自分を客観視する能力は、社会へ出て仕事をする際に非常に重要なスキルの一つ。この自分自身を客観的に認知する能力を「メタ認知」といいます。
メタ認知能力が高い人は、人とコミュニケーションを取ったり、仕事の進行や目標を定めたりといった能力に優れているといわれているのです。
社会人として身に付けたい「メタ認知」の必要性や向上させる方法などについて解説しましょう。
目次
1.メタ認知とは?
メタ認知とは、「自分が認知(考えている・感じている)していることを客観的に把握すること」です。つまり認知していることを認知することです。メタ認知能力を向上できれば、自分自身を客観的に見られるようになります。それにより、高い目標の設定やそれを達成する力、問題解決能力などを引き上げることができるのです。
メタ認知は認知心理学の分野
「メタ認知」は、ジョン・H・フラベルというアメリカの心理学者が定義した概念で、もともとは認知心理学で使われていた用語でした。1970年代から研究が進められていたのですが、つい最近まで一般的には知られていませんでした。
最近になって、教育関係や人材育成、経営などの業界で重要な能力の一つとして注目されるようになったのです。
メタの意味
メタ認知の「メタ」には、「高次の」という意味があります。従って自分が「認知している」こと、たとえば記憶や思考、学習したことなどを、「高次の」(=メタ)視点から認知しよう、というのが「メタ認知」の直接的な意味になります。
メタ認知の提唱者:ジョン・H・フラベル
1976年、ジョン・H・フラベルがメタ認知の基本となる概念「メタ記憶」を定義。その後、A・L・ブラウンによって、「理解への理解」である「メタ理解」や「注意を注意する」という「メタ注意」など、「メタ」の概念についての研究が深まりました。
それに伴い、これらの「メタ」概念に共通する「メタ認知」についての研究が発展し、広まっていったといわれています。
メタ認知の定義
メタ認知の定義は、「認知していることを認知すること」です。つまり、人が認知するに至ったきっかけから結果に至るまでのすべてのことを、自分自身で把握する、ということです。
たとえば、自分が何かをしているときに、自分の中のもう一人の自分が冷静に見ているように感じた経験はないでしょうか。
こうした自分が能動的に行っている言動について、もう一人の自分が客観的な立場から、その言動を調整したり調和したりする能力をもって、「メタ認知」と定義しているのです。
メタ認知の概念の起源:ソクラテス
メタ認知の概念の起源をさかのぼると、古代ギリシャの哲学者ソクラテスにたどり着きます。あの有名な「無知の知」という考え方です。「彼らは何も知らないのに知っていると思い込んでいるが、私は何も知らないということを知っている。」
これは、自分が認知している内容を認知している、つまり、メタ認知ができているからこそ言える言葉でしょう。
2.メタ認知の2つの働き
メタ認知には2つの種類があります。
- メタ認知的知識
- メタ認知的技能
両者にはどのような違いがあるのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
①メタ認知的知識
「メタ認知的知識」とは、自分の短所や長所など、「自分自身について知っている知識」です。
たとえば、「話すのは苦手だが、人の話を聞くのが得意だ」とか「つまずくとすぐにマイナス思考になってしまう」といった、自分で把握して知識として理解できることをいいます。つまり、自分自身を分析して得た知識です。
注意すべきは、自己分析と把握ができたとしても、メタ認知能力が高いとはいえない点。そこから先へ一歩踏み込み認知的知識をもとに、不得意とする分野への対処法までを把握できてはじめて、メタ認知能力を高めることが可能です。
②メタ認知的技能
「メタ認知的技能」とは、メタ認知的知識を把握した上で、現在の自分自身がどうか確認したり、対策を講じたりする能力のことです。また、メタ認知的技能は「メタ認知的モニタリング」と「メタ認知的コントロール」の2つに分かれます。
- メタ認知的モニタリング:メタ認知的知識を現在の自分に照らし合わせ、悪い傾向になっていないか、知識が足りているかなどを確認していくこと
- メタ認知的コントロール:モニタリングで確認できたことを踏まえて感情をコントロールする、改善に向けて行動を変え工夫することなど
