覚書とは、主にビジネスや外交のシーンで物事を忘れないように書いておく文書やメモのことです。ここでは覚書を作成するタイミングや覚書の書き方、作成時の注意点などについて解説します。
目次
1.覚書とは?
覚書とは双方の当事者が合意した事項をまとめた書面のこと。国家間における情報伝達の一形式、と解釈される場合もあります。
ビジネスシーンでは一般的に、契約書の内容を変更した際、その変更事項を補足した文書を覚書と呼ぶのです。会社の名称や商号を変更し、名称変更の旨を残しておく際にも用いられます。
理不尽な変更を防げる
覚書によって理不尽な変更を防げます。特に大企業との契約交渉に欠かせない書類です。「大企業だから安心だろう」と安易に契約を進めると、相手にとっての有利な条件を理不尽な理由で押し通される場合もあります。
「別途覚書を用意しますので、そちらに変更点を記載したい」のように伝えると、理不尽な契約変更を防げるのです。
覚書を作成するメリット
覚書を作成すれば契約に変更が生じた際、一から契約書を作り直さずにすむのです。覚書は補足的な文書として作成されるものの、実は契約書と同等に法的な効力を持つ書類。
覚書を作成すると「合意した内容を証拠として残せる」「取引に対する双方の意思を明確にできる」「口頭での契約に比べて約束を守らなくてはならないという意識が働く」といったメリットが得られます。
2.覚書とほかの書類との違い
覚書と混同しやすい書類として「契約書」や「念書」が挙げられます。いずれもビジネスシーンにおいてよく使う用語ですが、それぞれの違いを正しく理解できているでしょうか。
ここでは覚書と契約書、念書の違い、企業における両書類の使い分けや法的効力の違いについて説明します。
覚書と契約書の違い
「契約書」とは、その名のとおり双方の間で取り決められた契約を証明する文書のこと。契約そのものは口頭でも成立しますが、契約書を残しておくと以下の効果を得られます。
- 契約内容をいつでも確認できる
- 言った言わないのトラブルを回避できる
不要なトラブルを回避するには、その契約が成立していると証明するものが必要です。そこで必要なのが「契約書」になります。
覚書と念書の違い
「覚書」は双方で合意に至った事実を書き記した書類ですが「念書」は双方ではなくどちらか一方が差し出す書類です。連署方法の契約書や覚書とは違い、差し入れ式となっています。
一方が約束を遵守するように作成する「誓約書」をイメージすると想像しやすいでしょう。念書そのものに法的拘束力や強制力はありませんが、裁判では証拠として提示できます。
企業における使い分け
覚書と契約書には多少のイメージの違いはあるものの、どちらも法的効力を持っています。そのため覚書が契約書の代わりとして使用されるのも珍しくありません。企業においては次のように使い分けられます。
- 契約書:相手の契約不履行を抑制したり、万が一契約の不履行が生じた際のトラブルを防止したりする目的で用いる
- 覚書:契約書の内容を変更する際や、契約をスムーズに進めるため、契約書の補佐的な書類として用いる
- 念書:万が一のトラブルが生じた際、証拠として用いる
法的効力の違い
覚書や契約書、念書など書類の表題による法的効力の差は基本ありません。書類の法的効力はあくまでも記載されている内容によって判断されるのです。一般的には以下のように区別されます。
- 契約書:法的拘束力を有する
- 覚書:法的拘束力を有する
- 念書:法的拘束力はない
とはいえどの書類でも記載されている内容が容易にイメージできる、実態が反映された表題を付けなければなりません。
3.覚書を作成するタイミング
契約書の補助的な文書として作成される覚書は、どのタイミングで作成するのでしょう。そのタイミングは、2つに分かれます。
- 社員の出向時
- 業務委託契約時
①社員の出向時
「出向」とは、社員が出向元である企業との雇用契約を維持したまま別の企業で働くことで、「企業間人事異動」ともいいます。この出向に際して、以下を記載した覚書を作成するのです。
- 出向者の労働内容や場所
- 費用の支払い方法
- 時間外労働や休日労働、休憩などの労働条件
- 出向者の給与や時間外労働発生時の追加費用について
- 両社の窓口担当者
