国内のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を加速させるため、経済産業省から『DXレポート』が公表されています。
経営者やビジネスパーソンならば一度目を通したいレポートですが、累計100ページを超えており、全部は読めていないという方も多いのではないでしょうか。
この記事では、「重要なポイントをかいつまんで知りたい」という方のために、『DXレポート』『DXレポート2』『DXレポート2.1』の概要とポイントをわかりやすくまとめました。
専門用語の解説とともに、各見出しにはレポート本文のページ数も表記していますので本文の参照にもお役立てください。
目次
1.DXレポートとは?
近年、デジタル技術による業務やビジネスの変革を意味する「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が注目されています。
経済産業省が設置した「デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会」では、国内におけるDXの推進を目的として、レポート・ガイドライン・指標などの公表を行っています。2021年12月現在、公表されているDXレポートは次の3つです。
- 『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』(2018年9月)
- 『DXレポート2(中間取りまとめ)』(2020年12月)
- 『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』(2021年8月)
日本におけるDXの現状や課題認識、今後の方向性や対応策が示されています。
2.【最新】DXレポート2.1の概要とポイント
DXレポート2.1の概要
『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』は、『DXレポート2(中間取りまとめ)』の補足として、2021年8月に公表されました。
『DXレポート2』で明らかにできなかった、デジタル産業・デジタル企業の姿、既存企業がデジタル企業へ変革していくための方向性について示しています。
DXレポート2.1で提起された課題
ユーザー企業とベンダー企業の相互依存関係(低位安定)
低位安定とは、現在のユーザー企業とベンダー企業との危機的な関係を言い表したことばです。ユーザー企業では「コスト削減」、ベンダー企業では「低リスク・長期安定のビジネス」を実現しているにもかかわらず、このままでは両者ともデジタル時代に必要な力を獲得できません。
それぞれ、次のような問題点が指摘されています。
ユーザー企業
- ベンダー企業に丸投げしているためIT対応能力が育たない
- IT対応能力不足のためシステムがブラックボックス化する
- 経営のアジリティ(機敏性)低下により、迅速に価値提供ができない
ベンダー企業
- 利益水準が低く、さらに多重下請け構造になっている
- 売上を多くするには労働量を増やす必要があり、生産性を向上させると売上が下がる
- 効率化ができず技術開発投資が困難となり、新たな能力が獲得できない
【おさらい】ユーザー企業とベンダー企業の問題点
『DXレポート2』では、企業がラン・ザ・ビジネスからバリューアップへと移行し、アジャイル開発などによって事業環境を変化させれば、究極的にはユーザー企業とベンダー企業の垣根はなくなると言及されていました。一方で、その実現を阻んでいる問題点が多くあります。
『DXレポート』と『DXレポート2』で指摘されている主な問題点は次の4つです。
- 問題点①
- ユーザー企業がベンダー企業に要件定義から丸投げの状態になってしまっているため、ユーザー企業内のDX人材が育たない
- 問題点②
- ブラックボックス化した状態でベンダー企業に丸投げすると、やりなおしが多く発生し費用の肥大化や納期遅延が生じる
- 問題点③
- 開発費用が労働量に対する対価となっているため、ベンダー企業が生産性を向上すると稼働が減り売上が下がってしまう
- 問題点④
- 多重下請構造となっており、ベンダー企業がエンジニアの不足稼働分を下請企業に発注するとより安価な発注となってしまう
- ユーザー企業:消費者に対する事業を展開している会社
- ベンダー企業:ソフトウェアを提供する企業
- ラン・ザ・ビジネス:現行ビジネスの維持・運営
- バリューアップ:新たな付加価値を生み出すこと
- アジャイル開発:開発期間を小単位に区切って実装とテストを繰り返し開発を進め方法。従来の開発手法に比べて開発期間が短い
デジタル産業を目指す企業の3つのジレンマ
『DXレポート2.1』では、デジタル産業への変革を難しくしているジレンマが3つあると指摘されました。(①・②はユーザー企業・ベンダー企業両方、③はベンダー企業のみ)
①危機感のジレンマ
現在の業績が好調だと変革への危機感を持たない。危機感が高まったときはすでに業績が低下しており、変革できる投資体力は残っていない。
②人材育成のジレンマ