メタ認知的技能はメタ認知的知識の応用で、メタ認知のスキルとしてはこちらのほうが重要だといわれています。
3.メタ認知の能力が高い人と低い人の違い
メタ認知能力は、自分を客観視するだけでなく、自分自身の思考や能力を把握した上で現状を確認したり、さらに行動を変えていったりするなど複雑な過程が求められる能力です。
このメタ認知能力の高さは、どのような状況で発揮されるのでしょうか。具体例を見てみましょう。
メタ認知能力が高い人の場合(具体例)
良好な人間関係を築くには、メタ認知能力の高さが重要となります。たとえば、恋人とケンカをしてしまったとしましょう。多くはその場合、お互いに腹を立てて相手のマイナス面ばかり考えてしまいます。
そんなときメタ認知能力が高い人であれば、ただ腹を立てるだけでなく、「どうして相手が怒ったのか」「自分に非はなかったのか」ということを客観的に考え、分析できるのです。
冷静に自分を含めた全体の状況を把握することで、同じ失敗を防ぎ改善へとつなげられます。この能力が高い人は、人間関係はもちろん、仕事もうまく進めることができるはずです。
メタ認知能力が低い人の場合(具体例)
反対に、メタ認知能力が低いとどんなことが起こるのでしょうか。たとえば、恋人との初デートでお店を選ぶことになったとしましょう。
その際メタ認知能力の低い人は、相手の希望は一切考えずに「自分が好きだから」という理由でラーメン屋に連れていく、といった行動を取ります。
たとえ相手の好きな食べ物がラーメンではないと知っていたとしても、お構いなしに自分のしたいことをしてしまうのです。
デートに限らず仕事や人間関係全般で同じようなことが繰り返し起こるので、周りから「空気を読めない人」と思われやすくなります。
4.メタ認知をトレーニングする重要性・必要性
上記で紹介した具体例を読んで、「自分はメタ認知能力が低いかもしれない」と気付いてしまった人、諦める必要はありません。メタ認知能力は、訓練によって高めることができます。
たとえばメタ認知が働かないと・・・
もしあなたが訓練を怠り、メタ認知能力が低いままになってしまった場合、今後どんなデメリットが出てくるでしょうか。メタ認知が働かない人は、「自分のことを知りたくない」と考える傾向があります。
たとえば、「自分はマイナス思考になりがちだ」と理解できていても、
- それがなんだ、他人には関係ない
- もっとひどい人だっている
などと考え、自分の欠点を受け入れることができなくなってしまうのです。このような場合、人からアドバイスをもらっても聞く耳を持たず、ひどい場合には「自分はこういう人間だから」と開き直ってしまうでしょう。
また、そもそも自分のことを自分で知ろうとせず、「自分のことを理解してくれない周囲の人間が悪い」という考えに至る場合もあります。
メタ認知能力が低いと、自分で自分の成長の機会を絶ってしまったり、他人に迷惑をかけてしまったりすることになるのです。
メタ認知を学ぶメリット・利点
メタ認知能力を高めておくと、次のようなメリットを得ることができます。
- 変化の激しい時代に適応できる人材になる
- 自己分析が上手になる
①変化の激しい時代に適応できる人材になる
スマートフォンやインターネット、AIなどの普及で、世の中は劇的に変化しています。メタ認知能力は、このような変化の激しい時代に対応するための大切な柱となります。
メタ認知能力が高い人は、激しく変化する世の中で、自分の知識や考え方は古くないか、過去の栄光に縛られていないかを冷静に確認し、常に自分を変化できます。
変化に柔軟に対応できる能力は、今の世の中ではビジネスでもプライベートでも非常に重要なのです。
②自己分析が上手になる
メタ認知能力が高い人は、自己分析能力にも優れています。自分を客観視してモニタリングすることに長けていれば、おのずと自分に足りないものが見えてくるからです。
メタ認知を極めると、自分にはこんな傾向がある、こんなところが弱点だということを理解し、冷静に自己分析できるようになります。冷静で客観的な自己分析ができれば、それだけ自分を成長させる機会は増えるでしょう。
メタ認知を鍛えることで得られる効果
メタ認知によって「モニタリング」と「コントロール」を繰り返すことは、自身の成長に直結します。
