労働基準監督署は、労働法規に基づき企業を指導、監督する公的機関です。ここでは、労働基準監督署について詳しく解説します。
目次
1.労働基準監督署とは?
労働基準監督署とは、労働者を保護する労働法規にもとづいて、「労働契約など労働条件に関わる事項」「事業場の監督と労働者の保護」「労働衛生に関する業務」「労働災害保険の給付」「家内労働者の福祉増進といった業務を行う公的機関のこと。
厚生労働省の出先機関で、都道府県労働局に指揮監督を受けて、業務を行っています。労働基準監督署は、労基署や労基、監督署などと略して呼ばれる場合もあるのです。
2.労働基準監督署を取り巻く諸問題とは?
昨今、労働基準監督署を取り巻く諸問題が起こっており、過労死や過労自殺、ブラック企業などは、日本における社会問題としてメディアでも頻繁に取り上げられています。これらは、労働者だけでなく事業主にとっても非常に重大な問題です。
ここでは、労働基準監督署を取り巻く諸問題について解説します。
- 過労死問題
- 過労自殺問題
- ブラック企業リストの公開
①過労死問題
過労死とは、業務上のストレスや過重労働などが極限に達したことで起こる死亡のことで、突然死と呼ばれる場合もあります。急に「くも膜下出血や心筋梗塞といった脳血管疾患」「虚血性心疾患」などを引き起こして、死亡に至る状況です。
過労死を防ぐカギは、「残業規制などに代表される長時間労働の是正」「有給休暇の取得促進」などを事業主に対して求めていくことといえます。
②過労自殺問題
過労自殺とは、労働者が長時間労働や過重労働、過度のストレスを強いられたため心身に不調をきたし、自ら命を絶つこと。
過労自殺を防ぐには、「残業規制など長時間労働の是正」「有給休暇の取得促進」「職場におけるメンタルヘルス対策の推進」「過重労働による健康障害の防止」「職場のハラスメントの予防、解決」といった取り組みを進めていかなければなりません。
③ブラック企業リストの公開
ブラック企業とは、法令や規則などを遵守していない企業のことで、「過度な長時間労働やノルマで労働者を酷使する」「パワハラやセクハラなどのハラスメントで労働者の心身を追い詰めていく」という企業を指します。
厚生労働省は、東京労働局や大阪労働局に『過重労働撲滅特別対策班』通称「かとく」を設置し、長時間労働からブラック企業を割り出せるよう働きかけているのです。
3.労働基準監督署の役割とは?
労働基準監督署は、労働基準法や労働安全衛生法、最低賃金法など労働法規にもとづいてさまざまな役割を果たしています。そんな労働基準監督署の役割について、4つの視点から解説しましょう。
- 企業の労働に関する事柄などを監督
- 労働者からの申告の受付付
- 労働基準監督署が持っている権限
- 労働基準局との違い
①企業の労働に関する事柄などを監督
企業は従業員を雇用するにあたり、「労働契約法」「労働組合法」「労働安全衛生法」「最低賃金法」など、さまざまな労働法規を遵守しなければなりません。
しかし、中には労働法規を遵守しない企業も。厚生労働省の出先機関である労働基準監督署は、このような労働法規を遵守しない企業の取り締まりや監督を担っているのです。
②労働者からの申告を受け付けている
本来、対等な立場であるはずの企業と労働者ですが、労働者より企業が強い立場にある場合も多くあります。企業が労働者の弱い立場に付け込み、労働者が不当な扱いを受ける事例も発生しているのです。
しかし、労働者が不当な扱いに対して抗議するというのは難しいもの。そこで労働基準監督署は、「労働者と企業とのパワーバランスを均衡にする」「労働者が泣き寝入りしないようにする」という目的で、労働者からの申告を受ける窓口を設置しているのです。
③労働基準監督署が持っている権限
労働基準監督署は、企業活動や労働者に関するすべてに対して権限を持つわけではありません。権限はあくまで、労働基準法違反に関するものに限られているのです。
権限の中には企業に対して、「労働基準法に従うよう、是正勧告する」「労働法規違反をした場合、捜査権や逮捕権を行使する」などがあります。
