新入社員は、新環境での理想と現実のギャップを克服するために「イニシエーション」を乗り越える必要があります。企業におけるイニシエーションの意味や種類、内容について解説しましょう。
目次
1.イニシエーションとは?
イニシエーションは新しく所属する集団に受け入れられたり、集団に適応したりするための方法や手続きのこと。多くの場合、加入する本人の努力と受け入れる側の関与が必須要素です。
イニシエーションの意味
イニシエーションとは、通過儀礼のこと。人を今の状態から新しい状態に変化させるために課す儀礼を指します。もともと宗教的な意味を持つ言葉でした。しかし最近、ビジネス分野でも注目されて人材育成などに用いられています。
ビジネスでは、「新しいビジネス環境の一員になるときに起こる困難」「それを乗り越える」ことがイニシエーションとなります。たとえば就職や転職、異動などです。
イニシエーションは分野によって意味が異なる
イニシエーションという言葉は多くの分野で使われており、それぞれ意味が異なります。宗教におけるイニシエーションは信徒になる際の儀式や儀礼、医療では発がん過程の初期ステップの意です。
心理分野では、失恋など心理的ショックや痛みを通じて精神的な成熟に向かうさまを意味します。いずれも大きな状態変化が共通していて、適応する際の痛みや負担をともなう場合が多いでしょう。
ビジネス用語としてのイニシエーション
ビジネス分野におけるイニシエーションは、新入社員が企業という新しい社会環境に受け入れられて適応するために必要な課題、つまり加入儀礼を指します。アメリカの産業組織心理学者D・フェルドマンは、企業での加入儀礼は2種類あると示しました。
- グループイニシエーション
- タスクイニシエーション
①グループイニシエーション
グループイニシエーションとは、これから加入しようとする集団や組織から一員として認められること。友好的な態度や協調性、誠実さなどを示して、既存の人間関係にうまく溶け込み円滑に受け入れてもらうのを指します。
新入社員のグループイニシエーションが成功すれば心理的安全性やモチベーションにつながり、業務への集中や良い成果に結び付く可能性も高まるでしょう。
②タスクイニシエーション
タスクイニシエーションとは、業務の遂行面や組織への貢献を通して自分に自信をつけたり、周囲に信頼されたりすること。
入社や配置転換、転勤など新しい組織に参加するタイミングはさまざまあるものの、どの場合でも一定以上の成果を求められます。タスクイニシエーションを成功させるには、業務に真摯に向き合って期待されるレベルの成果を生み出す必要があるでしょう。
2.イニシエーションが注目される背景
イニシエーションが注目されている背景には、終身雇用制度の崩壊が関連しています。キャリアの選択肢が広がり、定期的な配置転換や異業種への転職も当たり前になりつつある現在、人材の年齢や背景も多様化してきました。
仕事上のイニシエーションを経験する回数や内容も多岐にわたります。そこで企業は社員のイニシエーションを考慮して人材活用をする必要が出てきたのです。
終身雇用制度の崩壊
終身雇用制度を廃止する企業が増えた現在、人材流出や確保、定着は企業の大きな課題です。採用活動はもちろん、社員育成や優秀な人材の確保にも取り組まなければなりません。
社員が新しい環境にいち早く慣れて、業務で成果を出せる環境や体制が必要です。そのため社員が経験するイニシエーションを成功に導くサポートが重視されています。
3.ビジネスシーンで想定されるイニシエーション
ビジネスで想定されるイニシエーションは就職や出向、転職など。これまでと異なるビジネス環境に身を置く配置転換や役職変更などもイニシエーションにあたるため、若手社員だけではなくキャリアを積んだ中高年も対象となるでしょう。
就職
新しく企業の一員になる就職は、大きなイニシエーションのひとつです。企業は新入社員が1日でも早く組織に慣れて、業務をスムーズに遂行できるよう支援します。
