「雇用保険」とは、労働者が失業や休業したときでも安心して暮らせるように、経済的なサポートを提供する公的保険制度です。企業は、労働者を雇用する場合、雇用保険の加入手続きをしたり、従業員に代わって雇用保険料を国に納付したりする必要があります。
そこでこの記事では、雇用保険の基本や社会保険との違い、雇用保険の加入条件や保険料の計算方法、各種手続き方法や注意点について詳しく解説します。
目次
1.雇用保険とは?
雇用保険は、労働者が失業や休業をした際に、給付金の支給や就職活動の支援をする日本の公的保険制度です。雇用保険には、失業等給付、求職者支援事業、育児休業給付、雇用保険二事業など、さまざまあります。保険料は、労働者と事業主が共に負担し、その率は年度によって異なります。
2.雇用保険の目的・メリット
主な目的は、労働者が失業や休業などのリスクに直面した際、失業時の給付金の支給や就職活動の支援を通じて、経済的な安定を提供すること。最大のメリットは、失業時に基本手当(失業手当)を受け取ることができる点です。
雇用保険は、労働者の能力開発やキャリア形成を支援する教育訓練給付も提供しており、労働市場での再就職の機会を増やすことにも寄与しています。雇用保険に加入することで、労働者は失業時の不安を軽減し、より安心して働けるのです。
3.雇用保険と社会保険の違い
雇用保険は、社会保険に含まれる保険のひとつで、それぞれの目的や加入条件は異なります。ここでは、雇用保険と社会保険の目的や加入条件の違いを詳しくみていきます。
制度としての目的の違い
雇用保険と社会保険は、それぞれ異なる目的で設計された制度です。
- 雇用保険:失業した労働者の再就職支援が目的。失業給付金や病気休業中の傷病手当金などを提供する
- 社会保険:労働者やその家族の生活を保障するための公的な制度。健康保険、厚生年金保険、介護保険などを含む
雇用保険は労働者が就労困難になった際のサポートに特化しているのに対し、社会保険は広範な生活保障を目的としています。
加入条件の違い
雇用保険の加入条件は、下記のとおりです。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 31日以上の雇用見込みがある
- 学生でないこと
これにはパートタイムやアルバイトの労働者も含まれ、雇用形態にかかわらず加入可能です。
一方、社会保険の加入条件は事業所単位で適用が決まり、条件を満たす労働者が被保険者となります。社会保険には健康保険、厚生年金保険などが含まれ、事業所は強制適用事業所と任意適用事業所にわかれるのです。
強制適用事業所の場合
強制適用事業所は、すべての法人事業所や個人事業所(一定の条件下)が含まれます。これらの事業所は、社会保険への加入が義務づけられており、従業員を1人でも雇用している場合は加入しなければなりません。
任意適用事業所の場合
任意適用事業所は、強制適用事業所に該当しない事業所で、厚生労働大臣の認可を受けて社会保険に加入する事業所です。これには、特定の条件を満たさない個人事業所や、労使の合意にもとづく任意加入が含まれます。
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4.雇用保険の加入条件
一定の条件を満たす企業や従業員は、必ず雇用保険を適用、または加入しなければなりません。任意加入の保険ではないので、条件を満たす場合は忘れずに加入手続きをとりましょう。
雇用保険の対象となる適用事業所の条件と、加入しなければならない従業員の条件をそれぞれ紹介します。
雇用保険が適応になる企業(事業所)
雇用保険は、従業員を雇用しているほとんどの企業や事業所に適用されます。農林水産業の一部を除き、どのような業種や規模でも、従業員を1人でも雇用している場合は雇用保険の適用事業所となるのです。
これは強制的な適用であり、企業は雇用保険の加入手続きを行い、保険料を納める義務があります。雇用保険は、厚生年金保険や健康保険に比べて適用範囲が広く、加入していない事業所でも雇用保険の適用事業所になる可能性があるのです。
適応とならないケース
雇用保険の適用から除外されるケースは限られています。主に農林水産業の一部事業が該当し、その他の業種ではほとんどの事業所が雇用保険の適用対象となるのです。
