給与のデジタル払いとは、電子マネーで給与を支払うこと。デジタル払いの仕組みや導入スケジュール、企業や従業員のメリットとデメリットなどを詳しく解説します。
目次
1.給与のデジタル払いとは?
給与のデジタル払いとは、電子マネーや中間決済サービスを利用して給与(報酬)を支払う方法のこと。
労働基準法第24条では、「賃金は通貨で直接労働者へその全額を支払わなければならない」と定めています。通貨とは「硬貨と紙幣」のこと。つまり給与は現金で手渡しせよといっているのです。
労働者の同意を得た場合、例外として銀行振込が認められています。なお交通費や業務委託費など給与に該当しない報酬については、上記の制限を受けません。そのためすでに一部の企業では、これらの報酬にデジタル払いを適用しています。
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1.給与とは?
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2.給与のデジタル払いはいつから解禁される?
給与のデジタル支払いは、2023年4月より施行されました。
2018年ごろから厚生労働省で検討が開始されていました。しかし実際のニーズの高まりや安全性に関する懸念などから、検討はなかなか進まなかかったのです
4年以上におよぶ審議を経て、2022年11月に給与のデジタル払いに則した労働基準法一部改正の省令を公布。2023年4月から施行されることとなりました。
2023年4月からは、従来の手渡しと銀行振込にくわえ、厚生労働省の指定を受けた資金移動業者が提供するサービスでの給与支払いが行えるようになっています。
3.給与のデジタル払いが解禁される理由
厚生労働省が給与のデジタル払いを実現させた主な理由には、キャッシュレス決済の普及、従業員からのニーズ、外国人労働者の受け入れ、新しい生活様式への対応などが挙げられます。それぞれについて解説しましょう。
- キャッシュレス決済の利用拡大
- 外国人労働者の増加
- 新たな生活様式への対応
- デジタル払いへのニーズ
①キャッシュレス決済の利用拡大
2022年9月に発表された経済産業省の資料「キャッシュレス更なる普及促進に向けた方向性」によると日本の2021年キャッシュレス決済比率は32.5%。
一方、韓国では90%以上、英国や中国ではおよそ70%に達しており、日本の普及率はいまだ低い数値にとどまっています。
そこで政府は、国内のキャッシュレス決済比率を世界最高水準の80%まで高めるという目標を設定。中間目標として、2025年6月までにキャッシュレス決済比率40%を目指しています。
②外国人労働者の増加
外国人労働者の雇用が増加し、従来の給与支給方法のみでは対応が難しくなったのも大きな理由です。
2022年10月に厚生労働省が公表した「外国人雇用状況の届出状況まとめ」によると、外国人労働者数は182万人以上。前年からおよそ105.5%も増加し、過去最高の数値になっているのです。
外国人労働者を雇用する際、課題のひとつとなるのが給与の支給。外国人労働者は銀行口座の取得が難しいからです。給与のデジタル払いでこの問題が解消できれば、外国人労働者の受け入れの後押しになると期待されています。
③新たな生活様式への対応
非接触型のコミュニケーションが新たな生活様式として浸透したため、給与のデジタル払いの必要性が高まっています。
新型コロナの影響で、日常生活の中における人と人の接触を避けるようになりました。金銭の受け渡しもそのひとつ。感染症予防の観点からもキャッシュレス決済の普及が推奨されているのです。
④デジタル払いへのニーズ
すでにキャッシュレス決済を利用している人から、一定のニーズが予想されているのも理由に挙げられます。
2020年4月に公正取引委員会が公表した「QRコード等を用いたキャッシュレス決済に関する実態調査報告書」によると、全体の39.9%が「自身が利用するコード決済でのデジタル給与支払いを検討する」と回答。
つまり実際にデジタル払いが採用された場合、給与取得者の4割程度が利用すると考えられるのです。
4.給与のデジタル払いの仕組み
給与のデジタル払いでは、普段から使用している電子マネーや決済アプリへチャージして支払います。では具体的にはどうすればよいのでしょうか。企業側の支払い方法や従業員側の受け取り方など、その仕組みを詳しく説明しましょう。
支払い先の選定
企業側は、厚生労働省が指定する「資金移動業者」から、支払先を選定する必要があります。
デジタル給与支払いに用いるサービスには、「報酬の送金と出金が可能」という条件があり、現時点では「Pay Pay」「楽天Pay」「LINE Pay」などが挙げられているのです。
資金移動業者とは?
