未払い残業代とは、支払われていない時間外割増賃金のことです。ここでは、未払い残業代について解説します。
目次
1.未払い残業代とは?
未払い残業代とは、1日8時間・1週間で40時間の法定労働時間を超える超過労働に対する時間外割増賃金が「支払われていない」「不当に低い金額が支払われている」場合における賃金債権のこと。
企業には、労働基準法により定められた時間外割増賃金の支払い義務があります。しかし、実際には未払い残業代に関する問題が発生しているのです。ここでは、未払い残業代の請求に対する対応や時効、防止策などについて解説します。
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2.未払い残業代の時効
未払い残業代があっても、その全額を請求できるわけではありません。現在未払い残業代の消滅時効は3年と定められています。従前、未払い残業代の時効は2年でした。
法改正により消滅時効が5年に延ばされるはずでした。しかし企業から反発があり、現在は経過措置として3年で運用されています。しばらくは3年の消滅時効が継続されるでしょう。
しかし今後、消滅時効の再検討が実施される予定です。そうなれば、消滅時効が5年に延長される可能性もあります。
消滅時効が長くなれば、企業にとっては支払わなければならない未払い残業代が増大すると予想されます。未払い残業代の発生を防ぐためにも、法律に則った残業代の支払いができてきるかどうか、再確認したほうがよいでしょう。
3.未払い残業代のリスク
未払い残業代があると発覚した場合、それは企業にとってリスクです。現在、消滅時効は3年と定められており、過去に遡って未払い残業代を支払わなければならなくなれば経営は大きく圧迫されます。
また未払い残業代だけでなく遅延損害金や付加金などの支払いも求められるうえ、企業のイメージダウンも避けられないでしょう。ここでは、このような未払い残業代に関する企業のリスクについて、かんたんにポイントを解説します。
未払い残業代の請求
未払い残業代がある場合、従業員はどのように請求すればよいのでしょう。従業員が未払い残業代を請求する場合、以下の3つの方法があります。
- 内容証明郵便で請求する
- 労働組合がある場合、労働組合を通じて請求する
- 労働審判や民事訴訟といった司法手続により請求する
労働審判手続は、労働審判委員会を構成する裁判官(労働審判官)1名と労働関係に関する専門家(労働審判員)2名の計3名が、企業と労働者間に入り、原則として3回以内の期日で解決を図ります。
そして、解決が見込めれば調停・解決の見込みがなければ審判へ移行するのです。当事者が異議を申し立てると、民事訴訟手続に移行します。
このような事態に陥れば、企業はその対応に時間と人手を取られるでしょう。また、ほかの従業員のモチベーションを低下させる一因にもなります。未払い残業代の発生は、企業経営上の大きなリスクです。
遅延損害金と付加金
未払い残業代に遅延損害金(退職後の従業員から未払い残業代の請求をされた場合、年14.6%で計算する遅延利息)や付加金(民事訴訟になった際、裁判所の裁量によって、従業員に対し未払い賃金と同額の金銭の支払いを命じられるもの)がかかる場合もあります。
未払い残業代の支払いをめぐる裁判が長引けば、遅延損害金の支払いが増えるでしょう。付加金の支払い可否や支払い額は、労働基準法違反の程度や労働者が受けた不利益の内容、違反に至るまでの経緯などの事情を考慮して決定されるからです。
これは裁判に移行した場合にのみ科せられるといえます。しかしその額が大きければ、企業の経営に大きなダメージとなります。
会社のイメージがダウン
未払い残業代があると、会社のイメージも大きくダウンします。退職者が続出する・退職した後で未払い残業代の請求が相次ぐ事態となれば、より多くの退職者や未払い賃金請求者を雪だるま式に生み出すからです。
そういった状況では、通常の企業活動が困難になり、企業業績にも悪い影響を与えます。
「ブラック企業」などと呼ばれるように、未払い賃金を放置して従業員を働かせる企業が社会問題になっている昨今。未払い賃金代が発生するような企業は、社会的な企業イメージも悪くなり、優秀な人材も集まらないでしょう。
そうなれば、人材不足といった非常事態に陥る可能性も否定できません。このように未払い残業代は企業の大きなリスクとなります。
4.未払い残業代を請求されたら
未払い残業代を請求されたら、企業には法律に則した適正な対応が求められます。そして、未払い残業代の請求によって引き起こされる企業リスクを可能な限り低減させなければなりません。
ここでは、未払い残業代を請求された企業の対処法として、下記のポイントを解説します。
- 反論の余地があるか検討
- 支払い義務が残っている残業代を計算
- 訴訟手続きか和解か
①反論の余地があるか検討
未払い残業代を請求されたら、まず反論の余地があるかどうかを検討します。
「未払い残業代を支払う必要があるか否か」「請求された未払い残業代の全額を支払う必要があるかどうか」などを検討すると、法律に則った処理が可能になるからです。未払い残業代を請求された企業が検討する具体的な内容は、以下のようなものとなります。
- 請求された未払い残業代の消滅時効が完成しているかどうか
- 従業員が請求した未払い残業代の根拠となる労働時間が事実と異なるかどうか
- 未払い残業代が発生した当時、残業を禁止していたかどうか
- 未払い残業代が発生した当時、残業代が発生しない管理監督者であったかどうか
- 固定残業手当の支給によって残業代はすべて支払い済みであるかどうか
これらの内容を一つひとつ検証して、法的に支払うべき未払い残業代の根拠を探します。もし反論できる部分があれば、正当な主張として未払い残業代請求者に説明しましょう。
②支払い義務が残っている残業代を計算
未払い残業代があるか否かは、実際に残業代を計算し直してみれば一目瞭然です。「未払い残業代を請求すること自体が適正なのか」「未払い残業代の請求金額が正しいか」などを実質的に把握するためにも、未払い残業代を計算します。
ただし、未払い残業代を計算する場合、把握漏れや計算ミスがあっては困りもの。労働基準法に則した残業時間を正確に計算するには、弁護士や社会保険労務士など、労働問題の専門家に依頼するのがオススメです。
未払い残業代を計算しないまま請求を認めてしまえば、さらに請求額を増やされる可能性もあります。請求ごとに丁寧に未払い残業代の計算をして、適正な対処に役立てましょう。
③訴訟手続きか和解か
もし、未払い残業代を請求されてしまったら、残業代の支払いを争うか和解に応じるか、どちらかを選択します。具体的な選択は、下記のような内容から判断しましょう。
- 従業員の未払い残業代の請求について企業として反論の余地が十分ある場合には訴訟手続きを行い、抗争する
- 従業員の未払い残業代の請求内容が企業としても概ね正当であると認められ、仮に訴訟を行っても請求金額の減額が望めない場合には、和解する
訴訟は時間がかかり企業体力を奪うもの。一方、企業が従業員の請求にすぐに応じたといった噂が広がれば、社内に未払い残業代請求の動きが起こる可能性もあります。訴訟・和解ともに、慎重な判断が必要です。
5.未払い残業代の和解金の相場は?
