最低賃金法は、国が労働者の賃金の最低限度を定めたものです。ここでは最低賃金法について詳しく解説します。
1.最低賃金法とは?
最低賃金法とは、使用者は国が定めた最低賃金額以上の賃金を支払わなければならず、もし守らない場合は罰金が科されるという法律のこと。ここでは最低賃金法の役割や種類について見ていきます。
最低賃金法の役割は、「賃金体系の底辺となった貧困の減少への寄与」「労働市場で弱い地位にある低賃金労働者の保護」「公正な賃金支払いの保証」「マクロ経済政策の手段のひとつとして経済の安定と成長や所得配分の改善といった貢献をする」などです。
2.最低賃金の種類
最低賃金には、下記の2種類があります。
- 地域別最低賃金
- 産業別最低賃金
①地域別最低賃金
地域別最低賃金とは、都道府県内の事業場で働くすべての労働者に適用される最低賃金額のこと。
地域別最低賃金は各都道府県で1つずつ定められており、合計47件の最低賃金が設定されています。賃金の最低額を保障して、セーフティーネットとしての役割を担っているのです。
最低賃金は、公益代表や労働者代表、使用者代表といったメンバーで構成される「最低賃金審議会」にて決まります。
②産業別最低賃金
産業別最低賃金とは特定の産業に関して、業務の性質上、地域別最低賃金よりも高い賃金を支払う必要がある場合に定められる最低賃金です。「特定最低賃金」と呼ばれる場合もあります。適用される主な産業は、下記のとおりです。
- 鉄鋼業
- 電子部品、デバイス、電子回路
- 自動車関連業
- 機械器具製造業
関係労使の申出にもとづき最低賃金審議会が必要と認めた場合、最低賃金審議会の調査審議を経て決まります。
3.最低賃金法の目的は?
最低賃金法の目的は、労働者のセーフティーネットを担うこと。最低賃金の目的について次の3つから解説します。
- 労働者が最低限の生活をできるよう保障する
- 不当な低賃金が支払われている企業をなくす
- 収入の格差を埋める
①労働者が最低限の生活をできるよう保障する
最低賃金法は、賃金体系にこれ以上低くしてはならない金額を法的に作って、貧困の減少に寄与します。賃金は、労働の対価として支払われ、労働者が最低限の生活をできるよう保障しなくてはなりません。
弱い立場にある低賃金労働者の保護は、セーフティーネットの観点から見ても非常に重要な目的のひとつです。
②不当な低賃金が支払われている企業をなくす
労働者に不当に低い賃金を支払って競争力を高めるのは、社会的不公正行為に該当します。労働者に適正な賃金を支払いながら企業活動を推進していくのは、企業として当然の姿勢でしょう。
最低賃金法で最低額を法的に設定し、労働者に不当な低賃金が支払われる社会的不公正な行為をなくそうとしているのです。
③収入の格差を埋める
労働者間の収入格差を埋めると、国民経済政策、すなわちマクロ経済政策の手段として有効となります。労働者の賃金に最低額を設けると、経済の安定・成長や所得配分が改善できるのです。
所得の適正な分配は、労働者のモチベーションの向上などさまざまな影響をもたらします。そのため収入格差の是正は、最低賃金法の重要な目的になっているのです。
4.最低賃金法の対象になるもの
最低賃金法の対象となるのは、毎月支払われる基本的な賃金です。ただし最低賃金法の対象から除外される賃金もあります。ここでは対象から除外される賃金の例を7つ解説します。
- 臨時に支払われる賃金
- ボーナスといった賃金
- 残業代のような時間外賃金
- 休日出勤した際に払われる賃金
- 深夜帯の割増賃金
- 皆勤手当
- 家族手当
①臨時に払われる賃金
臨時に支払われる賃金には、「状況に応じて支払われる賃金」「突発的に支払われる賃金」「支払い事由の発生が不確定」などがあります。たとえば結婚手当です。名称は異なっていても臨時に支払われる賃金であれば、最低賃金の算出の際には除外されます。
②ボーナスといった賃金
1カ月を超える期間ごとに支払われるものが、ボーナスといった賃金に当てはまります。最低賃金法の対象となるのは、毎月支払われる基本的な賃金です。
そのため「四半期ごと・半期ごと」といった期間に支払われる、いわゆるボーナスや賞与などと呼ばれる賃金は、最低賃金を算出するうえで除外するとされています。
③残業代のような時間外賃金
所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金は、残業代のような時間外賃金に当てはまります。
残業代は、時間外労働を行った際に、会社から当該労働者に支払われる賃金です。つまり残業代は毎月支払われると決まっている基本的な賃金に該当しません。そのため最低賃金の計算では時間外賃金の額が除かれます。
④休日出勤した際に払われる賃金
休日出勤した際に払われる賃金とは、所定労働日以外の日の労働に対して支払われる賃金のこと。
通常、所定労働日以外の日に労働した場合、休日割増賃金が労働者に支払われます。しかしこれも、毎月必ず発生する基本的な賃金には該当しません。イレギュラーな賃金と見なされるため、最低賃金の計算には含まれません。
⑤深夜帯の割増賃金
深夜帯の割増賃金とは、午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常賃金の計算額を超える部分のこと。深夜帯の割増賃金も、毎月必ず発生する基本的な賃金ではありません。
時間外割増賃金や休日割増賃金などと同様に、最低賃金法の対象からは除外されます。
⑥皆勤手当
皆勤手当とは、欠勤せず勤務した場合の手当のこと。最低賃金法では、諸手当を最低賃金の算出対象としています。しかし毎月必ず支払われる基本的な賃金でなければ、諸手当でも最低賃金法の対象とは認められません。
皆勤手当は諸手当に分類されるものの、皆勤という条件を満たさなかった場合不支給になるため、対象から外れています。諸手当でも、最低賃金法の対象除外手当がある点に注意してください。
⑦家族手当
家族手当とは、扶養家族の人数に応じて会社が一定額・一定率で支給する手当です。家族手当も諸手当に分類できます。しかし家族手当も皆勤手当と同様の理由で、最低賃金法の対象外の賃金となっています。
最低賃金法の対象外となる諸手当は、皆勤手当や家族手当、通勤手当など。これ以外の名称の手当でも、毎月の給与として支払われると決まっていなければ、最低賃金法の対象にはなりません。
5.最低賃金よりも低い場合は?