「資金決済に関する法律(資金決済法)」に従って為替取引を行える業者です。銀行といった預金取扱金融機関に当てはまらない業者が該当します。
為替取引とは、直接現金を輸送せずに資金を移動すること。そのため資金移動業者は、コンビニエンスストアや旅行代理店、インターネットやスマートフォンなどを経由した国内外への送金が行えます。
従業員側の受け取り方
給与のデジタル払いでは、資金移動業者が運営する決済サービスのアカウントへチャージする形で支払われます。そのため従業員は、決済サービスのアプリで給与を受け取ることになるのです。
従業員は事前にデジタル給与支払いに同意したうえで、利用する決済サービスの情報を自社へ提出する必要があります。
アメリカではペイロールカード(Payroll Card)を使用
ペイロールカードとは、給与支払いに特化したプリペイドカードのこと。銀行といった金融機関を介さず入金(チャージ)でき、何回でも再チャージ可能。電子マネーと同様に決済ができ、キャッシュカードのように引き出しも行えます。
収支管理が容易になるうえに、短期間の給与支払いにも適している支払い方法であるため、アメリカでは導入する事業主が増加。2011年には14%だった導入率が、2017年には37%まで上がっています。
現金化は可能?
給与をデジタル払いで受け取った場合も現金化は可能です。むしろポイント換算のみで現金化できない決済サービスへのデジタル払いは認められていません。現金化する方法は、主に次のふたつが挙げられます。
- 自身の持つ銀行口座へ送金して引き出す
- 決済サービスと提携しているATMから引き出す
たとえばドコモの「d払い」や「LINE Pay」などの残高は、セブン銀行ATMから現金で引き出せます。
銀行口座振り込みとの違い
給与振込の場合、デジタル払いと銀行口座振り込みでは「振込情報」と「振込額の上限」の点が異なります。
銀行口座振り込みでは、銀行名や口座番号といった口座情報が必要です。一方デジタル払いでは銀行口座の情報は不要で、その代わりにID番号が必要となります。
またそれぞれの振込額にも制限が発生するのです。銀行振込では実質的に振込金額の上限がありません。一方、デジタル払いは、残高が100万円を超えない範囲での振込しかできません。
5.給与のデジタル払いのメリット
給与のデジタル払いは、企業側と従業員側の双方にメリットをもたらします。ここではそれぞれについて見ていきましょう。
企業
導入する企業には、下記のようなメリットが期待できます。
- 振込手数料の削減
- 支払い方法の多様化
- 企業イメージの向上
①振込手数料の削減
給与のデジタル払いを希望する従業員が増えるほど、銀行振込にかかっている手数料を抑えられます。多くの資金移動業者は、入金手数料を無料もしくは割安に設定しているためです。
1回の振込手数料が安くなれば、給与の支払回数を増やすといった柔軟な対応も取りやすくなるでしょう。たとえば週払いや日払いを設けるなどです。
②支払い方法の多様化
銀行口座振込以外での給与支給にも、スムーズに対応できます。
たとえば外国人従業員は、一定の条件を満たさないと銀行口座を開設できません。デジタル払いを利用すれば、銀行口座の開設を待つことなく給与を支払えます。
また個人事業主に対する報酬は給与に該当しないため、もともとデジタル払いが可能です。フリーランス人材を活用する際、デジタル払いが役立つでしょう。
③企業イメージの向上
給与のデジタル払いを導入すると、ステークホルダーからのイメージが向上する可能性もあります。社会の変化や従業員のニーズに対応するという企業の姿勢を示せるからです。求職者からの応募増加といった効果も期待できます。
従業員
給与を受け取る従業員側のメリットとして挙げられるのは「支払いや送金の利便性が向上する」「現金や銀行キャッシュカードの紛失リスクが軽減する」点です。
- 盗難や紛失のリスクを軽減
- 利便性の向上
