キャリアドリフトとは、流れに身を任せながらキャリアを歩んでいくというキャリア理論のひとつです。ここではメリットや具体例を解説します。
目次
1.キャリアドリフトとは?
キャリアドリフトとは、次に進みたいキャリアの方向性だけ決めて、流れに身を任せてキャリアを積んでいくという考え方のこと。「ドリフト」(Drift)は「漂流する」という意味です。
キャリアドリフトでは、次に進みたいキャリアのステップだけは明確にしつつ、柔軟性をもって偶然の出会いを生かしてキャリアを積み、変化の時代に強いキャリア形成を目指します。
2.キャリアドリフトとキャリアデザインの違い
「キャリアデザイン」は、キャリアドリフトの対義語ともされる言葉です。しかし共通する部分も少なくありません。キャリアドリフトとキャリアデザインの違い、そして関連性を解説します。
キャリアデザインとは?
目指したい将来像にたどり着くため、いつどのようなキャリアを積むのかを詳細に計画し、効率的に実行していくという考え方のこと。昇進や昇格といった仕事面だけでなく、ライフプランやプライベートの過ごし方なども含めて、自分のキャリアを考えます。
キャリアドリフトとキャリアデザインでは、どちらも仕事をとおして理想の働き方や自分のありたい姿を実現していく点で共通しているのです。
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キャリアデザインとの違い
双方の違いは、明確な目標とアクションを定めるか否かです。
- キャリアデザイン:「○年後にはこうなりたい」という目標とする自分のイメージを明確にし、いつまでに何をやるかといったアクションまで詳細に設計したうえで行動していく
- キャリアドリフト:キャリアの方向性は決めるものの、詳細なアクションまでは設定しない
3.キャリアドリフトが注目される理由
キャリアドリフトは、柔軟なキャリア形成が可能になる方法です。注目されるようになった背景には、近年の市場や雇用の変化が挙げられます。
将来の予測が難しい時代
日本の会社の特徴といわれた年功序列や終身雇用制度が崩壊し、安定的かつ長期的に雇用され続けることが難しくなりました。また新型コロナウイルスの出現でリモートワークが一気に進むなど、数年で働き方も大きく変革。
さらに政府がDXやSDGsなどを推進し、新たなイノベーションを起こす人材などにも注目が集まっています。
急激な変化がひんぱんに生じる昨今、綿密に定めたキャリアデザインどおりに進むとは限りません。そこであえて詳細なキャリアデザインをせず、変化に対応しながらチャンスを待つキャリアドリフトという考え方が注目されるようになったのです。
4.キャリアドリフトの具体例
キャリアドリフトを経て、経営に成功した人もいます。ここからはキャリアドリフトの成功事例を紹介しましょう。
Appleの元CEO スティーブ・ジョブズ氏の事例
マッキントッシュというパソコンを開発したスティーブ・ジョブズ氏は、キャリアドリフトの結果といえます。同氏は、初めからパソコンの開発を目指していたわけではありません。
同氏が大切にしていたのは、「自分自身の興味」という方向性のみ。数学、科学、エレクトロニクスに興味を持っていて、自分の興味の赴くままに、自作でモノづくりを続けていました。
そのなかでヒューレット・パッカードのCEOにコンタクトをとり、エレクトロニクス機器に詳しいウォズと一緒に発明をした結果、Appleの創業にたどり着いたのです。
オムロンコーリン 代表取締役社長 笹井 英孝氏の事例
笹井英孝氏も、キャリアドリフトを実行してきた人物。一貫したキャリアを築きたいとは考えておらず、そのときどきで「今、何をするか」に重点を置いてきました。
大学卒業後に住友銀行に就職したものの、「成長したい」という一心で退職。次にコンサルファームで働き、事業再生を手がけます。さらに「経営の実務に携わりたい」と考えて、たまたま声をかけてもらった日本ヒューレット・パッカードの営業本部長へ就任。
その後医療機器メーカーへ移った際、オムロンコーリンの事業再生を引き受けました。今までのキャリアを生かして事業再生に取り組んだ結果、わずか1年半で経営を立て直したのです。
5.キャリアドリフトのメリット
キャリアドラフトは、キャリアデザインのように方向性を制限しないため、時代や社会に合った多角的なキャリア形成が行えます。
思い描いているキャリアデザインと実際の業務にズレが生じても、それをチャンスとして生かせるので、キャリア形成に対するモチベーションを維持しやすくなるのです。ここではキャリアドリフトのメリットを見ていきます。