②業務委託契約時
「業務委託契約」とは、社内で処理できない業務や、他社に委託したほうが効率、効果が期待できる業務を外部に任せる契約のこと。業務委託契約を締結したり、契約内容を変更したりする際にも覚書を作成します。
契約締結後に内容の変更や修正が生じた際、業務委託契約書を新たに作成し直すのではなく、変更内容を明記した覚書を作成するのが一般的です。締結後はもともとの業務委託契約書と合わせて覚書も保管します。
4.覚書の書き方
覚書の書式に定型のフォーマットはありません。双方が同意している旨が記載されていれば、手書きでも問題ないとされています。ここでは覚書を作成する際に明記する項目、変更や修正が生じた場合の書き方や収入印紙について説明しましょう。
覚書の構成
はじめに覚書の構成について説明します。基本構成は契約書と同様で、次の5項目を必ず盛り込まなければなりません。
- 文頭に双方が同意・確認・承認したことを明記する(例:甲〇〇〇〇と乙●●●●は、以下の事項に関して合意/確認/承認した)
- 合意内容の詳細
- 覚書に捺印、署名した日付
- 当事者双方の署名捺印
文末に本書を同意・確認・承認した証として書面を2通作成、甲乙署名捺印のうえ各々1通を所持する旨を明記する
表題
前述のとおり、覚書や契約書、念書など書面のタイトルや表題そのものに対する法的な効力の差はありません。あくまでも書面本文の内容、つまり契約内容や契約条項によって解釈されます。
たとえ表題と内容に違いがあっても、契約は本文の内容によって判断されるのです。しかし内容自体があまりに少ないといった、表題と内容に大きな違いがあると当事者に誤解を与えトラブルを生む原因となります。基本は表題を「覚書」としましょう。
前文
覚書に定型のフォーマットがないとはいえ、前文や構成は慣行によってほぼ決まっています。前文を作成するポイントは2つ。「誰と誰を当事者とするか」「本書によって何を定めるか」を明確にすることです。たとえば次のような文言を前文として記載します。
前文の例)委託者である〇〇〇〇(以下「甲」という)と、受託者である●●●●(以下「乙」という)は、***に関し、以下のとおり保守契約を締結する。
合意内容
続いて当事者同士が合意した内容を記載します。
- 例)甲および乙は〇〇〇について同意した
- 甲は乙に対して〇〇〇をしてはならない
- 甲は〇〇〇までに〇〇〇をするものとする
覚書を取り交わすような事案では、当然相手の同意を得る必要があります。双方が同意する前に突然覚書を渡しても、心象を悪くし相手に要らぬ不信感を抱かせるため注意が必要です。
日付・署名・捺印
覚書の末尾に日付と署名、捺印をするスペースを設けます。その際、日付は覚書を作成した日ではなく覚書に署名・捺印をした日にしましょう。
うっかり締結日を記入し忘れてしまうと、偽造だと疑われる可能性もあり、署名・捺印した日付を証明しなければならない場合もあります。
また署名・捺印したのが4月1日でも実際の契約が5月1日から始まるといったケースでは、覚書の締結日とは別に、文書の途中で有効期間を記入するのです。
課税文書の場合、収入印紙が必要
覚書に関する疑問として多いのが「覚書に印紙は必要なのか」。印紙とは、印紙税に代表される租税や手数料などの収納金を徴収するために国が発行する証票のことです。
この印紙を書面に貼り付けると、印紙税を支払った書類だと証明できます。結論からいえば、覚書も収入印紙が必要になる可能性があるのです。
課税文書とは
印紙税を納めなければならない書面のことを「課税文書」といいます。課税文書を発行したり受け取ったりした際は、契約内で取引される取引額に応じて印紙を購入し、書面に貼り付けなければなりません。
覚書が課税文書に該当するかどうかは、表題ではなく書面の内容を見て判断します。たとえ「覚書」という表題でも、書面上に課税文書に関する事項が記載されていればその覚書は課税文書になり、印紙を貼り付ける必要があるのです。
収入印紙を貼り忘れると「過怠税」が発生する
万が一課税文書に収入印紙を貼り忘れてしまった場合はどうなるのでしょうか。課税文書に収入印紙を貼らなかった場合は原則、印紙税額とその額の2倍となる「過怠税」が発生します。