①盗難や紛失のリスクを軽減
多額の現金、あるいは銀行のキャッシュカードを持ち歩く頻度が下がるため、現金やキャッシュカードの盗難あるいは紛失といったリスクが軽減します。給料は端末の決済サービスアプリに支払われるため、現金がなくても支払いができるからです。
②利便性の向上
給与をデジタル払いで受け取れば、現金化あるいは銀行口座へ送金する必要がなくなり、利便性が向上します。ATMで現金を引き出す手間と手数料がかかりません。また決済サービスで出入金を一本化すれば、金銭管理もしやすくなります。
6.給与のデジタル払いのデメリット
給与のデジタル払いには、さまざまな懸念点が残されています。そのため場合によっては、企業や従業員へデメリットをもたらす可能性もあるのです。
企業
デジタル払いを採用する企業では、下記のようなデメリットが考えられます。
- 二重運用の発生
- セキュリティリスク
①二重運用の発生
従来の銀行振込とデジタル払いを併用するため、二重運用の発生による業務負荷の増大が考えられます。給与のデジタル払いは、希望する従業員のみへの適用となるからです。
人事や経理といった関連部署での業務増加はもちろん、情報システム部門でも給与システムの拡張といった業務が発生するでしょう。
②セキュリティリスク
給与の入金先に資金移動業者を選定するため、セキュリティ面でのリスクも懸念されます。多くの決済サービスはメールアドレスや氏名、電話番号などの個人情報と紐づいているからです。
企業側が取得したこれらの情報が流出すると、不正アクセスによるハッキングや不正送金などが起こりえます。一方、銀行振込の場合、企業側は口座番号のみ取得する形です。そのため万が一口座番号が流出しても、上記のようなトラブルを防げます。
従業員
給与を受け取る従業員側には、資金移動業者の倒産で資産を失うリスクや、資金移動業者によっては現金化に手数料がかかるといったデメリットがあります。
- 資金移動業者の経営破綻リスク
- 現金化の手数料が発生
①資金移動業者の経営破綻リスク
給与のデジタル払いに使っている資金移動業者が経営破綻した場合、全額保証を受けられない恐れもあります。
たとえば銀行が経営破綻しても、預金保険制度によって1,000万円まで取り戻せるのです。一方、資金移動業者がそこまで保証するとは限りません。
②現金化の手数料が発生
デジタル払いされた給与をATMで引き出す際、基本的には手数料がかかります。一方銀行のATMキャッシュカードで引き出す場合、平日の営業時間内であれば手数料が不要です。
そのため政府は、デジタル払いの給与を引き出す際の手数料について、1回目を無料とする方向で検討を進めています。
7.給与のデジタル払いの導入にあたり検討すべきこと
企業が給与のデジタル払いを導入する際、何を検討すればよいのでしょう。それぞれについて見ていきます。
- 多様な働き方の促進
- さまざまな制度の構築や改定
①多様な働き方の促進
多様な働き方を受け入れると、給与のデジタル払いをより効果的に活用できます。
たとえば人材不足を解消するため外国人従業員を雇用する場合、決済サービスでの支払いが必要となるでしょう。また副業やフリーランスといった外部人材への業務委託を活用する場合も、デジタル払いを希望される可能性があります。
このような働き方に対応すれば優秀な人材を確保しやすくなり、自社の成長が促進されるでしょう。
②さまざまな制度の構築や改定
給与のデジタル払いを導入する際、関連する制度や規程の改定が必要になります。多くの企業が定めている現行の給与規定は、現金支給あるいは銀行振込を前提としているからです。
たとえばデジタル払いに対応するよう就業規則を変更し、デジタル払いに必要な個人情報を従業員から収集するための規則や規定、収集方法、保管方法なども決める必要があります。
同時に労働者が加盟する労働組合と、デジタル払いに関する条件を取り入れた労使協定を締結しなければなりません。