最低賃金の引き上げとは、全国加重平均が1,000円になるように目指す取り組みのこと。ここでは引き上げの目的や最低賃金制度の仕組みについて解説します。
目次
1.最低賃金の引き上げとは?
最低賃金の引き上げとは、年率3%程度を目途として最低賃金を引き上げ、名目GDP成長率にも配慮しつつ、全国加重平均が1,000円になるように目指す取り組みのこと。
厚生労働省では最低賃金の引き上げに向けて、中小企業や小規模事業者に対する支援を行っています。
最低賃金引き上げの目的
最低賃金引き上げの目的は、下記の2つです。
- 最低賃金を引き上げて優秀な労働者の雇い入れを容易にする
- 最低額の賃金を保障して労働条件の改善を図り、不完全就業者を減らす
2.最低賃金制度の仕組みを紹介
続いて、最低賃金の引き上げについて定めた「最低賃金制度」の仕組みについて見ていきましょう。最低賃金制度は使用者、労働者ともに理解しておかなければならない制度のひとつです。パートやアルバイト、正社員や学生などすべての労働者に適用されます。
最低賃金制度の概要
最低賃金制度とは、最低賃金法にもとづき国が賃金の最低限度を定め、使用者はその最低賃金額以上を支払わなければならないと定めた制度のこと。
万が一、労働者と使用者の双方が合意したうえで最低賃金額より低い賃金が定められても、法律によって無効とされます。この場合、最低賃金額と同額の定めをした賃金と見なされるのです。
最低賃金の種類は2種類に分類される
最低賃金には「特定最低賃金」と「地域別最低賃金」の2種類があります。
特定最低賃金とは
特定最低賃金とは、その名のとおり特定の産業について設定された最低賃金のこと。
対象となるのは、関係労使の申出、最低賃金審議会の調査審議を経て、同審議会が地域別最低賃金よりも水準の高い最低賃金の定めが必要と認められた産業です。令和2年4月1日現在、全国で228件の最低賃金が決められています。
地域別最低賃金とは
地域別最低賃金は、特定最低賃金のように産業や職種にかかわりなく、道府県内の事業場で働くすべての労働者、およびその使用者に対して適用される最低賃金のこと。各都道府県に1つずつ、全国で47件の地域別最低賃金が定められているのです。
地域別最低賃金は、労働者の生計費や賃金、通常の事業の賃金支払能力を総合的に勘案して定めるものとされています。
3.最低賃金額と支払われる賃金の比較方法
最低賃金の対象は、毎月支払われる基本的な賃金です。臨時的に支払われる手当や賞与、時間外割増賃金や休日割増賃金などは含まれません。ここでは実際に支払われる金額が、最低賃金以上の金額になっているか調べる方法を解説します。
出来高制の比較方法
労働者が製造した物品の量や売り上げなどに応じて、一定の比率で賃金を支払う制度のことを「出来高払制」といいます。
出来高払制の場合、賞金の総額を当該賃金計算期間に出来高払制そのほかの請負制によって労働した総労働時間数で割り、時間当たりの金額に換算したうえで最低賃金額(時間額)と比較するのです。
なお出来高払制にはデメリットも少なくないため、労働者が一定時間労働を提供した場合、たとえ出来高が少なかったとしても最低限支払わなければならない賃金を定めています。これを「出来高払制の保障給」と呼ぶのです。
月給制の比較方法
月給制つまり月を単位に基本給を定め、実際の出勤日数に関係なく毎月定額の給与が支給される制度の場合、以下の計算式で最低賃金額との比較が可能になります。
月給÷1カ月の平均所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
○○県で働くAさんの基本給が月15万円、かつ年間所定労働日数が250日、1日の所定労働時間は8時間、○○県の最低賃金が時間額850円だった場合を例に見てみましょう。
Aさんの賃金は(15万円÷12か月)÷(250日÷8時間)=900円で、850円を上回っているため、最低賃金額以上となります。
日給制の比較方法
1日を単位として金額を定め、出勤似た日数に応じて賃金を支給する日給制の場合、次の計算式で最低賃金額を比較します。
日給÷1日の所定労働時間≧最低賃金額(時間額)
ただし日数が決められている特定(産業別)最低賃金が適用される場合、日給≧最低賃金額(日額)で比較します。まずはどちらの最低賃金が適用されるのかを明らかにしておきましょう。
時間給制の比較方法
時間給制の場合、最低賃金額の比較は非常にシンプルです。時間給≧最低賃金額(時間額)の計算式で比較できます。
なお「出来高制」「月給制」「日給制」「時間給制」が組み合わさっている場合、それぞれの計算式によって時間額を換算し、それぞれを合計したものと最低賃金額(時間額)を比較する必要があるのです。
4.最低賃金引き上げに向けた支援について
最低賃金の引き上げに向けて、厚生労働所では中小企業や小規模事業者に対して支援や取引条件の改善を行っています。最低賃金の引き上げに向けた具体的な支援策や取り組みについて、解説しましょう。
働き方改革推進支援センターの取り組み