「民事的な損害賠償請求」「労働法規以外に関わる捜査や逮捕」などは、労働基準監督署の権限に含まれていません。
④労働基準局との違い
労働基準局は労働基準監督署を管理監督する労働基準監督署の上位組織で、厚生労働省の中にあるため、個別労働者と直接話をしたり相談に乗ったりするような立場にはありません。
労働基準局の主な業務は、「労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法その他の所管法令の施行事務」「労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法その他の所轄法令に関する法規の解釈や運用について通達の発行」などです。
4.労働基準監督署ではどんな相談ができるのか
労働基準監督署でできる相談は、労働基準法に則った事柄のみです。しかし労働基準法に則った事柄といってもその範囲は広く、さまざまな事案があります。労働基準監督署が相談を受ける事柄から、下記について簡単に解説しましょう。
- 労働災害認定
- 給料や残業代の未払い
- 不当解雇
- セクハラ、モラハラ、パワハラ
①労働災害認定
労働災害とは、労働者が業務中もしくは通勤途中に巻き込まれる事件や事故などのことで、労働災害に遭った場合、労働者は労働基準監督署に労災を申請できます。
- 自分が遭遇した事柄は労働災害に該当するのか、判断に迷う
- 労災保険の申請方法が分からない
- 決定した労災保険に不服や疑問点がある
などの場合、労働基準監督署に相談してみましょう。無料で相談に乗ってくれます。
②給料や残業代の未払い
企業が給与や残業代を支払っていない事実が明白な場合、労働者の相談に乗ってくれます。
大がかりな未払い事件で企業側に違反行為があると認められた場合、「行政指導で是正を促す」「是正されない場合、刑事事件として立件する」といった手段を取る場合もあるのです。
その際、「給与や残業代が未払いという証拠や根拠がある」「規模が大きい問題」などにより、優先順位が決定します。
③不当な解雇
不当解雇とは、「客観的かつ合理的な理由」「解雇方法の社会通念上相当である」などが欠けた解雇のこと。
ただし労働基準監督署では、これら不当解雇の要件を満たしているか否かを判断する権限を有しておらず、民事トラブルにも介入しません。
そのため、解雇予告の支払いがなく即時解雇されたという労働基準法違反があったとして、相談には乗ってくれるものの、解雇の有効性を含め対応できないのが実情です。
④セクハラ・モラハラ・パワハラ
この場合、労働基準法に違反するハラスメントについては相談対象となりますが、パワハラなどの単独相談には乗っていません。ただし労働基準監督署内にある総合労働相談コーナーでは、職場におけるトラブルの相談に乗っています。
場合によっては、
- 解決方法の提示
- 労働局長による助言や指導
- 紛争長調整委員会によるあっせん制度の案内
などをしてくれる場合もあるのです。
5.労働基準監督署ではあまり相談できないケース
労働基準監督署ではあまり相談できない事柄もあります。労働基準監督署は原則として、企業の労働基準法違反行為に対して指導、勧告を行います。そのため労働基準法違反であると明白でない限り、労働基準監督署では相談に乗れません。
ここでは、労働基準監督署ではあまり相談できない事柄について解説します。
不当解雇以外に関する事柄
労働基準監督署は、企業が労働基準法違反行為をしていると明白でない限り、労働者の相談には乗れません。「能力のなさを理由に解雇された」「経歴詐称を理由に解雇された」などの場合、明白な労働基準法違反には当てはまらないため、相談は難しいでしょう。
また労働基準監督署は、企業との仲介も行いません。第三者の介入を期待するのは困難です。
リストラ
リストラとは、企業が業績の悪化や不採算を理由に余剰人員を整理して、関係部門の整理や業務の再構築を行うこと。リストラは、労働基準法違反という観点から見ると違法性がないため、相談の受け付け自体が困難です。
