転籍とは、所属していた組織を辞めて別の組織に移籍することです。ここでは転籍によるメリットとデメリット、転籍の注意点などについて解説します。
目次
1.転籍とは?
転籍とは、本籍や学籍などをほかの所属に移すこと。人事では、現在の労働契約関係を解消させ、新たに別の会社と労働契約を結び直すことを指し、グループ会社の人事戦略のひとつとしても使われます。
雇用調整の意味合いが強い
「今の会社を退職して別の会社に就職する」という意味では「転籍」と「転職」は同じといえます。しかし詳細を見ると、下記のような違いがあるのです。
- 転職:自分の意思によるものが大きい
- 転籍:元会社の意向が大きく影響している
転職は自己都合退職ですが、転籍は会社都合退職によるものが大きいため、雇用調整の意味合いで使われています。
転籍によって労働条件が変わる
転籍では、在籍している会社を退職し、新たに転籍先の労働者となります。そのため給与水準や労働時間、休日休暇などの労働条件は転籍先のものが新たに適用されるのです。
転籍先はそれまで在籍していた会社の子会社や関係会社である場合が多いため、給与や福利厚生などの待遇が悪くなる状況も珍しくありません。
転籍を単なる出向や異動のように考えていると、「こんなはずではなかった」「労働条件の変更に納得できない」といった不満の声が挙がる場合もあるので、注意が必要です。
転籍は退職金が支払われる
転籍はもともと在籍していた会社を一旦退職するため、原則、退職金が支払われます。この金額や受取時期などは会社によって異なるため、必ず会社と労働者との間で認識をすり合わせ、双方の同意を得ておきましょう。
一般的には、転籍を命じられて在籍していた会社を退職する際に、退職金を受け取ります。しかし会社によっては転籍先の会社に退職金が引き継がれ、転籍先での退職まで持ち越しになるというケースもあるのです。
転籍先での退職について
転籍は、雇用調整としての意味合いが大きいため、事実上は転職とほぼ同義です。それまで在籍していた会社との雇用関係はなくなりますが、転籍による退職は再就職先が決まったうえで行われます。
一般的な退職では、当然ながら再就職に関する取り決めはありません。その点転籍は再就職先が決定してからになるため、一般的な就職活動に比べてストレスが少ないのです。
転籍は、それまで在籍していた会社の「退職」と新たな会社の「再就職」を抱き合わせたもの、と考えると分かりやすいでしょう。
2.転籍の拒否とは?
転籍は、在籍していた会社を退職し、別の会社に再就職するものです。しかしここで疑問が生じます。
- 労働者は、こうした会社からの人事辞令を拒否できるのでしょうか?
- また拒否に伴う罰則や不当な扱いなどはないのでしょうか?
ここでは転籍の拒否について解説します。
転籍を断ることは可能
在籍している会社から転籍を命じられた労働者。果たしてこれを拒否できるのでしょうか。その答えは「YES」です。
確かに転籍は会社の人事辞令(会社が労働者に対して通知する公式の文書)。しかしたとえ就業規則や労働契約に「転籍を命じられる」と定められていても、転籍の実行には労働者の同意が必要です。
当該労働者の同意がなければ、会社は労働者を転籍できません。
転籍の拒否は書面で手続きする
先に触れたとおり、転籍は労働条件や待遇面の変化を伴います。転籍する労働者が不利益を受ける恐れもあるため、新たな勤務先と諸条件を明示した書面で辞令を出すのが一般的です。
また会社は、転籍の拒否を理由とする不当な扱いはできません。拒否後のトラブルを避けるという意味でも、転籍の拒否は書面で提示しましょう。万が一裁判になった際、証拠となります。
3.似た意味の言葉<出向・左遷>
転籍と似た言葉に「出向」や「左遷」があります。それぞれまったく異なる意味を持つものの、会社から命じられて移動するという意味では、共通点があります。それぞれの言葉がどのような意味を持ち、また何が違うのかを見ていきましょう。
出向の種類について
