トランジションとは、移行や変化を意味する言葉です。ここではトランジションのメカニズムやトランジションをデザインするメリットなどについて解説します。
目次
1.トランジションとは?
トランジション(transition)とは、転機や転換点、変化や移行といった意味を持つ言葉のこと。ビジネスにおいては主に配置転換やキャリア転換などの意味合いで用いられます。
アメリカの心理学者ウィリアム・ブリッジスは、トランジション理論を新たなキャリアステージへの準備段階として定義しました。「個人の成長は、不安経験をよりポジティブな要素に変化させる点から始まる」と考えたプロセスです。
従来の個人を見つめ直し、自己のなかに消化して新たなキャリアステージに向けて準備する段階を、トランジションと位置付けました。
2.トランジションにおける3つの段階
人間性心理学会の会長を務めたブリッジスは、トランジションには3つの段階があると考えました。
- 何かが終了するときの「終わり」
- 中立な時期としての「ニュートラルゾーン」
- 何かを開始するときの「始まり」
①何かが終了するときの「終わり」
第1段階となるのが「終わり」。人事異動や進学、結婚や失業などのライフイベントに伴い、これまで慣れ親しんできた環境や人間関係が終わって、混乱や空虚感を覚える段階です。
自分の意思で終わらせるものだけでなく、外部環境によって終了させられるものもあるため、心理的なダメージを伴う場合があります。
②中立な時期としての「ニュートラルゾーン」
第2段階は、転機をどのように受け入れていくかを考える「ニュートラルゾーン」です。
「終わり」から「始まり」に移行する段階で、これまでの生き方や体験などを整理します。「変わりたい」と「このままでいたい」という両極の感情に揺れ動くアンビバレントな状態から、新しい状況に向けて前進し始めるプロセスです。
③何かを開始するときの「始まり」
混乱や苦難の時期であるニュートラルゾーンを進んだ先に、新たな「始まり」の段階があります。
この段階では「進むべき方向をはっきりと自身で決める」と思われがちですが、実際には偶発的な出来事や出会いなど外的抵抗によって進んでいくものも多くあります。また安全で慣れ親しんでいた環境から離れる点への内的恐怖感なども生じやすい状態です。
3.企業におけるトランジションのメカニズムとは?
トランジションにおける3つの段階を理解したところで、企業におけるトランジションのメカニズムについて見ていきましょう。
一般的に、企業では入社や昇進、異動や任命など何らかのサインをもって新たな役割ステージを期待します。これが「トランジションの入り口」です。
企業を取り巻く環境が激しく変化するなか、いかに早く役割を遂行できる状態に持っていくか、トランジションの促進を意図的にデザインしていくかが重要になります。
トランジションを促進するポイント
よりスピード感を求められる今日、もはやトランジションの促進は人材育成において欠かせない取り組みとなっているのです。トランジションを促進するには、どのような点を意識すればよいのでしょうか。
トランジション促進のメカニズムでは、下記3点がポイントとして挙げられるのです。詳細は後述します。
- トランジションを短期化する
- 不要な意識と行動を抑える
- 本人の体験と周囲のかかわりを意図的に仕掛ける
トランジションにおける行動変容
変化が大きい昨今のビジネス環境にて、慣れた環境から未知の状態に移行するトランジションが求められるようになりました。
これに伴い、企業内教育も自らの考えや見方を変え、周囲によりよい影響をもたらす「行動変容」が重視されるようになっています。この行動変容を起こすには、研修などを通じて気付きを定着させるより、日常での小さな学びを積み重ねることが重要です。
4.大企業ほどトランジションをデザインしている理由
大企業ほど「転機」「変化」「移行」といった意味があるトランジションを活用しているといわれています。企業がさまざまな理由で配転転換を行い、トランジションをデザインする点には、どのような理由があるのでしょうか。
組織の活性化
転勤を例に見てみましょう。配置転換に比べ、より地理的に広い範囲で社員を異動させる転勤では、人材育成のために提供できる仕事の範囲や業務ニーズの範囲が拡大します。
転勤先の現場にとって、転勤者は新たな経験と知識を持った貴重な存在です。その豊富な知識と経験を新たな職場やチームに還元して、組織全体の活性化や地力の底上げを期待します。
人材の育成
トランジションに伴って、社員の仕事幅は必然的に広がるでしょう。これによってスキル向上、昇進に向けた能力識別を図る点も、企業がトランジションをデザインする理由のひとつです。
ビジネス環境の激しい変化に対応できる社員の育成は、どの企業においても喫緊の課題。転勤経験により業務遂行能力が向上する、と考える企業も多く存在します。
適性の発見
社員の適性発見や見極め、開発や確認なども、トランジションをデザインする目的のひとつです。人材の流動化や採用のミスマッチなど、人事活動における悩みは尽きません。
