企業主導型保育事業とは、企業の保育所設置、運営を内閣府が助成する制度のことです。ここでは企業主導型保育事業が導入された背景や助成要件、メリットやデメリットにいて解説します。
目次
1.企業主導型保育事業とは?
事業主拠出金を財源とし、社員の働き方に応じて保育を提供する企業を支援する制度のこと。2016年度、内閣府によって創設されました。目的は「待機児童を減らす」「子どもを持つ親の仕事と子育ての両立をサポート」です。
どんな目的で導入されているのか
企業主導型保育事業は、多様な働き方に対応した柔軟な保育サービスを拡大して、企業で働く社員が仕事と子育てを両立できるよう支援する制度です。時代の変化、そして働き方改革の推進によりあらゆる働き方が認められるようになりました。
しかし今なお待機児童問題は解消されず子どもを預けて働きたくても働けないという人が増え続けているのです。この問題を企業が保育事業を行って解決しようという目的によって導入されたのが「企業主導型保育事業」となります。
事業所内保育所との違い
広義に見れば「保育園」も企業主導型保育事業の一環です。主に母体企業で働く社員の子どもを預かる保育園を「事業所内保育所(企業内保育所)」といいます。
かつて事業所内保育所も認可外施設でしたが、2015年の子ども・子育て支援新制度によって、一定の要件を満たせば市区町村の認可事業として認められるようになりました。
一方「企業主導型保育事業」による保育所は認可外保育施設となります。しかしこちらも一定の要件を満たせば認可施設並みの助成を受けられます。
2.企業主導型保育事業の背景
企業主導型保育事業は働き方改革による仕事と育児の両立や、多様な働き方の実現などさまざまなニーズに合わせて導入された制度です。ここでは企業主導型保育事業の導入背景について、下記4つの視点から説明します。
- 待機児童解消
- 育児と仕事の両立
- 女性の活躍推進
- 多様な働き方の浸透
①待機児童の解消
待機児童の問題が叫ばれて久しい昨今、都市部では深刻な状況が続いています。厚生労働省の調査によれば2018年の待機児童数は4年ぶりに減少。それでもまだ全国に約2万人、さらに認可保育園に落ちても待機児童として数えられない「隠れ待機児童」が7万人以上いると見られます。
バブル経済崩壊以降子どもの数は減少しているにもかかわらず、待機児童問題は解決していないのです。
②育児と仕事の両立
総務省統計局の報告によれば夫婦共働きの世帯は年々増加傾向にあり、2015年には約6割を占めるまでになりました。企業には子育てや介護をしながら社員が働き続けられる環境づくり、仕事と家庭を両立しやすい働き方の実現が期待されているのです。
③女性の活躍推進
2016年、女性の職業生活における活躍の推進に関する法律「女性活躍推進法」が施行。常時雇用する労働者数が301人以上の企業に対しては以下の対応が定められています。
- 女性の活躍に関する情報を公表する
- 自社の女性の活躍に関する状況を把握し、課題分析を踏まえた行動計画を策定・周知・公表する
- 都道府県労働局に届け出る
④多様な働き方の浸透
企業主導型保育事業の背景には、昨今の職場環境における多様性の尊重もあります。多様な人材や働き方の増加は企業の生産性にプラスの影響を与えると、さまざまな調査で明らかになっています。
企業収益や生産性の向上には女性や高齢者、外国人など人材の多様化、短時間労働やテレワークの導入など、働き方の多様化を高める取り組みが欠かせません。
3.企業主導型保育事業の特徴
企業主導型保育事業では具体的にどのような取り組みを行っているのでしょうか。ここでは「従業員の両立支援」や「共同運営」「地域枠の自由設定」など、企業主導型保育事業の具体的な取り組み、特徴について説明します。
- 自社社員の両立支援
- 共同運営が可能
- 地域枠も自由に設定可能
- 職員配置基準は小規模保育と同じ
①自社社員の両立支援
保育施設によっては社員の働き方に合わせた預かりサービスを行っていない施設も多く、「迎えの時間に融通が利かないなら、無理してでも早めに退社しなければならない」ケースもあります。
企業主導型保育事業であれば延長保育や短時間預かりなど、社員の働き方にあわせた柔軟な保育サービスの提供が可能になります。
②共同運営が可能
企業主導型保育事業では複数企業による共同運営・共同利用が可能です。ひとつの企業が単独で保育事業を行うと運営に係る負担が大きく、どうしても施設設置のハードルが高くなってしまいます。
複数企業で共同運営できれば単独で運営するよりもリスクを低減できるのです。企業に勤める社員の子どもだけでなく地域住民の子どもを受け入れられるため、地域にあわせた柔軟な対応が可能となります。
③地域枠も自由に設定可能
企業主導型保育事業では企業に属する社員の子どもだけでなく、地域住民の子どもも受け入れられます。この地域枠は定員の50%以下まで。なお事業所内保育施設にて地域枠は4分の1程度と設定されています。
もちろん社員だけで定員に達する場合、地域枠を作らないというのも可能です。状況に応じて柔軟に対応できる仕組みが企業主導型保育事業の特徴といえます。
④職員配置基準は小規模保育と同じ
職員配置基準とは、子ども一人に対して何人の保育士が必要かを表した基準のこと。企業主導型保育事業の職員数や職員資格には、認可の小規模保育事業と同じ基準が定められています。保育従業者は以下区分で定める合計数に1をくわえた以上の数が必要です。
- 乳児おおむね3人につき1人
- 満1歳以上満3歳に満たない幼児おおむね6人につき1人
