「ストレス社会」といわれるほど、現代人はストレスにさらされる機会が増えています。その中で、自分のメンタルを守るために必要なのが「コーピング」という対処方法です。
従業員の精神衛生を管理するため、コーピングを取り入れる企業が増えつつあります。コーピングの意味や実践方法について解説しましょう。
1.コーピング(coping)とは?
コーピング(coping)とは、ストレス反応に対してうまく対処しようとする行動のことです。これに対して、ストレスの原因にうまく対処しようとすることをストレスコーピングと呼びます。意味はコーピングと大きく変わりません。コーピングによるストレス管理で、仕事のモチベーションや生産性向上のメリットが期待できます。
ストレスコーピングとは?
ストレスに対しての対処法を知り、ストレス反応を和らげることを「ストレスコーピング」といいます。そもそもストレス反応は、ストレッサーというストレスのもととなる刺激を外部から受け、その刺激を認知することで起こるのです。
ストレスコーピングでは、ストレスを感じた際に「ストレッサーによる刺激→認知→ストレス反応」という一連の流れを自分でしっかりと認識し、対処方法を考えるという作業を行います。
適応機制(防衛機制)との違い
コーピング同様、人間がストレス反応に対処するための能力に、「適応機制(防衛機制)」があります。
適応機制は、辛い環境やストレスから精神を守るために、本能的に働く心の防衛反応です。コーピングとの違いは、無意識のうちに行われるということ。コーピングは意識的に行うものですから、似ているようですが少し異なります。
コーピング(coping/対処)の語源
コーピングの語源は、「問題に対応する、切り抜ける」という意味の「cope」という英単語で、英語表記は「coping」です。
もともとは、ラザルス(Lazarus, RS)という心理学者が提唱したメンタルヘルス用語でしたが、企業での取り組みなどでストレスコーピングが広まったことから、一般的にも使われるようになりました。
ラザルスの定義によると、コーピングは「個人と環境とが影響し合った結果、個人の資源を脅かすと判断された場合に個人がとる認知行動的努力」となっています。
R・S・ラザルスのストレス理論
ストレス理論の研究者であったラザルスが定義した心理的ストレスモデルは、現在もストレス研究の基本となっています。
ラザルスは、日常の小さな苛立ちを「デイリーハッスル」と名付けました。人間がデイリーハッスルに対してどう感じているかについて、非常に興味を持っていたようです。
ラザルスが行った研究によって、人間のストレスに対する認知評価はまずストレッサーに対しての認知(一次的認知評価)、次にストレス反応についての認知(二次的認知評価)と2段階で行われることが明らかになりました。これがコーピングへとつながったのです。
2.ストレッサーとは?
ストレスを感じるもとになる環境や外部からの刺激のことを「ストレッサー」といいます。たとえば「人混みを歩いているとき、歩きにくさからストレスを感じた」とすると、「人混み」がストレッサーとなります。
ストレッサーとなる事象にはさまざまな種類があり、下図のように分類されます。人によっては思わぬものがストレスになる場合もあるので、自分が何にストレスを感じるのか正確に自覚することが重要でしょう。
ストレスとは?
ストレスは、ストレッサーに対する人間の本能的な防衛反応です。身体に痛みを感じる状況と同じで、自分の体に異変が起きていることを知らせる信号ともいえます。
この防衛反応を繰り返し経験することで、変化に適応できるような精神がつくられていく、といわれています。
ストレッサーの分類(GLOBIS知見録から引用)
物理的・科学的・肉体的なもの | 労働環境、労働時間、VDT作業(Visual Display Terminals:ディスプレイ・キーボード等の機器を使用したデータ入力、検索、編集等の作業)、病気、栄養の偏り、喫煙、飲酒、睡眠不足、寒さ、暑さ、騒音、人ごみ、薬物、毒、甘さ、辛さ、重さ、運動 |
心理的なもの | 怒り、悲しみ、不安、恐れ、歓び、焦り |
社会的・人間関係的なもの | 人間関係トラブル、評価、時間、解雇、降格、昇格、転職、退職、ノルマ、目標、恋愛、離婚 |
変化 | 寒いから暑い、安心から不安、安定から解雇 |
一次的認知評価
ストレッサーをストレスと認知するに至るまでには、大きく2段階あります。まず1段階目は、脳の中で行われる一時的認知評価です。
一時的認知評価にてストレッサーが「自分とは無関係である」と認知された場合、ストレスを感じることはありません。しかしストレッサーが自分にとって「有害である」と判断された場合、「ストレスフル」と認知され、二次的認知評価へと進みます。
二次的認知評価
二次的認知評価では「ストレスフル」である物事に対して、
- 「対処する方法を知っているか」の判断である「結果期待」
- 「対処方法は実現可能かどうか」の判断である「効力期待」
の2つが認知されます。ここで、上記2つとも対処可能と判断されると、ストレスは和らぎます。しかし、どちらかで対処が不可能と判断された場合、ストレスがさらに高まってしまうのです。
デイリーハッスル(日常の苛立ち事)とは?
