過労死とは、長時間にわたる労働によって心身に負荷がかかり、精神的・肉体的疲労を原因に亡くなってしまうことです。そんな過労死の件数や、引き起こす理由などについて説明していきましょう。
目次
1.過労死とは?
過労死とは、長時間労働や残業を強いられた結果、脳血管疾患や心臓疾患などによる体調の悪化に伴って亡くなってしまうこと。また過度な業務を続けたために心理的に大きな負荷がかかり、精神障害を原因として自殺してしまう場合も過労死となります。
さらに死亡には至らないものの、長時間労働や残業などによって引き起こされた脳血管疾患や心臓疾患、精神障害も「過労死等防止対策推進法第2条」では過労死と定義されているのです。
増加傾向にある日本の過労死件数
日本における「精神障害に係る労災認定件数」は増加傾向にあります。厚生労働省の発表によると、2013年度の労災認定件数は436件(うち自殺は63件)、2017年度では506件(うち自殺は98件)です。
一方で「精神障害に係る労災請求件数」は、1999年は155件でしたが、2015年には1515件とおよそ10倍にも増加していました。
2015年の請求件数が多い順に業種を挙げると、「製造業」が262件、「医療,福祉」が254件、「卸売業,小売業」が223件。支給決定件数では、「製造業」が71件、「卸売業,小売業」が65 件、「運輸業,郵便業」が57件となっています。
請求件数、支給決定件数ともに「製造業」が1位という結果になりました。
過労を冠した法律
過労を冠した法律として、2014年11月1日に「過労死等防止対策推進法」が施行されました。それ以前にも日本社会では過労死が問題視されていましたが、「過労」という言葉を明確にした法律はなかったのです。
そこで過労死を体系的に防ぎ、健康で働き続ける社会を実現させるために「過労死等防止対策推進法」が施行されました。
2.過労死のメカニズム
ここでは過労死が引き起こる原因や、精神疾患による自殺について説明します。
過労死が起こる理由
休みを取らずに出勤したり過度な長時間労働を続けたりした結果、脳や心臓に悪影響がもたらされる、これが過労死の背景だといえます。
脳や心臓に負担を与えていても、必ずしも症状が現れるわけではないため、気がついたら手遅れというケースも決して珍しくありません。この具体的な症状が生じない面も過労死の怖さなのです。
心臓・血管疾患による死亡
脳や心臓疾患は、動脈硬化などの血管病変がゆっくりと進行して発症するという性質を持っています。長時間の残業が続き、休めないような環境では睡眠時間も十分に確保できないため、疲労も蓄積されるでしょう。
やがて精神的・肉体的な負荷が溜まり、過重負荷が加わった結果、血管病変が増加し、脳や心臓疾患が発症するというメカニズムなのです。
精神疾患による自殺
過度な長時間労働によって、「疲れているはずなのに眠れない」「朝ベッドから起き上がれない」という症状が現れる場合も珍しくありません。また精神のバランスを崩してしまい、死への願望を抱いてしまう人も決して少なくないのです。
3.過労による疾病の労災認定基準
過労の疾病と認められるためには、労災認定の基準に該当するかがカギとなります。ここでは過労の疾病と認められる場合のある「脳・心臓疾患」「精神疾患・過労自死」「腰痛」「頸肩腕障害」について説明しましょう。
労災とは
労災保険制度は従業員の職務上の傷病へ適切な保険給付を行って、従業員の社会復帰を奨励するものです。原則、従業員を一人でも雇用する事業所すべてに適用され、正社員やアルバイト、パートなどという雇用形態は問われません。
また過労の疾病と認められるためには労災認定制度の基準に該当する必要があります。
【認定基準】脳・心臓疾患
過労死の疑いがある疾病は「脳血管疾患と虚血性心疾患かどうか」、具体的には、「業務による荷重負荷が原因となった脳・心臓疾患発症」「業務が相対的に原因」という基準によって判断されます
「労災認定基準」で取り扱う疾患は、下記のとおりです。
- 脳血管疾患:くも膜下出血、脳梗塞、脳出血、高血圧性脳症
- 虚血性心疾患:心停止、心筋梗塞、狭心症、解離性大動脈瘤
【認定基準】精神疾患・過労自死
神疾患・過労自死にあたっては下記のような精神障害を発症していることが認定の対象となるのです。これは2011年12月に厚生労働省から、「心理的負荷による労災認定基準」が策定されたものにもとづいています。
