人間中心主義とは、人間が世界の中心であるとする世界観のことです。ここでは人間主義との違いや人間中心主義が生み出す問題、人間中心設計について解説します。
1.人間中心主義とは?
人間中心主義とは、人間の価値観が世界すべての尺度であるとする考え方のこと。英語では「Anthropocentrism」、ドイツ語では「Anthropozentrische Weltanschauung(人間中心的世界観)」と表します。
人間中心主義の歴史は古く、そのはじまりは人間が自然から分離した有史以前にまでさかのぼるといわれているのです。現在ではおもに近代の精神的、思想的特質を表現するために用いられます。
2.人間中心主義と人間主義との違い
「人間主義(ヒューマニズム)」は「人間中心主義」と混同しやすい言葉です。「人間中心主義」と「人間主義」の違いについて説明しましょう。
人間主義とは?
人間性を尊重して宗教や権力などの束縛からその人間性を解放させる思考のこと。英語では「Humanism(ヒューマニズム)」と表し「人本主義」や「人間主義」、「人道主義」とも呼ばれます。
もともとルネサンス期に中世封建社会やキリスト教会からの解放を求めた運動を指していた言葉です。現代では人間をたらしめる本性を尊重して、真に人間的な社会の実現を目指す思想を意味するものとして用いられます。
人間中心主義と人間主義との違い
「人間中心主義」と「人間主義」はまったく別物です。
「人間主義」とは人間が人間らしくあるべきだという規範で、この理論が適用されるのは人間社会内部のみ。人間社会内部における個人の在り方を問うもので、ほかの存在者と比較する必要はありません。
一方「人間中心主義」では人間と人間以外の存在を比較して、人間の特権性を主張します。人間性を高める=人間以外の存在価値を低めることとなり、比較の対象は動物に留まりません。
自然資源を富の源泉として利用し続けているのは、普段とわれない「人間中心主義」が前提にあるからです。
3.人間中心主義が生み出す問題
近年、人間中心主義が注目されるようになってきた背景にあるのあは、世界的な環境問題です。ここでは人間中心主義の思想がもたらす問題について説明します。
人間中心主義と環境問題
先に触れたとおり、人間中心主義は環境問題を考えるなかで避けてとおれないテーマです。これまでも人間の視点から物事を見る「人間中心主義」と、人間よりも自然を中心に見る「自然中心主義」のあいだにはたびたび争いが起きていました。
自然環境保護法
環境問題を考えるうえで「自然環境保全法」の知識は欠かせません。
自然環境保全法とは、良好な自然環境を保全するために具体的な施策を定めた法律のこと。本法では国が指定した原生自然環境保全地域と自然環境保全地域を保全するため、各種規制や計画、保全事業を行うことを定めています。
1972年に希少植生や野生動物、良好な生態系を維持している自然環境の保全、および国民の健康で文化的な生活を確保することを目的に制定された法律です。2009年の改正により、生物の多様性の確保、生物の保護強化や開発の規制制度などが追加されました。
自然保護は人間のため?
自然環境保護法では、「国民が自然から恩恵を受けられる」「自然からの恩恵を将来の人間に継承する」「これによる人間の健康で文化的な生活の確保」を生物の多様性の確保、保護強化や開発の規制によって実現しようとしています。
ここだけ読めば、自然環境保全法は自然環境の保護をうたう一方、人間のためだけに取り決められた法律のように見えるでしょう。しかしこれはまさに「人間中心主義」の立場から見た自然環境保護です。そしてここから環境倫理の議論が発展していきました。
人間中心主義と環境問題に対するさまざまな考え方
「人間は特別な存在であり、自然を改変しても問題ない」という思想の批判からはじまったのが環境倫理学です。環境倫理学では人間中心主義と環境問題にとどまらず、さまざまな議論が行われてきました。そのなかでも代表的なのが、以下3人の主張です。
クリストファー・ストーンの主張
アメリカの法哲学者クリストファー・ストーンは、自身の論文で自然が持つ権利について明確に定義しました。
「これまで権利を持つ主体は次々と拡張されてきた。やがて人間以外の存在である自然にも権利が拡張される未来もあり得る。そうなれば人間が自然のかわりに訴訟を起こしてその権利を主張することもできるはず」と論文で述べています。
この主張は日本にも影響し、環境倫理の視点を多くの人に知らしめました(アマミノクロウサギ処分取消請求事件)。
ブライアン・ノートンの主張
先のように自然の権利を主張した理論を「非人間中心主義」といいます。この非人間中心主義と人間中心主義を対立的に配置せず、新たな立場を取ったのがブライアン・ノートンの主張です。
「収束仮説」と呼ばれるこの議論では「人間がそれぞれ異なる価値観を持っていたとしても、ともに自然環境に関する科学的知識を有していれば、環境問題の対処法は一致できる」と考えています。
