スイスチーズモデルとは、ヒューマンエラーからトラブルにいたるモデルのことです。ここではスイスチーズモデルとヒューマンエラーの関係性や具体例、スイスチーズモデルの活用方法などについて、解説します。
目次
1.スイスチーズモデルとは?
スイスチーズモデルとは、ヒューマンエラーから事故やトラブルにいたるリスクをマネジメントするためのモデルのこと。イギリスの心理学者ジェームズ・リーズン氏が提唱しました。
スイスチーズには小さな穴が多く開いているものの、スライスしたチーズを何枚も重ねれば貫通する穴の部分は少なくなります。
チーズ1枚1枚を指さし確認やダブルチェックなどエラーを防ぐ要素になぞらえて、多層的な対策を取るほどヒューマンエラーは減ると考えたのがスイスチーズモデルです。
2.スイスチーズモデルと似た言葉との違いと関係性
スイスチーズモデルと同じ安全管理モデルとして引用されているのが「ハインリッヒの法則」です。ここではそれぞれの違いや関係性について説明します。
ハインリッヒの法則との違い
「ハインリッヒの法則」とは、労働災害における怪我のレベルを分析してその比率を表した法則のこと。アメリカの安全技術者ハーバード・ウィリアム・ハインリッヒ氏が考案した法則です。
ハインリッヒの法則では「1件の重大事故の裏には29件の軽微な事故と300件の怪我にいたらない事故が起きている」と考えます。つまり大事故を未然に防ぐためには小さなミスやヒヤリハットを防ぐことが重要だとする考えです。
ハインリッヒの法則とは? 具体例やヒヤリハットの原因を簡単に
ハインリッヒの法則とは、アメリカのハインリッヒ氏が提唱する「1件の重大な事故・災害の背後には、29件の軽微な事故・災害があり、その背景には300件の異常がある」という労働災害における経験則です。
ここ...
ヒューマンエラーとの違い
ヒューマンエラーとは、人間が原因となって発生するミスや事故のこと。必要なことをしなかった、あるいは不要なことをしたなどの理由によって、意図しない結果が起こることです。
どのような業種や環境でも、ヒューマンエラーが起こる可能性はあります。重要なのはヒューマンエラーを0にすることではなく、発生したヒューマンエラーにどう対処するか、また事前にどの程度ヒューマンエラーを想定できるかです。
ヒューマンエラーとは?【原因と対策を簡単に】具体例、種類
ヒューマンエラーとは、人為的な事故や不注意です。ここでは、ヒューマンエラーの「意味」「種類」「原因」「事例」「対策」について解説します。
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3.スイスチーズモデルが活用される業界
スイスチーズモデルは医療やIT、保育や製造などさまざまな業界、分野で活用されています。事故の多くは個人のヒューマンエラーだけでなく、組織的な欠陥といわれているのです。
つまりどの業界、分野でも単体で完璧な安全対策はなく、あらゆる業界でスイスチーズモデルを活用する必要があります。
医療
医療における安全対策とは、患者の情報を正しく理解して適切な処置を行うこと。
たとえ日頃から気を付けていたとしても、スタッフの体調不良やモチベーションによって予期せぬエラーが発生するときもあります。医療は直接人命にかかわる業界です。複数の安全対策をとって正しく活用することが重要になります。
IT企業
IT業界におけるスイスチーズモデルは、とくにサイバーセキュリティに関する安全対策として注目されています。それぞれのチーズが次のような役割を持って、サイバー攻撃のリスクを軽減しているのです。
- 不明なUSBメモリを使用しない
- 外部からパソコンや記憶媒体を持ち込んだ際はウイルススキャンを実行する
- 心あたりのない電子メールは開封しない
- ウイルス対策ソフトやファイヤーウォールソフトをインストールする
航空機関
航空業界では航空機を運転すること自体が危険であると考えます。航空機事故はひとつのミスで発生するのではなく、操縦士の過失や航空機の欠陥、空港施設の不備など深刻ではない複数の事件が連続して起きた結果だとする考えです。