働き方改革推進支援センターでは、社会保険労務士などの専門家に無料で労務管理上の悩みについて相談できる支援を行っています。事業主は就業規則の作成方法から賃金規定の見直し、労働関係助成金の活用など、さまざまなアドバイスを受けられるのです。
窓口相談や電話、メールでの受付はもちろん、直接企業へ訪問し、事業主が抱える悩みに親身に対応す相談窓口といえます。
支援の対象者
働き方改革推進支援センターの支援対象は、すべての事業主です。長時間労働の是正や生産性向上による賃金の引き上げ、人手不足の解消に向けた雇用管理の改善など、働き方改革に関連するさまざまな相談に対して総合的な対応・支援を行っています。
また働き方改革関連法の周知や、36協定の締結や就業規則作成に当たっての手続方法、これらに合わせた労働関係助成金の活用に関する労務管理セミナーも開催しているのです。
業務改善助成金について
最低賃金引き上げに関して、働き方改革推進支援センターのほかにも「業務改善助成金」(中小企業および小規模事業者の業務改善を国が支援し、従業員の賃金引き上げを図るために設けられた制度)といった支援制度があります。
機械設備やPOSシステムの導入など、生産性向上のための設備投資を行ったうえで事業内最低賃金を一定額以上に引き上げた場合、その設備投資にかかった費用の一部を助成する仕組みです。
助成される金額
業務改善助成金の助成額は4つのコースに分かれます(令和3年2月1日以降は2コース)。
いずれも申請コースごとに定めた引上げ額以上に事業場内最低賃金を引き上げた場合、設備投資等にかかった費用に助成率を掛けて算出した金額を助成するのです(千円未満端数切り捨て)。
なお助成対象事業場や引上げ額、助成率などは申請コースごとに定められているため注意しましょう。
働き方改革推進支援助成金について
働き方改革推進支援助成金とは、中小企業の事業主団体のうち、3社以上で組織される団体について、労働時間短縮や賃金引上げといった生産性向上に資する取り組みに要した費用を助成する制度のこと。
支給対象は、法律で規定する事業主団体、および共同するすべての事業主の合意にもとづく協定書を作成した共同事業主など、3事業主以上で構成された事業主団体です。
支給対象とされる取り組みについて
働き方改革推進支援助成金の支給対象は、以下いずれかを1つ以上実施した取り組みです。
- 市場調査の事業
- 新ビジネスモデル開発、実験
- 材料費や水道光熱費、在庫など費用の低減実験(労働費用を除く)
- セミナーの開催など
- 人材確保に向けた取り組み
- 巡回指導や相談窓口設置など
5.働き方改革実行計画における最低賃金引き上げと労働生産性向上について
最低賃金の引き上げの目的は、過去最高となっている企業収益を継続的賃上げにつなげ、低下傾向にある労働分配率を上昇し、経済の好循環をより確実にして総雇用者所得を増加させること。
ここでは「働き方改革実行計画」の立場から、最低賃金の引き上げについて見ていきましょう。
生産性向上に取り組んでいる企業への援助
働き方改革実行計画では、賃上げに積極的な企業を税額控除の拡充によって後押ししています。たとえば「生産性向上に資する人事評価制度や賃金制度の整備」「生産性向上と賃上げを実現した企業への助成制度創設」などです。
同時に「金融機関との連携強化を図る」「雇用保険法を改正して雇用安定事業と能力開発事業の理念に生産性向上に資する」なども行っています。
中小・小規模事業者における取引条件の改善への取り組み
働き方改革実行計画では、中・小規模事業者の取引条件改善についても言及しているのです。
下請けいじめの実態を踏まえた下請法運用基準の抜本改定、下請事業者の資金繰りを苦しめてきた手形払いの慣行断ち切りなど、下請け取引に関する制度の見直しが進められています。
また産業界に対しても、これらを踏まえた自主行動計画に基づく取組の着実な実施を求めているのです。
6.最低賃金の引き上げに向けた環境整備について
賃上げしやすい環境の整備や生産性向上の支援など、最低賃金の引き上げに向けた環境整備も進められています。ここでは賃金引き上げに向けた支援事業から下記2つについて解説します。
- 人材確保等支援助成金について
- キャリアアップ助成金について
①人材確保等支援助成金について
人材確保等支援助成金とは、魅力ある職場づくりのために労働環境の向上を図る事業主や、魅力ある雇用創出を図る事業協同組合に対して助成を行う制度のこと。同じ人材確保等支援助成金でも、下記のように2つあります。
人事評価制度を整備して賃金の引き上げ、離職率の低下に取り組む事業主に向けた「人事評価改善等助成コース」
生産性向上に資する設備等を導入することで雇用管理改善および生産性の向上を達成した事業主に向けた「設備改善等支援コース」
設備改善等支援コース
設備改善等支援コースは、その名のとおり「雇用管理改善計画」にかかる設備投資を行い、賃金引き上げなどの雇用管理改善、および生産性向上を実現した企業に対する助成制度のこと。受給には以下の措置が必要です。
- 雇用管理改善計画期間1年タイプ:計画開始から1年後の雇用管理改善にかかる目標の達成(計画達成助成)。これを受けた生産性向上に資する設備等の活用および賃金アップの達成(上乗せ助成)