人間が人間を中心に考えること自体に問題はなく「人間中心主義が環境破壊につながっていることが問題だ」と説いた、比較的現実な主張です。
中村隆文の主張
日本の哲学者、中村隆文は自著のなかで「調和的自然主義」という立場について述べています。これは「自然と調和してともに生きることこそ、人間本来の在り方だ」と考える立場のこと。
調和的自然主義では「環境の保護は自然に行われるものではなく、意識して行わなければならない義務」と考えます。「自己の欲求をコントロールし、環境を保護してこそ人間にとっての幸福が実現できる」と主張しているのです。
4.もの作りにも影響をおよぼす人間中心主義
人間中心主義が影響をおよぼすのは自然環境だけではありません。ここではもの作りにも影響を与える人間中心主義について説明します。
技術中心から人間中心へ
かつてのもの作りは「技術中心」で設計されてきました。製品はまず「技術ありき」で作られ、人間が使うことを考慮したものではなかったのです。いわば技術が人間に合わせるのではなく、人間が技術に合わせなければなりませんでした。
これが1900年代中頃に入って一転。それまで人間は機械の操作を間違えないよう訓練を受ける必要がありました。しかしどれだけ訓練を重ねてもヒューマンエラーを0にすることはできなかったのです。
そこで台頭したのが、技術が人間に合わせる「人間中心設計」の考え方でした。
人間中心設計とは?
人間中心設計(HCD=Human Centered Design)とは人間、つまりユーザーを中心としたもの作りのこと。
国際規格「ISO9241-210:2010」では人間中心設計の定義を「システムの使い方に焦点をあてて人間工学やユーザビリティの知識と技術を適用し、インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステム設計および開発へのアプローチ」と定めています。
端的にいえば「人間にとって使いやすいシステムを作ろう」という施策です。
人間中心設計のポイント
人間中心設計のポイントは「現場の観察」と「多様な人材を集めたチームでプロジェクトを進めること」の2つです。
観察から本質を捉える
ものの使いやすさや価値は、取り扱う人や使用の目的によって変化します。ユーザーに細かくヒアリングしても、すべてのニーズを理解するのは困難です。そこで「人間中心設計」では「調査→分析→設計→評価」の4つの工程をひとつのサイクルとします。
- 調査:ユーザーの利用状況を観察、把握する
- 分析:ユーザーの要求事項を明示する
- 設計:分析による解決策を作成する
- 評価:解決策と要求事項の乖離を探す
以上4つのサイクルを繰り返すと、より本質的な課題を見つけ出し、要求事項を満たす設計が可能になります。
チームプロジェクトにする
人間中心設計では多様な人材を集めたチームでプロジェクトを進めます。多様化するニーズを満たすためには特定分野の専門家だけでなく、あらゆる分野や職種の人材が必要になるためです。
多様な人材をまとめるには、多方面の知識と豊富な経験を持つディレクターが必要でしょう。また各専門職が持つスキルを組み合わせてプロジェクトするマネージャーも欠かせません。
こうした多様性のあるチームがつくれれば、各分野からのさまざまな視点を持ってプロジェクトを進められます。
人間中心設計の6原則
国際規格「ISO9241-210:2010」では、人間中心設計に6つの原則を定めています。
ユーザー、タスク、環境の明確な理解に基づいたデザイン
第1の原則では、ユーザーについて明確に理解したうえで設計するよう定めています。本文におけるそれぞれの定義は以下のとおりです。
- ユーザー:サービスを利用するユーザーはどのような人(組織)か
- タスク:ユーザーは何のためにサービスを利用するのか
- 環境:ユーザーはどのような状況でそのサービスを利用するのか
サービスを利用する人の目的や状況に合わせてデザインすることは、人間中心設計の大前提であると明文化したものです。
デザインと開発全体を通してユーザーが参加
人間中心設定では、ユーザーにも参加してもらいながら設計、開発を進めるよう定めています。ユーザーインタビューやテストなどに参加してもらい、実際の利用者の声を聞きながらアップデートしていくことが重要です。
単に「ユーザーにレビューをあおぐ」というより「しっかりとサービスづくりに協力してもらう」意味合いが強い項目といえます。ユーザーの積極的な参加によって、ユーザー視点が強く反映されたよりよいプロダクトを開発できるのです。
ユーザー中心の評価にもとづいてデザインを実施し、改良
人間中心設計は、開発も改善もユーザーが中心です。サービスのデザインは、作り手が「自分はこういうデザインを作りたいから作る」のではなく「ユーザーはこういうデザインが欲しいだろうから作る」と考えます。
