インターネットや書籍、雑誌などで目にすることが多くなったクラッシャー上司とは、部下をつぶして出世する上司のことで、パワハラなどの社会問題と関連して話題を集めています。
ここではクラッシャー上司の特徴やクラッシャー上司が引き起こす問題と事例、企業としてとるべき対応やターゲットとなってしまった場合の対策などについて解説します。
目次
1.クラッシャー上司とは?
クラッシャー上司とは、厳しい言動や命令を繰り返して部下を責め立て、休職や退職に追い込んでしまう上司のこと。
筑波大学医学医療系産業精神医学・宇宙医学グループ教授の松崎一葉氏が著書『クラッシャー上司 平気で部下を追い詰める人たち』の中で提唱・分析した存在です。
パワーハラスメントで問題視される上司との違いは、組織内では優秀で仕事ができると評価されていることが多い点。企業ではこのような存在を必要悪として黙認する傾向にあります。そのため本人は自分の行いを正当化し、事態を悪化させてしまうのです。
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言葉の意味
最初にクラッシャー上司という言葉の意味を分析して解説しましょう。
クラッシャーの意味
クラッシャー(crusher)は、石などを砕く機械のこと。硬いものでも砕いてしまうもの、存在という意味合いで使われます。
上司の意味
上司とはご存じの通り、自分より役職が上の人のこと。部下を持つ上司はマネジメント職にあり、部下を教育・指導することも職務の一つです。
2.クラッシャー上司が話題になった背景
多くの日本企業では、新卒を一括で採用し、年功序列による出世の方法を採用してきました。
こうした企業では会社という組織に新人を迎え入れるという形になるので、スキルや仕事上の能力よりも部署や課といった組織にいかになじめるか、その人間性や社風に合うかなどが重視されます。それにより、曖昧な基準での人材採用が多くなるのです。
そのため「部下として使いやすい人」が好んで採用され、上下関係が際立ち、パワハラが増加するという構造が多くありました。このような中にクラッシャー上司と呼ばれる人材が存在すると明らかになり、話題となったのです。
3.クラッシャー上司の特徴、実態
続いてクラッシャー上司にはどのような特徴があるのか、その実態を見ていきましょう。
- 「ほめる」ことができない
- 同調圧力
- メタ認知がない
- 自分は正しいと思っている
- 承認欲求が強い
- 自己防衛が強い
①「ほめる」ことができない
クラッシャー上司の特徴の一つに、マイナスに対する指摘は多いがほめることができないというものがあります。多くの人は仕事で評価されたいという承認欲求を持っており、それが満たされることで仕事へのモチベーションが高まるのです。
上司として部下を上手にほめ、モチベーションを上げることは重要な職務の一つ。ほめることは、部下の「認められてうれしい」という気持ちに共感して応えることと同義です。
クラッシャー上司に欠けているのは、部下の立場になってその気持ちを想像して共感する力だといえるでしょう。
②同調圧力
相手に同調圧力を押し付け、反論の余地を与えないのもクラッシャー上司の特徴です。日本企業では集団主義、一家主義的な傾向が強く、一致団結という言葉が好意的に使われるシチュエーションがよく見られます。
団結は悪いことではありません。しかし団結を目的にしてしまうのはビジネスにて本末転倒といえるでしょう。さらに上司が「こうだ」といえば部下は従うしかない、反論しづらいといったデメリットが生まれることも考えられます。
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③メタ認知がない
メタ認知とは、自分の言動を客観的に見ることで、それを行う能力のこと。これは自分を含めた全体を俯瞰することで、次に何が起こるか推測するシミュレーション能力にも活用できます。
クラッシャー上司とされる人々はメタ認知がないため、自分の思考や行動を客観的に把握したり、認識したりできないことが多いとされているのです。
またメタ認知がないと共感力がないため、無責任な言動に傾きやすくなります。クラッシャー上司の無責任な叱責は、メタ認知がないことに起因しているとの考え方もあるほどです。
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④自分は正しいと思っている
クラッシャー上司は会社内で仕事ができると認識されている場合が多いため、マネジメント能力にも自信があり、「自分の言動は相手を育てるために正しいこと」と考えてしまいがちです。
部下との相性や価値観が近ければ問題ないのですが、特定の部下に自分のやり方が合わなくても聞く耳を持たず「間違っている」と認めません。
このようなケースだと、部下は大きな精神的ストレスを背負ってしまいます。また、自分のミスを指摘されることを嫌い、そのようなことが起こると怒ったり部下にミスをなすりつけたりすることも少なくありません。
⑤承認欲求が強い
クラッシャー上司の根底には「何に対しても認められたい」という承認欲求の強さがあります。
