「春闘」とは、労働組合が使用者に対して賃金の引上げや労働条件の改善を目的として議論・交渉を行う労働運動のこと。春闘は、毎年春に行われ、日本の労働市場における労働条件の基準を形成する重要な役割を果たしているのです。
この記事では春闘の目的や要求内容、流れなどを解説します。さらに、春闘による企業の賃上げの成功事例も紹介します。
目次
1.春闘とは?
春闘(しゅんとう)とは、春季生活闘争の略語で、日本における労働運動の一環です。賃上げや労働時間の短縮などといった労働条件の改善を求めて、労働組合と企業間で労使交渉が行われます。
春闘は、労働者の権利と生活水準の向上を目指す重要なイベントであり、日本の労働文化において特別な位置を占めているのです。
2023年の春闘では、物価上昇への対応や新型コロナウイルスの影響を受けた経済再起動が焦点となり、人手不足への対処などを背景に、交渉が早期に解決し、満額回答が続出した点が特徴的でした。
春闘は、労働者の生活向上や企業の人材確保・定着に重要な役割を果たしています。
いつから始まり、結果はいつ反映される?
12月までに全国的な労働組合組織(連合・全労連など)がその年の春闘の全体方針などをまとめます。
1月から産業別組織がより細部の方針を決定し、その後企業別労働組合による要求内容の決定が行われるのです。2月から企業と労働組合との間で実際の労使交渉が開始されるというスケジュールになります。
3月中旬ごろ大企業からの回答が集中するのが一般的です。中小企業からはそれ以降に回答があるものの、遅くとも3月末までにはすべての春闘が終結します。 2024年春闘の回答結果は、2024年4月の給与から反映されるのが一般的です。
2.春闘の目的
主な目的は、労働者の賃金向上、労働条件の改善、生活水準の向上など。とくに人手不足が強まるなか、賃金水準の改善や人事制度の見直しが経営戦略上重要になっています。
これには、賃金の増加だけでなく、労働時間の短縮や安全な職場環境の確保などが含まれるのです。
また、社会的な平等や公正を促進するために、性別や雇用形態に関わらず公平な待遇を求める動きもあります。春闘は、労働者が集団で行動することにより、個々の声が届きにくい環境でも、より大きな変化を実現するための手段となっているのです。
ベアとは?
基本給(ベース)の水準を上げる(アップ)ことで、ベースアップを省略した言葉です。春闘では、例年ベアが大きな争点となります。 従業員の年齢や勤続年数、仕事ぶりなどに関係なく、全従業員の基本給与を一斉に引き上げるのが「ベア」です。
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3.春闘を行う労働組合とは?
春闘を行う労働組合は、日本の労働市場において重要な役割を果たしています。これらの組合は、労働者の権利を守り、よりよい労働条件を交渉するために活動しているのです。
春闘にかかわる労働組合は「全国的な労働組合組織」、「産業別組織」、「企業別労働組合」の3つに分類されます。
全国的な労働組合組織
全国的な労働組合組織は、日本全国の労働者を代表し、広範な影響力を持っています。これら組織は多様な産業や企業にまたがる労働者の利益を代表し、政府や経済団体との交渉において重要な役割を果たすのです。
代表的な組織には、下記のようなものがあり、多くの産業別組織や企業別労働組合が加盟しています。
- 日本労働組合総連合会(連合)
- 全国労働組合総連合(全労連)
- 全国労働組合連絡協議会(全労協)
産業別組織
産業別組織は、全国的な労働組合組織の傘下にあり、特定の産業に特化した労働組合です。これらの組織は、その産業特有の労働条件や問題に焦点を当て、労働者の権利を守るために活動します。
たとえば、自動車産業、電気産業、教育産業など、各産業に特有の労働組合が存在するのです。これらの組織は、産業内の特定の問題に対処するための専門知識を持ち、効果的な交渉を行えます。
企業別労働組合
企業別労働組合は、特定の企業に勤める労働者によって組織される組合です。産業別組織の傘下にあるものと独立しているものがあります。これらの組合は、その企業内の労働条件や問題に特化しており、企業内の労働者の権利を守るために活動するのです。