常に新しい技術が開発され、最新技術を時間をかけて学んでも習得するころには陳腐化してしまう。そのスピードに対応できる優秀な人材は引き抜かれてしまう。
③ビジネスのジレンマ(ベンダー企業)
現在のベンダー企業は受託型ビジネスを主力にしている。そのため、ユーザー企業のDXを伴走支援するとシステム開発の内製化を促すこととなり、将来的にベンダー企業の売上は減少する
DXレポート2.1でおさえるべきポイント
社会全体でデジタル化が進む中、企業にもデータとデジタル技術を駆使して新たな価値を産み出すことが求められています。デジタル社会の実現に必要となるのがデジタル産業です。
『DXレポート2.1』では、デジタル産業について
- デジタル社会とデジタル産業の目指すべき姿
- デジタル産業と既存産業の比較
- デジタル産業の構造と企業類型
という3つの観点から説明されています。このポイントをおさえておきましょう。
デジタル社会とデジタル産業の目指すべき姿
『DXレポート2.1』では、デジタル社会とデジタル産業の目指すべき姿について定義されています。わかりやすくまとめました。
デジタル社会の姿
- デジタル技術によってスピーディーに社会課題が解決され、新たな顧客体験が提供されるグローバルでも活躍できる競争力の高い企業が生まれ、世界の持続的発展に貢献できる資本の大小や、都市・地方などの場所にかかわらず価値創出ができる
デジタル産業の姿
- 課題解決や新たな価値・顧客体験をサービスとして提供する
- さまざまなデータを活用して社会や個人の課題を発見し、リアルタイムに価値提供をするインターネットを利用し、サービスを世界規模で拡大する他社や顧客とつながったクラウドなどの相互ネットワークで価値提供し、サービスをアップデートし続ける
- データとデジタル技術を活用し、まったく新しいビジネスモデルを実現する(マルチサイドプラットフォームなど)
デジタル産業と既存産業の比較
デジタル産業は既存産業とどのような点が違うのかについて、16項目での比較表が紹介されています。おさえておきたい特徴的な9項目を抜粋してご紹介します。
デジタル産業 | 既存の産業 (例:ITベンダ産業) |
|
顧客 | 消費者・個人 | 発注者 |
チャネル | オンライン/デジタルサービス | オフライン |
キーアクティビティ | 課題解決・顧客体験の向上 | 要件の実現 |
スピード | リアルタイム | バッチ |
何を提供するか | 価値 | 労働力 |
産業構造 | ネットワーク型 | ピラミッド型 |
選定基準 | ビジョン共感 | 調達コスト・労働分配 |
参入要件 | 尖った強み | 何にでも対応できる |
コンピューティング基盤 | クラウド | オンプレミス |
※『DXレポート2.1』図3-2、3-3、3-4から抜粋
デジタル産業の構造と企業類型
これは、既存産業とデジタル産業の業界構造の違いを表した図です。
既存産業は多重下請け型のピラミッドであるのに対し、デジタル産業は固定的ではないネットワーク型となるのが特徴です。
3.DXレポート(初版)の解説
概要
『DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~』は、2018年9月に公表されました。
各企業のDX推進においてブラックボックス化した「レガシーシステム」が足枷になっていると指摘してます。また、放置した場合には維持・保守コストが増大し、システムを維持できる人材が枯渇する「2025年の崖」について問題提起しました。
DXレポートで提起された課題
レガシーシステム
レガシーシステムとは
レガシーシステムとは、ブラックボックス化している既存システムのことです。レガシー化とは「ユーザ企業において、自社システムの中身が不可視になり、自分の手で修正できない状況に陥ったこと」。技術面の老朽化、システムの肥大化・複雑化などによって維持・運用にコストがかかり、DXの足かせとなっています。
レガシーシステム問題の背景
日本企業の約8割がこのレガシーシステムを抱えていると見られていますが、その背景にはシステム活用を各事業部で個別最適化してきたことがあります。
また、システム開発はベンダー企業に頼る受託開発が主なため、ユーザー企業にノウハウが蓄積しにくいのです。さらに、システム開発を行ってきた人材が定年退職をしノウハウが共有されないまま消失してしまうことも原因となっています。
レガシーシステムの問題点
- システムがブラックボックス化してしまう
- システムのメンテナンスが肥大化・複雑化し「技術的負債」となる
- システムマネジメントが不十分だと、新しいシステムを取り入れてもまたレガシー化する
- システムが機能している限り放置されやすい
- IT関連費用の8割が保守・運用に使われ、バリューアップのために使えない
【DXの重要課題】レガシーシステムとは? 意味、問題点、脱却の方法を解説
近年のデジタル競争や新型コロナウイルスの蔓延を背景に、企業や行政におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目を集めています。
またその過程で、一般的に認知があまりなかったレガシーシステムとい...
