国際化社会に伴い、ビジネスシーンのみならず、社会のあらゆる現場でポリティカルコレクトネス(PC)という概念が浸透しています。
現在、社会に生きる一人ひとりが差別や偏見に基づいた表現や認識を改め、他者に対して寛容であるべき社会を目指すためにも、ポリティカルコレクトネス(PC)をよく理解していかなければなりません。
目次
1.ポリティカルコレクトネスとは?
ポリティカルコレクトネス(Political correctness)とは、人種や宗教、性別などについて寛容であろうとする考え方のこと。頭文字を取ってPCと呼ばれることもあり、日本では、「政治的適正」「政治的妥当性」「政治的正当性」などと訳されています。
具体的には、文化や価値観の多様性を主張し、マイノリティに対する従来の差別的な表現や認識を改めていく運動のことで、米国において1960年代から70年代にかけての新左翼運動の中で使われ始めました。
特に、少数民族・女性の解放や権利の擁護運動を進める人々から支持され、社会意識の変革を推進していったのです。しかし、こうした運動は保守主義者の反発を招く場合もあり、現在も世界中で大きな議論となっています。
2.ポリティカルコレクトネスによる職業名の変化
ポリティカルコレクトネスによって、政治的・社会的に中立の立場から従来使われていた言葉や名称も差別や偏見が含まれないものに言い換えられています。ポリティカルコレクトネスの一つとして、職業名も変化していきました。
- 保母→保育士
- 看護婦→看護師
- カメラマン→フォトグラファー
- ビジネスマン→ビジネスパーソン
といった特定の性別を想起せる職業名のほとんどが変更されています。
総務省の国勢調査によると、保育士も看護師も、ここ10年で男性の割合が増しているといいます。こういったことから職業におけるジェンダーギャップは多少なりとも改善されていると分かります。
また職業のみならず、国際化社会ではマイノリティの尊厳回復から、
- アメリカ・インディアン→ネイティブ・アメリカン
- 黒人→アフリカ系アメリカ人
というような言い換えが進められています。
3.ポリティカルコレクトネスが引き起こした問題
ポリティカルコレクトネスによるさまざまな運動は、平等な社会を目指したものですが、同時に下記のような問題も引き起こしているのです。
- 「不適切」というクレームを恐れて、テレビ番組や企業の広告が萎縮している
- 「ポリティカルコレクトネスに抵触するのでは?」と、社会全般にわたって窮屈に感じている人も一定数存在する
ポリティカルコレクトネスとヘイトスピーチの違い
欧米諸国をはじめ、日本でも移民や在日外国人に対する憎悪や軽蔑の発言を繰り広げる「ヘイトスピーチ」が問題になっています。ヘイトスピーチは攻撃的な意思のもとに発言された言葉ですが、もちろん差別はどの時代、どの国でも問題です。
現にドイツでは、ヘイトスピーチは刑法第130条の「民族扇動罪(Volksverhetzung)」に該当し、最低3カ月、最高5カ月の禁固刑を科して、厳しく取り締まっています。
しかし、政治的・社会的に公正さを目指したポリティカルコレクトネスを用いると、何気なく知らずに発言してしまった言葉も、差別的だと見なされてしまうのです。
ポリティカルコレクトネスは素晴らしい考えであることに間違いはありません。しかしあまりに固執してしまうと、窮屈さが生じてしまうでしょう。
言論弾圧、言葉狩り、行きすぎたポリティカルコレクトネス
ポリティカルコレクトネスは人種や職業、ジェンダーによる差別をなくそうという考え方で、社会的弱者やマイノリティを差別や偏見から守るために行われています。
しかし、その考え方が行きすぎてしまうと、言論弾圧や言葉狩りといった事態に発展してしまう恐れがあるのです。実際、下記のようなことが起こっています。
- 近年のアメリカでは、宗教を肯定してしまうという配慮からテレビなどのメディアでは、クリスマスの日は「メリークリスマス」ではなく、「シーズンズ・グリーティング」(季節のあいさつ)を用いている
- 行きすぎた配慮は見えない圧力となり、メディアが萎縮してしまう原因にもなっている
- 個人の意図しない発言すらも批判を浴びる恐れがあり、社会全体に窮屈さを感じてしまう
ポリティカルコレクトネスとポリコレ棒
ポリティカルコレクトネスの運動に対して、ネットを中心に一部の人たちから「ポリコレ棒」という言葉がスラング的に用いられています。
- 少しでもポリティカルコレクトネスに対して反論した人を叩く
- 何気ない発言に対して、「差別的だ」と過剰に批判を浴びせる
など、ポリティカルコレクトネスという概念を振りかざして、むやみに他人を叩く人が増えています。このことから「ポリコレは人を叩くための棒だ」といわれるようになり、近年では「ポリコレ棒」と呼ばれるようになりました。
いくら社会的公平・社会的正義のためとはいえ、行きすぎてしまうと、かえって反発を招く場合があります。ポリティカルコレクトネスは社会的弱者やマイノリティなどを守るため、差別や偏見をなくすための運動。人を不用意に攻撃するためのものではありません。
トランプ氏とポリティカルコレクトネス
2016年の米国の大統領選挙で、過激な発言を繰り広げていたトランプ氏が勝利し、本国のみにとどまらず世界中に衝撃を与えました。
トランプ氏は。「不法移民の流入に反対」「メキシコとの国境に壁を建設」「イスラム教徒に対する米入国一時禁止」など、ポリティカルコレクトネスの概念からかけ離れた公約を打ち立てていました。
そのトランプ氏が勝利した要因には、
- 米国内で先鋭化しすぎたポリティカルコレクトネスに対して、窮屈さや疲れを感じている国民が多くいた
- ポリティカルコレクトネスに真っ向から反論したトランプ氏は、予想以上に多くの国民から歓迎された
などが挙げられています。過剰に行きすぎたポリティカルコレクトネスがトランプ氏を大統領にまで押し上げてしまったといわれているのです。
ボストンの美術館で起こった抗議
2015年夏、ボストンの美術館にて、赤い着物と扇子が描かれたモネの絵画「ラジャポネーズ」展示前で、来場者が本物の着物を着て同じポーズを取ることができるというイベントが催されました。
しかしアジア系米国人が「アジア人に対する性的フェチを助長する差別的行為」と抗議。それによって、イベントは会期途中で中止となったのです。
Gapの広告が炎上
2016年、米国のアパレルGapの子ども服の宣伝が不適切だと抗議を受けて、広告の出稿が中止されました。
4人の子どもがさまざまなポーズを取る中、白人の子どもが黒人の子どもの頭に腕を乗せて、押さえつけているようにも見受けられたのです。それにより、騒ぎとなってしまいました。
しかし、「たまたまそういう位置になっただけで、差別的な意図はないのでは?」という声もあり、ネットを中心に多くの人たちの間で議論が繰り広げられたのです。