企業別労働組合は、企業の経営陣と直接交渉を行い、賃金の引き上げ、労働時間の短縮、福利厚生の改善などを目指します。また、企業の経営方針や業績に応じて、柔軟な交渉が可能です。
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4.春闘の主な要求内容
春闘では、以下の交渉が主な要求内容となります。
- 賃金(定期昇給・基本給)の引き上げ
- 労働時間の短縮・長時間労働の是正
- 育児・介護に関する制度の充実化
- 非正規社員の待遇改善
- 企業間の格差是正
- ダイバーシティ・人権尊重・平等に関する事項
- そのほかワークライフバランス実現に関する事項
2023年の春闘では、組合要求以上の回答が散見され、賃金水準の改善や人事制度の見直しが経営戦略上重要になりました。
①賃金(定期昇給・基本給)の引き上げ
春闘における主要な要求は賃金の引き上げ(賃上げ)です。基本給の引き上げ(ベースアップ)は、物価上昇や市場の変動の影響を受けるなか、労働者の実質賃金の保持や向上が強く求められています。
たとえば、労働者の基本給が20万円の場合、1%のベースアップが締結されると基本給は20万円から20万2,000円にアップするのです。2023年の春闘では物価上昇への対応が焦点となり、労働組合はベースアップを強く要求しました。
また、定期昇給は、年齢や勤続年数などによる賃金上昇で、年功序列制度を導入している企業では、春闘の主な要求内容に含まれます。
しかし近年、年功序列制度が廃止され、能力を重要視するようになってきたため、成果主義の賃金制度に切り替える企業も増加しているのです。
②労働時間の短縮・長時間労働の是正
労働時間の短縮と長時間労働の是正は、労働者の健康促進を目指す要求です。 日本では「過労死」という言葉があるほど、長時間労働が社会問題となっています。
また労働基準法で定められた労働時間(1日8時間・1週間40時間以内)を超過した、時間外労働が一部の企業では続いているのです。
労働時間の短縮は、労働者のストレス軽減や生産性の向上に寄与し、企業の持続可能な成長にもつながります。 また、労働者が余暇を楽しむ時間が増えることで、消費活動の活性化にも寄与するとされているのです。
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③育児・介護に関する制度の充実化
育児や介護を行う労働者の支援強化は、春闘の重要な要求のひとつです。育児休業や介護休業制度の充実、柔軟な勤務体系の導入などが求められます。
2022年4月1日から段階的に育児・介護休業法が施行され、男女とも仕事と育児を両立できるよう、産後パパ育休制度を取得しやすい雇用環境の整備が義務化されました。
また、高齢化社会においては、介護に関する支援の充実が社会的にも重要な課題となっています。 育児・介護に関する制度の拡充により、労働者が家庭と仕事の両立をしやすくなり、女性労働者の職場復帰やキャリア継続も支援するのです。
④非正規雇用の待遇改善
非正規雇用の待遇改善は、雇用の公正性と安定を目指す要求のこと。非正規雇用の従業員と正社員との間の賃金格差の是正、福利厚生の拡充、キャリアアップの機会提供などが主な焦点です。
2021年4月から全面施行されたパートタイム・有期雇用労働法では正社員とパートタイム労働者、有期雇用労働者との不合理な待遇差を禁止する「同一労働同一賃金」が定められました。
しかしながら正社員に比べて非正規社員の待遇は、かなり低いケースも多いです。そのため春闘で、非正規社員の雇用の安定化とモチベーションの向上を改善する要求が行われることがあります。
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⑤大企業と中小企業間の格差是正
大企業と中小企業間の格差是正は、経済全体のバランスを考慮した要求です。日本では、企業の99.7%が中小企業であり、働く人の7割が中小企業の従業員であるものの、大企業と比べると、賃金や労働条件などには大きな格差があります。
中小企業が賃金アップしにくい理由として挙げられるのは、「労働組合が存在しない」「人件費を増額させることによる企業の利益の減少・設備投資の抑制」など。
