カーボンプライシング(Carbon Pricing)とは、経済活動で排出されるCO2に価格を付けて、排出量の抑制を促す手法です。種類、導入のメリット、国内外の状況などについて解説します。
目次
1.カーボンプライシング(Carbon Pricing)とは?
カーボンプライシング(Carbon Pricing)とは、産業などで排出されるカーボン(二酸化炭素、CO2)に価格を設定し、排出した企業に金銭的な負担を課す仕組みです。目的は、カーボンニュートラルへの取り組みを促進すること。CO2排出量が多いほど費用負担は重くなるため、コストを減らすにはCO2削減の取り組みを進める必要があるからです。
2021年4月現在、64の国と地域が、カーボンプライシングを導入しています。
2.カーボンプライシングの目的
カーボンプライシングの最終的な目的は地球温暖化の抑制です。地球温暖化による気候危機はすでに深刻な被害をもたらしており、世界規模でCO2を排出しない「脱炭素社会」へ移行する取り組みが求められています。
CO2排出量に応じて課税し、企業含めた組織の二酸化炭素排出を抑える行動を促進しようというのがカーボンプライシングの考え方です。
日本でも、2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロ(カーボンニュートラル)にすることを目指し、カーボンプライシングに取り組んでいます。
3.カーボンプライシングの種類
カーボンプライシングには、「明示的カーボンプライシング」と「暗示的カーボンプライシング」があります。それぞれについて解説しましょう。
明示的カーボンプライシング
排出されるCO2やメタン、フロンなどの温室効果ガスに、1トン当たりの価格を付ける方法のこと。排出した温室効果ガスの量に応じた費用負担として、「炭素税」が課されます。
なお政府は温室効果ガスの排出量に上限を設定。上限を超えて排出する企業は、「国内排出量取引制度」を利用して、他社の排出枠を買い取らなければなりません。
暗示的カーボンプライシング
エネルギー自体に課税して間接的にCO2排出量に応じた負担を課す方法です。ガソリン税や石油ガス税のように、エネルギーの消費量に応じた税を負担します。
「固定価格買取制度、FIT(太陽光や風力などの再生可能エネルギーで発電させた電気を、電力会社が買い取る仕組み)」も暗示的カーボンプライシングのひとつ。買取に要した費用は「再エネ賦課金」として、消費者の電気料金に一律上乗せされます。
4.カーボンプライシング導入のメリット
カーボンプライシングのメリットは、CO2などの温室効果ガスを抑制できることと、「環境に配慮している」と企業がアピールできることです。
二酸化炭素削減への動きを促進
CO2の価格付けを行うと、経費削減と温室効果ガスの排出抑制の両面から取り組みへの意識が社内で高まります。「温室効果ガスの排出には経費がかかる」という意識から経営陣が率先してCO2削減に取り組むようになり、社内へ浸透していくからです。
職場でCO2削減施策に触れた社員が、プライベートでもCO2削減を意識するようになれば、日本のCO2排出量もより減っていくでしょう。
企業イメージの向上
カーボンプライシングで温室効果ガスの排出量が数値化されると、環境問題への企業貢献度が可視化されます。「環境への取り組みに積極的な企業」というイメージは、投資や銀行の融資にも有利に働くでしょう。
また消費者が商品を選んだり、企業が取引先や投資先を決めたりする際、環境への取り組みも注目されます。そのため業績や企業価値の向上も期待できるのです。
5.カーボンプライシング導入のデメリット
カーボンプライシングは、エネルギーを使うと支出が増えていく仕組み。そのため企業活動にかかるコストが増加し、事業の成長や拡大が遅滞する恐れもあります。このことから、国際競争力の低下や産業の空洞化が危惧されているのです。
国際競争力に悪影響
カーボンプライシングの導入で心配されるのが、エネルギー価格の上昇です。エネルギー価格が上昇すると、企業活動全体のコストがかさみ、商品やサービスの開発、事業の新設や拡大などに着手できない企業が出てくるかもしれません。
政府は日本企業の国際競争力が衰えるのを懸念し、カーボンプライシングに取り組む企業への免税措置や軽減措置を検討しています。
産業の空洞化
炭素税が導入されると、国内の産業が停滞してしまうリスクも否めません。莫大なCO2を排出する産業がエネルギーコストの低い国に流出する恐れもあるからです。この点から、産業の移転で国内産業の空洞化が懸念されています。
また流出先の国でCO2排出量が増え、結果的に地球全体の排出量が増加してしまう恐れもあるのです。
6.日本におけるカーボンプライシング
政府は2022年12月22日に、2023年度から日本版のカーボンプライシングを段階的に導入すると発表。大きな柱として、CO2排出枠を売買する「排出量取引制度」と、エネルギー関連企業に対する「炭素賦課金(炭素税)」を挙げています。
- 炭素税
- 国内排出量取引
- クレジット取引
- 炭素国境調整措置
①炭素税
化石燃料の炭素含有量に応じて課せられる環境税です。2012年、政府は地球温暖化対策として、炭素税を導入。CO2排出量1トン当たりに289円の炭素価格を設定し、石油石炭税に上乗せして徴収します。
一方、2017年に世界銀行が示した炭素価格は、CO2排出量1トン当たり40ドルから80ドル(約5,000円から1万円)。現状、日本の炭素税はカーボンプライシングを導入する国や地域のなかでも低水準であり、十分な効果は得られる制度にはなっていないのです。
