複数のグループ企業からなる大規模企業を中心に導入が進むシェアードサービス。グループの基幹業務を集約することで業務を効率化し、コスト削減につなげるため、導入に積極的な企業が増えています。
一方で、シェアードサービスを導入したものの効果を引き出せていない企業が多数あることも事実です。
- シェアードサービスの意味や目的
- 対象となる業務
- 導入や運用に当たっての課題
などについて解説しましょう。
目次
1.シェアードサービスとは?
シェアードサービスとは、複数のグループ企業からなる企業が、コーポレート業務を1カ所に集約させる企業改革のこと。コーポレート業務とは本業を支える間接業務のことで、
- 経理や財務
- 人事
- 総務
- 法務
- 情報システム
などがあります。コーポレート業務の内容は共通するため標準化して集約すれば、グループ企業全体の業務効率を引き上げることができるのです。
2.シェアードサービスの目的:グループ企業内の経営強化
シェアードサービスの最大の目的は、経営の強化。グループ企業各社で共通する間接業務はシェアードサービスに集約するとよいでしょう。
- 業務の効率化
- 標準化した業務の知識を蓄積
- グループ企業の運用
- 外部にサービスを供給できるチャンスが生まれる
といった効果が見込めます。また、人事や設備のコストを抑えられるため導入・運用に成功すれば費用対効果が高まるでしょう。
しかし一方で、場合によってはこれまでの慣習を捨てなければならないことも。強いリーダーシップのもとに企業全体で改革を推し進める力量が必要になります。
シェアードサービスセンター(略:SSC)とは?
シェアードサービスセンターとはシェアードサービスの導入時、集約したグループ内各企業の間接業務を請け負わせる子会社のこと。
シェアードサービスセンターとなる子会社は、独立した組織として運営されます。そのため、グループ企業以外の外部企業にもサービスを提供し利益を上げることが可能です。
3.シェアードサービスの対象となる業務内容
次のような業務が、シェアードサービスの対象となります。
専門性が低い・ ルーティンの オペレーション業務 |
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専門性が高い・ 人材の育成が困難な業務 |
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どちらかというと、専門性が低く企業間で共通しやすい業務のほうがシェアードサービスの対象となりやすいです。しかし、②のような専門性の高い業務をシェアードサービスの対象としている例もあります。
人事業務
人事はシェアードサービスの対象となりやすい業務です。アビームコンサルティングが2007年に発表したレポートによると、シェアードサービスを導入する企業の、
- 約9割:給与・賞与計算
- 約8割:社会保険
- 7割以上:福利厚生の業務
をシェアードサービスに移行しています。一方、人事制度の構築・運営や採用業務については、導入率が低い傾向にあるようです。
総務業務
人事ほどではないものの、総務も多くの企業がシェアードサービスを導入している部門です。具体的には、
- メール・社内便業務
- 設備管理・資産管理
- オフィス・施設管理
- 文房具・備品管理
など。
経理財務
経理・財務は、シェアードサービスへの移行が最も容易でしょう。アビームコンサルティングが2007年に発表したレポートによると、
- 一般会計
- 債務管理(支払等)
- 債務管理(入金等)
の業務で7割強にシェアードサービスが導入されています。ただし、管理会計や内部監査など専門性の高い業務については導入率が低い傾向にあるようです。
IT業務
IT業務もシェアードサービスの対象となりやすいでしょう。
- ハードウエア管理・サポート
- ソフトウエア管理・サポート
- アプリケーション開発
- アプリケーション保守・運用
- ヘルプデスク
- ネットワーク保守・運用
- セキュリティ管理
などの業務をシェアードサービスに移行する例が多いです。
4.人事のシェアードサービスは労務関連業務
人事業務におけるシェア―ド化の目的は、
- グループにおける人的資源の効率活用
- 人事業務の可視化と人事最適化の実現
- 人事部門の意識改革と主体的、積極的な組織への転換
- 専門性強化による人事業務の品質向上とコア人材の育成・活用
の4つです。これによって、人事間接業務の集中化が進み、人事業務の品質向上と人的資源活用による企業価値の向上が実現できるのです。
企業力強化には、人事業務の「効率化・高品質化・専門化」が必要不可欠。人事部門にシェアードサービスを導入すると、実現可能となるでしょう。
人事業務でシェアード化した際の効果
効果は、
- グループ経営資源の効率活用
- 業務の可視化と最適化
- 間接部門の効率化とプロフィット化
- 間接部門の意識改革と主体的組織活動推進
- 専門性強化による業務品質の向上と人材育成・活用
など。具体的な業務内容は、
- 人事給与管理業務
- 退職金計算業務