また収入印紙そのものは貼り付けてあるが消印を忘れてしまった、という場合にも、額面金額相当の過怠税が発生するのです。作成した覚書が課税文書に当たるかどうかは、国税庁が公開している「印紙税額一覧表」を確認しなければなりません。
覚書を変更・修正したい場合
覚書の内容を変更・修正する際、どのような対応が必要になるのでしょう。覚書の変更・修正自体は可能です。しかし大した修正ではないからとって自己判断で変更・修正はできません。
この場合は、覚書と同様に「覚書を変更、修正する覚書」を作成するのですす。覚書の内容まで詳細に記載する必要はなく、変更・修正する内容の実を記載します。
さらに「覚書に記載した〇〇について、相違がないことを証明する」といったように、双方が合意しているとわかる一文を添えておくと安心です。
覚書の作成には雛形やフォーマットが便利
覚書の書き方、構成についてある程度理解できても慣れるまでは雛型やフォーマットを利用しましょう。変更事項を補足した文書とはいえ、覚書は契約書と同等の効力を持つ書類です。
はじめのうちはネット上でダウンロードできる雛型やサンプルを利用して、書式よりも内容の精査に注力するとよいでしょう。さまざまなサイトがそれぞれに雛型を用意しているため、これらを利用しているうちに使いやすいフォーマットが見えてきます。
5.覚書を作成する際の注意点
覚書を作成する際は、以下の4点に注意します。
- 当事者の甲乙を間違えない
- 署名と捺印を忘れずに
- 変更内容をはっきりと記載する
- 当事者双方が内容について同意している点を記載する
①当事者の甲乙を間違えない
覚書を作成する際はまず、当事者の甲乙を間違えないよう注意しましょう。覚書に甲乙を使用するのは、当事者の名称を簡略化するためです。誤って甲乙を置き換えてしまった場合はトラブルの原因となる恐れがあります。
一般的には力関係の強いほうが甲、力関係の弱いほうが乙と置き換えられるのです。なかには相手方を立てるため自社を乙とする場合もあります。判断に迷った際は上司や前任者に確認するとよいでしょう。
②署名と捺印を忘れずに
覚書も契約書と同等に法的効力を持つ書面であるため、当事者双方の署名・捺印が必要です。一般的には住所と会社名、代表取締役の名前を記載し、氏名の横に捺印します。緊急時の場合は拇印でも証拠になるのです。
しかしパソコンやワープロを使用した名前の印刷、他人の代筆やゴム印での署名は無効となります。必ず当事者自らが署名・捺印をしなければなりません。
③変更内容をはっきりと記載する
もともとあった契約のうち何をどのように変更するか、覚書にはっきりと記載しなければなりません。今回締結する覚書のほかにも覚書がある場合は、両書類の整合性も確認します。
「納品時期を変更するために代金支払い時期や保証期間の変更も必要」といったように、覚書の変更内容が原契約のほか内容に影響するケースも考えられます。この場合は必要に応じて関連する条項も変更しましょう。
④両当事者が合意している点を記載する
正式な契約を結ぶ前段階として当事者間で決めた合意事項を確認する文書としても覚書は用いられます。そのため覚書には、下記一文のように両当事者が合意していることを明記する必要があるのです。
- 例文)覚書に記載する〇〇について、相違がないことを証明する
両当事者が合意している点について記載があると、覚書の効力はより確実になるのです。
6.覚書が裁判で認められないケースもある
原則、覚書は契約書と同等の法的効力を持ちます。書面に記載された内容が有効であれば、その覚書は裁判上の証拠として役立つという意味で法的効力を持っているのです。しかし過去には覚書の法的拘束力を否定した裁判例があります。
事例を紹介
コンサルタント会社の原告が、中古ソフトの買取販売を行う被告会社にコンサルティング業務を行ったと主張し、覚書に従った成功報酬の支払を求めた事案があります。
本件の覚書には肩書なしの個人名が署名され、押印もされていませんでした。また被告会社はあくまでも協議内容の方向性を確認した書類であり、記載内容が抽象的かつ宣言的なものにとどまっていた点から、法的効力を生じさせる趣旨の書面ではないと主張。
これらの事情から本覚書にもとづく報酬支払合意の成立は、認められませんでした。