またプロダクトの改善もユーザーの評価が中心です。実際の利用ユーザーに評価してもらい、より明確な課題抽出、解決の手がかりを見つけることが重要になります。
ユーザー視点で課題を探し、プロジェクト内でその課題感を共有するこの手法を「ユーザビリティテスト」と呼ぶのです。
プロセスの繰り返し
人間中心設計でも、PDCAサイクルの反復は欠かせません。PDCAサイクルを1回だけ回し、1度だけ改善したのでは、ユーザーの望む完璧なプロダクトにならないでしょう。
「1度外部のデザイン事務所に依頼したものの、結果が出なかったため打ち切りになった」パターンはどの世界にも数多く存在します。ユーザーのレビューを受けながら評価→課題発見→解決のサイクルを繰り返すと、徐々に完成度が高くなるのです。
ユーザー体験全体を考慮してデザイン
「使いやすい」「使って楽しかった」と感じるユーザー自身の体験を「ユーザー体験(UX)」といいます。人間中心設計は、このユーザー体験(UX)をうみ出すためのプロセスであり、人間中心設計そのものが目的なのではありません。
ユーザー体験(UX)全体を考慮するためには、より複合的な視点が必要です。
アプリ開発の際、アプリ自体の使いやすさや機能性だけでなく「ユーザーはどのような状況でこのアプリを使うのか」「どのデバイスで使用するのか」「トラブル時にはどのようなサポート体制が必要なのか」などを想定すると、よりよいユーザー体験(UX)を生み出すきっかけになります。
専門分野の技能及び視点を含む設計チーム
人間中心設計ではチーム作りにも目を配る必要があります。マーケティングや人間工学、プロダクトデザインや経営分析など、幅広い分野の専門家がチームにいると、よりユーザー中心の視点で開発を進められるのです。
もちろんこれらすべての分野における専門家をひとつのチームにそろえるのは、現実的に難しいでしょう。しかし専門性の高いメンバーが多ければ多いほどユーザー中心の開発が進められます。
反対にかたよったチーム編成の場合、ユーザーの多様なニーズに応えるのが難しくなるのです。
人間中心設計専門家とは?
NPO団体「人間中心設計推進機構」では、「人間中心設計(HCD)専門家」という認定資格制度を設けています。本制度のねらいは下記のとおりです。
- 人間中心設計(HCD)専門家に必要な知識と能力を明らかにして、その能力を満たす人を認定する
- 人間中心設計のプロセスを実践できる専門家を認定するための仕組み確立
- 人間中心設計(HCD)専門家に作業を依頼したい人への啓蒙
- 人間中心設計(HCD)専門家としての専門性を高めたい人に向けた活動目標の明示
認定の種類
人間中心設計(HCD)専門家は「人間中心設計専門家(認定HCD専門家)」と「人間中心設計スペシャリスト(認定HCDスペシャリスト)」の2段階からなる資格です。
人間中心設計およびユーザビリティ関連従事者としての実務経験が「人間中心設計専門家(認定HCD専門家)」には5年以上、「人間中心設計スペシャリスト(認定HCDスペシャリスト)」には2年以上必要になります。
どちらの場合も学歴に関する制限はないものの、コンピタンスを実証するための実践事例が3つ以上必要です。過去にはデザイナーやエンジニアだけでなくマーケターやテクニカルライター、研究者なども認定を受けています。
5.人間中心主義を考えるための書籍
具体的な事例を示した書籍を読むと、人間中心主義についての理解が深まります。人間中心主義について述べている2冊の書籍について、説明しましょう。
SPECULATIONS 人間中心主義のデザインをこえて
本書では3パート、9つの章に「アフターグローバリズム」や「ネクストネットワーク」などのテーマを掲げ、それぞれのテーマごとに11の事例と編著者による導入テキストを収録しています。
デザインリサーチの実践例をビジュアル付きで紹介しており、デザインの在りどころを視覚的に学べるのです。
さらに民主主義やサステナビリティ、バイオテクノロジーなどをめぐる論考にも触れ、さまざまな視点から着目すべきデザインの問題を明らかにしています。過去と現在、そして未来のデザインに対する多角的な視座が獲得できる一冊です。
人間主義的経営
著者ブルネロ・クチネリ氏は、アマゾンドットコムの創業者であるジェフ・ベゾス氏や、セールスフォース・ドットコムの創業者マーク・ベニオフ氏など、名だたるIT企業の創設者たちが訪ねた人物です。
クチネリ氏は人間の尊厳と自然との調和を目的とした「人間のための資本主義」を掲げています。
「人間の幸福のために、人にも自然にも害や苦痛を与えずに豊かに生きる」という経営の在り方はイタリア国内外から注目を集め、多数の権威ある賞を受賞しました。本書では、そのような世界のトップ経営者が注目する「未来の経営モデル」について学べます。