2025年の崖
『DXレポート』では、ブラックボックス化したレガシーシステムが残存した場合、2025年までに予想される経済損失は最大12兆円/年(現在の約3倍)にのぼる可能性があると指摘されています。そのことを「2025年の崖」と呼んでいます。
ユーザ企業は、DXを実現できずデジタル競争の敗者となり、多くの技術的負債を抱え、業務基盤そのものの維持・継承が難しくなるでしょう。
また、ベンダー企業は既存システムの運用・保守にリソースを割かざるを得ず、成長領域であるクラウドのサービス開発ができません。レガシーシステムサポートを継続するしかなく、多重下請構造から脱却できないのです。
2025年の崖とは? 課題、問題となる背景、対策、企業がやるべきことについて
「2025年の崖」とは、経済産業省が2018年のDXレポートで指摘した課題のことです。今回は2025年の崖について解説します。
1.2025年の崖とは?
2025年の崖とは、2018年経済産業省が、...
企業が取るべき対策
企業が取るべき対策について、『DXレポート』で示されていることをまとめました。
ITシステムの刷新
- システム刷新後のゴールイメージの共有
- 刷新したシステムが再レガシー化しないよう、経営者、事業部門、情シス部門などと認識を共有しておく
- 廃棄することの重要性
- 情報資産の現状を分析・評価し、利用されていないシステムは廃棄する
- 刷新におけるマイクロサービス等の活用
- 頻繁に更新する必要がある機能はマイクロサービス化によって細分化し、アジャイル開発で段階的に刷新する
- 協調領域における共通プラットフォームの構築
- 企業の競争力に関わらない「協調領域」は、業界や課題ごとに共通のプラットフォームを構築する
DX人材の育成・確保
DXを実行できる人材の育成と確保は、企業にとって最重要事項といえます。ユーザ企業、ベンダー企業それぞれにおいて、求められる人材スキルを整理し、必要な対応策を講じていくことが必要です。
各企業の対応策については、
- アジャイル開発の実践
- IT技術者のスキル標準や情報処理技術者試験の活用
- 産学連携
を必要とし、ユーザー企業とベンダー企業それぞれでどのような人材が求められるかについても明文化しています。
DX人材とは? 求められる8つの職種とスキル、人材育成の要点
経済産業省による後押しが実施されるなど、国を挙げて進められているDX(デジタルトランスフォーメーション)。デジタル競争の激化や新型コロナウイルスなどの影響もあり、推進に力を入れる企業が増えています。
...