②国内排出量取引
CO2排出量の総量削減を義務化し、削減目標を達成できなかった企業と、排出量に余剰がある企業との間で、排出量を取引できる制度です。
国や企業ごとに削減したときの排出枠を定め、枠内に収めるか、収まらなかった場合はほか企業と価格交渉をして排出枠を買い取ることが求められます。
東京都では全国に先駆けて、2010年に「総量削減義務と排出量取引制度」を開始。また政府は、排出枠を市場で売買する「排出量取引」を2026年度に開始する予定です。
③クレジット取引
企業が実現したCO2の削減価値(CO2の排出削減や吸収)を「カーボンクレジット」として認証する制度のこと。証書化されたCO2削減価値を使って、排出削減量の売買取引が行えます。
すでに政府は、CO2の排出量削減に貢献した分をクレジットとして認証する「Jクレジット」を運用。
クレジットの活用により、大企業だけでなく中小企業の省エネや低炭素投資も促進されました。クレジットの購入、省エネや再エネ投資によって市場で資金の循環が起こり、経済への好影響となることが期待されています。
④炭素国境調整措置
CO2排出コストが低い国で作られた製品を仕入れる際、その差額分を輸入事業者が負担する措置で、国境炭素税とも呼ばれます。この炭素国境調整措置の適用対象事業者は、輸入にともなう温室効果ガスの排出量を報告しなければなりません。
目的は、積極的に気候変動対策へ取り組んでいる国が、経済競争で不利になるのを防ぐこと。EUでは2022年12月から導入し、日本でも2023年10月に施行が予定されています。
7.海外におけるカーボンプライシング
2022年4月現在、全世界で68のカーボンプライシングが導入されました。ここでは海外におけるカーボンプライシングを見ていきます。
- EU(欧州連合)
- 中国
- フィンランド
- アイルランド
- 北米
①EU(欧州連合)
世界初の排出量取引制度を2005年に導入したEUは、段階的に対象企業を広げ、発電や石油精製、鉄鋼やセメント業界などに排出量上限を割り当てました。今後はさらに海運や道路、輸送や建設業界の追加が検討されています。
排出枠の過不足分は排出量取引制度で市場取引する仕組みです。しかし2013年以降はオークションでの市場購入形式を導入。そのため排出量1トン当たりの排出枠価格が高騰し、2022年は80ユーロ(約11,000円)前後で推移しているのです。
②中国
中国でも2021年から全国的に排出量取引制度を開始。2013年から北京市を含む7地域で先行導入し、発電事業などで取引が行われてきました。2021年には全国で運用し始め、世界最大規模の市場となっています。
中国版排出量取引制度は当初温室効果ガス排出量2万6,000トン(CO2換算)以上の発電事業者を対象に実施されました。しかし今後は石油化学や建材、鉄鋼業界などにも適用していく方針です。
中国はほかにも、CO2を排出しないグリーン水素の開発や、電気自動車の普及拡大の取り組みも進めています。
③フィンランド
炭素税をもっとも早く取り入れたフィンランドでは、1990年から暖房用燃料と輸送用燃料消費に炭素税を課しています。2017年時点でCO2排出1トン当たり7,880円の税率を採用し、1990年から2015年までに22%の二酸化炭素削減に成功しました。
2016年時点の炭素税によるフィンランドの歳入は日本円にして1,702億円であり、重要な税収のひとつになっています。
④アイルランド
アイルランドでは、リーマンショックの影響を受けた経済を立て直すための融資に、炭素税を導入。カーボンニュートラルに向けた取り組みはもちろん、現在も炭素税の税収を一般会計に入れて財政の健全化を図っています。
導入当初は石炭といった固形燃料は除外されていました。しかし2013年からは固形燃料にも炭素税を課税。一方、EU排出量取引制度対象部門の炭素税を免除し、企業の負担を軽減しています。
⑤北米
北米では、州レベルでカーボンプライシングが活発に行われています。
2008年にカナダのブリティッシュ・コロンビア州が炭素税を導入し、全国の二酸化炭素排出量のうち80%以上をカバー。現在はすべての州が、一定水準のカーボンプライシングを実施しています。
ほかにも北米地域とニューヨーク州やマサチューセッツ州が、発電部門を対象とした排出量取引制度(RGGI)を進めており、すでに11州が参加しているのです。
8.カーボンプライシングの影響
カーボンプライシングの普及は、一般の家庭への影響や企業にも影響をおよぼします。カーボンプライシングへ取り組む前に、どのような影響があるのかを事前に把握しておきましょう。
企業
企業は炭素税によるコスト増加を避けられません。コストが上がると、商品やサービス、ビジネスモデルなどの研究開発費を抑えねばならず、事業の衰退や国際的な競争力の低下を招く恐れもあるからです。
企業活動とCO2排出削減の両立を目指すなら、積極的にカーボンプライシングの仕組み作りへかかわるとよいでしょう。
たとえばGXリーグ(政府や企業、大学や研究機関が温室効果ガス排出削減に向けて協働する場)の排出量取引の実証実験に参加するのもひとつの方法です。GXリーグでは排出量の取引も行われています。
家庭
固定価格買取制度で企業が買い取ったときの費用は電気料金に上乗せされるため、すでに一般家庭の家計へ影響をおよぼしています。
ほかにもカーボンプライシングで企業が負担する炭素税や排出量取引などのコストが、最終的に商品やサービスに転嫁され、消費者の負担が増大するかもしれません。しかし電気や石油のエネルギーコストは日常生活に不可欠。大きな抑制は困難といえるでしょう。