- 満3歳以上満4歳に満たない児童おおむね20人につき1人
- 満4歳以上の児童おおむね30人につき1人
4.企業主導型保育事業の実施や助成の要件
企業主導型保育事業では、施設設置や助成を受けるにあたっていくつかの要件が定められています。それぞれ一定の要件を満たさなければ事業の実施・助成を受けられません。ここでは保育事業の実施要件、助成を受ける条件についてそれぞれ説明します。
保育事業の実施要件
企業主導型保育事業を実施するには、以下の要件を満たす必要があります。
- 「子ども・子育て拠出金」を負担している事業主が自ら事業所内保育施設を設置し、企業主導型保育事業を実施する
- 保育事業実施者が設置した認可外保育施設を「子ども・子育て拠出金」を負担している事業主が活用する
- 既存する事業所内保育施設の空き定員を、設置者以外の「子ども・子育て拠出金」を負担している事業主が活用する
助成の要件
企業主導型保育事業では認可施設並みの助成を受けられるものの、受給するには以下の要件を満たす必要があります。
- 「子ども・子育て拠出金」を負担している一般事業主である
- 「社員向けに新たな保育施設を設置する場合」「既存施設で定員を新たに増やす場合」「既存施設の空き定員をほか企業向けに活用する場合」いずれかに当てはまる
5.企業主導型保育事業のメリット
企業主導型保育事業を導入するで、企業はどのようなメリットを受けられるのでしょうか。企業主導型保育事業のメリットについて、4つの視点から説明します。
- すぐに開設できる
- 優秀な人材を確保できる
- 企業イメージの向上
- 地域貢献につながる
①すぐに開設できる
認可保育所では条例規則にもとづく設置・運営基準を満たしたうえで、都道府県知事による認可を受ける必要があります。しかし企業主導型保育事業は認可外保育施設として位置づけられるため、自治体に認可を受けず保育所を開設できるのです。
②優秀な人材を確保できる
労働力人口の減少が叫ばれる近年、優秀な人材の確保はどの企業も共通して取り組まなければならない喫緊の課題です。人材の確保には「魅力ある職場づくり」が欠かせません。
企業主導型保育事業により保育環境を整え、従業員のワークライフバランスに真摯に取り組む姿勢を見せられれば、優秀な人材の新規採用、離職の防止につなげられるのです。
③企業イメージの向上
子育て応援に積極的な「魅力ある職場づくり」ができれば、それは企業イメージの向上につながります。
厚生労働省では急速な少子化の進行に対応し、次代の社会を担う子どもたちの健全な育成を支援する企業を「子育てサポート企業」として認定。
厚生労働大臣が認定した「くるみんマーク」を持つ企業は、子育てと仕事の両立支援に高い水準の取り組みを行っているとをアピールできます。
④地域貢献につながる
先に触れたとおり、企業主導型保育事業では企業に属する社員の子どもだけでなく、地域住民の子どもも受け入れられます。
地域枠は定員の50%以下まで。事業所内保育施設の地域枠は4分の1程度であるため、企業主導型保育事業では地域の子どもをより多く受け入れられるのです。地域の子どもを受け入れれば、待機児童の解消に資するという地域貢献につながるでしょう。
6.企業主導型保育事業のデメリット
企業主導型保育事業にはメリットがある一方、いくつかのデメリットも存在するのです。デメリットを2点、解説します。
- 保育士の質が低下する
- 保育士が不足する
①保育士の質が低下する
企業主導型保育事業の課題として「保育士の質の低下」が指摘されています。
待機児童対策に貢献するにはどうしても保育士の量的拡充、そして保育施設の数を増やす必要があるでしょう。その結果、事前の審査や開設後の指導監査にて保育の質の部分が低下するのではないか、といわれています。
企業主導型保育事業では「半数以上の職員が保育士資格を持つ」「保育士資格を持っていない職員の場合は地方自治体や児童育成協会が開催している研修会を修了している」ことが、定められています。
②保育士が不足する
保育施設が増えるため、保育士の絶対数そのものが不足する恐れもあります。企業主導型保育事業は認可施設ではないため、保育施設の設置から保育士の募集まですべてを自分たちで行わなければなりません。
また保育士の不足によって無資格のスタッフが多く配置される可能性もあります。結果、保育の負担が増す状況も考えられるのです。
7.企業主導型保育事業の立ち上げ事例
待機児童解消の問題に向けて近年、多くの企業が企業主導型保育事業を立ち上げています。実際に企業主導型保育事業を立ち上げ、人材確保や企業PR、近隣住民とのかかわりにつなげた2つの企業について説明しましょう。
東急百貨店
東急百貨店では以前から「保育園が見つからず仕事に復帰できない」という声が多く挙げられていました。そこで職場の近くに保育施設を設置。勤務のある土日祝日の預かりも行い、保育ニーズに応じた柔軟な受け入れを実現したのです。
また社員枠利用者を安定して確保するため、ほか企業との共同利用の契約を1年単位で募集。2017年度には業種の異なる8社が共同で利用しています。
エイチ・ツー・オー リテイリング
百貨店やスーパーマーケット事業を中心に展開するエイチ・ツー・オーリテイリングでは、利用のしやすさを第一に考え、保育料を給食費込みの1万円程度に設定。手頃な保育料で預けられる点が、近隣に住む女性社員の確保につながりました。
現在約100名いるパート社員のうち保育園を利用しているのは3割強。「職場に保育園がある」環境がどれほど強いPRになるかを証明した事例です。