4.DXレポート2の解説
概要
『DXレポート2(中間取りまとめ)』は、2020年12月に公表されました。
コロナ禍によって浮き彫りになったDXの本質や企業・政府の取るべきアクションについての中間報告書となっています。
迅速な環境変化への対応や、企業文化を変革していくことがDXの本質的な課題だと提起し、企業の対応について具体的に提示しています。
DXレポート2で提起された課題
DXの推進状況
『DXレポート2』では、約95%の企業はDXにまったく取り組んでいない、もしくは一部部門での実施に留まっているという現状が明らかになりました。
- 経営の観点:多くの経営層がガバナンスやDX人材の育成・確保について危機感を持っていない
- ITの観点:システム構築が経営のスピードに対応できておらず、事業部門のオーナーシップに課題がある
という点を指摘しています。
コロナ禍で明らかになったDXの本質
コロナ禍では、テレワークへの移行が促されました。その中でテレワークを阻害する要因として、
- 同僚・取引先とのコミュニケーション
- 書類や伝票類を取り扱う業務(捺印、決済、発送、受領等)
- リモートアクセスできない社内システム
などの問題が表出し、変化に対応できた企業とできなかった企業でDXの進捗に差が開いています。
一方で、Amazonやファーストリテイリングは売上高を増加させ、迅速に変革し続ける企業こそがデジタル企業として競争優位を獲得できることがはっきりとしました。
コロナ禍でビジネスを変革できない企業はデジタル競争を勝ち抜けず、今後競争力を維持できなくなってしまうと忠告しています。
企業が取るべき対策
直ちに取り組むべきアクション
コロナ禍において企業は、市販製品・サービスを活用して迅速に対応すべきだと示されています。SaaSなどツールの導入はDX推進へのファーストステップとなるでしょう。
特に次の4つのカテゴリについては、ポストコロナ後の事業継続にも有効なツールとしています。
- 業務環境のオンライン化(リモートワーク対応など)
- 業務プロセスのデジタル化(紙類の電子化、SaaSやRPAの活用など)
- 従業員の安全・健康管理のデジタル化(活動量計、パルス調査ツールの活用など)
- 顧客接点のデジタル化(ECサイト、チャットボットの活用など)
短期的対応
DXの推進に向けた短期的な対応については、下記の項目が紹介されました。
- 体制の整備
- 関係者間の共通理解の形成
- CIO/CDXOの役割・権限の明確化
- 遠隔でのコラボレーション(リモートワーク)ができるインフラの整備
- DX戦略の策定
- 業務プロセスの再設計
- DX推進状況の把握
DX推進に向けた中長期的対応
DXの推進に向けた中長期的な対応については、下記の項目が紹介されました。
- 協調領域におけるデジタルプラットフォームの形成
- 産業変革のさらなる加速
- アジャイル開発などによる変化対応力の高いITシステムの構築
- ベンダー企業の事業変革
- DX人材の確保
- ジョブ型人事制度の拡大
- 人材確保のための環境づくり
5.一緒にチェック! DXレポートの関連資料
『DXレポート』のほかにも、経済産業省からさまざまなDXに関する資料が公表されています。ぜひ合わせてチェックしてみてください。
DX推進ガイドライン
経済産業省のDX推進ガイドラインとは?【わかりやすく解説】
経済産業省から、『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン』 (DX推進ガイドライン)が公表されています。
『DX推進ガイドライン』は、
DX実現において重要なポイントが11個に...
「DX推進指標」とそのガイダンス
参考
「DX 推進指標」とそのガイダンス経済産業省
DX推進指標とは? 【わかりやすく解説】活用のメリットとステップ
経済産業省は2018年からDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を提唱しています。しかし「DXを推進したい」と考えてはいても、着手すべき取り組み方やアクションがわからないという企業は少なくあり...
対話に向けた検討ポイント集
第1章 デジタルトランスフォーメーションの河を渡る~DX推進指標診断後のアプローチ~
参考
デジタルトランスフォーメーションの河を渡る~DX推進指標診断後のアプローチ~経済産業省
第2章 デジタルエンタープライズとデータ活用
参考
第2章 デジタルエンタープライズとデータ活用経済産業省
第3章 デジタルトランスフォーメーションにおけるITシステム企画
参考
第3章 デジタルトランスフォーメーションにおけるITシステム企画経済産業省