雇用保険の加入対象者
雇用保険の加入対象者は、以下の条件を満たす労働者です。
- 1週間の所定労働時間が20時間以上
- 31日以上の雇用見込みがある
- 学生でないこと
これには、正社員だけでなく、パートタイムやアルバイト、派遣労働者も含まれます。労働契約にもとづき、所定労働時間が20時間以上で、かつ31日以上の雇用が見込まれる場合、雇用保険に加入することが義務づけられているのです。
加入対象とならないケース
雇用保険の加入対象外となる主なケースは以下のとおりです。
- 1週間の所定労働時間が20時間未満の労働者
- 31日以上引き続き雇用される見込みがない労働者
- 法人の代表者や役員
- 同居の親族
- 季節的労働者
- 昼間学生
これらの条件に該当する労働者は、雇用保険の加入対象になりません。とくに「労働時間が20時間未満」「短期間の雇用」である場合は注意が必要です。また、学生や家族経営の事業所で働く親族などは、一般的に加入対象外になります。
5.労働時間が20時間を超えたり超えなかったりする場合の雇用保険の扱い
働いていると、途中で労働条件が変わる場合もあります。とくに、1週間の所定労働時間が20時間未満になると雇用保険への加入条件も変わるでしょう。ここでは労働時間が20時間を超えたり超えなかったりする場合の扱いをケース別に見ていきます。
ケース1:途中から週20時間未満になった場合
従業員が途中から週の所定労働時間が20時間未満になった場合、雇用保険の加入対象から外れます。たとえば、最初は週20時間以上働いていたものの、シフトの変更や契約の見直しにより週20時間未満になった場合、変更時点で雇用保険の被保険者資格を失います。
このような場合、事業主は雇用保険被保険者資格喪失届を提出し、従業員は雇用保険の給付を受けられなくなるのです。
ケース2:繁忙期のみ週20時間以上になる場合
繁忙期のみ週20時間以上働く場合、雇用保険の加入対象となるかどうかは、契約上の所定労働時間にもとづきます。
通常は週10時間程度の勤務であるものの、繁忙期に限り週20時間以上働くようなケースでは、通常の所定労働時間が週20時間未満であれば、雇用保険の加入対象となりません。
一時的に週20時間を超える勤務があっても、契約上の所定労働時間が基準となります。よって条件を満たさない限り雇用保険に加入できません。
したがって、繁忙期に限り週20時間以上働く場合でも、通常の勤務時間が週20時間未満であれば雇用保険の加入対象外となることが多いです。
6.雇用保険の給付の種類
雇用保険は大きくわけて4種類があります。ここでは、雇用保険による主な給付の種類と、それぞれの特徴を紹介します。
出典:厚生労働省「失業等給付について」をもとに作成
求職者給付(失業手当)
求職者給付、一般に失業手当として知られるこの給付は、離職した労働者が新たな職を見つけるまでの間、経済的な支援を提供します。
受給条件には、雇用保険に一定期間加入していること、自己都合や会社都合での離職、積極的な就職活動を行っていることなどが含まれます。給付額は、過去の給与額と加入期間に基づいて計算され、受給期間は離職の理由や年齢、加入期間によって異なるのです。
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7.雇用保険の保険料と計算方法
ここでは、雇用保険料の計算方法について解説します。
- 雇用保険の計算に必要な賃金を確認する
- 雇用保険料率を確認する
- 雇用保険対象賃金と料率を掛ける
①雇用保険の計算に必要な賃金を確認
雇用保険料の計算には、まず算定の基礎となる賃金を確認します。算定基礎となる賃金には、
- 給与
- 賞与
- 残業手当
- 通勤手当
などが含まれます。ただし、計算から除外される賃金もあるのです。賃金総額に算入するもの、参入しないものは以下になります。
出典:神奈川労働局「労働保険料の算定基礎となる賃金早見表【労働保険徴収課】」をもとに作成
雇用保険料率を確認
次に、雇用保険料率を確認します。率は毎年厚生労働省や都道府県労働局、ハローワークのサイトで公表されます。