ラザルスは、ストレッサーとなるものは人生を左右する大事件よりも、日々の生活で感じる小さな出来事への苛立ちだと考えました。
たとえば、
- 通勤電車の混雑
- 仕事や学校での人間関係が上手くいかない
- 仕事でしたミス
など。こうした小さなストレスが積もることでやがて大きなストレスが生まれるのです。ラザルスは、日常の苛立ち事を「デイリーハッスル」と名付け、研究対象として重要視しました。
ストレスコーピング理論のまとめ
ストレスコーピングに至るまでの流れは、
- ストレッサーを認知
- 評価
- 対処(コーピング)
- 結果
です。ラザルスのストレスコーピング理論から、ストレス反応は認知的評価と対処(コーピング)によって決まることが分かるでしょう。
ストレスは、コーピングが可能と分かった段階で減らすことができます。つまり、ストレッサーを避けられない場合でも対処方法を知ることでストレス軽減ができるのです。
3.コーピングには2種類の方法がある
コーピング研究の進展により、最近では、コーピングは2種類に分けられることが提唱されています。
- 問題焦点型:原因を解決することに重点を置く
- 情動焦点型:感情の制御に重点を置く
以下で、このアプローチする対象による2分類それぞれについて、特徴やメリットを詳しく解説しましょう。
①原因の根本解決を試みる「問題焦点型」
「問題焦点型」は、ストレスの原因を根本的に取り除いて、ストレスフルな状況から抜け出せるよう行動することです。ストレスの原因を取り除くためにできる行動には、いくつか方法があります。
たとえば、
- 人間関係や環境を変化させて原因となる物事から遠ざかる
- 問題が起こったときに家族や友人、上司や同僚などの身近な人に相談する
- 自分で調べる
などです。「~してはいけない」「~すべきだ」という思い込みから解放されるよう、自分の考え方を修正することも、問題焦点型コーピングの一手法といえるでしょう。
具体例
たとえば、以下のような方法が問題焦点型コーピングに該当します。
- 人前で話すことが苦手だが、「スキルアップにつながることだから」という考え方に修正する
- 問題の解決方法について調べたり人に聞いたりする
- 仕事で担当内容を変えてもらう
問題焦点型のデメリット
問題焦点型コーピングの注意点は、
- 原因解消のために無理に考えを変えようとするあまり疲れてしまう
- 対処方法が分かっても実行に移せず、そのこと自体がストレスになる
などです。特に、対処方法が分かっているのに実行が難しいという状況は、皆さんも経験があるのではないでしょうか。
加えて、ストレスフルな環境を改善するために周囲の人を巻き込むケースもあります。それがきっかけで人間関係を悪化させてしまうこともあるでしょう。
②感情コントロールを中心にする「情動焦点型」
「情動焦点型」は、感情にアプローチすることを重要視し、辛いと感じる気持ちを変化させたり解消させたりして、ストレスをコントロールします。
たとえば、
- 気分が暗くなるようなことは考えない
- 気晴らしのため好きなことする
など。情動焦点型コーピングを行うには、コーピングスキルと呼ばれる能力が必要です。コーピングスキルを上げると、自分の感情を思い通りにコントロールできるようになります。
具体例
たとえば、次のような方法が情動焦点型コーピングに該当します。
- 仲の良い友人や同僚に辛い気持ちを話してガス抜きする
- マッサージやヨガ、アロマテラピーなどでリラックスする
- 趣味や旅行などで発散
- 頭を悩ませている問題から少し遠ざかり、落ち着く時間をつくる
情動焦点型のデメリット
情動焦点型コーピングは、根本的な解決ではありません。そのため常にストレスと向き合っていかなければならないのです。
気の持ちようで解決するような問題であれば、このデメリットは生じませんが、そうでない場合、いくらコーピングスキルを上げても根本的な解決には至りません
。その場合、問題焦点型コーピングも取り入れながら、環境改善と精神的苦痛の緩和を併せて取り組むことが必要でしょう。
コーピングの分類(『福祉教科書 社会福祉士・精神保健福祉士 完全合格テキスト 共通科目』から引用)
【問題焦点型】コーピング | 【情動焦点型】コーピング |
ストレッサーや、ストレスと感じる環境を改善、変革することで、ストレスに対処しようとする方法 | ストレッサーそのものに対してではなく、それによってもたらされる反応を統制・軽減することで、ストレスに対処しようとする方法 |
ストレッサーへの働きかけ | ストレス反応への働きかけ |
どちらを選べばいい?