- 想定外の変化にも対応可能
- モチベーションの維持
①想定外の変化にも対応可能
キャリアドリフトでは、想定していない出来事が起きても、柔軟にキャリアを形成しやすくなります。キャリアに向けた道筋の詳細を決めないので、たとえば自社が倒産しても、ほかの職種や業種へ飛び込む決断ができるからです。
飛び込んでみた結果、想像もしていなかった新しいキャリアが開ける場合もあります。
②モチベーションの維持
キャリアドリフトでは、計画と現実のギャップに落胆してモチベーションが下がる状況になりません。
たとえば想定外の職務変更や異動を命じられた場合、キャリアデザインを詳細に決めている人は、計画が崩れたと感じ、仕事へのモチベーション維持が難しくなるでしょう。キャリアドリフトなら、このような変化も「キャリア形成の機会」として受け入れられます。
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6.キャリアドリフトのやり方
キャリアドラフトのやり方は、おおまかなキャリアの方向性を定めて、節目でキャリアデザインを見直し、修正したキャリアを実現するための行動を起こすという流れにあります。キャリアドリフトのやり方について解説しましょう。
- キャリアの方向を決定
- 節目やきっかけでキャリアデザインを意識
- アクションの実行
①キャリアの方向を決定
まず自分の「やりたいこと」または「ありたい状態」を探し、キャリアの方向性を定めます。これらは今後のキャリア形成における軸(キャリアアンカー)になるからです。
やりたいことを見つける際は、子どものころに好きだったことや、ずっと続けても苦にならないことから考えてみるとよいでしょう。また嫌いなことを洗い出して消去法で見つけたり、周りからどう見えているかを聞いてみたりするのもオススメです。
自分自身が満足と思える状態や、幸せだと思える状態をイメージすると、自分が「こうありたい状態」と思える状況が明確になります。
キャリアアンカーとは?
仕事や働き方を選ぶときの軸となる価値観のこと。仕事の経験を指す「キャリア」と、船の錨を指す「アンカー」を組み合わせた造語です。
キャリアドリフトでは、詳細なキャリアプランを立てないためつねに選択を迫られます。そのような際、自分が譲れないポイントつまりアンカーが基準となるのです。
アンカーを明確にしておくと、いつでも「自分が望む働き方」を選びながらキャリアを積んでいけるようになります。
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②節目やきっかけでキャリアデザインを意識
流されてキャリアを選ぶだけでは、自分が望むキャリアの方向性からズレてしまいます。またドリフトが長く続きすぎると、目指すキャリアへのモチベーションが下がる恐れもあるのです。
年齢
学生の場合、まずは卒業が節目です。とはいえまだキャリアを描くのは難しいでしょう。在学中に、できるだけ多くの経験を積むとよいでしょう。そこから自分が「どうありたいのか」「何がしたいのか」という方向性が見えてきます。
就職後から30代前半までは、年齢や仕事を始めてからの年数が節目です。20代前半と後半でそれぞれキャリアデザインを見直すとよいでしょう。
実際に仕事をするようになり、自分の能力や会社における存在価値などがわかってきますし、結婚といったライフイベントも起こりやすい年代だからです。30代では、家族と自分のライフプランもふまえ、キャリアを見直しましょう。
危機感や焦燥感
キャリアドリフトをして何年かが経過した際、「このままでよいのか」という焦燥感に駆られるときもあります。このような危機感は、キャリアデザインを見直すべき時期というサイン。
自分の気持ちを敏感にキャッチして、自分の描いているキャリアデザインのどの位置にいるのか、自分の「なにをしたいのか」「どうありたいのか」から乖離していないか、点検するとよいでしょう。
メンターからのアドバイス
メンターからのアドバイスを受けたときは、自分を客観的にとらえてキャリアデザインを見直すタイミングです。
たとえば相談しているわけではないのにアドバイスをもらった場合、自分の意識下に焦燥感や危機感があり、それらが態度や言葉に現れている可能性もあります。
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仕事への向き合い方
仕事への向き合い方の変化があったときも、キャリアデザインを見直す節目といえます。
たとえば「最初は嫌だった仕事が苦でなくなった」「仕事が楽しいと感じるようになった」といった変化です。ポジティブな感情が生まれたとき、「なぜそう思えるようになったのか」と振り返ると、自分の新たな適性を発見できるでしょう。