自分が賞賛されたい、承認されたいという欲求があまりに強すぎるため、仕事にすべてを注ぎ込んでしまう傾向にあるとされています。つまり、ビジネス以外の趣味や教養、楽しみもないため、そこで得られる要素をすべて仕事に求めてしまうのです。
また、クラッシャー上司の承認欲求レベルを超えたイノベーションを達成しようとする部下のビジョンに共感できないため、「現実を知らない」などと貴重な人材をつぶしてしまう場合も考えられるでしょう。
⑥自己防衛が強い
自己防衛が強いこともクラッシャー上司の特徴です。自分を守ることに必死なので、部下のささいな失敗に対しても過剰に反応し、必要以上に責めてしまいます。さらに、失敗の後始末を部下本人にやらせず、別の部下やクラッシャー上司自身で行ってしまうのです。
このようなことが起こると、部下は成長の機会を失うだけではなく「自分は会社から必要とされていないのでは」「会社のお荷物なのでは」と感じ、自信を喪失してしまうでしょう。
4.クラッシャー上司が引き起こした問題、事例
次に、実際クラッシャー上司によって引き起こされた事例を見ていきましょう。
暴言と罵倒
都内の会社に勤める30代の男性は、クラッシャー上司から大量の仕事を押し付けられ、うまくいかないと暴言を吐かれるという生活を繰り返してきました。
男性は次第に上司と会話したり顔を合わせたりすることが苦痛になり、やがて同僚の前で罵倒されたことをきっかけに鬱病寸前に。
動悸や体のこわばりなど身体的な症状もあり、メンタルクリニックを受診して精神安定剤や睡眠薬を使いながらなんとか仕事を続けていますが、以前のようなやる気は失ってしまったそうです。
休みなく改善を促す
学生時代は応援団に所属しており、明朗快活で能力も高い体育会系の入社3年目の男性は、明るい性格と「高いハードルがあるほど燃える」気質で、難攻不落な取引先でも成果を出していました。
ところがクラッシャー上司は彼の業績に対してほめる言葉もないまま、ダメ出しのみを続けたといいます。結果、明るい性格だった男性から精気がなくなり、周りともコミュニケーションもとらず仕事上のミスも目立つように。
上司に対する不信感と自身の喪失からメンタル崩壊寸前となり、辞職することになりました。
5.クラッシャー上司への対応、対策、対処法
このようなクラッシャー上司が企業にいる場合、どのような対応、対策をすればいいのでしょうか。
企業側の対応、対策、対処法
まずは企業側が行うべき対応や対策、対処法について解説します。
上司と部下の関係を健全なものに
上司は部下の失敗を責め立てる立場にはないということを、会社として明確に提示します。
部下に裁量を与えつつも放任はせず、後ろから見守り、危うくなったときは一緒に考えサポートをするなどといった、時代に合った教育方法を研修などを通してマネジメント層に伝授し、実践させるのです。
これらを通じて企業としての新しい考え方を浸透できます。また、その上で部下の育成結果が上司の評価に加味されるなどの評価体制を取るとよいでしょう。
会社の風土を見直す
クラッシャー上司は日本の古い企業体質を土壌にして生まれたものだと述べました。このような風土では、パワハラなどクラッシャー上司の言動に誰も疑問を持たないといった環境が出来上がってしまっていることも少なくありません。
一人のクラッシャー上司の言動を是正しても、また次のクラッシャー上司が生まれてしまいます。コンプライアンスを徹底させ、それがただのお題目にならないよう現場との乖離をなくすことが重要でしょう。
相談窓口を設ける
クラッシャー上司によるパワハラは、表面化しにくいという特徴を持ちます。クラッシャー上司の存在を明らかにするには、部下が自分の受けた被害を訴える場所、相談窓口を設けることが必要不可欠です。
ここで、クラッシャー上司本人に「部下が相談窓口を利用している」ことが気付かれたり、企業が対策を取る前に事実が伝わってしまったりすると、さらに状況悪化もしくはパワハラが表沙汰にならないよううまく振る舞う上司が登場してしまうでしょう。
クラッシャー上司本人には気付かれないように相談できることが重要なポイントです。
部下、従業員の対応、対策、対処法
続いて、クラッシャー上司に当たってしまった当事者の部下や、その周囲がとるべき対応・対策について解説します。
周囲のケア
クラッシャー上司は企業から評価されていることが多いため、標的とされた部下が一人で立ち向かうのは困難です。そのため、被害者に対する周囲のケアが重要になります。
具体的には、下記の通りです。
- ターゲットとされた人を一人にしない
- 周囲が団結してケアし、つぶれないよう守る
- 必要に応じてクラッシャー上司の言動に歯止めをかける
また、周囲の人が被害者をほめたり話を聞いたりとサポートすることで鬱などの病気を防ぐことができるでしょう。
一人で抱え込まない
真面目で一人で問題を抱え込みやすい人ほど、クラッシャー上司に攻撃を受けやすい傾向があります。
思考が乱れて「自分はダメだ」「会社にいらない人間だ」などといった自己否定に陥る前に、同僚や人事部、社内もしくは公的機関の相談窓口に話をして、冷静さを取り戻しましょう。
また、クラッシャー上司から叱責を受けても必要以上に自分を否定しない、そこまで言われる筋合いはない、など自分で線引きし、俯瞰して状況を分析できるよう努めるのもひとつの手です。