問題焦点型と情動焦点型、2つのコーピングはそれぞれアプローチの仕方が異なります。より効果があるのはどちらなのでしょうか。
そもそも、両者は共に問題に対処することを目的としています。そのため、どちらか一方の手法に集中するよりも状況に応じて使い分けたり併用したりしながらコーピングを行うことが最も効果的でしょう。
4.効果的なコーピングの実践方法
効果的なコーピングを行うには、どう実践していけばよいのでしょう。具体例を参考に、コーピングのスキルを上げるための方法を紹介します。
- ストレスに対する気晴らしの方法や対策をリストアップ
- 実際にストレスがかかったときにモニタリング
- ストレスに見合った気晴らしや対策を行う
- 結果的にストレスが減少したかを判断
①ストレスに対する気晴らしの方法や対策をリストアップ
まず、自分が抱えているストレスがどのようなものか考えましょう。何に対してストレスを感じているのかが分かれば、その対策を考えられるからです。
自分が抱えているストレスに見当がついたら、その対策や気晴らしの方法を、思いつくままに書き出してください。数が多いほど効果が上がりやすいので、たとえば100個を目標に、どんどん書き出していきましょう。
自分の中で解決できるようなことであれば発散や気晴らしになるような内容を、環境を変える必要があるような問題であれば周囲にアプローチする内容を考えていくとよいでしょう。
②実際にストレスがかかったときにモニタリング
ストレス反応を自覚したとき、自分が何を感じたかモニタリングします。ストレスを感じて「頭痛がした」「手が震えた」など、どのように体が反応したか、またどのくらいの強さで感じたか、冷静に考えましょう。
ストレスを感じると、いら立ちや悲しみで頭がいっぱいになりがちです。しかしそこで自分が何を感じているかを客観的に把握するよう意識すると、コーピングスキルの向上につながります。
③ストレスに見合った気晴らしや対策を行う
モニタリングを通して自分が感じているストレスの正体が分かってきたら、次はそのストレスを本格的に対処する方法を考えましょう。
たとえば精神的な辛さを強く感じた場合、旅行や映画など自分の好きなことをしたり友人とみんなで楽しく食事をしたりと、気分を盛り上げることが効果的です。
また、反対に頭痛や吐き気などストレスが体調に作用することが多い場合は、アロマテラピーやゆったりとした音楽を聴くなどで、体をリラックスさせるのが効果的です。
④結果的にストレスが減少したかを判断
モニタリングと対処法を試した後、ストレスがどのくらい緩和されたかを確認します。ストレスがかなり減っているようなら、その対処法に効果があったということになります。
ストレスがまだ残っていると感じたら、試している対処法を続けたり、別の方法を試したりしましょう。
このように、
- 自分のストレスの本質を知る(モニタリング)
- 「対処方法を考え、実行する
- ストレスの減少を確認する
というサイクルを意識的に繰り返して、コーピングスキルを徐々に上げることをイメージしてください。
「うつ」にコーピングは効く?
うつ病にコーピングは有効なのでしょうか。その答えのヒントとなる事例があります。
芥川賞作家の荻野アンナさんは、両親の介護や自身のプライベートな悩みなどのあらゆるストレスによって、うつ病を発症していました。
しかし、カウンセリングを通して複数の方法でストレスコーピングを行った結果、うつ病の症状が緩和したのです。
そもそも、ストレスコーピングは、次の4つのタイプに分かれます。
- 積極行動型:問題解決に取り組む=問題焦点型
- 気晴らし型:ストレス発散を重視=情動焦点型
- 否認型:ストレスと向き合わず、なかったことにする
- 回避型:ストレッサーを物理的に避ける
人間は、ストレスを感じると、無意識にこの4つのタイプを組み合わせてストレスを回避します。組み合わせ方は人によって癖があり、組み合わせが偏る人ほど、うつ病などの精神疾患にかかりやすくなると、最近の研究で明らかになっているそうなのです。
荻野さんは、ストレス回避の行動が「1.積極行動型」に偏っていたため、カウンセリングでは1つの方法に偏らず4つをバランスよく組み合わせてストレスを緩和する方法を試したといいます。
5.ストレスコーピングテストとその実施の意義
新卒や中途採用の際、その人物がどのくらいストレスに耐性があるかを知るストレスコーピングのテストを実施する企業が増えています。
- ストレスへの耐性
- ストレスに対処するための資質
を診断することで、仕事でさまざまなストレスに遭遇した際に対処できるかを判断するのです。またテストにより、仕事や職場にうまく順応できずストレスを溜め込み早期退職、というケースを減らせると考えられています。
会社は、従業員の心の健康管理が必要です。従業員にストレスコーピングテストを実施することで、従業員一人ひとりが自分のストレス耐性を知り、ストレスをセルフコントロールするきっかけをつくることができるでしょう。
従業員のメンタルのフォローをする意味でもストレスコーピングのテストは役立つのです。