- 雇用管理改善計画期間3年タイプ:雇用管理改善計画にもとづく計画達成助成。これを受けた生産性向上に資する設備等の活用および賃金アップの達成(目標達成時助成 )
人事評価改善等助成コース
人事評価改善等助成コースとは、生産性向上に資する「人事評価制度」を整備し、定期昇給のみではない賃金制度を設けることで生産性の向上、および賃金引き上げを実現した企業に対する助成のこと。
「従業員のモチベーション向上」「人材不足の解消」が主な目的で、受給には以下の措置を実施する必要があります。
- 制度整備助成:「人事評価制度等整備計画の認定」「人事評価制度などの整備および実施」
- 目標達成助成:「生産性の向上」「賃金の増加および増加した賃金を引き下げていない」「離職率の低下」
②キャリアアップ助成金について
キャリアアップ助成金とは、有期契約労働者等の基本給における賃金改定を2%以上増額改定し、昇給させた場合に助成される制度のこと。
有期雇用労働者や短時間労働者、派遣労働者など、非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進して、正社員化・処遇改善の取り組みを実施した事業主に対して助成します。
キャリアアップ助成金は4つのコースに分かれており、いずれも助成人数や助成額に上限があるのです。
受給条件について
キャリアアップ助成金を受けるには、対象事業主が以下要項を充たしている必要があります。
- 雇用保険適用事業所の事業主である
- キャリアアップ計画期間内にキャリアアップに取り組んだ事業主である
- 雇用保険適用事業所ごとに、キャリアアップ管理者を置いている事業主である
- 雇用保険適用事業所ごとの対象労働者に対してキャリアアップ計画を作成している、かつ管轄労働局長の受給資格の認定を受けた事業主である
賃金規定等改定コース
賃金規定等改定コースとは、すべてまたは一部の有期雇用労働者等に対する基本給賃金規定などを増額改定し、昇給した場合に助成するコースのこと。対象となる労働者は、下記のとおりです。
- 労働協約または就業規則が定める規定または賃金テーブルを増額改定した日の前日から3カ月以上、増額改定後3カ月以上継続して支給対象事業主に雇用されている有期雇用労働者
- 増額改定した賃金規定等を適用されている、かつ増額改定前の基本給に比べて2%以上昇給している者
- 基本給や定額で支給されている諸手当を減額されていない者
- 当該対象適用事業所における雇用保険被保険者である
- 事業主または取締役の3親等以内の親族以外である
- 支給申請日に離職していないこと
正社員化コース
正社員化コースとは、有期雇用労働者などを正規雇用労働者などに転換もしくは直接雇用した場合に助成する制度のこと。申請は、正規雇用労働者・無期雇用労働者としての賃金を6カ月分支給した日の翌日から起算して、2カ月以内に行わなければなりません。
また申請には「支給要件確認申立書」のほか「支払方法・受取人住所届」、「管轄労働局長の認定を受けたキャリアアップ計画書」などが必要です。
賃金規定等共通化コース
賃金規定等共通化コースとは、有期雇用労働者などに関して、正規雇用労働者と共通の職務等に応じた賃金規定等を新たに作成・適用した場合に助成する制度のこと。支
給額は1事業所あたり57万円です(生産性の向上が認められる場合は72万円、大企業の場合は42万7500円、もしくは54万円)。どの支給額が適用される場合も、1事業所あたり1回のみの支給となります。
健康診断制度コース
健康診断制度コースとは、有期雇用労働者などを対象とする「法定外の健康診断制度」を新たに規定し、さらに延べ4人以上実施した場合に助成される制度のこと。
こちらも1事業所あたり1回のみの支給です。支給額は「1事業所あたり38万円」「生産性の向上が認められる場合は48万円」「大企業の場合は28万5000円もしくは36万円」となります。
選択的適用拡大導入時処遇改善コース
選択的適用拡大導入時処遇改善コースとは、労使合意にもとづく社会保険運用の拡大導入に伴って、以下を実施した場合に行う助成のこと。
- 有期契約労働者などの働き方の意向を適切に把握している
- 労使合意に反映させるための取組を行っている
- 当該措置により当該有期雇用労働者等を新たに社会保険の被保険者としている
諸手当制度共通化コース
諸手当制度共通化コースとは、有期雇用労働者などに関して、正規雇用労働者と共通の諸手当に関する制度を新たに設け、さらにそれを適用した際に受けられる助成のこと。
支給額は1事業所あたり38万円(生産性の向上が認められる場合は48万円)です。こちらも初回諸手当の支給後6カ月分の賃金を支給した翌日から起算して、2カ月以内に申請しなければなりません。
短時間労働者労働時間延長コース
短時間労働者労働時間延長コースは、短時間労働者の週所定労働時間を延長するとともに処遇の改善を図り、新たに社会保険の被保険者とした場合に行う助成のこと。
支給額は一人当たり22万5000円です。労働者の手取り収入が減少しないよう、週所定労働時間を延長するとともに基本給を昇給します。