- 認定基準と対象となる精神障害を発症している
- 発病前から約半年間、職務が原因と考えられる著しい心理的負荷が認められる
- 業務以外の強い心理的負担や個人の原因による発病が認められない
【認定基準】腰痛
腰痛を労災認定する際、下記の2種類に分かれた労災補償を認定するための条件が設けられています。また医師から、休養を必要とする状態と判断されたものでなければなりません。
腰の負傷が仕事の突発的な出来事によって生じたと認められた場合。また腰痛の基礎疾患をさらに悪化させたと医学的に認められるもの
突発的な出来事によるものではなく、腰に負担がかかる作業に長期間従事したために発症したと認められるもの
【認定基準】頸肩腕障害
腕や手を頻繁に動かすことによって、首や肩、腕、手に炎症が生じたり、関節に異常をきたしたりするケースで、この状態を「上肢障害」といいます。この上肢障害が労災に認定されるためには下記の3つの条件にすべて該当しなければなりません。
- 上肢等に負荷がかかる業務を長期間行った後に発症した
- 発症前に著しい業務に従事した
- 過重な作業への従事と発症までの経過が医学的な側面から見て妥当だと認められる
4.過労死の基準「過労死ライン」
過労死の基準は「過労死ライン」とも呼ばれています。過度の長期労働による病気や死亡を労働災害として認めるための基準で、時間外労働の目安となる時間が設けられているのです。ここでは、厚生労働省が定める2つの基準について説明しましょう。
1か月の残業時間の平均が80時間越え
労働基準法において、使用者は従業員に1日8時間、1週間に40時間を超える労働をさせてはいけないと定められており、一般的に「法定労働時間」と呼ばれています。
過労死ライン(過労死基準)は、健康障害が引き起こる前の2~6か月間に、月の時間外労働の平均が80時間を超過していることが基準とされているのです。
1か月間に残業時間が100時間
もう一つの基準が、健康障害が引き起こる前の1か月に時間外労働が100時間を超過していること。
厚生労働省の「脳・心臓疾患の労災認定」の判断基準では、残業時間が月45時間を超過すると発症の関連性も高くなり、1か月100時間、あるいは平均80時間を超過した場合でも発症の関連性はさらに高くなるとされているのです。
労働基準を超える労働は違法
労働基準法では、1日8時間、週に40時間の法定労働時間を超える労働は禁止されています。雇用主と労働者の間で「36協定(労働基準法第36条)」が締結されれば法定労働時間の上限を引き上げられますが、その場合でも上限は月45時間までになっているのです。
時間外労働(残業)が月45時間を超過すると違法となり、雇用主に罰則を科せられたり、企業名が発表されたりするなどの措置が実施される可能性もあります。
政府の取り組み
ニュースでたびたび報道されているとおり過労死は途絶えることなく、日本の大きな社会問題となっています。そんな中、政府も過労死を防ぐための対策に取り組んでいるのです。
たとえば過労死ゼロを目指し、健康で働き続けられる社会の実現に向けて、2014年11月は「過労死等防止対策推進法」が施行されました。
さらに法律をベースとして、過労の防止対策を高めた、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(平成30年7月24日閣議決定)が定められています。
5.過労死を防ぐには
過労死を防ぐために私たちはどのような対策を講じていけばよいのでしょうか。ここでは日頃の働き方や、職場の環境づくり、健康的な睡眠方法、理想的な生活習慣のポイントなどについて説明します。
- 疲れの蓄積を理解しよう
- 長時間労働を控え、休養を取る
- 睡眠の質を上げる
- ニコチンやカフェインの過剰摂取をしない
- 職場の環境改善
- 医師の診察を受ける
- 労働基準法の理解
- 労働者の声を聴く
①疲れの蓄積を理解しよう
過労死は、長時間の業務が原因となる場合も多いですが、疲れが徐々に積み重なって過労死に至るケースも珍しくありません。つまり月100時間の残業が続く場合ではなくとも、過労死する可能性はあるのです。
そのため過労死は労働時間だけが結び付くわけではなく、疲れの蓄積も深く関係していると理解しておきましょう。
