労働施策総合推進法とは、労働者の需要と経営者の供給のバランスを保つために成立した「雇用対策法」を前身とする法律です。
1.労働施策総合推進法とは?
パワーハラスメントをはじめ労働環境におけるさまざまな問題に対応した法律のこと。「パワーハラスメント防止対策義務化」とも呼ばれます。まず「労働施策総合推進法」という法律の概要、法改正の背景について説明しましょう。
2019年5月の法律の改正により義務化
「雇用対策法」を前身とする「労働施策総合推進法」では、2019年5月の改正にて職場におけるパワーハラスメント対策やセクシュアルハラスメント対策、妊娠や出産、育児休業に関する各種ハラスメント対策の措置を義務化しました。
企業は労働者が有効にその能力を発揮できるよう、企業文化の見直しを行わなければなりません。
法律が改正された背景
法改正の背景にあるのはもちろん近年、社会的な問題化として顕在してきた「職場のパワーハラスメント」に関する問題です。
2011年に厚生労働省が実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」によると「過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがある」と回答した者はおよそ25%。4人に1人がパワーハラスメントを受けた経験があるという実態が明らかになりました。
2.労働施策総合推進法におけるパワハラの要件
労働施策総合推進法の詳細を説明する前に、パワーハラスメントの定義や要件について確認しましょう。
- 優越的な関係を背景とした言動
- 業務上必要な範囲を超えた言動
- 労働者の就業環境が害される言動
①優越的な関係を背景とした言動
まずは優越的な関係性にもとづいておこなわれる言動です。
- 職務上の地位が上位にある者による言動
- 同僚または部下が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの
- 抵抗や拒絶が困難である同僚または部下からの集団による行為
いずれも受ける者が行為者に対して抵抗、拒絶できない関係にもとづいて行われるものです。
②業務上必要な範囲を超えた言動
社会通念に照らした際、業務上明らかに必要ではない行為や目的を大きく逸脱した行為もパワーハラスメントになります。具体的には以下のような行為です。
- 業務の目的を大きく逸脱している言動
- 業務上明らかに必要性がない言動
- 行為者の数や当該行為の回数が社会通念に許容される範囲を超えている
この判断には言動の目的や労働者の問題行動の有無、経緯や状況など総合的な考慮が必要になります。
③労働者の就業環境が害される言動
従業員が能力を発揮するのに重大な妨げとなる言動も、パワーハラスメントに該当します。判断の際は「平均的な労働者の感じ方」、すなわち同様の状況でその言動を受けた社会一般の労働者が就業上看過できるかどうかを基準とします。
- 傷害を負わせる行為
- 暴言で人格を否定する行為
- 言動にて恐怖を感じさせる行為
- 能力に見合わない仕事の付与により、就業意欲を低下させる行為
3.労働施策総合推進法によるパワハラの類型
パワーハラスメントの要件は先に挙げた3項目はさらに6つの類型に分類されるのです。ここでは労働施策総合推進法におけるパワーハラスメントの代表的な言動類型について説明します。
- 身体的な攻撃
- 精神的な攻撃
- 人間関係からの切り離し
- 過大な要求
- 過小な要求
- 個の侵害
①身体的な攻撃
身体的な攻撃とは、暴行や傷害のこと。たとえば「上司が部下に対して殴打や足蹴りをする」「相手に物を投げつける」「体に危害をくわえて部下や同僚を威嚇し従わせようとする」などです。
一方、業務上関係のない同僚間での喧嘩は先に挙げた3つの要件に該当しないと考えられます。
②精神的な攻撃
精神的な攻撃とは「人格を否定する暴言を吐く」「ほかの労働者の前で罵倒する」「長時間にわたって必要以上に厳しい叱責を行う」などのこと。
このほか当該相手を含む複数の労働者に、相手の能力を否定する内容のメールを送信する行為や、業務上のミスを現金に換算して支払わせる行為なども含まれます。
③人間関係からの切り離し
人間関係からの切り離しとは「これまで参加していた会議のメンバーから外された」「職場での会話や飲み会などに1人だけ誘わない」などのこと。
自身の意と反した労働者を長期間にわたって別室に隔離したり、自宅研修させたりする行為も含まれます。特定の労働者に対して同僚が集団で無視をして孤立させる行為はパワーハラスメントです。
④過大な要求
過大な要求とは「多大な業務量によって月80時間を超える残業が継続している」「管理職なら決してきないと思われる仕事でもやるべき、と強制する」などのこと。
なお育成のため、現状よりも少し高いレベルの業務を任せることは業務の適正な範囲と考えられるためここには含まれません。
⑤過小な要求
過小な要求とは「一日中掃除だけさせている」「故意にかんたんな仕事をずっと続けるよう要求する」などのこと。経営上の理由によりいっとき簡易的な業務に就かせる自体は問題ありません。
しかし業務上の合理性がないまま能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じると、パワーハラスメントにあたります。
⑥個の侵害
個の侵害とは「出身校や家庭の事情などをしつこく聞く」「職場外で継続的に監視したり私物の写真撮影をしたりする」などのこと。
労働者の性的指向や病歴、不妊治療などの機微な個人情報を本人の了解を得ずに暴露する行為はパワーハラスメントになるのです。プライバシー保護の観点からも、これらを暴露する状況がないよう措置を講じなければなりません。
4.労働施策総合推進法の罰則規定は?