しかし今後は、人手不足がより深刻になる可能性もあるため、中小企業も賃上げは必要でしょう。 中小企業の労働者に対する賃金の引き上げや労働条件の改善を通じて、企業間の格差を縮小し、経済の健全な発展が求められます。
⑥ダイバーシティ・人権尊重・平等に関する事項
ダイバーシティの推進、人権の尊重、職場における平等の実現は、多様な労働者が共存する職場環境の構築を目指す要求です。
性別、年齢、国籍、障害の有無などにかかわらず、すべての労働者が平等に扱われ、その能力を最大限に発揮できる環境の実現が求められます。
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⑦そのほかワークライフバランス実現に関する事項
ワークライフバランスの実現は、労働者が仕事と私生活の調和を図るうえで重要です。これには、フレックスタイムの導入、在宅勤務の選択肢、有給休暇の取得促進などが含まれます。
労働者が健康で充実した生活を送ることが、結果として生産性の向上にもつながると考えられているのです。
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5.春闘における付帯要求の具体例
春闘では、賃金の引き上げや労働時間の短縮などの主要な要求にくわえ、さまざまな付帯要求が提出されます。
たとえば、航空連合の加盟組合では、「働き方」の改善に関して、ハラスメントに関するマニュアルの作成や研修の実施を要求しました。会社からは「重要な課題ととらえている」という認識のもと、研修の実施について回答があったのです。
また、日建協では、健康確保にかかわる要求を行っています。ある単組は現行、インフルエンザの予防接種(扶養家族を含む)や各種がん検診、禁煙外来等が健康補助金制度の対象となっているものの、今次春闘では、これらにくわえ健康診断の二次検診費用や配偶者の健康診断費用(39歳以下)も補助の対象とすることを要求。
交渉の結果、健康診断の二次検診費用が5,000円を上限に補助対象となりました。
6.春闘のスケジュールと流れ
春闘を開催する場合、新年度の4月に向けて以下のようなスケジュールで交渉が進められます。
- 政府の経団連に対する賃上げ要請
- 12月ごろ:労働組合の集結、春闘の方針決定
- 1月ごろ:産業別組織における要求水準の決定
- 1月ごろ:企業別労働組合による要求内容の決定
- 2~3月ごろ: 企業との労使交渉・妥結
①政府の経団連に対する賃上げ要請
春闘の開始に先立ち、政府は経済団体である経団連に対して賃上げを要請することがあります。 これには、経済の活性化や消費の促進を目的として行われ、労働市場全体の賃金水準に影響を与えることが期待されているので す。
②12月ごろ:労働組合の集結、春闘の方針決定
春闘の本格的な開始にあたり、全国的な労働組合組織(連合・全労連など)が集結し、12月から1月ごろにその年の春闘の全体方針を決定します。
全体方針では、賃金引き上げの目標率や、そのほかの要求事項が設定され、産業別組織が具体的な要求水準を決定する上での基準となるのです。
③1月ごろ: 産業別組織における要求水準の決定
各産業別組織では、全体方針にもとづいて、企業側に対する具体的な要求水準を決定します。
これには、賃金引き上げの具体的な率や、労働条件の改善に関する詳細な要求が含まれるのです。産業別組織の要求水準は、企業別労働組合が個別交渉を行ううえでの基準となります。
④1月ごろ:企業別労働組合による要求内容の決定
各企業の労働組合は、産業別組織の方針を踏まえて、自社に特有の状況を考慮して要求内容を決定します。どの程度であれば受け入れられそうかを見極めたうえで、具体的な要求を取りまとめるのです。この段階で、企業ごとの具体的な交渉戦略が練られます。
⑤2~3月ごろ: 企業との労使交渉・妥結
最終段階として、企業と労働組合との間で実際の労使交渉が行われます。この過程で、要求内容にもとづいた議論が行われ、最終的な妥結に至るのです。
妥結内容は、賃金の引き上げ率、労働条件の改善、付帯要求の実現度など、多岐にわたります合意に至ったら、内容を書面にまとめて締結し、労働条件に反映していくのです。
7.春闘に関わる労働組合法とは?
