ナラティブアプローチとは、物語に着目した対人支援の実践方法です。ここでは、ナラティブアプローチについて解説します。
目次
1.ナラティブアプローチとは?
ナラティブアプローチとは、語り・物語に着目した問題解決に関するアプローチのことです。主に対人支援の現場で実践されています。ナラティブアプローチについて、意味やナラティブとストーリーの違い、提唱された背景や導入目的、特徴を解説しましょう。
ナラティブアプローチの意味
ナラティブとは、「物語(narrative)」のこと。ナラティブアプローチの意味は、支援する相手の語る物語を通した問題解決です。ナラティブアプローチは、1990年代における臨床心理学から誕生しました。
現在ナラティブアプローチは医療やソーシャルワーク、臨床心理やキャリアコンサルティングなど幅広い分野で実践されています。
ナラティブとストーリーの違い
ナラティブとストーリーの違いは、下記のとおりです。
- ストーリー:物語の筋書きや内容、展開を意味する言葉
- ナラティブ:「物語の語り手である私たちが主人公となる物語」「自らの手で紡いでいく物語」を意味
ナラティブは、主人公が自分自身であるため変化し続けるうえ、終わりがありません。同じ「物語」と訳される単語でも、言葉のニュアンスは大きく異なります。
ナラティブアプローチが提唱された背景
ナラティブアプローチが提唱された背景には、「ものごとや社会は相互に影響を与えながら形成される」という社会構成主義があります。ナラティブアプローチは社会構成主義をベースとし、1980年代後半ごろから提唱されました。
どんな目的で導入されているのか
目的は、医師やカウンセラーといった専門職と相談者のあいだにある力の差を埋めること。
「専門職は相談者を誘導しがち」「相談者は専門家の意見に同意し、そのとおりに実行しようと無理する傾向がある」このような悪循環を断ち切るため、ナラティブアプローチは開発・導入されているのです。
ナラティブアプローチの特徴
ナラティブアプローチにはどんな特徴があるのでしょう。下記4つについて解説します。
- 対話を重視する
- 対等な立場になる
- 相手を尊重する
- 無知のアプローチである
①対話を重視する
ナラティブアプローチでは、相談者自らが主人公となり物語を話す点から始まります。そして相談者が語った内容をもとに、相談者の解釈を専門家との対和を通して問題解決のフェーズへ進んでいくのです。
②対等な立場になる
ナラティブアプローチでは、相談者と専門家、両者が互いに対等な立場で対話します。つまり専門家は相談者から相談を受けるのではありません。相談者の解釈について理解することを、大きな役割としているのです。
③相手を尊重する
ナラティブアプローチは、相談者と専門家が対等な立場で対話をします。そのためパワハラにつながるような、無理難題な要求や実施困難なアドバイスの提案はありません。あくまで相談者を尊重して対話し、問題解決に導いていくのです。
④無知のアプローチである
専門家の専門性を重視すれば、専門性によって対話の進行方向が異なるでしょう。聞き手となる専門家は、「専門性を振りかざさない」「わからないことは正直にわからないと認める」など、無知のアプローチを心掛ける必要があります。
3.ナラティブアプローチの実践手順
ナラティブアプローチはどのように実践していけばよいのでしょうか。ここではその手順について解説します。
- ドミナントストーリーに耳を傾ける
- 問題を外在化させる
- 質問を行う
- 結果を導き出す
- オルタナティブストーリーをつくっていく
①ドミナントストーリーに耳を傾ける
ドミナントストーリーとは、相談者が最初に語る話のこと。そこには相談者のこだわりや思い込みが語られている場合も多いため、聞き手である専門家はドミナントストーリーに丁寧に耳を傾けます。
②問題を外在化させる
専門家は相談者のドミナントストーリーに耳を傾けて、対等な立場で対話を進めるというプロセスをとおします。そこから相談者から悩みの原因を引き離し、相談者自身が抱える問題点を客観視できるようにするなど、問題の外在化を促すのです。
③質問を行う
ナラティブアプローチの第三の手順は、質問を行うこと。一般的なカウンセリングでは、問題の解決に向けて専門家が相談者を誘導する場面も多くあります。
しかしナラティブアプローチの質問内容は、抱えている問題や悩みに関する根本かつ具体的な原因を相談者自らが考えられるよう、反省的な問いかけにするのです。
④結果を導き出す
