アンカリング効果とは、最初の情報により結論が左右される傾向のこと。今回はアンカリング効果の定義、具体例、ビジネスや恋愛への生かし方を解説します。
目次
1.アンカリング効果とは?
アンカリング効果とは、最初に与えられた情報によって最終的な意思決定が左右される現象のことです。
この情報には数字が用いられ、与えられた情報が印象的であるほど、またそのほかの情報が制限されているほど効果的に働きます。アンカリング効果はこれまで、マーケティングへ積極的に利用されてきました。
アンカリング効果の意味
アンカリング(Anchoring)は、錨(Anchor、アンカー)を打ち込むという英語です。錨を打ち込まれた船は限られた範囲内でしか動けません。情報を錨に、思考を船にたとえて、最初に与えられる情報の重要性を表現しています。
2.アンカリング効果とフレーミング効果の違い
フレーミング効果とは、提示の仕方により最終的な意思決定が左右される現象のこと。アンカリング効果と同じく、意思決定に影響をおよぼす心理効果です。ここではアンカリング効果とフレーミング効果の違いを説明します。
どちらも行動経済学のひとつ
アンカリング効果とフレーミング効果は、どちらも行動経済学の分野で扱われます。行動経済学とは、心理学と経済学を組み合わせた学問のこと。経済学は人間の合理性にもとづいて経済を分析しますが、行動経済学は人間の非合理性にもとづいて経済を分析します。
なお「端数効果(わざと端数が出る値段に設定すると安さやお得さを感じる現象)」や「ザイオンス効果(繰り返し接すると好感度が高まる現象)」も、行動経済学のひとつです。
違いは情報提示の仕方
アンカリング効果とフレーミング効果の違いは、「情報提示のどこに重きを置くか」。アンカリング効果が「情報提示の順番」を重要視しているのに対して、フレーミング効果は「情報提示のやり方」を重要視しています。
たとえば2万円の商品を売るときに、「定価10万円のところ2万円」と表示するのはアンカリング効果を狙ったもの。先に「10万円」という数字を印象付け、「その商品が2万円で買える」とを伝えているのです。
一方フレーミング効果では、「定価の20%の価格」という事実のみに言及します。ただし表示方法を変えて「定価の80%オフ!」とするのです。
3.アンカリング効果の具体例
アンカリング効果は、マーケティング以外にも、日常生活や裁判などにも使われている手法です。ここではアンカリング効果の具体例を説明します。
日常
待ち合わせに遅刻するときに見られます。
たとえば同じ1時間の遅刻だとしても、事前に「1時間遅れます」と連絡した人と、「1時間半遅れます」と連絡した人では、与える印象が大きく異なります。
「1時間遅れます」と連絡した人は単に「遅刻した」という印象ですが、「1時間半遅れます」と連絡した人は「遅刻したが急いでくれた」という印象になるでしょう。
恋愛
狙っている異性を食事に誘いたいときの例を見てみましょう。
たとえば、「友達が、3回食事に行った相手とは付き合ったも同然と言っていたけど、それだけで付き合っていると考える人は正直少ないよね。」と言っておけば、一緒に食事に行くというハードルを通常より低くできます。
普通に誘ったら断られる相手でも、了承してくれる可能性が高まるでしょう。
株式投資
たとえば、過去の値上がり実績をもとに購入を考えるときです。
冷静に考えれば、過去の値上がりと今後の値上がりには何の関係もありません。業績や成長予測を見るほうが、より正確に値上がりを予想できるでしょう。
しかし多くの投資家は、過去の値上がり実績をもとに購入を考え、実際にそれが値動きを左右するケースすらあります。
ビジネス
先ほどの定価を提示したうえでの値下げがそのひとつ。また「早い者勝ち!」「無くなり次第終了」など「期間限定」と組み合わせる手法も多く見られます。お得感とともに焦りを感じさせると、さらに購買意欲を高められるからです。
営業
住宅や高級車、結婚式など高額商品では、最初に数百万円や数千万円といった高額を提示します。相手が躊躇したときに「〇〇様にだけ、特別に○%お値引きしますよ」と言えば、事実に関係なくお得な印象を与えられて購買意欲を高められるのです。
価格以外には、「取引実績○件」や「創業○年」など他社と差別化ができる情報もアンカリングとして活用できます。
マーケティング
アンカリング効果を最も活用している分野がマーケティングです。たとえば、コース料理の価格設定やオプション料金などの例が挙げられます。
「5万円」と「2万円」、2つの価格帯のコースが用意されている場合、多くの顧客は2万円のコースを選ぶ傾向にあります。なぜなら高いほうの価格がアンカーとなって印象に残るからです。
また200万円の車を買ったあとに1万円のオプション商品を勧めると、購入者には「200万円に比べれば安いものだ」というアンカリングが働き、オプション購入を受け入れやすくなります。
4.アンカリング効果とマネジメントへの活用法
アンカリング効果は認知バイアスのひとつなので、顧客だけでなく社員も影響を受けます。そのためアンカリング効果をうまく活用すると、組織が望む方向へ誘導しやすくなるのです。
ここでは人材マネジメントにアンカリング効果を活用する方法を説明します。
- 採用に活用
- 社員のコントロール
- 社員のモチベーションアップ
- 生産性の向上
①採用に活用
良い勤務条件で募集をかければ、それがアンカリング効果となり、応募が集まりやすくなります。
たとえば同業他社と比べて高めの年収で募集をかけた場合、それが「みなし残業代」やなんらかの手当を含めた金額だったとしても、応募者には良い印象を与えられるのです。応募者が集まれば、優秀な人材を採用できる可能性も高まるでしょう。
②社員のコントロール
