ジョブ型雇用とは、従事する職務を限定し、成果によって報酬を決める雇用制度。
スペシャリストを確保したい企業を中心に導入が進められています。
目次
1.ジョブ型雇用とは?
ジョブ型雇用とは、職務内容を明文化して従業員を採用し、仕事の成果で報酬を決める雇用制度です。ジョブ型雇用では、仕事内容や就業場所、責任範囲や評価基準、報酬などの職務内容をあらかじめ提示し、この職務記述書にもとづいて雇用契約を結びます。
職務記述書に記載されていない業務の指示や、就業場所の変更などは基本的には認められません。
従来、日本企業が採用してきた「メンバーシップ型雇用」とは制度として大きく異なります。
2.ジョブ型雇用が注目されている背景
ジョブ型雇用はすでに浸透しつつありますが、近年また注目されるようになったのは、2020年に経団連(一般社団法人日本経済団体連合会)が「2020年版経営労働政策特別委員会報告」で「メンバーシップ型の雇用を見直すべき」と公表したためです。
そのほかには、2020年4月1日に施行された「同一労働同一賃金ルール」で「同じ仕事内容ならば同じ賃金を支給する」と定めたことや、テレワークでは評価基準を成果に切り替えたことなどが挙げられます。
3.職務記述書(ジョブディスクリプション)とは?
職務記述書(ジョブディスクリプション)とは従事する職務内容などを記載した書類で、雇用契約を結ぶ前に企業が求職者へ提示します。
記載項目には以下のものが挙げられ、なかには業務を問題なく遂行するために必要な項目も含まれているのです。
- ポジションや役職
- 職務目的
- 職務責任
- 職務内容および範囲
- スキルや資格、経験年数 など
ジョブディスクリプション(職務記述書)とは?【意味を解説】
従業員の職務内容を明確にするジョブディスクリプション。日本ではあまりなじみがありませんでしたが、グローバル化やジョブ型雇用へのシフトが進む近年、注目されています。
ジョブディスクリプションとは何でし...
4.ジョブ型雇用のメリット
ジョブ型雇用の目的は「仕事に必要な人材を雇用する」こと。企業側だけでなく従業員側にもメリットがあります。
企業側のメリット
ジョブ型雇用では、企業は求める人材を職務記述書で明確化して採用するため、採用活動や人材育成などでメリットを得られるのです。
専門性の高い人材の採用
職務記述書で業務遂行に必要なスキルや資格、経験年数などを明確にしているため、条件に合致する、業務に適したスペシャリストを採用できます。
企業にとっては、人材育成コストの削減と業務効率化の両面において大きなメリットを得られるのです。
雇用のミスマッチ防止
職務内容や勤務地などを雇用前に限定しているため、採用後に「希望していた仕事と違う」という理由での退職を防げます。
メンバーシップ型雇用では、欠員が出たときなどに担当業務の変更や転勤を命じられることがありますが、ジョブ型雇用ではそのような人員配置ができないからです。
ミスマッチが起こりにくいため、採用コストの削減にもつながるでしょう。
優秀な人材の育成
ジョブ型雇用従業員は人材育成においても効果的です。ジョブ型雇用では求められる役割や責任、能力などが明確であり、仕事の成果が評価や報酬につながります。業務遂行に必要なキャリア形成やスキルアップなどに対して意欲的に取り組みやすいと考えられます。
能力の高いジョブ型雇用従業員にマネジメントなどの研修を取り入れると、次世代のリーダーとなりえるでしょう。
従業員側のメリット
従業員側の大きなメリットは、自分の能力を活かせる仕事に専念できること。評価の基準が成果であるため、報酬が年齢や勤続年数などに左右されない点もメリットになりえます。
能力を最大限に発揮
ジョブ型雇用従業員は、自分のスキルや専門性を最大限に発揮して仕事に取り組めます。各部門のジョブ型雇用従業員が各々の仕事に専念して成果を上げれば、業務効率や生産性の向上につながります。
経営課題の解決や業績の向上などが実現しやすくなるでしょう。
評価基準の明確化
ジョブ型雇用従業員の評価は、職務記述書に記載された業務を遂行し、求められている成果を上げることで決まります。
メンバー型雇用の評価では、上司や人事の主観が含まれたり、人柄や価値観なども加味されたりすることも少なくありません。
ジョブ型雇用の評価基準は従業員にとっても基準が明瞭であるため、成果アップへのモチベーションにつながるでしょう。