労働施策総合推進法に違反すると、どのような罰則が科せられるのでしょうか。場合によっては刑事上の責任が問われる場合もあります。ここでは法改正による労働施策総合推進法の罰則規定について、説明します。
具体的な罰則規定はない
2019年の改正労働施策総合推進法公布では、法令違反による具体的な罰則規定を設けていません。ただし厚生労働大臣が必要だと認めた場合、企業に対する助言や指導、勧告が行われる可能性もあります。
またこれらの勧告に従わない場合、労働施策総合推進法33条2項にもとづいてその旨が公開される可能性もあるのです。
刑事上の責任が問われる場合もある
労働施策総合推進法上の罰則規定はなくとも、場合によってはそれらの言動が暴行罪・傷害罪となって刑事上の責任に問われる可能性もあります。複数の労働者で示し合わせて特定の一人を排除しようとしていた場合、脅迫罪にもなりかねません。
かつての日本社会にて、部下や後輩を指導する際に殴ったり蹴ったりといった暴力行為があったのは事実です。しかし現在ではたとえ指導目的であっても、暴行は犯罪行為に該当し罰せられる場合があります。
パワハラを理由とした損害賠償請求も可能
過去には加害者本人に対する損害賠償を請求した事例や、加害者の勤め先の企業が賠償責任を負った事例もあります。
ある消費者金融会社に勤務していた労働者が、上司のパワーハラスメントにより抑うつ状態を発症したとして慰謝料や治療費、休業損害を請求した事例です。
本事例では正当な理由のない暴力は暴行罪や傷害罪に、外形的には指導の形で行われた不必要な叱責、始末書の提出は業務上の指導範囲を超えた違法なものと判断されました。
5.労働施策総合推進法における企業側の対応
労働施策総合推進法にて、企業にパワーハラスメントの対策強化が義務づけられました。パワーハラスメントの発生や再発を防ぐためには、どのような対策を講じればよいのでしょう。ここでは労働施策総合推進法における企業側の対応について説明します。
- 実態調査の実施
- 被害者にむけての支援
- 加害者の処分を検討
- 再発防止策の策定
- 相談窓口の設置
- ハラスメントの研修
- パワハラに関する周知
①実態調査の実施
まずは企業内におけるパワーハラスメントの実態を調査します。アンケート調査をとおして職場の実態を把握しましょう。
アンケート調査はパワーハラスメントの有無や労働者の意識を知るだけでなく、働きやすい職場環境づくりについて考えるきっかけにもなります。なお、より正確な実態把握や回収率向上のため、匿名での実施が有効です。
②被害者にむけての支援
労働施策総合推進法では被害者にむけての支援も欠かせません。実態調査により事実関係を正確に確認したら、被害者と加害者の関係改善に向けた支援、被害者と加害者を引き離すための配置転換などが必要になります。
加害者による謝罪や被害者の労働条件上に生じた不利益の回復、メンタルヘルス不調への相談対応なども必要です。
③加害者の処分を検討
パワーハラスメントが発生したら、様態や経緯などに鑑みて加害者に必要な処分を行います。労働施策総合推進法における加害者の懲戒処分としては「けん責」や「戒告」、「減給」や「降格」など、軽度なものから重度なものまでいくつかの処分があるのです。
「懲戒解雇」はあくまでの解決策のひとつ。社内の規定に則って相応する社内処分を検討します。
④再発防止策の策定
労働施策総合推進法ではパワーハラスメントの再発防止に向けた措置を講じる必要があります。例は下記のとおりです。
- パワーハラスメントを行った者には厳正に対処する旨を、社内報や社内ホームページ、啓発のための資料などへあらためて掲載、配布する
- すべての労働者に、パワーハラスメントに関する意識を啓発するための研修・講習を実施する
調査の結果、パワーハラスメントの事実が確認できなかった場合も同様の措置を講じなければなりません。
⑤相談窓口の設置
労働施策総合推進法ではパワーハラスメントに関して相談できる環境づくりも重要だと明記しています。企業は苦情を含む相談に応じ、適切に対応するための体制を整備しなければなりません。
相談窓口を設置し、これを労働者全体に周知します。相談は面談だけでなく電話やメールなどさまざまな方法で受けられるようにしましょう。
⑥ハラスメントの研修
ハラスメントの予防対策としてとくに大きな効果をもたらすと考えられているのが「ハラスメント教育の研修」。「可能な限り対象者全員に受講させる」「定期的に繰り返し実施する」「管理監督者向けと一般従業員向けに分けて実施する」などで、より高い効果を得られます。
研修内容に既存の取り組みや具体的な事例をくわえたり、外部の社会保険労務士に依頼したりする方法も効果的です。
⑦パワハラに関する周知
せっかく相談窓口を設置したり、被害者に向けた支援を講じたりしても、それらが周知されていなければ意味がありません。
社内報やパンフレット、社内ホームページやポスターなどさまざまな広報ツールを活用して、パワーハラスメントに関する周知を行いましょう。
ハラスメントは人権侵害。すべての労働者が正しい知識を得て互いに尊重し、働ける職場環境づくりが重要です。