最初により厳しい条件を提示しておけば、アンカリング効果で社員を望む方向に動かせます。依頼しにくい仕事を打診するときは前提として、厳しい条件を提示してみましょう。
たとえば「この仕事は普段5日で仕上げてもらっている」という前提を与えたうえで、「6日でやってもらえないか?」と打診します。単に「6日でやってほしい」と言われるよりも、承諾を得やすくなります。
③社員のモチベーションアップ
成功への行動をパターン化すれば、それを繰り返させるだけで良いイメージがふくらみ、社員のモチベーションを高められます。
成功への行動といっても、「気に入っているお茶を飲む」「朝一番でデスクを綺麗にする」など小さなことで構いません。行動が成功への前提(アンカー)となり、ただ繰り返すだけで良いイメージが膨らむようになるからです。
社員のモチベーションがアップすると、業績の向上や組織の強化といった目標の実現につながります。
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④生産性の向上
アンカリング効果を利用すれば、短時間でより大きな成果を生み出せます。たとえば会議です。
会議では、最初に出された意見が会議の前提(アンカー)となりやすく、ほかの人もその意見をベースに考えます。そこでリーダー的な人物が最初にアンカーを提示すれば、応用的あるいは発展的な意見が集まりやすくなるのです。
もし自由に意見を出させたいときは、リーダー的な人物はもっとも最後に意見を述べましょう。それにアンカーを与えないようにできます。
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5.アンカリング効果のマーケティング方法
マーケティングでアンカリング効果を狙うには、いくつかの手順が必要です。ここではアンカリングの実践方法を解説します。
①情報収集
前提として提示する情報の参考とするため、類似商品の価格情報を収集します。あまりに相場とかけ離れた価格を提示しては、アンカリング効果を発揮できないからです。
類似商品、とくにライバル商品の価格は必ず確認しておきましょう。
②実行実証
収集した情報をもとに高めの価格を提示し、アンカリング効果によるマーケティングを狙います。
価格設定におけるアンカリングの基本は、最初に高めの価格を提示すること。次に説得力のある元値、さらにお得と感じさせる売値の順に提示すると効果が高まります。
③結果分析
マーケティングの結果から、アンカリング効果をうまく活用できたのか、分析します。
「顧客が購入するのは店頭とネットのどちらか」「他社の類似商品とともに並べられているか」といった結果とともに条件を分析し、次のマーケティングにつなげましょう。
④考察と実行
結果を分析して、アンカリング効果をより有効に利用する方法を考察、実行します。アンカリング効果がうまく発揮されないならば、ほかの法則との組み合わせも検討してみましょう。
たとえば、損失を想像させる「プロスペクト理論」組み合わせると相乗効果が期待できます。
6.アンカリング効果を使う際の注意点
アンカリング効果はマネジメントやマーケティング、日常生活など、多くの分野に活用できる手法です。しかし使う相手や使い方を間違えると、逆に不信感を抱かれかねません。ここではアンカリング効果を使う際の注意点を説明します。
- タイミングが重要
- 非常識な交渉は逆効果
- 景品表示法の違反に注意
- 数値情報が効果的
- アンカー次第で結果が変わる
①タイミングが重要
アンカリングはあくまで前提(アンカー)の提示により成り立つため、先手を打たなければ意味がありません。
たとえば営業として商品を売るなら、顧客が希望の買い値を言う前に、見積もりで先に売り値を提示する必要があります。そうすればアンカリング効果を利用して、その後の交渉を有利に進められるでしょう。
モチベーションのコントロールにアンカリング効果を利用する際は、盛り上がった気持ちがピークに達する直前に使うと効果的です。
②非常識な交渉は逆効果
相場を大きく外れた非常識な交渉は、顧客に不信感を抱かせ、逆に購買意欲を遠ざけます。アンカリング効果を利用するには有利な前提の提示が必要ですが、それがあまりにも相場を外れた前提だと顧客に不信感を抱かせかねません。
たとえば他社では1,000円程度で販売している商品を、自社が「通常5,000円のところを1,000円」と提示しても、売り上げはそれほど伸びないでしょう。それどころか「いつもは他社の5倍で売っているのか」と不信感を持たれる可能性もあります。
③景品表示法の違反に注意
元値を高めに設定するのはアンカリングの基本ですが不当に高くしすぎると景品表示法(商品の品質な内容、価格などの偽りを規制する法)に違反する恐れもあります。
この法律では「元値として表示するならば、過去一定期間以上その価格での販売実績が必要」と定めているのです。アンカリング効果を狙うあまり法律に違反しないよう、元値の表示は慎重に検討しましょう。
④数値情報が効果的
アンカリング効果を狙うなら、意味情報よりも数値情報のほうが効果的です。
意味情報とは、意味付けを含めて発信される情報、数値情報とは数字で発信される情報のこと。アンカリング効果についての過去の研究では、数値情報のほうが高い効果を得られることが明らかになりました。
たとえば「セール実施中!今がお買い得!」よりも「定価1万円のところ5,000円!」のほうが、より大きな効果を期待できるのです。
⑤アンカー次第で結果が変わる
望む結果を得るためには、前提となる情報(アンカー)を慎重に検討しなければなりません。
アンカリング効果にかかった人間は、前提となる情報から思考を広げ、不確実になってくる辺りで結論を出します。そのため誤ったアンカーを設定すると、望まない結果を導きかねません。アンカーは慎重に設定し、また結果によって適宜見直しましょう。