経験学習とは、経験から学ぶ学習プロセスです。ここでは、経験学習についてさまざまなポイントから解説します。
目次
1.経験学習とは?
経験学習とは、経験の中から学んだ内容を次に活かしていく学習のプロセスです。経験を通して成長に必要な気づきを習得することであり、英語で「Experimental Learning」と言います。人事領域では、経験学習とは、いかにして人が経験から学びとっていくかというプロセスを概念化したものと解釈されています。
7・2・1の法則
「7・2・1の法則」とは、アメリカのロミンガー社による優れたビジネスリーダーの経験に関する調査から導き出された法則です。調査によれば、
- 「仕事経験から学ぶ」が7割
- 「他人から学ぶ」が2割
- 「研修や書籍から学ぶ」が1割
という結果になりました。「7・2・1の法則」からは、
- 能力開発の大半は、実務の現場で行われている
- 教室で行われる講義などで知識を付与する学習方法は効果が低い
ことが読み取れます。
経験学習の提唱者はデイヴィッド・コルブ
経験学習の提唱者はデイヴィッド・アレン・コルブです。彼は、1939年12月12日にイリノイ州モリーンで生まれました。教育理論家であるとともに、経験ベースの学習システム株式会社EBLSの創設者兼会長、ウェザーヘッド経営大学院などの名誉教授を勤めました。
デイヴィッド・コルブは、
- 経験学習
- キャリア開発
- 個人と社会の変化
- エグゼクティブとプロの教育
といったテーマについて考察を深め、経験学習を唱えました。
デイヴィッド・コルブの経験学習モデルとは?
デイヴィッド・コルブの経験学習モデルとは、
- 経験したことを振り返る
- 内省の中から学びを得る
- 得た学びを概念化する
- 概念化した学びを実践に活用する
といった4つのプロセスからなる学習理論のことです。
2.経験学習サイクルと4つのプロセス
経験学習モデルは、
- 具体的経験
- 内省的観察
- 抽象的概念化
- 能動的実験
の4つのプロセスで構成されています。このプロセスのサイクルを繰り返すことで、経験や学習を成長に活かせるのです。各プロセスの詳細を見ていきましょう。
①具体的体験
経験学習サイクルの最初のプロセスは、具体的体験です。具体的体験とは、実際に具体的な経験をすることで、
- 自ら考える
- 自らの考えで動く
- 自らの考えで動いた結果を自分自身で受け入れる
というステップを経ることで、体験の中からさまざまな気づきを得ます。
このとき、実際に体験していないにもかかわらず、まるで体験したかのように勝手に解釈、判断することがあってはなりません。そのためには、
- 足を運び、自ら確認する
- 手に取り、現物を確認する
- 目で見て、事実を理解する
といった現場主義の実践が重要になります。
②内省的観察
経験学習サイクルの二番目のプロセスは、内省的観察です。内省的観察とは、自分自身が経験したことを、多様な視点、俯瞰的な立場から振り返ることです。成功、失敗を問わず、想定外の結果が出たときの原因、背景などを多角的に考察します。
失敗した経験を振り返ることに苦痛を感じるため、時間がない、考えても無駄、運が悪かっただけなど、さまざまな理由をつけて内省の時間を設けたがらないかもしれません。しかし、失敗を繰り返さないためにも、自己の行動の結果を多角的に振り返らなければなりません。
③抽象的概念化
経験学習サイクルの三番目のプロセスは、抽象的概念化です。抽象的概念化とは、経験した結果を内省して得たものを、
- ほかのケースでも応用できるよう概念化する
- 自分だけでなく周囲の人がその概念を使えるように教訓とする
ことです。
経験を個人的なもので終わらせては、組織の成長はありません。自己の経験を概念化して教訓とするためには、
- 自らの体験に近い、体系的に完成している既存理論
- 経験から導かれた自らの考え
を照合します。そして、既存理論をオリジナルに発展させ、抽象的概念、すなわちマイセオリーを生み出します。
④能動的実験
経験学習サイクルの具体的な四番目のプロセスは、能動的実験です。能動的実験とは、抽象的概念化で導き出したマイセオリー・教訓を実践することです。
経験学習においては、経験の中で会得した学びを、また経験の中で活かすことが求められます。そのため、経験からなんらかの学びを得た場合、その学びを検証するための実験を行うステップが必要になります。
