複線型人事制度とは、従業員が選択可能な複数のキャリアコースを用意する人事管理制度のこと。メリットとデメリット、導入のポイントなどを解説します。
目次
1.複線型人事制度とは?
複線型人事制度とは、複数のキャリアコースを並立させた多元的な人事管理システムのこと。
総合職と一般職、全国社員と地域限定社員といったような区分を定め、それぞれのコースごとに採用、昇進や昇格、賃金、教育研修などを管理します。従業員自らがキャリアコースを選択できるため成長の幅が広がり、自律的なキャリア形成を後押しできるのです。
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2.複線型人事制度と単線型人事制度の比較
複線型人事制度と単線型人事制度の違いは、その企業で自分の求めるキャリアの方向性を選択できるかどうか。
単線型人事制度とは、昇進や昇格などのコースがひとつしかない、つまり単線的なキャリアパスを設ける人事制度のこと。キャリアコースが並立して存在する複数型とは対照的な人事制度だといえます。
複線型人事制度の登場で、従業員は選択できるキャリアの幅が大きく広がりました。たとえば専門性の高い職種や職務では、昇進よりもスキルアップを望む従業員も存在します。
そこで昇進や昇格以外のキャリアパスを設けておくと、従業員満足度の向上も期待できるうえ、従業員が習得した新たなスキルを事業に活用できるのです。
3.複線型人事制度における3つのコース
キャリア形成において軸となる考え方は3つあり、多くの複線型人事制度ではそれらを取り入れた以下のコースを設定しています。それぞれのコースについてご紹介しましょう。
- キャリア志向
- 適性
- 職種
①キャリア志向
従業員が自身の望む働き方を選択できるコースです。
たとえば職務や勤務地を問わず幹部層を目指す総合職、職務や勤務地が限定される一般職、特定の専門性を追求する専能職などのコースが挙げられます。
同じ企業に勤めていても、キャリアに対する考え方は従業員によって異なるもの。キャリア志向に合わせたコースを設定すると、従業員は自身が希望するキャリアパスを選択でき、モチベーションアップにつながります。
②適性
従業員が自身の能力や業務に対する適性によってキャリアを選べるコースです。
マネジメントを主な職務とする管理職、特定の分野の職務を専門的に担う専門職、特定の分野の知識や技術を現場で運用する専任職などが挙げられます。
適性は、職務に就いてみなければわかりません。適性に合わせたコースを設定しておくと、従業員の特性やスキルを発揮しやすい環境を構築できます。
③職種
営業や人事、経理や法務、マーケティングといった職務内容ごとにキャリアパスを用意するコースです。ひとつの職種や業務に特化した人材を育成できます。
ただし職務のキャリアコースを設定した場合、特定の職種に関するスペシャリストを育成できる一方、キャリア転換が難しくなるのが難点です。キャリア転換はゼネラリストの育成にもつながるので、コース内でのキャリア転換を認めている企業も見られます。
4.複線型人事制度のメリット
複線型人事制度の導入は、企業側と従業員側の双方にメリットをもたらします。ここでは3つのメリットについてご紹介しましょう。
- 従業員のモチベーションが向上しやすい
- 技術や知識を蓄積できる
- ライフスタイルに合わせたキャリア選択ができる
①従業員のモチベーションが向上しやすい
キャリアコースを複数用意すると、各従業員の希望を反映したキャリア選択が可能となり、仕事に対するモチベーションを高められるのです。
仕事に対するモチベーションの高まりは、さまざまなメリットを生みます。たとえば業務効率や生産性の向上、従業員エンゲージメントの向上、さらに離職防止などの効果も期待できるでしょう。
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②技術や知識を蓄積できる
適正や職種に応じたキャリアコースを設けると、各コースでキャリアを積んだ従業員は、高い技術や知識を蓄積できます。従業員のスキルアップは業務の質向上や効率化などにつながり、さらなるキャリアアップを可能とするでしょう。
企業は社内に蓄積されたこれらスキルやノウハウを事業に活用すれば、市場開拓や利益増大などを実現できます。
③ライフスタイルに合わせたキャリア選択ができる
従業員が自身のライフスタイルに合わせたキャリア選択が可能になり、組織力の強化、エンゲージメントや定着率の向上など、さまざまな効果が期待できます。
たとえば家族や介護などの事情でほかの地方へ転勤できないなど、事情を抱える従業員も少なくありません。総合職コースと一般職コースのように、複数の職務内容や勤務地を選択できるようコースを整備すれば、どの従業員も公平にキャリアを積めるでしょう。
5.複線型人事制度のデメリット
