キャリアオーナーシップとは、労働者自らが主体となってキャリアを形成する考え方のことです。ここではキャリアオーナーシップが注目される背景やジョブ型雇用との関係、推進するメリットなどについて解説します。
目次
1.キャリアオーナーシップ
キャリアオーナーシップとは、労働者が自分自身のキャリアについて主体的に考え、実現に向けて行動することです。これまでキャリアといえば企業や組織が主導する傾向にありました。しかし近年、キャリアは「自分自身の思考や価値観によって主体的に描かれるもの」と考えるキャリアオーナーシップが注目を集めているのです。
2.キャリアオーナーシップが注目される理由
キャリアオーナーシップが注目されるようになった理由として、以下4つが挙げられます。
- 終身雇用の衰退
- 人生100年時代の到来
- 評価制度の変化
- ESG投資の拡大
①終身雇用制度の衰退
かつて日本企業の働き方といえば、卒業後就職した会社に定年まで属する「終身雇用」が主流でした。しかしグローバル化が進み、他社との競争が激化する現代では、競争に勝ち抜ける能力やスキルを持った人材が必要です。
この流れによって、2018年には新卒就活ルールが廃止。さらに2019年にはスペシャリストを求めるジョブ型雇用の推奨も発表されました。
会社が社員を囲い込んで育て上げるのではなく時代の変化に対応して社外でも活躍できる自立的なキャリア形成が求められるようになりました。
②人生100年時代の到来
政府が発表した「人生100年時代構想会議」では、2007年に生まれた子どもの半数が107歳より長く生きると推計されています。まさに「人生100年時代の到来」です。
100年時代を前提とした社会では、定年後も長い人生が続きます。安定した収入を定年後も継続して得るため「生涯にわたる高付加価値労働」を実現する必要が出てきたのです。
③評価制度の変化
現代において、勤続年数を昇進や昇給の判断材料にする「年功序列制度」の考え方は薄れつつあります。近年、社員一人ひとりの能力やスキルによって評価する方法が主流です。
社員一人ひとりのスキルを中長期的に向上させる人材育成を「キャリア開発」といいます。キャリア開発は社員の能力やスキルの向上によって組織が活性化され、生産性向上につながる取り組みです。
社員に多様なキャリアの選択肢を提供したり、スキル把握の機会を提供したりする取り組みが増えています。
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④ESG投資の拡大
EGS投資の拡大も、キャリアオーナーシップが注目されるようになった理由のひとつです。EGS投資とは環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)に配慮した投資のこと。
経済産業省に設置された「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」では、企業は多様な働き方を可能とし、働き手の自律的なキャリア形成を後押しするよう指摘しています。
同時に個人はキャリアを企業に委ねるのではく、自ら主体的に選択するよう述べているのです。
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3.キャリアオーナーシップとジョブ型雇用の関係
競争が激化する現代社会において、会社まかせのキャリア意識で生き残るのは困難です。個人が主体的にキャリアを形成することが重要になります。
近年テレワークの普及も後押しして「ジョブ型雇用(社員に求める役割や責任を明確にして、それにマッチした社員に職務を委嘱する考え方)」が拡大。
社員の自律的なキャリア形成を前提としているため、キャリアオーナーシップと相性のよい雇用方法として注目を集めています。
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4.キャリアオーナーシップを推進するメリット
キャリアオーナーシップの推進は、社会全体として人材の底上げにつながるといわれています。キャリアオーナーシップを推進する4つのメリットについて説明しましょう。
- 社員エンゲージメントの向上
- 企業の生産性向上
- モチベーションの維持
- 離職率の低下
①社員エンゲージメントの向上
キャリアオーナーシップの推進には、社員個人の努力だけでなく上司や人事部の協力が必要です。上司や人事部が主体となって研修や面談を実施すれば、社内コミュニケーションが活発になります。
社員の上司や会社に対する愛着も深まり、社員エンゲージメントも向上するでしょう。
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②企業の生産性向上
キャリアオーナーシップの考えは、言われたことだけをこなす「受け身型人材」ではなく、自ら考えて行動する「自律型人材」の育成につながります。企業が自立型人材により活躍できる場や能力を伸ばす場を提供すれば、生産性はますます向上します。
③モチベーションの維持
将来にポジティブなビジョンを持った社員はモチベーションも高くなります。業務に当事者意識を持ち、つねに改善点を探しながら働くようになるのもキャリアオーナーシップのメリットです。
これは会社の方向性に共感している状態でもあります。そのため働くうえでのストレスも軽減でき、次に説明する離職率の低下にもつなげられるのです。
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④離職率の低下
キャリアオーナーシップには離職率低下の効果もあります。自らの生き方を考え、将来のビジョンを明確にするキャリアオーナーシップでは、会社における自身の役割を意識するようになるからです。
自らのキャリアと企業のベクトルがあえば、社員は主体的に働くようになります。結果として離職率を低下させられるのです。
5.キャリアオーナーシップを推進する方法
