経営者や人事担当者であれば、「残念だがこの社員とは一緒にやっていけない」「退職を勧めなければならない」というシーンに遭遇することもあるでしょう。
勤務態度が優れない、目に余るような能力不足を感じるなどにより、辞めさせたい社員がいる場合、どうしたらいいのか頭を悩ませている人も少なくないでしょう。ここでは、合意退社を目指すための退職勧奨について解説します。
目次
1.退職勧奨とは?
退職勧奨(たいしょくかんしょう)とは、会社が退職してもらいたい従業員に対して自主退職を促す行為のこと。社員に退職について了解してもらい、双方同意の上で退職届を提出した後に退職してもらうことを目指した方法です。
退職勧奨と解雇の違い
退職勧奨と類似する言葉に解雇があります。解雇とは、従業員の同意なく一方的に雇用を終了させること。解雇には会社の金を横領した、着服の事実が証拠により立証されたなど合理的な理由が必要になります。
退職勧奨とは、解雇と違い、あくまで社員の同意を得てから退職届を出してもらうことを目指す方法です。
2.会社が退職勧奨する目的とメリット
会社経営をしていると、一度採用した従業員に対して「残念ながら一緒にやっていけそうにない」「退社を勧めなければならない」という場面に遭遇することがあります。
しかし社員本人の同意を得ず解雇すると、その解雇が不当だとして訴訟などに発展するケース場合も。退職勧奨は、解雇を検討しなくてはならない場面でのリスク回避に有用です。
退職勧奨はあくまで退職を勧めることであり、退職の強制ではありません。また、何らかの法的な効力が発生するわけでもない点を覚えておきましょう。
自己都合退職と会社都合退職の違い
退職には、会社が解雇通知を渡して従業員を解雇する会社都合退職と、社員が会社に辞表を提出して辞める自主都合退職の2種類があります。
自主都合退職には、それを制限する法律などはありません。対して会社都合退職の場合、はさまざまな制限があります。つまり、仕事ができないから、成績が悪いから、といった会社の都合で簡単に解雇できないのです。そこで退職勧奨が有用になります。
3.なぜ解雇すべきではないのか?
解雇とは、使用者の一方的な意思表示による労働契約の解除のこと。解除にあたって労働者の同意はありません。解雇は労働者に大きな不利益をもたらすため、不当解雇は法律で禁止されています。
社員を解雇する場合、労働基準法第20条の定めに則り「30日前の解雇予告」もしくは「解雇予告手当として30日分以上の平均賃金の支払い」が必要になります。
また解雇には「解雇権濫用法理」が適用され、労働契約法第16条にて「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」旨が明記されているのです。
そのため、まずは会社が従業員に対して退職を促し、退職届もしくは退職同意書に署名押印してもらうのが一般的となります。
4.退職勧奨に違法性はある?
一歩間違えれば大きなトラブルに発展する恐れのある退職勧奨に、違法性はないのでしょうか。
裁判所では、会社がやむを得ず退職勧奨・退職勧告せざるを得ない場合があることを認めています。成績が悪い、協調性がない、業務の指示に従わないなど問題がある社員に対して会社が退職勧奨・退職勧告を行うこと自体は何ら違法ではないのです。
ただし、違法性がないのはあくまで正当な流れで進められた場合のみです。
退職勧奨が脅迫行為や暴力行為など違法行為とともに行われていた場合や、労働者が退職の意思を示していないにもかかわらず、会社が度重なる勧奨によって退職を強要した場合はこの限りではありません。
不法行為が成立する退職勧奨の具体例