たとえば教育担当になる上司や先輩社員が丁寧にコミュニケーションをとり、適性を見ながら業務スケジュールを組むといったサポートです。周囲との相互理解が進み、業務を着実に覚えられれば、新入社員は就職時のイニシエーションを乗り越えられるでしょう。
出向
社会全体で労働力不足の課題を抱える日本では、企業同士での人材共有と活用が進められているのです。特に昨今は一時的に働く在籍出向が注目されています。
たとえばコロナ禍で打撃を受けた在籍企業の業績が回復するまで、業績好調な関連企業へ出向するといったものです。出向先での新しい人間関係、業務ルールの細かな違いなど、出向社員が乗り越えるべきストレスは、大きなイニシエーションとなるでしょう。
配置転換
配置転換もビジネスで身近なイニシエーションのひとつ。在籍企業には変化がないものの、一緒に働く社員の顔ぶれや業務内容が変わるためです。チームになじむ努力や業務への貢献などが求められます。
別の事業所への配置転換で転居を伴う場合、日常生活の環境変化への適応もイニシエーションの一部となるため、乗り越えるハードルは増えるでしょう。
イニシエーションは中高年にもある
定年や現役寿命が延びているため、中高年もイニシエーションを経験する機会が増えました。それまで歩んできたキャリアと異なる業務を担当する場合はもちろん、以前担当していた業務でも、担当者が変われば人間関係の再構築が必要です。
年月が経ちルールやシステムが大幅に変わっている場合もあります。役職変更によるイニシエーションも考えられるでしょう。
4.イニシエーションとリアリティショック
新しい環境に飛び込む際、慎重に慎重を重ねて想定しても、少なからず現実とのギャップはあるもの。このようなとき人はリアリティショックを経験します。これを克服して良い活力としていくためには、イニシエーションの成功体験が重要です。
リアリティショックとは?
リアリティショックとは、理想と現実の差異に心理的打撃を受けること。問題となるのは、本人の自己無力感を助長したり、組織に対する不信感を募らせたりする場合です。そのためギャップの大小よりも意味付けが大きな鍵となります。
リアリティショックにうまく順応し、克服しようとする社員にとっては、成長速度や自己有用感を高めるエンジンの役割を果たすでしょう。
リアリティショックによる弊害
リアリティショックが否定的に働いた場合、下記のような弊害が社員に生じると考えられます。いずれも企業にとっては早急に対応しなければならない状態です。
- 周囲と協調的・友好的に働けない
- 業務への意欲が低下する
- 無気力や憂うつな気分など、メンタル不調に陥る
- 早期退職につながる
①周囲と協調的・友好的に働けない
リアリティショックは、組織コミットメントと組織社会化に悪影響を及ぼします。リアリティショックによる不安や諦観が強くなると、組織に対する愛着は失われます。
貢献意欲や帰属意識が低く周囲への友好的感情も少ないため、チームの一体感や協調的な雰囲気を構築しにくくなるでしょう。企業理念や行動規範など、企業の一員として重視したい価値観の体現も難しくなり、チームビルディングに悪影響を及ぼしかねません。
②業務への意欲が低下する
リアリティショックが積み重なると、仕事へのモチベーションが下がります。企業に幻滅して外部に原因を求めるようになり、自分の力で現状を打開しようという意慾がなくなるのです。
「この仕事は自分に合わない」「騙されて企業選択をミスした」「職場が悪い」など、企業への不信感が募ります。もちろん目の前の仕事に集中できなくなり、業務の成果に悪影響をもたらすでしょう。
そうなると評価や信頼も得られず、さらに意欲が下がる悪循環に陥るのです。
③無気力や憂うつな気分など、メンタル不調に陥る
春に就職や異動を経験した人がリアリティショックにつまづいたまま過ごしていると、五月病を引き起こしやすくなります。
五月病になる人は、「責任感がある」「真面目」「悩みや不安をひとりで抱え込んでしまう」などの傾向があり、誰にも相談せずじっと耐えてしまうのです。そのままにしてしまうと、うつ病といったメンタル不調に進行してしまいます。
④早期退職につながる