たとえば令和6年度の雇用保険料率は、労働者負担が0.6%、雇用主負担が0.95%。ただし、率は年度によって変更されることがあるため、毎年確認する必要があります。
出典:厚生労働省「令和6年度の雇用保険料率について」
雇用保険対象賃金×賃金で算出
最後に、雇用保険料の計算を行います。計算式は、次のとおりです。
「給与額(または賞与額)× 雇用保険料率 = 雇用保険料」
たとえば、令和6年度の雇用保険料率で雇用保険料をシミュレーション計算してみると以下のようになります。
【シミュレーション計算条件】
- 労働者の給与が30万円
- 労働者負担の雇用保険料率:0.6%
- 雇用主負担の雇用保険料率:0.95%
- 雇用保険料の計算から除外される賃金はない
すると、下記のようになります。
- 労働者が負担する雇用保険料は、30万円×0.6% = 1,800円
- 雇用主が負担する雇用保険料は、30万円 × 0.95% = 2,850円
手順に従って雇用保険料を計算すると、企業は適切な保険料を納付できますし、従業員は適切な保険料を負担できます。
8.雇用保険の手続きと必要書類
雇用保険に関する手続きは、一般的に人事や総務部が行います。失業中に受ける給付金の手続きに必要な書類もあるため、従業員も雇用保険の手続きや必要書類を把握しておきましょう。
入社時
入社時の雇用保険手続きは、新たに従業員を雇用した企業が行います。企業は、従業員が入社した月の翌月10日までに、管轄するハローワークに「雇用保険被保険者資格取得届」を提出する必要があるのです。
届出により、従業員は雇用保険の被保険者となり、雇用保険の給付を受ける資格を得ます。また、企業は従業員に「雇用保険被保険者証」を交付し、従業員はこの証を保管しておく必要があるのです。
雇用保険被保険者資格取得届とは? 添付書類、資格取得
雇用保険に入る資格がある従業員を採用したとき、雇用者は雇用保険の加入手続きをしなければなりません。ここでは申請に必要な雇用保険被保険者資格取得届と記入方法、提出の仕方について解説します。
1.雇用保...
退職・転職時
退職または転職時には、企業が「雇用保険被保険者資格喪失届」と「雇用保険被保険者離職証明書」をハローワークに提出します。これにより、従業員の雇用保険被保険者資格が喪失され、離職票が発行されます。
離職票は、失業時の給付金申請に必要な重要な書類であり、従業員はこれを受け取り、保管しておく必要があります。
離職票とは? いつ届く? 書き方、発行時の注意点、離職理由
離職票は、退職者が雇用保険の失業給付を受給するときに必要となる書類です。
退職者からの交付請求があった際、事業主は従業員の退職後の一定期間内に離職票を交付しなければなりません。離職票の交付が遅れると、...
9.雇用保険に関する注意点
雇用保険は加入する条件や、給付の時期など注意点がいくつかあります。ここでは、雇用保険制度に関する注意点を解説しましょう。
入社後1か月以内に退職しても雇用保険の適用対象になる
雇用保険の加入条件を満たしていれば入社後1か月以内に退職しても、雇用保険の適用対象になります。この場合、計算方法は会社によって異なるものの、支給額をベースとして計算するケースが多いです。
パートタイムでも条件を満たせば雇用保険に加入できる
パートタイム労働者でも、一定の条件を満たせば雇用保険に加入できます。主な条件は、1週間の所定労働時間が20時間以上であり、31日以上の雇用が見込まれること。条件を満たしていれば、パートタイム労働者も雇用保険の保護を受けられます。
失業時の給付は最短でも1か月半ほど時間がかかる
失業給付を受けるには、一定の条件を満たす必要があります。
- 自己都合による退職:離職日以前の2年間で、通算して12か月以上の加入期間
- 会社都合などによる退職:離職日以前の1年間で、通算して6か月以上の加入期間
また、初回の給付(振込)までの期間は、会社都合の退職の場合は1か月半ほど、自己都合の退職の場合は3か月〜4か月ほどかかります。
なぜなら、離職後にハローワークに登録し、必要な手続きを行った後、給付の審査が行われるためです。もし失業した場合は早めにハローワークに相談し、必要な手続きを進めるとよいでしょう。