ただし労働基準法に照らし合わせて明白に不当なリストラが行われた場合、労働基準監督署に相談できる場合もあります。
異動や配置転換に関する事柄
「急な異動を命じられた」「希望していない配置転換を命じられた」など、異動や配置転換に関わる労使トラブルは多くあります。
しかしこれも、労働基準法の観点から違法性が明確である場合以外、労働基準監督署は相談に乗れません。労働基準監督署は第三者として企業と労働者を仲介することもないため、労働者の味方になってくれることを望むのは難しいでしょう。
懲戒処分に関する事柄
懲戒処分について労働基準監督署が相談に乗ることは極めて難しいと考えるべきです。懲戒処分は就業規則に則って行われる処分で、就業規則を整備しているのであれば、その企業は労働基準法違反には該当しません。
労働基準法違反に該当しない、すなわち違法性が認められない場合、労働基準監督署は相談に乗ることはできないのです。懲戒処分が労働者にとって深刻な問題でも、労働基準監督署を頼ることは難しいと考えてください。
職場いじめやパワーハラスメントに関する事柄
職場いじめ、パワーハラスメントなどが社会問題になっています。しかしこれらの事案について労働基準監督署が相談に乗ることはありません。
労働基準監督署は、賃金支払いや残業、雇用契約などについてのルールを定めている労働基準法に違反している企業に対して指導を行う機関です。
職場いじめやパワーハラスメントに関しては、これら労働基準法には該当する条項はありません。よってこれら問題が発生した場合は、労働局へ相談するのが適切です。
育児休暇や介護休暇に関する相談
育児休暇や介護休暇に関する相談もいじめやハラスメントの事案と同様、労働局へ相談すべき事柄です。労働基準法には、「育児休暇を取らせてくれない」「介護休暇を取れない」といった事柄についての記載はありません。
労働基準法違反に該当しない内容では、労働基準監督署は相談窓口になれません。育児休暇や介護休暇の取得に関して企業とのトラブルが発生した場合は、労働局に相談したほうが適切だと分かります。
6.労働基準監督署への相談に関すること
労働基準法への違反が明白である事案について労働基準監督署へ相談したい場合、どのような点に注意すればよいかをあらかじめ理解しておけば、万が一のときにも慌てません。ここでは、下記について解説します。
- 相談後の大まかな流れ
- どのように相談するのがベストか
- 相談によるデメリット
①相談後の大まかな流れ
労働基準監督署へ相談した後のおおまかな流れとは、トラブル処理の流れのこと。労働基準監督署に相談すると、下記のような流れになります。
- 労働者が用意した相談内容の証明などをもとに、違法状況の把握や労働者へのアドバイスを行う
- 事実確認のため企業を訪問し、違法性を調査、確認する
- 違反企業に対し、是正勧告を行う
労働基準監督署は法的強制力のない行政指導しかできませんが、是正勧告を無視した企業は法律違反で逮捕されるケースもあります。
②どのように相談するのがベストか
労働基準監督署に相談しようと考えた場合、必ず準備しておくべきものは証拠ですので、労働者は、企業が労働基準法違反をしているという証拠を集めましょう。下記のような準備があると、労働基準監督署とスムーズに話を進められます。
- 会社とのやりとりを示したメモや指示書、メールなどの資料
- 会社の法令違反内容を説明する給与明細、タイムカード、診断書などの資料
- 相談内容を時系列にまとめた資料
- 相談内容や企業に対する主張
- 企業情報
③相談によるデメリット
労働基準監督署に相談することで、デメリットが生じる場合もあります。経営者が逮捕されるなど大きな問題に発展した場合、企業運営に多大な影響を与えてしまう点です。
問題が根深かければ、大きな問題になったときの自分と会社への影響の大きさを覚悟する必要があるでしょう。また時間のムダになるケースも少なくありません。
労働基準監督署では、悪質事案や刑事事案が優先されます。個人的な問題で相談に行っても、なかなか話が進まない場合も考えられるでしょう。