過去には、社員が退職勧奨を退職強制・解雇と受け止めたため、裁判にて会社側に慰謝料などの支払いが命じられた事例もあります。
詳細は後述しますが、昭和電線電纜事件(平成16年5月28日横浜地方裁判所川崎支部判決)や大和証券事件(平成27年4月24日大阪地方裁判所判決)、全日空事件(平成13年3月14日大阪高等裁判所判決)などです。
5.退職勧奨の具体的方法とは?退職届を提出させるまで
それでは具体的な退職勧奨の方法について見ていきましょう。円満な退職届の提出を目指すには、誠意をもった交渉が大切です。また退職勧奨においては、伝える側にある程度のプレッシャーやストレスがかかることは避けられません。
退職届を提出させるためには、以下6つの段階を踏みます。
- 退職勧奨の方針を社内で共有する
- 退職勧奨の理由を整理したメモを作成する
- 社員に退職してほしいという会社の意向を伝える
- 退職勧奨についての回答の期限を伝え、検討を促す
- 退職の時期、金銭面の処遇などを話し合う
- 退職届を提出させる
①退職勧奨の方針を社内で共有する
まずは対象の社員に退職勧奨をすることについて、上層部や本人の直属の上司に意見を仰ぎます。会社一丸となって対応することで、退職勧奨が誰か一人の意向ではない会社全体の総意だということを対象の社員に示すためです。
実際に退職を実現させるには、具体的かつ明確な理由が必要となります。労使トラブルや不法行為と見なされないためにも、時間をかけて慎重に退職勧奨する方針を社内で共有し、関係者たちの理解を求めましょう。
②退職勧奨の理由を整理したメモを作成する
退職勧奨はそれを受ける社員だけでなく、伝える側にもプレッシャーがかかります。感情的な言い合いを防ぐためにも、またできるだけ説得力のある落ち着いた話をするためにも、退職勧奨の理由を整理したメモを作成しておきましょう。
③社員に退職してほしいという会社の意向を伝える
対象の社員呼び出し、退職してほしいという会社の意向を伝えます。ここでは話し方や言い方に最大限の注意が必要です(詳細は後述します)。
④退職勧奨についての回答の期限を伝え、検討を促す
退職勧奨についての回答を面談の場ですぐに求めるのは控えましょう。ましてや、その場ですぐ回答できる問題でもありません。中には家族に相談した上で回答を出したいという場合もあります。
退職してほしいという会社の意向を伝えた後は、1週間程度の期間を空けて再度面談の期日を設けましょう。たとえば、金曜に退職勧奨の話を切り出し、週末に検討してもらった上で週明けに回答が欲しいと伝える方法があります。
⑤退職の時期、金銭面の処遇などを話し合う
社員が退職に応じる意向を示したら、退職の時期や金銭面を調整しましょう。
退職勧奨に応じて退職した場合、退職理由を「会社都合退職」とすることで雇用保険の受給期間を最短でも90日、最長で330日にできます。具体的な給付日数はハローワークに確認しましょう。
また退職勧奨で会社を辞めても基本的には退職金を受け取ることができます。退職する社員の生活不安が大きいときは、退職届の提出を条件に、一定の退職金に加えて解雇予告手当の支給も検討しましょう。次の就職先の斡旋も手段のひとつです。
⑥退職届を提出させる
退職の時期や金銭面などの処遇がまとまったら必ず退職届を提出させましょう。退職届はその社員が退職勧奨に応じて退職を承諾したこと、つまり解雇ではないことを示す重要な書類です。
社員が一度退職に合意し退職届を提出しても、会社が正式に受理するまでは社員によってその意思を撤回できます。退職に合意する旨の意思表示が行われたら、会社側はすぐに承諾の旨を社員に通知するのが得策でしょう。
退職勧奨通知書、退職勧奨同意書とは?