仮に、能動的実験を実践する段階で再度失敗が生じても、これまで確認してきた経験学習モデルのプロセスを何度も繰り返せば、一歩一歩成功へと近づけるでしょう。
3.経験学習モデル実践のポイント
経験学習モデルを実践する際に抑えておきたいポイントがあります。ここでは、
- リフレクションの習慣化
- リフレクションのポイント
- リフレクションのフレームワーク「KPT法」とは
といったポイントから解説します。
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リフレクションの習慣化
経験学習モデルを実践する際に抑えておきたいポイントは、リフレクションの習慣化です。リフレクションとは、振り返りです。
経験学習のサイクルを回すためには、自分の経験について職場の仲間と対話するなど、振り返りの機会を積極的に設ける必要があります。
リフレクションをルーティーン化できれば、経験学習が効果的に行われます。そうすれば、同じ過ちを繰り返さなくてすむでしょう。
リフレクションのポイント
リフレクションのポイントは、失敗を恐れないことです。経験学習におけるリフレクションは、失敗をしたことを非難することや二度と失敗しないと反省を促すことではありません。
振り返りの目的は、
- 自信をもって次の経験にトライする
- 変化を恐れない
- あらゆることに好奇心を持って行動する
ことです。
よって、リフレクションでは、厳しい意見や批判的な意見もしっかりと受け止めることがポイントになります。
リフレクションのフレームワーク「KPT法」とは
リフレクションのフレームワークにKPT法があります。KPT法とは、リフレクションによって仕事の改善をよりスピーディーに行うためのフレームワークです。
KPT法をより深く理解するために、
- KPT法のメリット
- KPT法の実践方法
- KPT法の注意点
について、それぞれのポイントを簡単に解説します。
KPT法のメリット
KPT法のメリットは以下のとおりです。
- リフレクションの実施によって、チーム全体で課題や改善点を共有、明確化し、課題を早期発見できる
- リフレクションの機会を活用し、チーム全体でさまざまな意見交換の場を創造する
- リフレクションによって、次にとるべきアクションが明確になるため、チームに一体感が生まれる
- 意見の違いや立場の違いなどを超えて、気兼ねなく問題に対して意見を述べられる
- 次の行動に活かすためのリフレクションであることから、ポジティブな気持ちを持ち続けられる
KPT法の実践方法
KPT法の実践方法は以下のとおりです。
- まずホワイトボードを「Keep」「Problem」「Try」に分類し、分類に応じて付箋に書いた内容を貼り付ける
- 「Keep」を振り返り、以後も引き続き取り組みを続けることを書き出す
- 「Problem」を振り返り、課題を書き出す
- 「Try」を振り返り、解決策を書き出す
- 「Keep」「Problem」「Try」すべての区分に書き出した付箋を眺めて再度検討し、表を完成させる
- 「Keep」「Problem」をリフレクションし、「Try」の解決策を実行する
実行した結果をもとに、再度、KPTを繰り返す
KPT法の注意点
KPT法の注意点は、簡単に振り返ることです。細かなルールを設定すると、振り返りそのものが負担になりかねません。KPT法を自然消滅させないためには、
- 気楽に
- シンプルに
- 簡単に
- 軽快に
といった雰囲気を大切にしながらミーティングを進めることが重要です。たとえば、「最低1個」といった意見の求め方がおすすめです。
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4.経験学習の実戦の具体例
経験学習の実践例として、
- 人材開発に経験学習を取り入れる例
- 企業の具体的な実践例
をあげて解説します。
人材開発に経験学習を取り入れる例
経験学習の実践例のひとつは、人材開発に経験学習を取り入れるケースです。経験学習の本質は、実際に経験から学び、学んだ知識や技術をまた現場の仕事に応用して活かすことであり、人材開発に最適なプログラムです。
ここでは、
- 研修プログラム
- ナレッジマネジメント
- OJT
- 評価と経験学習
について解説します。
研修プログラムと経験学習
研修プログラムと経験学習とは、人事による集合研修と現場の実務経験の併用で経験学習を行うケースです。
- 個人の目標達成に貢献できる経験をする
- 集合研修で広く意見交換をし、関連理論を学ぶ