航空業界の安全管理担当者は、「エラーを0にすることはできないが少なくできる」「小さなエラーを大きなトラブルに発展させない」の考えにもとづいて安全活動に取り組んでいます。
保育現場
保育の現場でもスイスチーズモデルの考え方が活用されています。保育現場でもっとも大切なことは、子どもの安全を守ること。
たとえば1歳の子どもが5歳クラスのはさみで目を突くという事件が起きたとしましょう。
事件が発生したのは「たまたま仕切りが開いていた」「別トラブルに職員が集中していた」「はさみが出しっぱなしになっていた」などの穴が重なった結果だ、と考えるのがスイスチーズモデルです。
製造業
製造業ではあらゆる安全対策がスイスチーズモデルのチーズ片になります。ヒューマンエラーを防ぐための物理的な設備設置や手順の取り決め、作業環境の見直しや安全に関する組織的な取り組みなどが具体的な防護壁です。
一枚のチーズが完璧であると過信せず、考えられるエラーの可能性に目を向けてチーズを重ねていくことが重要です。
コロナ対策
「マスクを着けているから安心」「社会的距離が確保できているから換気は必要ないだろう」と、一つひとつの感染リスクを少なく見ていても、すき間を抜けて感染が拡大する可能性はあります。
「社会的距離を確保する」「マスクを着用する」「定期的に換気をする」というそれぞれの防護壁を重ねれば、感染リスクはいっそう下がるでしょう。
4.スイスチーズモデルの具体例
どれだけ訓練を重ねても、人がミスをする可能性を0にはできません。またたとえ100%正確に作動するシステムがあっても、操作する人がミスをすれば事故が起きる可能性も高まるのです。各業界で実際に発生したスイスチーズモデルの事故事例について説明します。
患者を取り違えた医療事故
1999年には2人の患者を取り違えて手術するという医療事故が発生しました。事故が起きた病院は、原因を次のように挙げています。
- 患者の確認手順や方法が決められていなかった
- 取り違えを起こしかねない患者移送だった
- 手術室での疑問を統合的に判断する機能が働いていなかった
- そもそも事故が起こることを想定しておらず、危機管理が甘かった
まさにスイスチーズモデルが堅実となった典型的な事例です。
投与薬を間違えた医療事故
患者に誤った薬剤を投与してしまった事例もあります。こちらも原因は1つではありません。以下の穴をすり抜けてしまった結果、最終的に事故が発生してしまったのです。
- 同じ棚によく似た名前の薬を保管していた
- 持ち出しの際にダブルチェックをしなかった
- 患者に投与する際も1人しか確認していなかった
- ラベルを重視せず、間違いに気づけなかった
着衣着火による死亡事故
2022年には着衣が燃え重いやけどを負ったのち死亡したという事故がありました。作品制作のため鉄板を切断していた大学生の衣服に、火花が飛び着火したという事故です。
当時大学生は引火しにくい作業着やゴーグル、厚手の手袋などを着用していました。しかし作業着の下に着用していた起毛素材のインナーに引火したのです。
また職員は同行していたものの壁を隔てた部屋で別作業をしており、作業場の近くに消火器や水をくんだバケツの用意などもありませんでした。小さな要因がいくつも重なって事故が発生してしまったという痛ましい事例です。
自然が引き起こした災害事故
自然災害の事故からもスイスチーズモデルについて学べます。たったひとつのエラーで重大なトラブルにつながることは非常に稀です。多くはさまざまな要因が連鎖することで起きる被害といえます。
たとえ大きな地震が起きても、学校で災害発生時の対応を想定した役割分担ができていたり、家庭や自治体で防災準備ができていたりすれば被害を最小限に抑えられるのです。
5.スイスチーズモデルの活用方法
スイスチーズモデルを活用すれば、事故の原因分析と再発防止につながります。同じ問題を繰り返さないためにも、根本的な原因を見つけて解決策を打ち出す必要があるでしょう。