- 給与・賞与計算業務
- 寮社宅管理業務
- 社会保険業務
- マイナンバー関連業務
といったものです。これによって、残業承認手続きや旅費交通費精算など「現物証票(領収書等)の廃止(BPR)」が進み業務の簡素化が推進されます。
また、各社が独自に購入していた資材や印刷物の発注・外注先の共有といった事柄も、人事とシェアードセンターが中心となることで情報の共有化などが進められます。
4.シェアードサービスの組織形態・運用方法
シェアードサービスの組織形態は、2つに分かれます。
- 子会社化:シェアードサービスセンターを子会社として本社から切り離し、グループ全体の間接業務を一括で管理
- 本社の一部門:グループ企業の間接業務を本社に集約して一括管理しシェアードサービスとして運用
どちらにもメリットとデメリットがあります。自社にふさわしい形態を選ぶには、シェアードサービスの導入目的を精査するとよいでしょう。
①子会社化
シェアードサービスを導入する企業の約7割が、子会社としてシェアードサービスセンターを設立しているのです。また、シェアードサービスを他に提供している企業のほとんどが、子会社化されたシェアードサービスセンターとなっています。
メリット
シェアードサービスセンターとして子会社化すると、給与体系を本社と異なる基準で設定できるため人件費を比較的安価に抑えることが可能です。また独立した一つの企業として財務諸表を作成するため、業績が数字で明確に現れます。
親会社はパフォーマンスを管理しやすくなるでしょう。加えて、グループ以外の企業にサービスを提供することで独自に新たな利益を確保できれば、プロフィットセンターとしての役割を担うことも可能です。
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人件費は、企業...
②本社の一部門として設立
シェアードサービスを本社の一部門と位置付けて導入している企業は、シェアードサービス導入企業全体の約3割程度と少数派です。どんな利点があるのでしょう。
メリット
最大のメリットは、シェアードサービスへの移行がスムーズという点。大きな組織変更の必要がなく社内的な抵抗も少なく済む可能性が高いので、導入時の混乱を避けることができるのです。
一方で、現在の要員がそのまま業務を行うことも多いため、
- 従来の慣習にとらわれやすい
- 業務の見直しや標準化の改革の妨げとなる
- 人件費などのコストが抑えにくくなる
という課題もあります。
5.シェアードサービスの効果・利点
シェアードサービスを導入すると得られる効果や利点は、5つです。
- コスト削減
- 業務品質の向上
- 従業員の業務への意識向上
- 本社と異なる給与体系を導入できる
- 業務工数削減
それぞれの効果や利点について、詳しく解説します。
①コスト削減
業務を集約することで、グループ企業がそれぞれ独自に管理していた要員や設備が共有され、業務の効率化と標準化も図ることができ、結果、作業工程の無駄が排除され、間接部門の業務自体の効率も向上するのです。
また、シェアードサービスセンターの設置場所を国内外の安価で高品質な労働力が確保できる地域にまで拡大できれば、さらなるコスト削減が可能でしょう。
投資対効果を高めるには、シェアードサービスセンターの立地について吟味が必要です。
②業務品質の向上
グループ企業とはいえ、シェアードサービスセンターは業務を受託する立場。業務の正確性や専門性が求められます。しかしこれにより、業務の標準化・効率化が図られ、業務品質の向上が期待できるのです。
③従業員の業務への意識向上
別会社としてサービスを提供するかたちとなるため、馴れ合いになりがちだったスケジュールなどを遵守しようという意識が高くなります。
また、業務プロセスが集約され統一されるため、業務の透明性が向上し、内部牽制が強化されるのです。ミスや不正を防止しやすくなる上、責任範囲が明確になり、ガバナンスの意識化を図ることができるでしょう。
④本社と異なる給与体系を導入できる
子会社化したシェアードサービスセンターには、本社と異なる給与体系や雇用形態を設定できます。
それにより、人件費を抑えられる可能性が高まったり、終身雇用などの雇用慣習にとらわれず、パートや派遣社員などを活用した運用が可能になったりするのです。
⑤業務工数削減
業務を集約し標準化する過程で業務プロセスはスリム化されるため、全体の業務工数も減少します。アビームコンサルティングが2007年に発表したレポートによると、1割弱の企業が、実に40%もの業務工数の削減に成功しているそうです。
一方で、未回答を含む9割の企業は、期待するような業務工数削減効果を得られていない、と回答しました。このことから、うまく機能させるには非常に難易度の高い施策であると分かります。
6.会社に人事の管理者が不在となるシェアードサービスの問題点
導入に至るまでのプロセスや導入後の効果などに課題が生じることも少なくはありません。特に、以下のような問題が散見されます。
- シェアード化により単純化した業務がレベルの低い仕事と見なされ、シェアード組織への異動にネガティブな雰囲気が生じて業務への意欲が低下