②長時間労働を控え、休養を取る
過労死を防ぐための対策には「適度な休憩・休養」を取ることが不可欠です。人は睡眠時間や栄養が不足すると、疲れを感じなくなってしまう傾向にあります。そのため疲れを自覚しないまま、長時間労働してしまうことになるのです。
脳卒中や心臓麻痺で突然倒れる労働者がいるのは、疲れを自覚しなくなってしまうことが原因と考えられています。
③睡眠の質を上げる
人は、寝ている間、浅い睡眠の「レム睡眠」と深い睡眠の「ノンレム睡眠」を90分ごとに繰り返しています。また「レム睡眠」の間に起床すると気持ちよく目覚められると考えられているのです。
すっきりと目覚められるように睡眠時間を6時間や7時間半など、90分の倍数で計算して睡眠リズムを作っていくとよいでしょう。
④ニコチンやカフェインの過剰摂取をしない
仕事の合間にタバコで小休止したり、コーヒーを飲んでリフレッシュしたりする人もいるでしょう。
しかしタバコに含まれるニコチンやコーヒーに入っているカフェインには、覚醒作用があります。そのため過剰に摂取し続けることで、体が「疲れ」を感じにくくなってしまうのです。
朝、昼、晩などタイミングを決めたり、回数を制限したりするなどして、摂取する量をコントロールしましょう。またカフェインはコーヒーだけでなく、栄養ドリンクにも含まれているので、注意したいところです。
⑤職場の環境改善
労働者が、ワークライフバランスの取れた働き方ができる職場環境づくりの必要です。さらに労働者が年次有給休暇を取得しやすくなるよう、年間スケジュールの計画を明確に定めたり行事や業務の進行などについて労働者と話し合ったりすることも、不可欠でしょう。
⑥医師の診察を受ける
身体に異変を感じた場合は、速やかに医師の診察を受けましょう。十分な休養を取ったり、睡眠時間を確保したりしても疲れが取れないもしくは疲れを感じやすくなったら、できるだけ早めに診察を受けたいところです。
また以前よりも仕事に集中できなくなった、ボーッとしていることが多い、場合も進んで診察を受けたほうがよいでしょう。
⑦労働基準法の理解
「労働基準法」は労働者の健康や安全を守り、過労死を防ぐことを目的に制定された法律ですので、健康な状態で働くためにも、内容を理解しておきましょう。
また労働基準法をベースとして適切に支給されるべき残業代を把握し、しかるべき額を請求できるという労働者の権利についても、改めて確認しておくとよいです。
⑧労働者の声を聴く
一般的に責任感が強い人は、心身に不調を来たしたとしても自身ではなかなか気づかない傾向にあるようです。また過度な長時間労働を強いられ、大きなストレスを負うと、周囲にいる同僚や上司の声が耳に入らなくなってしまうという恐れもあります。
過労死を避けるためにも普段から周囲の労働者とコミュニケーションを取りながら、自分の変調に気づいてもらえるような環境を整えておきましょう。
6.過労に対する補償
万が一の状況に備えて、労働者は過労に対する補償について深く知っておきましょう。
- 労災保険の基準
- 労災保険に基づく給付
- 会社に対する損害賠償
①労災保険の基準
厚生労働省では、脳や心臓の疾患が発生した際、それを労災と認定するかどうかの基準となる「脳血管疾患及び虚血性心疾患などの認定基準」を定めています。
脳や心臓の疾患は動脈硬化や生活習慣が要因とされていますが、過重な業務により血管病変が著しく悪化し、発症するとも考えられているのです。そのため発症の原因が業務と認められると、労災補償の対象になります。
②労災保険に基づく給付について
企業に雇用されている労働者は、国が運営する労災保険の対象になっており、代表的な給付金として下記の補償を受けられるのです。
- 診療・薬などの治療費、手術費
- 労災によって休業した場合、給料の80%の補償
- 労災により死亡した場合、遺族への年金と一時金、葬祭料
- 労災から1年6か月経過しても治療が続く傷病に対する年金
③会社に対する損害賠償
過労に対する補償として、労災保険以外に勤務先の企業から損害賠償として賠償金を受け取れます。
国から労災保険で補償を受けている場合、その額で補えない分を支払ってもらえるのです。しかし勤務先の企業から損害賠償を受け取るためには、労働者が企業と交渉したり、労働審判や裁判の形式を図る必要も生じてきます。