複線型人事制度にはデメリットも存在します。たとえば導入時にコストがかかる点や、評価の方法や基準が複雑になる点など。複線型人事制度のデメリットについて解説します。
- 導入時にコストがかかる
- 評価の方法や基準が複雑になる
①導入時にコストがかかる
複数のコースを設置し、それぞれにおいて昇給システムや給与体系、業務プロセスや評価システムなどを構築しなければならないため、これらの整備に一定の時間と費用(人事システムの拡張にかかる費用や整備に携わる人件費)がかかります。
また単線型人事制度よりも昇給の機会が増えるため、この点でも人件費の増大が懸念されます。
②評価の方法や基準が複雑になる
複数のコースを設けるため、人事評価や評価基準が複雑化する可能性があります。とくに職種でコースをわける場合、各職種に応じた評価制度を構築しなければなりません。
制度が複雑化すると評価業務も煩雑になりやすく、評価の公平性や納得性が失われる恐れもあります。評価に不満を持った従業員はモチベーションが低下し、離職のリスクが高まってしまうのです。
評価の公平性や納得性を維持するには、標準となる基本評価項目を定めて標準化する必要があります。
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6.複線型人事制度の導入ポイントとステップ
複線型人事制度の導入では、運用中の単線型人事制度から切り替える、あるいは新規に導入するケースが考えられます。いずれにしても、複線型人事制度を導入する際は3つのステップが必要です。ここでは導入のポイントとして、この3ステップを解説します。
自社にとってどのようなポジションが必要になるのかを定義し、そのポジションごとにキャリアコースを設定します。ポジションとは部署や役職、職位や役割などのこと。まずは中長期の事業計画をもとに、各事業領域で求める人材とその役割を明らかにします。
各事業領域で要する人材を整理したら、それらを実現するため必要なポジションを定義し、各ポジションに求める専門性、スキル、能力などの項目をまとめて各キャリアコースを設定するという流れです。
キャリアコースは全従業員の成長、ひいては自社の成長性へ影響するため、ポジションの項目をまとめる際は、従業員の意見も取り入れましょう。
キャリアコースごとに役割や目標、能力要件などを割り当て、給与や昇給などの報酬を決定。キャリアコースによって求められる能力やスキルが変わるため、評価項目もコースごとに設計します。場合によっては新たな評価項目の追加も必要になるでしょう。
コースによって最適な評価制度が異なるため、従来の人事制度では評価が難しいかもしれません。たとえば間接部門に該当する職種に業績評価を取り入れると、適正な評価ができなくなる恐れもあります。
公平かつ納得性の高い評価制度を構築するため、コースごとに能力評価や行動評価、業績評価など使いわけるのも有効です。
従業員のコース配置は、キャリアコースに対する本人の意思や希望も考慮したうえで決定しましょう。いくら審査基準を満たしていても、本人の意に沿わない配置を強行すると、従業員の不満や不信を招きかねません。
7.複線型人事制度の導入事例
複線型人事制度は比較的新しい制度のため、すでに導入している企業や自治体も見られます。ここでは大手企業の事例としてりそな銀行を、自治体の事例として埼玉県春日部をご紹介しましょう。
一般企業:株式会社りそな銀行
りそな銀行は、2021年4月に13年ぶりとなる人事制度の刷新を実施し、複線型人事を導入。狙いは、ダイバーシティマネジメントの促進や分野別のプロ人材育成を行うことです。
これまでの人事制度では、
- 個人ソリューション系
- 法人ソリューション系
- カスタマーサービス系
- 企画スタッフ系
4つのキャリアフィールドを設置しており、従業員はこれらのうちいずれかを選択せざるを得ませんでした。
そこで新しい人事制度では19のコースを設置。デジタル人材や企業法務人材、監査人材など専門性の高いコースも設け、希望コースの随時変更も可能としました。
従業員はキャリア選択の幅が大きく広がり、企業側はスペシャリスト人材を確保できるようになったのです。また高齢な従業員のキャリア形成も支援。60歳の定年制を廃止し、65歳までに退職時期を選択できるようになりました。
自治体:埼玉県春日部市
地方自治体では年功序列や総合職のようなジョブローテーションが根づいている傾向にあり、単線型人事制度によるスペシャリスト不足問題が見られます。
春日部市もその例に漏れず、5年程度で部署異動が行われていました。しかし経験豊富なベテラン職員の異動や退職のたび、現場で混乱が生じていたのです。
そこで春日部市は複線型人事制度を導入し、10年を目安に同職務へ携われる専任職のキャリアコースを設置。専任職は福祉部門やIT部門、税部門や法制部門などにわかれています。目的は各部門のスペシャリストを育成し、技術や知識の継承を促進することです。