「出向」とは、雇用先企業の労働者として所属を残したまま、ほか企業の事業所などで長期間従事させる人事異動のこと。配置転換や転勤などと同様、企業の人材活用施策のひとつとして用いられています。
出向には「転籍出向」と「在籍出向」の2種類があり、その目的は以下のとおりです。
- 労働者の能力開発やキャリア開発
- 子会社および関連会社への経営技術指導
- 企業内の雇用調整
- 中高年者に対する処遇
転籍出向
「転籍出向」とは、出向元の籍を転籍先の企業に転籍して出向すること。出向元と出向先の間で「転籍契約」が結ばれ、出向元と労働者の間にあった労働契約は消滅します。労働者は、出向先の企業とのみ労働契約を結んでいる状態です。
よって労働者は出向先の指示にのみ従って仕事をします。出向元との労働契約は消滅しているため、出向元への職場復帰は保障されていません。
在籍出向
「在籍出向」とは、出向元企業の労働者として籍を残したまま、ほかの企業に出向して働くこと。出向先と出向元の間で、労働者の在籍出向についての「出向契約」が結ばれます。また労働者は出向元と出向先、両方の企業と労働契約を結ぶのです。
そのため労働者は、出向先の企業で働いても、出向元との労働契約は消滅しません。一般的にはこの在籍出向を「出向」、転籍出向を「転籍」と呼び分けています。
左遷
「左遷」とは、人事異動によってそれまでより低い役職や地位に落とされること。「部長から課長に降格」「子会社や系列会社に出向」「何らかの責任を取らされる処分」など、ネガティブな意味合いを持っているのです。
本社で働いていた労働者が仕事に失敗して地方支社へ異動させられたり、部署異動や別支店への配置転換によって出世しにくい状況にさせられたりするなどが、これに該当します。
転籍との違いは?
転籍(転籍出向)は、それまで在籍していた会社を退職して別の会社に属すること。結果として左遷のように役職や地位、待遇などが変化するものの、もとの会社に籍を残した出向(在籍出向)や左遷とは異なります。
転籍や出向、左遷を区別する際は、それまで在籍していた会社に戻る前提かどうかを基準にするとよいでしょう。戻らなくても転籍先で役職が上がり、結果として栄転になる場合もあるため、一口に転籍=出向=左遷とはいえません。
4.転籍させる企業側のメリット
ネガティブなイメージの強い転籍ですが、メリットも存在するのです。ここでは企業側から見た転籍のメリットを3つ紹介しましょう。
- 人材育成
- グループ企業全体の業績向上
- 雇用調整
①人材育成
近年、戦略的な人材の育成やキャリアアップのため転籍を行うケースも増えてきました。労働者数が増えて企業が大きくなれればなるほど仕事は分断され、事業の全体像を見渡しにくくなります。
転籍によって経営者と労働者の距離が近い環境に出向できれば、その労働者はマネジメントの経験を積めます。長期的な方針を見据えながら日々の目標達成に試行錯誤する経験は、どの企業でも有用なスキルとなるでしょう。
②グループ企業全体の業績向上
グループ全体の業績向上を目的として、優秀な人材やリーダーを転籍させる場合もあります。いつも同じ場所、同じ環境、同じ条件下で仕事をしていると、どうしても業務は平坦になりがちでしょう。
思考やスキルが偏り、視野が狭くなってしまった組織に経営強化や新技術の指導などを加えて新たな風を吹き込みながら、グループ全体の成長につなげるのです。
また転籍によって、会社の経営実態を具体的に理解していけます。お互いが「知った仲」になれば、取引やコミュニケーションも円滑に進められるかもしれません。
③雇用調整
年齢に見合ったポストが用意できないベテラン労働者に対して、出向元企業は解雇やリストラといった方法を取らなくても雇用調整ができます。
業績悪化に伴う解雇やリストラは、どの企業も避けたい事態のひとつ。出向元は転籍によって、これらにかかる人件費を削減できます。
つまり転籍によって出向先は、採用活動にコストをかけず人材確保できるのです。グループ会社からの転籍ならば業務的に共通する部分も多いため、教育にかける時間やお金も削減できるでしょう。
5.転籍する労働者側のメリット