円満解決を目指すなら、経営悪化などの具体的退職理由や最終出社日、退職金や退職慰労金などの諸条件を記載した「退職勧奨通知書」を本人に渡し、会社との間に紛争・債権債務がないことを明記する「退職勧奨同意書」にサインをもらうとよいでしょう。
退職届だけでは、退職勧奨に本人が同意をして退職をしたという証拠としては弱いです。
また退職勧奨の事例を検索すると、「自己都合で退職届を出してくれと言われた」という相談が見受けられます。
退職届とは本来、社員の自由意思で会社を退職したいと願い出る書面を指します。会社側から退職を勧められて退職届を提出する場合は「会社都合または退職勧奨により」と記載するよう指導するべきです。
6.退職勧奨する際の話し方
退職勧奨の話し合いを行う際は退職勧奨の理由や退職金、退職慰労金や再就職の支援について、ビジネスとして話を進めることが重要です。
社員に納得してもらえないからといってパワハラまがいの扱いや人事異動と称した追い出し部屋への部署異動、人材紹介会社へ出向させて転職を勧めるような方法は新たな労働問題の引き金となりますのでやめましょう。
社員の勤務態度や能力に問題がある場合は、それに対してどんな指導を行ったのか記録しておきましょう。口頭での注意は証拠として残りにくいものです。メールや注意書き、指導書や警告書といった文書を残しておけば交渉時の説得材料にもなります。
社員がスマートフォンなどで話し合いの会話を録音している可能性もあります。相手の感情に引きずられず、あくまでも冷静に、社員の上司を含めた複数人で話し合いましょう。
7.退職勧奨における企業側のリスクとは?
企業にとって、退職勧奨を行うリスクはないのでしょうか。改めて確認してみましょう。
合意退職が無効であることを主張される
社員が一度退職勧奨に応じて合意退職しても、事後に合意退職が無効である、または合意退職を取り消すと主張してくる恐れがあります。
この場合の根拠は、錯誤または脅迫です。社員が合意退職を錯誤により締結していたと認められた場合、合意退職は無効になります(民法第95条)。
具体的には、退職勧奨する際に「退職しなければ解雇を行う」と伝え、解雇を避けるために合意退職したものの実際には有効に解雇を行うに足りる事情が存在しなかったケースです。
また社員が前述のように、脅迫によって退職の意思表示を行ったと認められた場合、従業員はその合意退職を取り消すことができます(民法第96条1項)。
退職勧奨の際、「退職勧奨に応じない場合は解雇を予定している」といった発言は絶対に行わないようにしましょう。
退職を強要する不法行為として損害賠償請求される
多数回にわたって退職勧奨が行われる、1回の話し合いが2時間以上の長時間にわたるなど一定の限度を超えて行われた退職勧奨の場合、その行為自体が不法行為として認定される恐れがあります。
そのため、以下4点を守るように気を付けましょう。
- 退職勧奨の回数および時間が退職に関する説明交渉に通常必要な限度にとどめられている
- 対象者の名誉感情を害することがないよう十分に配慮されている
- 退職勧奨の話し合いに参加する会社側の参加者数が適切である
- 優遇措置の有無等を総合的に考慮し、全体として対象者の自由な意思決定が妨げられる状況ではなかった
退職勧奨は対象の社員本人に任意の決定をしてもらうことが大前提です。解雇を考える事案でない場合、退職を勧めてはいるがこれは解雇ではない、退職するかどうかは本人の意思によるもの、ということを明確に説明しましょう。
8.退職強要トラブルを避ける方法と注意点
退職勧奨を行う際、どのような点に注意すればよいのでしょうか。過去に起きた訴訟と併せて確認します。
退職勧奨を繰り返さない
度重なる退職勧奨は不法行為として扱われる危険があります。退職勧奨、退職勧告の面談を繰り返し行ったり社員が退職を拒否する際、再度退職の方向で説得し、再考を促したりすること自体は問題ありません。
しかし1回当たりの面談時間が2時間以上にわたったり、面談が常識を逸する回数で行われたりする場合、退職勧奨としての許容限度を超えた「退職強要」と判断される可能性が高いです。
勤務態度に改善が見られない、客観的に見て明らかに労働力が欠けているなど、合理的な理由がある場合、退職勧奨を断られても解雇を言い渡すことができます。
しかし、解雇には合理的理由および社会的相当性が必要なため、退職勧奨を拒否した社員の解雇は、難しい場合も多いです。
