オランダの保険会社から始まった「ABW(Activity Based Working)」とは何でしょうか。
従来のように組織や階層、チームなどのフレームに基づいたワークプレイスで働くのではなく、個々のワーカーの活動にふさわしい場所を用意してワーカー自らが自主的にワークプレイスを使い分けるワークフォーマットです。
従業員エンゲージメントを高め、生産性が向上する施策として「働き方改革」に取り組む日本企業の間で広がり始めています。
目次
1.ABW(アクティビティベースドワーキング)とは?
ABW(Activity Based Working)とは、仕事内容に合わせて時間や場所を自由に選択できる働き方のことです。たとえば作業に集中したい場合は静かな部屋に移動したり、雑談を交えて企画提案をしたい場合は打ち合わせをソファで行ったりと、フレキシブルに場所を選んで働くことができます。
働く人たちが活動に合わせて働く場所と時間を自ら選択し、仕事の品質を向上させることで顧客への提供価値を高めていくという考え方から生まれました。
ABWの定義
ABWは働き方を探るツールのひとつであって、すべての企業に同じ形で導入されるような「働き方そのもの」ではありません。また、単に場所をデスクからソファに変えることでも、ミーティングにテレビ電話を導入するといったことでもありません。
ABWは、あくまで働き方に合わせて場所や方法を選ぶためのツール。一人ひとりが働く場所や時間の使い方、仕事の仕方を自ら考えることが必要になるのです。
ABWの歴史
世界で初めて「ABW」が語られたのは1985年。仕事内容に合う空間を持つこと、その環境が複数種類あること、というABWの特徴が論文に明記されました。
しかし、実際のプロジェクトに活かされたのはそれから15年後のこと。ワークプレイス調査や都度の改善を経て1990年、オランダのVeldhoen + Companyにおいて、初めて導入されたのです。
2.ABWとフリーアドレスの違い
ABWの要素には、3つの軸があります。
- 物理的な環境
- テクノロジー(IT環境など)
- 社員の行動
「ABW」と似たような取り組みに「フリーアドレス」があります。フリーアドレスはオフィスの中でどのデスクを選ぶかという点に終始しがちなため、3つのうち「物理的な環境」の側面しか見られないのです。
ABWはさまざまなテクノロジーを駆使して社員の行動を変えることを目的とします。単なるデスクの選択肢ではなく働き方の選択肢、これがABWとフリーアドレスの違いなのです。
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3.ABWのメリットと効果
個々の活動がベースとなるABWの導入によって得られるメリットを見ていきましょう。
コスト削減
オランダの電力会社・エッセントではABWを採用して、従来のオフィス勤務ではなく自宅勤務を推奨しました。その結果、国内13カ所のオフィスは4カ所に集約され、不動産とオペレーションコストの削減を実現したのです。
前述のVeldhoen + CompanyではABWを10年続けた結果、デスク稼働率を維持しながら3倍の従業員に働く場所を提供できたという結果も出ています。
自由度の高さが人材を呼ぶ
また自由な働き方を取り入れることで、社外に向けたPR効果も期待できます。自由な働き方を積極的に推進する取り組みが他社との差別化につながり、人材が集まりやすくなる点もメリットでしょう。
今と昔ではデスクワークの内容が大きく変わり、一日中同じ作業を続けることは少なくなりました。企画や調整、営業など仕事内容が多岐にわたってきているのを実感する人も多いでしょう。
従業員は自分に合わせて方法を選べる
朝、決まった時間に会社に行って8時間デスクに座って仕事する、という時代は過去のものになりつつあります。ABWではオフィスに来るのも自宅で働くのも従業員の自由。クリエイティブな仕事をしたいときはリラックスできる環境に移動するのもよいでしょう。
通勤時間の削減により生産性の向上や、病欠の減少などの効果も期待できます。従業員が自身の状況に応じて働き方を選べる、これは、ABW導入の大きなメリットでしょう。
4.ABWのデメリットと課題
ABW導入にデメリットはないのでしょうか。また導入にあたっての課題はどこにあるのでしょう。
いつも通りになってしまう
失敗談として多いのが「結局デスクが固定される」という事例。ABW型オフィスの場合、決まった自席がなく業務内容によって働く場所を選べます。
しかし、蓋を開けてみれば多くの従業員が自ら場所やデスクを固定してしまい、思ったほどコミュニケーションが活性化しなかったということも多々あるのです。
ABWに求められるのは「会社がモノをどう配置するか」ではなく「従業員がどう働くか」への転換。従業員一人ひとりが自ら考えて行動する必要があるのです。