- シェアード化によって、人事部門の費用の「見える化」が進み、事務費の軽減の成果が必要以上に求められるようになる
- 関係会社へ費用を請求することになるため、関係会社が独自に安い他社を使うようになり、シェアード化の効果が減る
- 会社に労務管理をする人材がいなくなったため、不要な調整手当などが支給され続ける
- 会社に人事の管理者が不在となり、昇格推薦などが放置されたままになる
- グループ各社で歴史も業務の手順も異なるため、共通化・一元化できる業務が限られる
- 共通化・一元化の領域を広げるには「人事制度の共通化」にまで踏み込む必要があるものの労力が割けない
人事のシェアードサービス化は、
- グループ内の共通した業務を集約して標準化
- コスト削減が見込める
などに有効な体制ですが効果を出すには課題も多いのです。
7.シェアードサービスの事例
シェアードサービスを導入する企業は、2000年頃から増えつつあります。しかし期待した効果を得ている企業ばかりではありません。4つの成功事例から、シェアードサービスの導入に成功した要因について考えてみましょう。
①株式会社日産クリエイティブサービス
自動車の生産・販売を主軸とする日産クリエイティブサービスでは、本業から間接業務を切り離し本業に専念できる改革を行ったことで、効率化を実現しました。
同社が最初に行ったのは「すべての間接業務を可視化すること」。これまで見えていなかった本業に散在する間接業務を可視化し分析した結果、83%もの業務において共通化が見込めると分かりました。
この事実の共有によって、「共通機能の概念は全社の取り組み」という意識が高まった結果、短期間で共通化が遂行されたのです。次は、共通化により整理された業務の標準化。
- 役割分担
- 情報連携
- 業務ルール基準
の3視点から合理的な標準化を進めたことで、バラつきのあった業務品質の安定化に成功しました。
その後1年でグループ会社の共通インフラとなるシェアードサービスセンターが立ち上がり、42の間接業務において約4割の業務時間削減を達成したのです。
②京王電鉄株式会社
京王電鉄を中心にグループ事業を展開する京王電鉄では、人事シェアードサービス基盤としてISIDの統合人事システム「POSITIVE」を導入。10年間でランニングコストをトータルで約20%低減する見通しを掲げています。
同社は2000年以降、3つのシェアードサービス会社を設立し、人事関連業務を担う「京王ビジネスサポート(KBS)」で導入したシステムを、旧システムに合わせるべく機能追加を重ねました。しかしこれが原因で、膨大なコスト超過となったのです。
この反省から、ISIDが提供するPOSITIVEを新たなシステムとして導入する際には、既存のパッケージ標準に合わせることや、機能追加開発をできるだけしない方針に舵を切りました。
結果コストダウンにつながり、さらに給与計算などの業務プロセスが改善され、生産性の向上に成功しています。
③東京電力ホールディングス
電気事業を中心に多数のグループ企業を抱える東京電力ホールディングスは、比較的早い段階でシェアードサービスを導入した企業として有名です。
労務人事業務の効率化を目指して、1997年には労務人事アプリケーションを開発。オフィスサービスセンターを設立し、本社の労務人事業務の効率化に成功しています。
ただこれは、グループ全体へのシェアードサービスの導入を目指したものではなく、本社のみを対象とした導入でした。そのため、グループ各社それぞれで、
- 独自にシステム構築
- 業務パッケージの導入
などがあったためグループ全体では業務の標準化が進まず、保守管理費の負担が大きくなっていたのです。
そこで統一システムとして、東芝デジタルソリューションズの人事給与パッケージ「Generalist」を導入。結果、グループ全体の労務人事業務が最適化され、大幅なコスト削減を実現しました。
東京電力グループ主要会社20社すべてへの導入完了後には、年間2億7,000万円ものコスト削減額が見込まれています。
④プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)
世界最大の消費財メーカーである、P&Gでおなじみのプロクター・アンド・ギャンブル。多くの企業が導入していたシェアードサービスとは、まったく異なるグローバルビジネスサービス(シェアードサービス組織=以下、GBS)の構築に成功し大きな成果を挙げました。
トップダウンによる強い統制力により、従来のプロセスやシステムに固執せず、業務移行と標準化を一気に推し進めたことが、成功の大きな要因だったようです。移行に当たり、世界中の拠点から選抜された優秀な運用チームによって、わずか6カ月で新しいプロセスを構築するなど、スピード感のある改革を実現しました。
結果、わずか4年で世界の80カ国のグループ企業への展開を完了。その上、GBSのサービスメニューは2000年の開始時の14種類から、2013年時点では170に拡大。10億ドルを超えるコスト削減に成功しています。