専門性やスキルに応じた報酬の獲得
ジョブ型雇用の報酬額は人材市場も考慮して決定されるため、従業員の専門性やスキルが報酬に影響します。年齢や役職などは評価や報酬の基準に含まれません。
スキルアップするほど高い報酬を得られるのです。社内ではより高報酬の仕事を遂行できるようになりますし、キャリア形成のための転職などもしやすくなるでしょう。
5.ジョブ型雇用のデメリット
日本で多く取り入れられているメンバーシップ型雇用と比べると、対極的ともいえる雇用制度です。
企業側と従業員側には、メンバーシップ型雇用にはないデメリットが生じます。
企業側のデメリット
企業でジョブ型雇用を導入した際には、
- 人材の硬直化
- 人材流出
- 雇用時のトラブル
などのデメリットが想定されます。
柔軟な人材の配置換えが困難
ジョブ型雇用従業員は職務や就業場所が変更できないため人員配置に制限が生じてしまい、柔軟な対応が取りにくくなります。
たとえば増員や欠員補充が必要になった部署やチームがあっても、ジョブ型雇用従業員へ異動や転勤などを原則命じることができません。
事業の縮小や撤退などで部署や部門を廃止する際に、ジョブ型雇用従業員は人員整理がしにくくなります。
合意形成が不十分だった場合のトラブル
職務記述書の記載内容が不十分なまま雇用契約を締結させてしまうと、のちにトラブルに発展する恐れがあります。
「職務記述書に記載されていない業務をやらされた」として、従業員の不満や、最悪の場合は訴訟への発展が懸念されます。
業務内容などに変更が生じる場合は職務記述書を更新し、再度合意を得る必要があります。
人材流出のおそれ
ジョブ型雇用従業員は、自分の専門性や能力をより高く評価してくれる企業へ転職してしまう可能性があります。
特定の職務に従事してスキルを高めた従業員は人材市場価値が高まりますし、ほかの企業も高い報酬を提示して確保しようとするでしょう。
キャリアアップや、自社では実現できないスキルアップを希望して他社へ転職してしまうケースも考えられます。
従業員側のデメリット
働く側のデメリットには、
- 教育の機会
- 長時間労働
- 解雇
などが挙げられます。いずれも職務や勤続へのモチベーションが大きく低下しかねません。
積極的な自己研鑽が必要
ジョブ型雇用従業員は、研修や教育が省略される傾向にあります。「職務を遂行できる専門性や能力を持っている」という条件で採用され、入社後は即戦力とみなされるからです。
異動なども行えないため、ジョブローテーションの対象にもなりません。ジョブ型雇用従業員がキャリアアップや報酬アップを目指すには、自主的に学習やトレーニングを積んでスキルアップする必要になるケースもあります。
労働時間に対し業務量が不相応
成果が評価の基準であるため、ときに労働時間と業務量のバランスが崩れることがあります。
「あきらかに勤務時間内に終わらない業務量である」や、「期日までの期間が短すぎて残業しなければ間に合わない」といったケースが考えられるでしょう。
このような状況が続いてしまうと、離職や転職してしまいかねません。ジョブ型雇用従業員であっても適正な労務管理が必須です。
解雇リスク
職務記述書に記載された職務に専従するため、その職務が無くなると解雇される可能性があります。
たとえば事業の縮小や撤退などで人員整理が必要になった際、ほかの部署へジョブ型雇用従業員を異動するなどの対処ができないのです。ただし企業が従業員を解雇する際にはさまざまな条件が設けられているので簡単には実施できません。
6.ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違い
特定の職務に従事するジョブ型雇用に対して、メンバーシップ型雇用は職務内容や勤務地の制限がありません。
たとえば新卒者をメンバーシップ型雇用で採用した場合、社内研修などで適性を見極めて最適な職務が割り振られます。しかしその職務にずっと従事するとは限りません。
部署異動や転勤といったジョブローテーションや研修などを行って、リーダーやマネージャー、役員などへ育成していくのです。
メンバーシップ型雇用とは? メリットやジョブ型との違いは?
メンバーシップ型雇用とは、新卒を一括採用する雇用システムです。メンバーシップ型雇用について解説します。
1.メンバーシップ型雇用とは?
メンバーシップ型雇用とは、新卒を一括して採用する雇用システムの...