ここではスイスチーズモデルの活用方法を「セキュリティ対策の強化」「マニュアルの見直し」という2つの視点から説明します。
セキュリティ対策の強化
人事担当者はさまざまな個人情報を取り扱います。万が一情報漏えいが起きたり、サイバー攻撃が起きたりした場合、大きな事件に発展してしまうでしょう。そのため多くの企業では複数の対策を講じています。
「セキュリティ対策ソフトの導入」「サイバー攻撃対策に関する講座を受講してリテラシーを高める」「ヒューマンエラー防止のためメール送信前にはダブルチェックをする」など、異なる視点の対策を重ねることが重要です。
マニュアルの見直し
業務マニュアルを作成したきり、何年もそのままになっていないでしょうか。作業手順は何度も改良されて仕様が変わっているのにマニュアルがそのままでは、マニュアルの意味がなくなり、不要な事故につながる恐れもあります。
1年に1回や2年に1回など期間を決めて、定期的にマニュアルを見直して改訂しましょう。その際は担当部署や専門家などにも確認してもらい、説明に抜けがないか十分チェックします。
6.スイスチーズモデルにおける穴の見つけ方
事故やトラブルを未然に防ぐためには、穴の開いたチーズを何枚も重ねて穴をふさぐ必要があります。しかしそのチーズの穴ははたしてどのように見つければよいのでしょうか。ここではスイスチーズモデルにおける穴の見つけ方を説明します。
- PDCAサイクルを回す
- 複数人で複数回確認
- 安全管理の継続
- フールプルーフの共有
- 定期的に情報交換
①PDCAサイクルを回す
Plan(計画)→Do(実行)→Check(評価)→Action(改善)のサイクルを繰り返して、防護策を重ねていきます。繰り返すなかで新たな穴を発見したら、その対策を考えて大きな事故を未然に防ぐのです。
安全活動のPDCAを継続的に回すと、より抜け穴のない厳重な安全管理が実現できます。
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②複数人で複数回確認
前述のとおり、たったひとつのエラーで重大事故が起きることは非常に稀であり、大きなトラブルは小さい複数の要因が連鎖することで発生するのです。つまり複数人で複数回確認できれば、穴のすり抜けを減らせます。
たとえばシステムの重要な設定変更時に複数回確認ボタンを表示させて、チーズを増やす仕組みを作るのも有効です。
③安全管理の継続
「一度マニュアルを作成すれば安全」「PDCAサイクルを十分回したから今後はもう必要ないだろう」ということはありません。システムが変われば仕様が変わるように、かかわる人が変われば新たな抜け穴も増えます。
安全管理は技術的、人的の両側面で継続することが大切です。継続していくなかで新たな抜け穴を発見できれば、より隙間の少ない、強固な防護壁になります。
④フールプルーフの共有
フールプルーフ(Foolproof)とは、利用者の操作や取り扱いが間違っていても危険が生じない仕組みのこと。
「人間は間違えるものであり、すべての人が平等に知識を持っているわけではない」という前提に立って、誤った使い方ができないような構造にしたり、システムが自動的に停止したりするような機構を組み込みます。
フールプルーフを仕掛けておけば、重大なトラブルをシステム的に防げるのです。
フールプルーフとは?【意味と事例】フェイルセーフとの違い
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1.フールプルーフ(Fool Proof)とは?
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⑤定期的に情報交換
定期的な情報交換には、必要な情報を共有して業務を円滑に進める役割があります。情報共有ができていないと「この人とあの人で話していることが違う」「何が正しいのかわからないため同じトラブルを繰り返す」などの問題が生じるもの。
定期的な情報交換によって違うかたちのチーズを重ねれば、最終的なすり抜けを防げるのです。