キャリアオーナーシップは個人で取り組める考えですが、企業からの支援があるとより効果的に進められます。ここでは企業としてキャリアオーナーシップを推進する4つの方法について説明します。
- 社員のキャリア開発の支援
- リテンションの強化
- ジョブ型雇用の導入
- 処遇の整備や支援
①社員のキャリア開発の支援
そもそもキャリアオーナーシップには、社員が自身のキャリアと向き合う機会が必要です。企業としては具体的に次のような機会を提供して、社員のキャリア開発を支援します。
- キャリアカウンセリングの実施
- 社内外におけるキャリア研修やスキルアップ研修
- 社内公募制度や社内FA制度
- 副業の推進
このほか社会人インターンシップを受け入れる取り組みも効果的です。ほか部署の業務について理解を深めた結果、社員に気づきが生まれ、今後のキャリア形成に役立つケースもあります。
②リテンション(Retention)の強化
「リテンション」とは、人材流出を防ぐ施策のこと。優秀な人材を自社に確保しておくため、以下のような取り組みを進めます。
面談やキャリアカウンセリング:課題解決に導き、さらに「生き方」そのものへの援助や支援を行う
- 1on1ミーティングの実施:実務やキャリアに対する主体性が生まれやすい
- 柔軟な再雇用制度の運用:中長期的に働きやすい環境の整備
リテンションの強化によって、社員は将来のポジティブなイメージを持てるようになります。社員のモチベーションがアップするほか、離職率の低下も期待できます。
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③ジョブ型雇用の導入
スタートアップやベンチャー企業など、国内でも「ジョブ型雇用」を採用する企業が増えました。
ジョブ型雇用では社員の自律的なキャリア形成を前提としています。そしてキャリアオーナーシップはジョブ型雇用の導入によって、さらに推進されると考えられているのです。
ジョブ型雇用では過去の実績や保持スキルで業務を任せたり評価したりするため、おのずと主体的に労働する社員が増えます。事実、国内の大手企業も続々とジョブ型雇用を導入しているのです。
④処遇の整備や支援
旧来の関係でキャリアを形成してきたシニア層が突然、キャリアオーナーシップに転換するのは難しいもの。そこで企業は次のような処遇整備や支援を行い、社員と新たな関係性を構築します。
- 定年退職者へ「再雇用」ではなく「業務委託契約」を提案する:自由度が増すため、望ましい働き方が選べるようになる
- 転職や起業準備を見据えた制度を導入する:退職金上積みやキャリア転換準備に向けた休暇制度などを整備して、主体的なキャリア選択を可能にする
- 転身先の紹介や業界横断のネットワークを整備する:企業にとっても社内新陳代謝の促進、ネットワーク形成による事業拡大といった効果がある
6.キャリアオーナーシップの企業事例
近年、キャリア形成を企業から個人へ移管する企業が増えてきました。ここでは実際にキャリアオーナーシップを導入した企業の事例について説明します。
- 富士通
- JTB
- SWSスマイル
- ボストン・サイエンティフィックジャパン
- はたらクリエイト
①富士通株式会社
富士通では2020年からキャリアオーナーシップを発揮するための支援プログラム「FUJITSU Career Ownership Program」を実施。
本プログラムでは社員に3年後の将来像を描いてもらい、それに向けた成長ビジョンを設定します。1on1や社内キャリアカウンセラーへの相談などを通じて多様な選択肢を示し、社意自らが選択できる機会を提供しているのです。
さらに社員が自らのパーパスを明確化して将来を見出す「Purpose Carving」も実施。対象となるのは世界中に在籍する13万人全員の社員です。すでに約6万5,000人の社員が実施し、変革の原動力にしています。
②株式会社JTB
JTBでは年間800本以上の集合研修やウェビナー、eラーニングなどを実施して社員のキャリアオーナーシップを後押ししています。2019年には「必要な時に必要な学びの提供」を掲げたLMSを導入。一人ひとりがワンストップで学べる機会を提供し続けています。
キャリアデザイン研修後のアンケートでは、96%が「有意義だった」と回答。さらに85%が「自身の現在と将来に役立った」と回答するといった、高い評価を得ている事例です。
③SWSスマイル株式会社
障がい者の成長支援プログラムを実施して、多くの業務に挑戦できる仕組みを運用しているのがSWSスマイルです。
本プログラムの実施により、2019年1月以降の退職者はなし(2021年3月の報告時)。さらに同年には2名がリーダーに、翌年には6名が上位等級に昇格しています。
また社員のスキルアップと知識習得の目標として、14の資格に手当を支給。これにより認定を受けた社員に達成感を与えられるほか、毎年認定確認を行って業務品質を保持しています。
④ボストン・サイエンティフィックジャパン株式会社
ボストン・サイエンティフィック ジャパンでは次のような取り組みを実施。これにより社内のキャリア機会や支援満足度が大幅に上昇しました。
- 社内公募制度の拡大
- 挙手式の社員応募型研修を導入
- 頻度の高い1on1の実施とキャリア対話の促進
本取り組みによって集まった社内公募数は230のポジション、述べ188名にのぼります。さらにこの挑戦に向けて自発的な能力開発の動きもみられるようになりました。
⑤株式会社はたらクリエイト
はたらクリエイトは社員のライフスタイルに合わせた働き方を提供して、多様なキャリア選択を支援しています。勤務時間は月60時間から160時間。4つの雇用形態から自身に合った働き方を選べるのです。
本取り組みを3年間実施した結果、10名がパートタイマーから短時間正社員に、2名がフルタイム正社員に転換。さらに35名がステップアップにより昇給を果たしました。
社員数も5.5倍に増え、月間売上は10.7倍増を記録。まさに社員の成長が事業成長につながった事例です。