一方、いつまでたっても仕事に面白さや楽しさを感じられないときも、キャリアデザインの再検討が必要です。
ライフイベント
ライフイベントが発生するときは、キャリアの方向性や働き方の見直しなどが必要になります。結婚や出産、病気や親の介護といったライフイベントは、仕事や家族、プライベートに大きな影響をおよぼすからです。
これからのワークライフバランスやキャッシュフローなども踏まえたうえで、キャリアデザインを行いましょう。
③アクションの実行
キャリアの方向性が定まったら、知識やスキル、経験などを積むためのアクションを実行します。
アクションには一定の時間と労力をかけましょう。成果が出やすくなり、新たなチャンスが巡って来やすくなるからです。たとえば独学で習得したスキルが一定以上のレベルになれば、専門部署への転属や転職などを実現できます。
またキャリアの目標を定めたとしても、縛られ過ぎてはいけません。目標に固執しなければ、新たなチャンスが到来した際、チャレンジしようという意欲が沸きやすくなります。
計画外の出来事はチャンス
キャリアデザインの方向性から外れた人事異動や、計画外の業務を担当することになっても、チャンスととらえて前向きに臨みましょう。
自分のキャリアデザインとは関係ないと思っていた分野から、キャリアに役立つ重要な知識やスキルの習得ができる場合もあるからです。
7.キャリアドリフトのポイント
キャリアドリフトでキャリアを積むなら、キャリアドリフトの本質を捉えることが大切です。キャリアドラフトを成功させるためのポイントについて解説します。
- 計画的偶発性理論にもとづいた行動
- ニーズや適性からも探索
①計画的偶発性理論にもとづいた行動
計画的偶発性理論とは、「個人のキャリアのうち8割は、自らの行動が生んだ偶然が決めている」という理論のこと。キャリアドリフトでは、自身に訪れる機会を利用してキャリアを積みます。しかしただ待っていても機会が到来するとは限りません。
そこで意図的に機会を呼び込むための行動が必要となるのです。計画的偶発性を起こす5つの行動指針も提唱されています。
- 好奇心を持って新しい学習の機会を探す
- 失敗しても諦めずに続ける
- 新しい機会が必ず来ると楽観的に取り組む
- 自分の信念や価値観などに固執せず、柔軟に考える
- リスクを恐れず冒険心を持って挑戦する
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②ニーズや適性からも探索
キャリアデザインとは異なる、自分では意識さえしていなかった分野に適性があるとわかったり、周囲からの自分に対する強いニーズがあったりするのも、キャリアの方向を探索するヒントになります。
キャリアデザインの大筋に関する変化も否定せず、検討材料として受け入れてみるとよいでしょう。
8.キャリアドリフトの注意点
キャリアドリフトでは、偶然や変化を受け入れてキャリアに生かしていきます。しかしキャリアデザインを見直すべき節目だけは、周囲に流されず、自身の仕事に対する価値観を優先して考えたほうがよいでしょう。
節目のタイミングでも流されてしまうと、キャリアの方向性から大きくずれてしまったまま、修正できなくなる恐れも。自分にとって不本意なキャリアになってしまいかねません。
9.キャリアドリフトに関連する書籍
キャリアドラフトを実行してみて、「どうしてもうまくいかない」「やる気が出ない」と感じたら、キャリアドリフトについて解説された本を読んでみることをオススメします。
『働く人のためのキャリアデザイン』金井壽宏
キャリアドラフトの提唱者である金井壽宏教授の著書。第3章「キャリアをデザインするという発想―ただ流されるのとどう違うのか」で、キャリアドリフトを詳しく解説しています。
節目ごとにキャリアデザインを見直す重要性、年代ごとのキャリア開発における「発達課題」なども掲載。とくに学生が最初に迎える節目「就職」に対する理解を深められます。これからキャリアドラフトを実践したい人にオススメです。
『キャリア・アンカー 自分のほんとうの価値を発見しよう』エドガー・H. シャイン
キャリアアンカーの提唱者エドガー.H.シャイン氏の著書。キャリア論や研究にもとづいて、自分だけのキャリアアンカーを明確にしていくための理論が提唱されています。
キャリアアンカーを8つのタイプに分ける質問票も掲載。質問に答えていくと、仕事に置いて自分がどのような価値を求めているか、分析できます。キャリアドリフトの方向性を定めやすくなるでしょう。