メンバーシップ型雇用のメリット
メンバーシップ型雇用は基本的に終身雇用を前提としています。
部署や部門を変更できるので、ジョブローテーションなどを取り入れた長期の人材開発がしやすく、事業の縮小や撤退などがあっても雇用を継続しやすい制度になっています。
企業は柔軟な戦略人事が実現でき、従業員は安定した収入を得られます。
メンバーシップ型雇用のデメリット
メンバーシップ型雇用のメリットは、一方でデメリットにもつながります。「簡単に解雇されない」という安心感から、従業員の向上心やモチベーションなどが低下する恐れがあるでしょう。
年功序列型賃金制度もあわせて取り入れている場合、企業はそのような従業員にも勤務年数に応じた賃金を支払わなければなりません。
一方従業員側は、会社都合の異動や転勤、残業などに応じなければならない点がデメリットといえます。
7.ジョブ型雇用の導入事例
日本でもジョブ型雇用の導入が進んでおり、大手企業だけでなく中小企業やベンチャー企業などにも広がりを見せているのです。
ここでは大手企業3社の事例を紹介します。
株式会社日立製作所
総合電機メーカーの株式会社日立製作所ではグローバル人財マネジメントを実現するために、2021年4月からジョブ型雇用人事制度を運用開始。主な施策には以下の3つが挙げられます。
- デジタル分野に特化した人材の採用
- 職種別採用
- 即戦力となる経験者の積極採用
職種別採用とは、新卒者が応募時に希望職種を選択でき、入社後はその職種へ配属する取り組みです。
ほかにも全職種の職務記述書を作成し、2024年までに従事する従業員へ必要なスキルを習得する機会の提供という取り組みも進めています。
参考 NEXT CAREER STORIES株式会社日立製作所 参考 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント その1 「ジョブ型雇用」の定義株式会社日立製作所富士通株式会社
電子機器メーカーの富士通株式会社は、2020年にジョブ型人事制度を導入。対象は幹部従業員です。
報酬の基準として7段階の「FUJITSULevel」を設定し、売上や目標達成度、影響力や専門性などによって評価します。
同時にジョブポスティング(社内公募制度)も改定しており、レベルを上げるために必要であればポジションの移籍を可能としています。
参考 富士通と従業員の成長に向けた「ジョブ型人材マネジメント」の加速富士通株式会社KDDI株式会社
大手通信事業者のKDDI株式会社は2020年8月にジョブ型人財マネジメントを導入。労働時間ではなく成果や能力、チャレンジなどを評価の対象として報酬を決定します。
ジョブ型雇用でありながら、グループ企業などを利用した人材育成を取り入れている点が特徴です。
2021年4月に入社する新卒従業員からは、一律としていた初任給制度を撤廃し、能力に応じた給与体制を導入することも決定しています。
参考 KDDI版ジョブ型人事制度KDDI株式会社日本企業のジョブ型雇用事例【10選】
ジョブ型雇用は日本でも注目されており、近年さまざまな企業でも導入する動きが目立っています。実際に導入している企業の事例を紹介します。
1.なぜジョブ型の事例が注目されているのか?
なぜジョブ型の事例...
8.ジョブ型雇用を導入する際の課題
企業にも従業員にもメリットがあるジョブ型雇用の導入を検討している企業も多いでしょう。
しかし、
- 職務記述書の作成が難しい
- 採用活動の効率が低下する
- 適した人材が見つかりにくい
などの課題があります。
職務記述書(ジョブディスクリプション)の作成
ジョブ型雇用を導入する際は、職務記述書の作成が不可欠です。しかし企業によっては、職務記述書を作成するのが難しいでしょう。
職務記述書を作成するには、部署やチームなどが現場で行っている業務や責任、遂行に必要なスキルなどを洗い出し、人事部や経営層がこれらを把握しなければならないからです。
多くの人手と時間を要するため、これらの作業をやりたくても実行できないという企業も少なくありません。
新卒一括採用との非親和性
ジョブ型雇用への移行やジョブ型雇用従業員の割合を増やすと、メンバーシップ型雇用の採用活動と比べて効率が悪くなる可能性があります。
たとえば新卒者は応募の際に職務記述書の提出が求められるようになり、人事担当者はそれぞれの適性に合わせた人材配置を考えねばなりません。中途採用の割合を増やす場合は、通年的に採用活動を行う必要があります。
人材の確保
メンバーシップ型雇用の企業が多いと、ジョブ型雇用に適した人材が獲得しにくいという課題もあります。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の「データブック国際労働比較2019」によると、20年以上勤続している労働者の割合は、日本は全体のうち22.5%を占めています。一方のアメリカは10.3%。
ジョブ型雇用が普及しているアメリカでは、キャリアアップなどで転職することが一般的なので、転職市場で優秀な人材を調達することが可能なのです。しかし日本ではまだその域に達していないといえます。