「モニタリング」によって自分を客観視し、弱点を見つける力を、弱点を踏まえて思考や行動を良い方向へ「コントロール」することで、いち早く自分を成長させる力を、それぞれ身に付けることができるのです。
5.メタ認知の能力を高めるには? 鍛え方
メタ認知能力を高める方法には、どのようなものがあるのでしょう。ここからは、メタ認知能力を高める方法について解説します。
①メタ認知的モニタリング
まず鍛えるべきは、メタ認知的技能の一つ「モニタリング」。自分を客観視し、思考や行動の傾向や短所長所を確認していく作業です。
自分を客観視するといっても、どうしたらいいのか分からない人も多いと思います。そんな人は、他人に対していら立ちを感じたときに一つ考えてみてください。「自分は何に対して怒っているんだろう?」と。
そこから、自分は何に対していら立ちやすいのかという傾向を分析してみましょう。一番冷静になることが難しい「怒り」の感情の中、自分を分析することで、自然と「モニタリング」の能力を向上できるのです。
②メタ認知的コントロール
次に必要なのは、もう一つのメタ認知的技術「コントロール」です。モニタリングで得た情報をもとに、対処するための目標を立て、それに向けて行動していきます。
たとえばモニタリングの結果、いら立ちを感じた原因が「相手の話し方」と分かったとします。そうしたら次は、相手の話し方に集中するのをやめる努力をしてみるのです。
代わりに何を話しているのかをきちんと理解するように心掛け、いら立ちを「コントロール」する術を身に付けます。また自分をコントロールできるようになると、後悔するような言動を減らすことが可能です。
具体的には?:日記を書くなど
日記を書くことは、日常でメタ認知能力を鍛えるために有効です。日記に自分が感じたことを書くことで、「モニタリング」の能力が上がります。SNSで、「これを読んだ人はどんな意見を持つだろう?」と意識しながら、自分のコメントを発信していくのも効果的でしょう。
これらは継続しないと効果が出にくいので、習慣として取り組むことをお勧めします。
冷静さを身に付ける
メタ認知には、冷静さが必要です。自分の苦手な部分や周りが見えなくなっていたところを客観的に見直すには、冷静にならなくてはいけません。
誰でも自分の嫌な部分や苦手な部分は見たくないものです。しかし勇気を持ってしっかりと見つめ、冷静さを保つよう訓練してみましょう。
6.メタ認知トレーニングとは?
メタ認知能力の向上については、ドイツのハンブルク大学でも研究が進められています。
同大学のモーリッツ教授の研究によって開発された「メタ認知トレーニング(MCT)」は、「自分にはこういった傾向がある」という自己認知が無理なくできる仕組みになっています。
この研究は統合失調症などの精神疾患の治療のために開発されたものですが、健康な人にも十分有効なトレーニング方法です。一度試してみるとよいでしょう。
メタ認知を訓練するステップ
メタ認知は脳の前頭連合野の働きによって、向上したり低下したりするといわれています。ハンブルク大学でも、この前頭連合野をトレーニングで刺激する方法が研究されています。
モーリッツ教授のメタ認知トレーニング(MCT)によると、
- 自らの認知バイアスを理解する
- モニターする
- コントロールする
のステップに沿って訓練を進めれば、下がってしまったメタ認知能力を回復できるそうです。
メタ認知トレーニングの方法
MCTは3~10人までのグループワークで進めます。本来は精神疾患患者向けのトレーニングなので、マニュアル上、トレーナーは統合失調症専門の精神科医などが行うことになっています。
健康な人が能力向上目的で行う場合は、人事担当者などがトレーナー役となって進めるとよいでしょう。MCTを行うには、モーリッツ教授が作成した下記の資料が必要となります。
- マニュアル
- パワーポイントスライド
- ホームワーク資料
- イエローカード
- レッドカード
この資料をもとに、メタ認知的知識とメタ認知的技術のセッションを1週間に1回ずつ行います。セッション後、付属のホームワーク資料を配布し、次のセッション時に、前回の振り返りとともにホームワークの確認を行うのです。
振り返りやホームワークによって、セッションで行った内容を定着できます。省略せずに必ず行いましょう。メタ認知トレーニングを他者も交えたグループワークで実施することで、より客観視できる思考を身に付けられるのです。