和解とは、当事者同士が互いに譲歩し、争いを止めるための約束です。和解金とは、和解するために支払われる、当事者で合意した金銭のこと。和解が認められれば、権利の実在の有無にかかわらず、和解内容どおりに権利が存在します。
未払い残業代にも和解金は存在するものの、和解金の相場はありません。なぜなら未払い残業代は個々の従業員の勤務状況で大きく異なるため、和解金の相場として明示できるものが存在しないからです。
未払い残業代は、時間外労働した時間によって算出されます。「どのくらい時間外労働を行ったか」「時間外労働として認められる時間はどの程度か」といった前提条件を整え、和解金の協議を行いましょう。
6.未払い残業代を払った場合、いつ税金を払う?
未払い残業代を払った場合、いつ税金を払うのかといった問題が発生します。税金の支払いについては、大きくふたつの取り決めがあります。
- 本来であれば各支給日に支払うべき残業代が一括して支払われた場合、本来の残業手当が支払われるべきであった各支給日の属する年分の給与所得となる場合
- 給与規程等の改訂が過去に遡って実施されたことにより、残業代が一括支給される場合
後者の場合「差額の支給日が定められているときはその支給日」「差額の支給日が定められていないときはその改訂の効力が生じた日」になります。
未払い残業代であっても、法律に沿って課税されます。そのため、労働基準監督署から指導を受けて、正しい課税を行いましょう。
過去にさかのぼり「実労働時間にもとづく残業手当」「支払い済みの残業手当」との差額を一括して支払う場合では注意が必要です。
7.未払い残業代の防止策
未払い残業代を請求されると企業にはそれ相応の対応が求められるもの。そして訴訟対応や遅延損害金・付加金などの支払い、企業イメージのダウンなど、さまざまなリスクを負います。
未払い残業代の請求を受けないための防止策を知っておくことは非常に重要です。ここでは、 未払い残業代の防止策について解説します。
- 残業をしない風土づくり
- 弾力的労働時間制度の導入
- 給与・賃金規定の見直し
①残業をしない風土づくり
未払い残業代を請求されないようにするためには、残業をしない風土づくりが非常に重要です。もし残業がまったくなければ残業代は発生せず、当然、未払い残業代を請求されることもありません。
残業をしない風土作りのためには「ワークシェアリングといった、従業員の業務量調整」「仕事が終わったら帰宅しやすい雰囲気作り」などを実践しましょう。
また、労働時間で従業員を評価するのではなく労働の質で従業員を評価するといった評価制度を導入することも、従業員の意識改革に貢献します。
このように人事施策をトータルで見直しながら、従業員が残業を回避しても生産性を維持、向上できる総合的なしくみ作りを考えていくことも重要です。
②弾力的労働時間制度の導入
未払い残業代に対する効果的な対策として、法定労働時間を超過した場合でも割増賃金の支払い義務がなくなる弾力的労働時間制度の導入があります。たとえば、下記のようなものを導入すれば、残業代は不要です。
- 1日8時間、週40時間の法定労働時間を月、年単位で調整し、所定労働時間を設定する変形労働時間制
- 始業および終業時刻の決定を従業員に委ねるフレックスタイム制
- 一定の専門的、裁量的業務に従事する従業員に、実労働時間数にかかわらず一定労働時間数労働したものとみなす裁量労働制
ただし、これら制度の導入には労使協定の締結や就業規則への記載といった条件がつきます。弁護士や社会保険労務士など専門家の助言を受けながら制度導入を目指しましょう。
③給与・賃金規定の見直し
残業しない風土作りや弾力的労働時間制度の導入の実施とともに、給与・賃金規定の再検討を行うのも有効です。
残業しない風土を作り出すのは一朝一夕では難しいでしょう。また、弾力的労働時間制度を導入したとしても、もし実態が法律上の要件を満たしていない場合、制度が無効だと見なされてしまう場合もあります。
とくに裁量労働制については、裁判所が企業に厳しい判断を下すケースが多く、それだけに頼っていくのはリスクがあるもの。
さまざまな人事制度・人事施策を検討するなか、給与や賃金に関して抜本的に見直し、労働基準法などの法律を十分に満たした制度を構築する必要もあるでしょう。