金を支払わなかった使用者は、50万円以下の罰金に処せられることがあります(最低賃金法第9条、第40条)。
特定最低賃金が適用される労働者に対し、特定最低賃金額以上の賃金を支払わなかった使用者は、30万円以下の罰金に処せられることがあります(労働基準法第120条)。
参照:大阪労働局「最低賃金法の違反の罰則について」
6.賃金が支払われない場合はどうする?
もし賃金の不払いが発生したときは、近くの労働基準監督署に相談しましょう。労働基準監督署が会社に対して行政指導を行い、是正を促すのです。会社が倒産により、賃金が支払われないまま退職した場合は、「未払賃金立替払制度」を利用できます。
この制度は、企業が倒産した場合に、賃金の一部を国が立替払いするもので、労働基準監督署と独立行政法人労働者健康安全機構が実施しています。詳しくは、最寄りの労働基準監督署に相談してみてください。