労働者が最低賃金よりも低い賃金を支払われた場合、なんらかの対処が必要になります。ここでは3つの対応について解説します。
- 最低賃金の確認
- 労働基準監督署への相談
- 法的措置
①最低賃金の確認
まず最低賃金の額を確認しましょう。確認する内容は以下の2点です。
- 自身が就労している事業所のある都道府県の最低賃金
- 産業別最低賃金対象産業の場合には、対象産業の最低賃金
地域別と産業別の最低賃金両方が同時に適用される場合、金額の高い最低賃金額が適用されます。残業代や通勤手当といった諸手当を差し引いた月額賃金と最低賃金の月額を比較すれば、自分の賃金が最低賃金を下回っているか否かが分かるでしょう。
②労働基準監督署に相談
最低賃金法第4条2項では、「最低賃金よりも下回る賃金額を定めた場合、その部分は無効とする」としているのです。そのため最低賃金額よりも低い賃金が確認された場合は、会社に直接話します。
もし直接は話しにくい、または言っても聞いてもらえない場合は、労働基準監督署に相談しましょう。労働基準監督署には、会社への立ち入り検査や違反行為の是正指導などを行う権限があります。匿名での相談も可能です。
③法的措置も視野に
労働基準間監督署に最低賃金違反の事実を申告すれば、会社に不足分の支払いを指導してくれます。もし労働基準監督署を介しても会社が不払い賃金の支払いを渋る場合は、「個別労働関係紛争調整制度」の利用を考えましょう。
さらに不払い賃金額が多いといったように被った被害が大きい場合、弁護士の利用も可能です。
6.賃金の差は地方によって格差がある?
賃金は地方によって格差があり、それは徐々に拡大しているのです。こうした問題について、以下の観点から解説しましょう。
- 賃金の地域間格差
- 異なる都道府県に事業所がある場合
- 最低賃金が一番高額の地域に合わせる
- 世界との比較
①賃金の地域間格差
賃金の地域格差は広がっています。発効年月が令和元年10月の地域別最低賃金時間額の上位10件は、下記のとおりです。
- 東京都…1,013円
- 神奈川県…1,012円
- 大阪府…964円
- 埼玉県…928円
- 愛知県…927円
- 千葉県…925円
- 京都府…909円
- 兵庫県…900円
- 静岡県…885円
- 三重県…874円
なお下位10件は、下記のとおりです。
- 沖縄県…792円
- 大分県…792円
- 佐賀県…792円
- 高知県…792円
- 島根県…792円
- 秋田県…792円
- 鹿児島県…793円
- 宮崎県…793円
- 熊本県…793円
- 長崎県…793円
②異なる都道府県に事業所がある場合
異なる都道府県に会社の事業所を展開している企業では、「事業所が所属している都道府県の地域別最低賃金」「事業所が所属している産業別最低賃金」が適用されます。
会社は事業所が所属しているそれぞれの都道府県ごとの最低賃金を把握し、事業所ごとに最低賃金より低い賃金が支払われていないか確認しなければなりません。
③最低賃金が一番高額の地域に合わせる
最低賃金は、事業所が所属している都道府県や産業別に決定します。もし複数の都道府県に事業所のある会社が最低賃金を統一しようとした場合、最低賃金を一番高額の地域に合わせなければなりません。
本社が東京都にあり、支社が神奈川県と埼玉県にある場合を例に見てみましょう。令和2年10月の最低賃金は、「東京都1,013円」「神奈川県1,012円」「埼玉県928円」。よって最低賃金を東京都の1,013円に合わせなければ違法となります。
④世界との比較
最低賃金を世界と比較した場合、まだまだ日本の水準は低いといわざるを得ません。
「フランス・アメリカ・イギリス・ドイツ・イタリア・カナダ」といった主要な先進国の2000年と2016年の賃金を比較すると、日本だけが2000年の賃金水準を下回る結果となっています。
大手企業の賃上げ率が高まっているとはいえ、世界と比較すればまだまだ日本の賃金水準は低い状態です。国際競争力を高めるためにも、賃金水準の向上は急務といえます。
7.最低賃金の行く末
最低賃金は、労働者のセーフティーネットとして非常に重要な役割を果たすもの。また最低賃金の水準が上昇すれば、労働者の生活安定につながります。最低賃金の行く末を知ることは、会社と労働者にとって重要でしょう。
最後に最低賃金の移り変わりや今後について解説します。
最低賃金の移り変わり
最低賃金の全国平均は、緩やかながらも徐々に引き上げられています。最低賃金がセーフティーネットを担っているという性質から、国としても最低賃金を年3%ずつ引き上げ、将来的に1,000円台に到達させるといった政策を推進しているのです。
最低賃金の緩やかな上昇や国の政策から考えると、今後も最低賃金が引き上げられると予想されます。地域間の格差を減らすためにも、最低賃金額のさらなる底上げが期待されているのです。