リアリティショックは、離職の原因にもなりえます。リアリティショックが原因で成果が出せなかったり心身に不調を抱えていたりする人は、周囲と良好な関係性を築けていない場合が多いようです。
組織やチーム、仕事に愛着が持てず自信にもつながらないため、結果的に早期離職の可能性が高まるでしょう。本人と周囲が連携して、リアリティショックを克服していくのが大切です。
リアリティショックを克服するためのイニシエーション
リアリティショックを克服するために、イニシエーションは重要な要素です。グループイニシエーションに成功すると、組織に溶け込み仕事の基盤となる人間関係をつくれます。
同時にタスクイニシエーションでは、業務理解や円滑な遂行を通じて組織への貢献を表現でき、自己肯定感や自己効力感を強める結果につながるのです。
5.イニシエーションについて企業ができるサポート
社員がイニシエーションを乗り越える、あるいはリアリティショックを克服するためには、本人の努力だけでなく企業側の関与や支援も不可欠です。イニシエーションに対して企業ができるサポートや取り組みを解説しましょう。
- コミュニケーションを取りやすい環境づくり
- フォロー制度の確立
- オンボーディングの実施
①コミュニケーションを取りやすい環境づくり
リアリティショックを受けていそうな社員に積極的に声をかけて、相談しやすい環境をつくります。新入社員の様子を意識的に観察し、社員が悩みを打ち明けやすくなるよう定期的に面談や意見交換の場を設けましょう。
ランチといった気楽に話せる雰囲気で、趣味の雑談なども交えると仲間意識が生まれやすく、イニシエーション克服に近付きます。個々に不安の内容や価値観が異なるため、声のかけ方やフィードバックの仕方には柔軟な対応と工夫が必要です。
②フォロー制度の確立
定期的なフォローアップ研修、マンツーマンでのOJT実施も、イニシエーション克服に効果的です。マンツーマンのOJTは、社員が気軽に悩みを話せる場になります。
フォローアップ研修で、先輩社員のモデルケースを共有する、あるいは同期社員同士の意見交換を行うのも効果的です。
「悩んでいるのは自分だけではない」という安心感や「みんなはどうしているんだろう」「自分はこうしてみよう」という発見と行動変容につながるでしょう。
そもそもOJTとは?
OJTは実際の業務を遂行するなかで、知識や技術を学ぶ教育方法のことで、On-The-Trainingの略です。実際の職場に則した業務を扱うのでより実践的な経験ができ、その場でフィードバックが得られます。
OJT担当の先輩社員と新入社員はコミュニケーションの機会が増えるため、信頼関係やコミュニケーションの活性化にもつながるのです。
③オンボーディングの実施
オンボーディングとは、個々の新入社員に合わせたイニシエーション克服支援の取り組みのこと。社内風土や人間関係、業務遂行における新入社員の手さぐり状態をなるべく解消し、本来の仕事に注力できるようにする目的を持ちます。
それぞれの部署や部門が業務で必要な知識や技術、情報を提供し、新入社員が企業やチームに打ち解けるためにサポートするのです。
オンボーディングとは? 目的やメリット、実施のポイント、事例
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オンボーディングの具体的な取り組み
多くの企業が、オンボーディングにおけるさまざまな工夫や取り組みをしています。以下は取り組みの一例です。
- グループイニシエーション対策:ランチ会・歓送迎会・社内イベント・クレド配布
- タスクイニシエーション対策:職種ごとの基礎研修・OJT実施・業務日報・TIPSの共有
- 両方に関連する対策:メンター制度・1on1・交換日記・社内SNS・専用チャンネル
イニシエーションを乗り越える一助となる
企業におけるオンボーディングの最終的なゴールは、新入社員に「イニシエーションという大きな困難を乗り越えてでも入りたい」ほどの魅力を感じてもらうこと。いくらオンボーディングに注力しても、企業に個性や魅力がなければ本末転倒です。
優秀な人材の採用や定着、入社後の活躍は普段の組織づくりが影響する点を忘れてはいけません。