人材の最適な活用には人と仕事を適材適所にマッチングさせる取り組みが必要となります。トランジションのデザインは、結果として企業経営にメリットをもたらす取り組みでもあるのです。
5.トランジションをデザインするメリット
トランジションをデザインすると、さまざまなメリットが得られます。一体どのようなものか、見ていきましょう。
- 役割転換不全を防ぐ
- モチベーション向上
①役割転換不全を防ぐ
無計画にトランジションを実施しても、脱落者が発生したり、上位の役割に転換した人材が望むようなパフォーマンスを発揮できなかったりといった事態につながります。
役割転換不全を防ぐためには、入念なプランニングによるトランジションの実施が必要です。役割機能不全を防げれば、結果として人材の早期戦力化、スムーズな活躍が期待できるでしょう。
②モチベーション向上
無断欠勤や不正行為をせず、つつがなく働いていれば労働業務を果たしたとされる時代は今や昔のものとなりました。
トランジションをデザインすると、本人の希望や特性が会社の持続的な成長戦略を推進するうえでどのようにかかわってくるか、認識できます。それがモチベーションの向上、ひいては企業経営のメリットにつながるのです。
6.トランジションをデザインするポイント
具体的にどのようにトランジションをデザインすればよいのでしょう。ここでは以下4つの観点から、トランジションをデザインするポイントについて解説します。
- トランジションの短期化
- 無駄をなくし、必要な行動を伸ばす
- 研修と現場を接続する
- 自己認識を深める
①トランジションの短期化
社員の成長と健全な組織運営のためには、トランジションの短期化が欠かせません。企業としての成長や組織活性化を目的に実施したトランジションにそもそも時間がかかり過ぎたり、不適合を起こしたりしては本末転倒です。
「人事育成をスムーズに行えるノウハウの活用」「周囲への積極的なサポートの呼びかけ」などを行って、スピーディーにトランジション期間を終了するのが重要になります。
②無駄をなくし、必要な行動を伸ばす
まず古くなったビジネスプロセスやノウハウなどの無駄を省き、リソースの開放を意識してみましょう。それまで本人が得意としていた行動も必要に応じて抑えながら「何をやるべきか」「何をやらないか」を検討します。
無駄を省いてリソースが開放されると、新たな役割ステージに必要な「必要な行動と意識」が伸ばせるのです。
③研修と現場を接続する
トランジションのデザインには、研修と現場を接続する取り組みも欠かせません。「技術職のアイデアだけではモノにならない」「顧客は製品スペックだけで選ばない」は、どの業界においても往々にしてあるもの。
研修と現場を接続させ、双方の温度感や視点を結び付けるのは、トランジションのデザインにおいて重要です。
④自己認識を深める
行動だけを闇雲に強化しようとしてもなかなかうまくいきません。自己認識、つまり内面に意識を向けると、社員は自身が置かれている状況をクリアに捉えられます。
「自分はどのような業務を得意とするのか」「どの経験を新たな現場に活用できるのか」こういった自己認識の深掘りが、行動変容の要になるのです。自己認識を深められれば、行動を意図的に選択するための土台も築けるでしょう。
7.トランジションデザインモデル
会社が求める役割と、社員本人の意識や行動にギャップが生じがちな「役割ステージの転換期」に注目したのが「トランジションデザインモデル」。目的は、転換期を迎えた社員の転換を意図的・計画的に促進し、役割に応じた成果を早く挙げてもらうことです。
成長の機会の提供
人材マネジメントにおいて人材戦略は、経営戦略を実現するための重要な要素として位置付けられます。短期的・場当たり的な人事施策は、成長機会の損失につながりかねません。
経営層自らが人材戦略は経営戦略に欠かせない取り組みであると理解し、各個人に合った成長機会の提供・専門性・スキル強化の支援が必要です。
育成風土の転換
トップの考えや企業ビジョンが浸透していない状態で、「主体的に業務に取り組め」「自分で考えて革新的な提案を上げろ」といわれても、一社員にとっては難しい話となります。
社員一人ひとりがもつ潜在能力を十分に発揮し、主体的な行動につなげるには、企業全体を巻き込んだ育成風土の転換が必要です。目に見える戦略(ビジョン)と仕組み(システム)をバランスよく組み立てて、社員が主体的に行動していける育成風土を整えましょう。
目標設定のサポート
「社員が目指すべきキャリア像は明確になっているか」「各ステージに求められる機能や能力が漠然とした目標設定のままになっていないか」など、目標設定のサポートも重要です。
キャリアアップへの意欲を高めるためにも、職務に必要な能力やレベルをまとめた職能要件書の整備や達成状況に応じたフォロー面談などを導入し、目指すべき姿を明確にしましょう。資格取得による奨励金制度の導入も効果的です。