人材の管理が難しい
一人ひとりで働く場所や時間を選べるため、どこに誰がいるのか分からなくなってしまうことも。従来の島型オフィスの場合、誰がどこに座るか決まっていたため容易に管理できました。
しかしABW型オフィスでは行動を把握しきれなくなります。人を探すための専用のツールやアプリを作ってほしいという声もあるほどです。
体制や整備構築に時間がかかる
ABWスタイルを導入するにあたり、まずは社内を整備する必要があります。どんなスペースが必要なのか、どの程度の規模が必要なのかなど、適切なスペースを構築して組み合わせなくてはなりません。
また、従業員にABWの必要性とメリットを浸透させなくてはならない点も。何のためにABWを導入し、それによって何がどう変わるのか、そのためには個々に何が求められているのかなどを浸透させるには時間がかかります。
5.XORKによるABWの10の活動
2018年秋、東京・日本橋にVeldhoen + Companyとビジネス提携するイトーキによって新オフィス「ITOKI TOKYO XORK(通称XORK)」が誕生しました。ここではABWに基づいた10のアクティビティ(活動)が提案されています。
1人
1人での仕事は「高集中」「コワーク」「電話/WEB会議」の3つに分類されます。
高集中
高レベルの集中が求められる個人作業です。1人で企画書作りや作業に取り組みたいとき、誰かに話しかけられたり周囲がうるさかったりするとどうしても生産性が落ちてしまいます。
そこで、外部との接触をシャットアウトしてパフォーマンスを最大限発揮するスペースが求められるのです。単一作業はセミクローズ空間で、複合的な判断が必要な作業はクローズ空間で脳が活性化されるという「空間機能」の有用性に関する実験結果もあります。
コワーク
同じ個人作業の中でも、短い会話や質問などを交えながら進めたい業務もあるでしょう。周囲の人が随時質問の受け答えを行うため、短い中断が入っても気にならない作業です。
メールのチェックや返信などそれほど集中を必要としない作業の際に使用します。前述の「高集中」では話しかけることもはばかられますが、こちらなら他者とコミュニケーションを取ることもできます。
電話/WEB会議
テクノロジーの進化により、会議や打ち合わせは相手と同じ空間にいなくても成り立つようになりました。実際には1人ですが、バーチャル上で他者と協働する際に使いたいスペースです。
相手が同じ空間に存在するわけではないので大きな会議室を使うほどではない、しかし高集中やコワーキングスペースでは話し声が気になるといった際に使用できるスペースとなります。
2人
2人での仕事は「二人作業」と「対話」に分類されます。「共同作業」と「コミュニケーション」と置き換えることも可能です。
二人作業
1つのモニターや資料を2人で見ながら仕事を進めたい、そんなときには「二人作業」の空間が必要です。2人が近距離で横並びになり、じっくりと作業できるスペースといえます。
営業が顧客の要望を伝えながらデザイナーがデザインを修正、指導しながらデータをチェックするなど、周囲に気兼ねなく2人での共同作業に没頭できる場をつくることで、生産性の高い働き方が実現できます。
対話
1on1ミーティングや定期面談など、周囲にあまり聞かれたくない話をすることもあるでしょう。大きな会議室を使うほどではないがオープンスペースでは話したくない、そんなときに活用できる空間です。
上司や同僚、部下と1対1で落ち着いた環境で会話することで、生産性の高い働き方が期待できます。ABW型オフィスにおいても従業員同士のコミュニケーションは重要です。
3人
3人以上で行う活動は「アイデア出し」「情報整理」「知識共有」に分類されます。
アイデア出し
新たな知識やプロセスを構成するためには多くのアイデアが必要なことも。ホワイトボードに考えを書き出したり、付箋を壁に貼ったりしながら活発な議論やアイデア出しが必要となるシーンです。
創造性を発揮して新たな価値を生み出したり、新しいプロセスを構築するために行う3人以上の協働活動がしやすい環境を用意したりすることも必要です。
情報をまとめる
情報整理や進捗確認をする環境も、生産性が高い働き方の実現に必要です。自由な働き方を選べるABWにおいて、情報整理と共有は欠かせません。
計画の進捗確認や情報の整理、決まったテーマについての論議など3人以上で行う会議のための空間が必要です。3人以上でパソコンの画面共有やWEB会議を行いたい場合に利用してもよいでしょう。
これまでの知識をシェア
勉強会や報告会など主にプレゼンターが話す3人以上のグループも多く生まれるでしょう。外部から講師を招いて組織全体の知識レベルを上げるシーンも考えられます。