訴訟の例:全日空事件(平成13年3月14日大阪高等裁判所判決)
これは、全日空が能力面で問題があった客室乗務員に対して退職を勧告したものの応じなかったために、その客室乗務員を解雇した事件です。
本件では約4カ月の間に30回以上の退職勧奨の面談が行われたこと、またその中には8時間もの長時間にわたる面談があったことなどが争点に挙げられました。
裁判所は、「退職勧奨の頻度、面談の時間の長さ、従業員に対する言動は、許容できる範囲を超えており、違法な退職強要として不法行為となる」と判断し、全日空に対して90万円の慰謝料の支払いを命じたのです。
「退職届を出さなかったら解雇する」という発言をしない
会社側が「退職届を出さなかったら解雇する」として社員に退職勧奨した際、社員が退職勧奨に応じて退職届を提出したとしても、裁判所で正当な解雇が認められないため、合意が無効とされるケースがあります。
裁判所が「退職の合意は無効」と判断した場合、会社には、復職させた上で社員が退職のために受領できなかった賃金をさかのぼって支払うことが命じられます。企業側の支払額が1,000万円を超えることも珍しくありません。
退職勧奨・退職勧告の際、「退職届を出さなかったら解雇する」といった発言をすると、社員から退職の合意は無効だったと訴えられた際、金銭の横領など明確に解雇できる理由がない限り、会社側が敗訴します。
訴訟の例:昭和電線電纜事件(平成16年 5月28日横浜地方裁判所川崎支部判決)
この事件は同僚に対する暴言などの問題があった社員に退職を勧告し、社員も応じて退職したものの、後から退職の合意は無効だと社員が会社を訴えた事件です。
会社が退職勧奨の際、「自分から退職する意思がないならば解雇する手続きをすることになる」などと説明したため退職の合意が無効となり、社員は復職。会社は社員に対して、判決が出るまでの間に受領できなかった賃金約1,400万円を支払うこととなりました。
退職を目的とした配置転換や仕事の変更をしない
社員を自主退職に追い込むことを目的とした嫌がらせや配置転換、仕事の取り上げなども退職強要と受け取られます。
たとえ退職に追い込むという目的がなくとも、対象となる社員が、配置転換の命令や業務内容の変更を「退職に追い込もうとしている」と誤解する場合があるのです。
仕事のミスが多い、上司と協調できないといった理由で退職勧奨を行う際、業務に支障を生じさせないため、何らかの手段を講じる場合があるでしょう。その際は、必要性を丁寧に説明し、退職に追い込むための嫌がらせだと誤解させないようにしましょう。
訴訟の例:大和証券事件(平成27年4月24日大阪地方裁判所判決)
これは大和証券が勤務態度、業務成績の評価が悪かった社員に対して、退職して子会社に転籍することを勧告したものです。社員もこれに応じましたが、その後退職・転籍は強要されたものだとして会社を訴えました。
会社は退職勧奨の最中、約4カ月もの間この社員を「追い出し部屋」と呼ばれる一人の部屋で執務をさせていたのです。ほかの社員との接触を遮断し、朝会などにも出席させなかった会社の行為は退職の強要とされ、慰謝料150万円の支払いが命じられました。
9.退職勧奨した場合の失業手当
「退職届を提出してしまうと失業手当の受給条件が不利になる」と誤解される場合があります。結論からいうと、社員が失業手当を受給する上で不利益を被ることはありません。
事業主から退職するよう勧奨を受けたこと(雇用保険法施行規則第36条9号)は、「特定受給資格者」(雇用保険法第23条1項)に該当します(雇用保険法第23条2項2号)。つまり退職勧奨による退職は会社都合の解雇と同様の扱いになるのです。
なお助成金についても、会社都合の解雇のケースと同様の取り扱いとなるためこちらも注意しましょう。
会社都合の解雇と同様の扱いになる
退職勧奨による退職は会社都合の解雇などと同様の扱いです。ただし「自己都合退職」となるのか「会社都合退職」となるのかでは大きな違いがあります。退職勧奨を受けて退職する場合、雇用保険上の扱いは「会社都合退職」と同じです。
ハローワークに会社都合退職だと認めてもらうには、退職勧奨が行われていた証拠を用意する必要があります。当時のメールや録音を残しておくほか、退職届の理由欄に「会社側からの退職勧奨に応じた」などを書き添えたコピーを持っておくとよいでしょう。