転籍は、労働者にもメリットをもたらします。ここでは労働者側から見た転籍のメリットを3つ紹介しましょう。
- 視野の拡大
- 経験値アップ
- 将来的なチャンスの増加
①視野の拡大
同じ環境に居続けると、どうしても考え方や発想、視点が偏ります。ビジネス環境が激しく変化するなか、ある程度の柔軟性と広い思考力は必要でしょう。転籍によって、出向元の企業にはなかった新たな視点から仕事に取り組めるかもしれません。
②経験値アップ
豊富な経験を積ませる目的で、労働者に転籍を命じる企業も少なくありません。転籍では、これまでと異なる環境で新たな業務を覚えていきます。そのため労働者は、主体的に目標を持って業務に取り組むのです。
つまり転籍は自己分析、企業分析が行える「自律型人材」の育成にも効果的な取り組みといえます。
③将来的なチャンスの増加
転籍元に戻ってきた際、活躍できる人材に育てたいという意図で転籍を命じる場合もあります。社内ポストの関係上、自社では管理職に昇進させられないため、子会社で管理職として経験を積ませるといったケースです。
経営不振に陥った子会社や取引先を立て直すために送り込まれた転籍は、ある種の出世につながります。このように転籍にはスキルアップや実績作り、新たな人脈の形成といったメリットも存在するのです。
6.転籍のデメリット
転籍にももちろんデメリットはあります。企業側と労働者側、それぞれのデメリットについて見ていきましょう。
企業側のデメリット
先にも触れたとおり、転籍には労働者との話し合いによる同意が必要です。労働条件や職場環境は当然変化するため、転籍元と転籍先、そして労働者本人にとっても完全に納得のいく条件を期待するのは困難でしょう。
また転籍元にとってはマンパワーの減少、戻る前提の場合は転籍先にとって長期的な戦略化が望めない、これらもデメリットとして挙げられます。
労働者側のデメリット
転籍による労働者側のデメリットもいくつかあります。転籍ではこれまでいた組織とは別の会社に所属するため、ルールや規則を1から覚え直さなければなりません。何年も行ってきた単純な事務作業であっても、ひとつずつルールを確認する必要があります。
勤務地だけでなく、通勤ルートや居住地まで変わる場合もあるでしょう。ライフスタイルの変化は、労働者にとって大きなストレス。これらによって待遇の悪さが目立つ点は、労働者側のデメリットでしょう。
7.転籍の注意点
転籍では労働者本人の同意を必要とします。そのため法的対応を誤ると無効になり、適切な人材活用ができなくなるのです。転籍を行う際は、以下の3点に注意しましょう。
- 労働者本人の同意
- 労働条件などの提示
- 退職金額や支払時期
①労働者本人の同意
転籍は、労働者本人の同意なしに実施できません。また辞令の拒否を理由にした解雇や減俸といった不当な扱いもしてはいけないのです。
無用なトラブルを避けるため、書面による同意書(拒否の回答)を用意しておきましょう。一般的には、転籍先の労働条件が盛り込まれた同意書を作成します。
②労働条件などの提示
転籍では、これまでとは違う会社に所属します。そのためほとんどで給与水準や福利厚生などの労働条件が変化するのです。しかし新たな雇用関係が生じるため、変更自体は不利益変更(労働者にとって現状よりも不利益な労働条件に変更すること)にあたりません。
とはいえ事業譲渡や組織再編の場合、原則、転籍元の条件をそのまま引き継ぎます。この場合はもちろん、労働条件を変えられません。いずれにせよ労働条件などが変わる場合は、内容を十分に説明し、労働者の同意を得る必要があるのです。
③退職金額や支払時期
退職金の取り扱いについても、事前の説明、同意を得ておく必要があります。
転籍では、一般的に「転籍元」の退職金規定にもとづいて退職金が支払われます。しかし事業譲渡や組織再編に伴う転籍の場合、勤続年数を通算して「転籍先」の退職金規定にもとづいて支払う場合もあるのです。
退職金の支払い時期や金額について曖昧なままでは当然、労働者からの同意を得にくくなります。これらも同意書や契約書などに記載して、明確にしておくとよいでしょう。