前述の「情報整理」が情報を整理、議論する目的なのに対して、こちらの「知識共有」はプレゼンターが多く高い割合で一方的に知識を提供します。
その他
アクティビティ(活動)にはデスクでの実務以外リチャージや専門的な業務も含まれます。
リフレッシュやコミュニケーション
さまざまなデバイスや情報から離れて心身の切り替えを行うと、より生産性の高い働きにつながるでしょう。
「XORK」にはトレーニング機器を備えた部屋や瞑想用の個室などを用意しています。仕事から一旦離れ、エネルギーチャージや心身のリフレッシュを行って、次の仕事に向けた切り替えができるようになるのです。
専門的な業務
業務内容によっては一般的ではない特別な設備を必要とする業務もあるでしょう。1人で集中したい従業員の隣で3Dプリンターを稼働させることはできません。専門的な業務が必要となる業種の場合、専用の空間を用意する必要があります。
活動ごとのバランスや時間配分をベースにした空間配備設計を行うことで、労働時間の短縮を図ることも可能です。
6.ABWを導入する際のプロセス
それでは、ABWを導入する段階を見ていきます。
アンケート調査
「XORK」では「10の活動」に基づいたアンケート調査を実施しました。従業員が実際どのように働いているのか、どんな点に不満を感じているのか、何を改善してほしいかなどを知るためです。
ABWは、働き方の改善方法を見つけ出す促進剤ですので、すべての企業で同じように導入できる働き方ではありません。この企業では何が必要なのか、何があれば生産性を高めることができるのかを調査する必要があるのです。
必要なワークスペースの洗い出し
調査の結果をもとに、実際に必要なワークスペースの洗い出しを進めます。業務内容によっては集中できるスペースを多く欲している企業もあるでしょう。
来客が多い企業なら開放的にコミュニケーションの取れるスペースを多めに確保したほうがニーズにマッチするかもしれません。必ずしも「10の活動」すべてのワークスペースを均等に設ける必要はないのです。
必要な制度・体制の洗い出し
アンケート調査の分析結果によってはリモートワークやサテライトオフィスが必要となる場合も。これらを導入した場合、それぞれの従業員が何をしているのか、現在どこにいるかなどの管理が、社内よりもしにくくなります。
人材の管理や利用に関する制度を一旦洗い出しておくとよいでしょう。それにより、すでに体制が整っている、似たような制度が活用できるといった点に気付くかもしれません。
トップ層で協議
ABWは仕事内容に合わせて場所や時間を自ら選べる働き方ですが、導入したすべての企業に効果が出るわけではありません。すでにABWに近いフリーアドレスやリモートワークを取り入れている企業もあるでしょう。
ABWの導入によって何が実現できるのか、自社にABWがなぜ必要なのかをトップ層で協議しましょう。本当に必要と感じられない場合、無理に進める必要はありません。
必要となった場合、説明
ABWの導入が決定した際はまずは管理職に、その後一般社員に説明し、会社全体での周知を図ります。
ABW導入による効果を得るには、管理職の意識改革が重要です。個人がそれぞれのニーズに応じた空間を選べる=管理職の前から部下がいなくなってしまうこと。
意図的にチームの打ち合わせを増やしたり、決まった時間を設定してチームメンバーと会う時間を設けたりして、部下をまとめる意識が求められるのです。
必要なワークスペースの整備
実際に必要なワークスペースの整備に取りかかります。ABWの導入によりオフィス全体の面積の効率化が図れるでしょう。1人当たりの業務稼働面積が減ることも多いです。
それによりカフェや広々としたレセプションホールの新設といった、新しい空間づくりができるのです。一日の大半を過ごすオフィスをどう構築しているか、これは、その企業の在り方そのものを表現しているともいえます。
必要な制度・体制を整備
ABW導入には空間づくりも重要ですが、それを活用するための制度や体制を整備することも重要です。
従来の島型オフィスとは異なり、部下の行動を把握しきれなくなるのがABW。従業員を信頼し、新しいオフィスを中心としたあらゆる拠点で活躍してもらいましょう。管理職には部下の判断力を鍛え、さらに独り立ちさせる気概と根性が求められます。
稼動
ABWを導入したらそれで完了、ではありません。定期的にアンケートを実施したり、1on1ミーティングや定期面談などを通して、従業員の声を聴き取ります。
変化を嫌うのは人間本来の性質です。ワークプレイス改革という大きな変化を受け入れられず、ABW型オフィスの意義やメリットを見出せない従業員もいるでしょう。
ABWもPDCAサイクルを効率的に回し、管理業務を継続的に改善していく姿勢が求められるのです。
他社を模倣するだけでなく、業務や要望を分析しながら自社に最適な変化を取り入れていくことが大切です