質問を投げかけながら相談者と専門家が対等な立場で話して、相談者のドミナントストーリーの観点から例外的な結論を導き出していきます。ここでいう結論は、必ずしも相談者が抱えている問題や悩みに対する明確な答えでなくても問題ありません。
⑤オルタナティブストーリーをつくっていく
オルタナティブストーリーは、代替の物語。ドミナントストーリーで語られていたこだわりや思い込みを、ナラティブアプローチによって導き出された、心理を好転させて意外性のあるオルタナティブストーリーへと書き換えていくのです。
4.ナラティブアプローチのメリット
ナラティブアプローチにはどのようなメリットがあるのでしょう。下記4つについて解説します。
- 相手との距離が近くなる
- 問題を整理できる
- 安心感を与えられる
- 専門知識を必要としない
①相手との距離が近くなる
相談者について聞き出し、相談者と専門家が対話するといった双方向のコミュニケーションによって問題解決を探るため、双方の距離を縮められます。
②問題を整理できる
相談者が抱えている問題を整理できます。最終的にはオルタナティブストーリーとドミナントストーリーとのはく離が認識できるようになるのです。
③安心感を与えられる
専門家は無知の姿勢かつ態度で相談者と向き合います。そのため相談者は安心して自分のストーリーを話せるのです。知ったかぶりや強要の心配なく対話できる点は、相談者にとって大きなメリットでしょう。
④専門知識を必要としない
ナラティブアプローチでは、相談を受ける側に無知の姿勢を求めます。そのためカウンセリングといった専門知識を持ち合わせていなくても、特徴・手順を知っていればナラティブアプローチを実践できるのです。
5.ナラティブアプローチのデメリット
ナラティブアプローチにはデメリットもあります。その内容について見ていきましょう。
対等な立場を保つことが難しい
デメリットは相談者と専門家、両者が対等な立場を保つ難しさ。
ナラティブアプローチでは、両者が対等な立場で対話をしなければなりません。しかし専門家が医師や上司、カウンセラーなどである場合、本質的な不平等さを解消しにくくなるのです。
6.ナラティブアプローチの事例
ナラティブアプローチはさまざまな現場で実践されているのです。下記3つについて解説します。
- 教材開発
- コスタリカの人生紙芝居
- 老年患者の語りの変化
①教材開発
企業や教育機関にて、ナラティブアプローチを用いた教材開発が行われています。たとえば「リアルなひとつの物語を漫画によって描写する」「ストーリーにあらかじめビューポイントを埋め込む」もの。グループ討議を併用すると、より学習効果が高まります。
②コスタリカの人生紙芝居
これはスラムで生活をするニカラグア系移民夫妻へのインタビューをもとに作成した、紙芝居です。
ナラティブアプローチの観点では、「経験の整理や理解促進」「他者との交流」「絵をつうじた子どもへの伝承」が実現できます。これらの実現によって、人生を深く理解するツールとなりました。
③老年患者の語りの変化
老年患者とは社会と離れた生活を送る67~80歳で、身体的・精神的・社会的な老いを自覚している人のこと。身体機能の評価ではなく、「どう生きてきたか・どう生きていきたいか」を語る機会を設けた結果、より質の高い生活を送れるようになりました。
7.ナラティブアプローチをビジネスで生かす方法
ナラティブアプローチをビジネスで生かすにはどうしたらよいのでしょうか。ここではその方法を3つ解説します。
- コミュニケーションの機会をつくり対話する
- 傾聴する
- 問題の外在化を行う
①コミュニケーションの機会をつくり対話する
ビジネスは、複数人にて形成された集団で協働して進めていきます。そのためつねにコミュニケーションの問題を抱えているのです。ナラティブアプローチを用いて円滑なコミュニケーションが実施されれば、協働に大きなメリットをもたらすでしょう。
②傾聴する
上司や部下間の場合、上司が部下のドミナントストーリーを傾聴します。傾聴では強引な誘導や無理難題な要求、実施困難なアドバイスなどは厳禁です。相手の語りにあわせて無知の姿勢で傾聴し、相互で信頼を構築します。
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③問題の外在化を行う
ナラティブアプローチでは、上司が無知の姿勢で部下の話を傾聴し、部下の悩みや問題に対話を継続します。つまり傾聴と対話により部下自身が自らの問題を外在化していけるのです。