- 経験と他者の意見、理論をもとにしてマイセオリーを創造する
- マイセオリーを現場の実務に活かす
といったサイクルで経験学習を行います。
ナレッジマネジメントと経験学習
ナレッジマネジメントと経験学習とは、知識の共有に経験学習を役立てることです。ビジネスの変化のスピードが速まるにつれ、組織が情報をいかに速く入手できるかが事業成功の鍵を握るようになりました。
つまり、企業の問題解決には、
- 経験から得た知識をデータベース化する
- 蓄積されたデータをもとに、変化に素早く対応する
ことが必要となっています。
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OJTと経験学習
OJTと経験学習とは、仕事を通して行う訓練と経験学習が相互に作用することです。OJTとは「On-the-Job Training」の頭文字をとったもので、職場内訓練のことです。
上司が部下に実際の仕事を通して訓練を行うため、必然的に経験学習の要素が盛り込まれます。内省や概念化が疎かになりがちなので、経験学習のプロセスを取り込みます。
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評価と経験学習
評価と経験学習とは、評価制度に経験学習のモデルを組み込むことです。たとえば、「毎月1回面談を行う」など、面談日程を決めます。
この面談では、経験学習モデルを活かして、
- 目標の達成度
- 達成できなかった場合の理由
などを確認します。評価制度にプロセス評価を取り入れ、面談結果を評価に落とし込めば、社員の成長を促す評価制度が構築できます。
企業の具体的な実践例
企業の具体的な実践例として、
- ヤフー株式会社
の2社をあげて簡単に取り組みを解説します。
Googleでは、学習を以下のように捉えています。
- 学習は単発の仕事ではなく過程であり、実践、フィードバックが必要
- 学習の機会は日々の仕事の中にあり、困難に直面したときに学ぶもの
- 学習はいつ、何を、どのように学習するかは個人的なもの
- 学習は社会的行為であり、社員同士の情報交換やサポートが行われるべき
その上でGoogle は、
- 日常の仕事を通して学び合う場面
- 社内の人脈拡大のための機会
を意図的に設定しています。
ヤフー株式会社
ヤフー株式会社は、個々の社員に対し、
- 最適な研修制度の活用
- 自立性やチャレンジ精神の育成
- 他者評価の定期的なヒアリングとフィードバック
などができる仕組みを構築し、「経験から学んだことを成長につなげていく」ことを支援しています。
たとえば、
- 上長が部下の課題解決や目標達成支援を目的に、経験学習サイクルをまわすための1on1ミーティング
- 役職者をさまざまな角度から評価するななめ会議
- 「人財開発カルテ」をもとに一人ひとりの中・長期的な育成方針を話し合う人財開発会議
などがあります。
5.経験学習の課題
経験学習には課題があります。ここでは、
- 状況に適応する能力の向上
- メンターによるサポート体制の構築
といった課題について解説します。
状況に適応する能力の向上
経験学習のひとつ目の課題は、状況に適応する能力の向上です。経験からマイセオリーを構築するまでには、周囲からのサポートが欠かせません。サポートとは、
- 気づきが生まれるような経験を意図的に設定する
- 経験を⼀緒に振り返ることで、対話による気づきを促す
ことです。サポートがあれば、下記が可能になります。
- 自ら経験から学ぶことを覚える
- 自分がすべきことを自分で考えられる
- 状況から最善の行動を持ちびき出す
メンターによるサポート体制の構築
経験学習のもうひとつの課題は、メンターによるサポート体制の構築です。
- 内省を好まない
- 経験による結果に一喜一憂するだけ
- 経験から得た見地を次の経験に活かさない
といった社員は少なくありません。
そんなとき、1on1ミーティングを実施して上司であるメンターから適切なサポートを受けられれば、気づきや自発的行動を促せるようになります。メンターである上司は、傾聴により社員の承認欲求を満たす役割を果たすからです。
メンターとは? 意味や役割、メンタリングのやり方を簡単に
近年、人材育成を目的にメンター制度を取り入れる企業が増えています。制度の導入を成功につなげるためには、メンターに関する理解が欠かせません。今回は、メンターの意味や役割、メンタリングの方法、メンターの育...