労働組合法は、労働者の権利を保護し、労働組合の活動を支援するために制定されました。労働組合法の主な内容は以下のとおりです。
- 労働組合の結成自由:労働者は自由に労働組合を結成し、加入する権利を持つ
- 団体交渉権:労働組合は、労働条件や職場環境に関する事項を使用者と交渉する権利を有します。
- 団体行動権:ストライキといった団体行動を行う権利が認められているものの、一定の条件下でのみ行使可能
- 不当労働行為の禁止:使用者による労働組合活動への妨害や差別的扱いは禁止されている
春闘において、労働組合法は労働者の権利を保護し、公正な交渉を保証するための基盤となります。
労働組合法とは? 労働者を守る権利・法律
「労働組合」は、組合員の安定した雇用や労働条件の改善を会社に求めるために活動する社内組織です。ここでは、労働組合に関わる「労働組合法」や労働組合のメリットなどについて解説します。
1.労働組合法とは...
8.春闘による賃上げの成功事例
経団連(日本経済団体連合)が公表した大手企業の2023年春闘妥結状況の定期昇給を含む月例賃金の引き上げ額は、平均(回答92社)で1万3,110円、賃上げ率(アップ率)は3.91%でした。
また賃上げ額、賃上げ率ともに、1993年(平成5年)以来、30年ぶりの高水準だったのです。 ここでは、春闘による賃上げに成功した企業の具体例を紹介します。
トヨタ自動車
2023年の春闘で、トヨタ自動車は「事技職」(事務技術職)の指導職で9,370円、「業務職」の業務職1級で4,670円、「技能職」のEX級で5,470円と、それぞれ引き上げ要求額を設定しました。
会社は満額回答し、年間一時金(賞与)も要求通りの6.7カ月で妥結しました。
パナソニック
パナソニックHDの労働組合は「開発・設計職基幹労働者」(30歳相当)の個別ポイントで7,000円の水準改善を要求する要求書を提出。今の物価上昇の局面では組合員の生活が厳しくなっているので改善は必要と、要求どおりの7,000円の回答を受けました。
ABC―MART
全国展開する靴小売店「ABC―MART」では千葉県内の店舗で働くパートの女性(47)が、労働組合に入り団体交渉したところ、パートら約5000人の基本時給が平均6%上昇。
企業別の労働組合の枠を超えて非正規が連帯し、SNSでの発信も行ったことが交渉に寄与したと考えられます。
9.春闘に対応する企業側の注意点
春闘において企業側が注意すべき点は、労使関係の健全な発展と企業の持続可能な成長を図ること。
とくにはじめて春闘に臨むに際しては,労組側の要求の実質をみて、どのような回答をすべきか、どのように交渉を進めるべきかをしっかり検討しなければなりません。ここでは春闘に対応する企業側の注意点を紹介します。
団体交渉を拒否してはいけない
労働組合法第7条2号では、労働組合から団体交渉の申し入れに対し、使用者が「正当な理由」がなく、団体交渉を拒否することを不当労働行為としています。そのため、正当な理由がない限り、団体交渉を拒否してはいけません。
また、団体交渉に応じていても、交渉態度が不誠実である場合は「不誠実団交」として、不当労働行為となります。したがって団体交渉の申し入れがあった場合は、誠実に応じるようにしましょう。
一方で、会社は「要求」に従う義務があるわけではありません。要求を断る場合は、会社として要求に応じられない理由を丁寧に回答しましょう。 交渉の結果、要求をお断りすることになったとしても、そのことをもって不誠実団交になることはありません。
経営状況を透明化する
企業は、経営状況を労働組合に対して透明に伝えることが重要です。経済状況や業績に応じた合理的な提案を行うことで、現実的な交渉が可能になります。
長期的視点を維持する
春闘における交渉は、短期的な利益だけでなく、長期的な企業の成長や労働者の福祉を考慮したものであるべきです。
とくに余力の少ない企業が無理に賃上げを行えば、企業体力が長期的に低下し、その結果として競争力の喪失、ひいては雇用不安につながって最終的には労働者全体に不利益を被る可能性があります。
企業側は、春闘を通じて労働者との良好な関係を築き、企業の持続可能な成長を目指すべきです。